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七十二話・定められし者

    

 「ところがドッコイ、コウキは消滅していない。言うのは、……コウキの意識が記憶ごと入り込んで来て、この体を共有している感覚なんや。ま、殺す力までは得なかったようやがな」と、牧野が自らの異常な状態を告白した。


 キサンはまじまじと牧野を見つめて言った。

 「その力は僕に授かったようです。意を込めると、特定した人を殺せる。で、ミョウジン爆殺テロの黒幕と関係グループを特定し、皆殺しにした。以来、片っ端からぶっ殺してる」




 弥勒祭は、急遽、ヒカリイト復活祭として開催された。


 山の辺に夕日が真紅の輝きを沈める時、復活のヒカリイト・ライオン・コウキは湧き起こる言葉そのままに群衆に語りかける。

 「審判の時が迫っている。物質主義、権威主義、金権主義がもたらした現状を見るが良い。放射能汚染と恐るべき細菌兵器の疫病は全地に及び、自然の破壊と崩壊は目を覆うばかりだ。

 弥勒・ユズキが人類全ての罪咎を負うて救いを示したにも拘らず、神を信ぜざる弱肉強食の輩は飽くことなく世界を食い散らす。

 神は邪悪なる者を罰し、正しきものを救いたもう。

 邪悪に目を閉じ、耳を塞ぎ、口を閉じるものは同じく邪悪である。多数と強きに媚びへつらい、少数と弱きものを挫くものも邪悪である。弱きもの、悲しきもの、病めるもの、悩めるもの、貧困なるもの、辛きもの、そして、自由を奪うものへの憐憫なきは無限の地獄である……」


 ヒカリイトは両手を翳し、一際大きく声を張り上げた。

 「私は蘇り、邪なるものに戦いを挑み、救いに向かって突き進む。この地に集う全てに愛が満たされ、遍く癒されよ!」


 すると、集う病める弱める悩める人々の悉くが癒されたのだ。



 ミョウジンにおける復活と癒しの奇跡は、衝撃をもって世界を駆け巡った。

 奇跡の復活は、闇のモロクを封じ、ダルマラーマ率いる光の勢力が指導権を奪還する力となった。



 キサンと牧野ヒカリイトはムセイオン大図書館大学院公国に凱旋する。

 人々と共に、バキ老師とトミス、そして、カーニャが図書館大学院の正門に出迎えた。



 謁見室、ペーターとギュンターの老教授たちと共に、老フリンが車椅子で待っていた。

 滂沱の涙、手を取り合ったままフリンと牧野は果てるともなく語り合う。


 「殺しの力が無くなったって?」

 「代わりに、キサンが呪殺の力を得、イッペイと私は癒しの力を得た」

 「破壊と再生が協力して行く、と言うことだな。……早晩にもキサンのヒカリイト聖人式と、お前のダルマラーマ法主の灌頂壇入りを行わねば」

 「法主の灌頂壇に入る?」


 「お前が我等がリーダーと成る」

 戸惑う牧野に、フリンは言いわたした。

 「お前にはコウキとライオンの魂が宿り、当然の帰結だっぺ」



          ・・・ ・・・   ・・・ ・・・ 



 フリン翁は若き日のドイチェス・アルネンエルベから此処に至るまでの道程を話した。


 フリンを含む科学者十三名を加えたドイツ海軍の特殊探検艦が、北極海における異世界への開口部と思われるポイントを捕らえたのは夏の終わりだった。

 巨大渦潮の間をすり抜けると、海面が上空に広がり、鏡のように水面を反射する。


 甲板に全員が総出で奇跡の光景に臨み、異世界探査の期待に歓呼の声を上げた。

 「オペラツェオン・ドイッチェス・アルネンエルベを果たすべく!ジーク・ハイル!」

 艦長のフォン・エリック少佐は海嵐が吹き荒れる海域に突入を命じた。


 凄まじい風と雷雨は、休み無く吹き荒れ、探検船を波間に浮かぶ木の葉のように翻弄し続ける。


 漸う嵐の海域を抜けると、再び静寂に支配された。


 べた凪ぎの海面は鏡の如く、彷徨う探検船のエンジン音と船首を叩く波のみが白夜の海にあった。

 薄明の水面に漂う発光クラゲを掻き分け、南進すること数日、視界を閉ざす紫の濃霧帯域に紛れ込む。


 そして霧が晴れる時、辺り一面に虹色の輝きが吹雪の如く乱舞し、人も船も波も空も遍く七色に染まる。

 プリズムの輝きは鮮やかな自然色に収束し、遥かに水平線が認められた。


 夜となり昼となり、夕となり朝となり、やがて艦は念願の陸影を認めた。

 白い砂浜と、緑為す樹々の林から続く雄大な山並み、ココナツ椰子の合間に見える樹々には白い花と赤い実りが見られる。


 海岸線に沿って航行し、河州から大きく湾となった上陸ポイントを見つけて投錨した。


 動物の群れが河口を横切って行く。

 「ポニー?否、額の中央に角がある!」



 料理担当が艇長に指示を仰ぐ。

 「艦長殿、久しぶりで今夜の晩餐をフレッシュな果物と、野趣味のジビエと言うのは如何でしょうか?」


 艦長は食料の現地調達をクルーに指示した。


 上陸用舟艇二艘でイグアナの群れる砂浜に乗り上げてタープを張ると、科学調査員各々が調査に、クルーは食料調達に取り掛かった。

 緑為す樹々には、熟れた林檎や桃が、奥にはオレンジ、葡萄、バナナ、洋梨、石榴、無花果、木苺等、他に見たことの無い果実が花々と共にたわわに実っている。


 調査員が砂浜から緑地まで続く二足走行の大きな足跡を見つけ、声を上げた。

 「歩幅とサイズから見るに四・五メートルはある」



 銃声一発!轟音が響き渡り、遠巻きにしていたユニコーン群中の一頭が前のめりに倒れこんだ。

 「新鮮な獣肉を確保!」


 若いクルーが歓声を浴びながら銃を振り上げて獲物に歩み寄るや、突然、辺りを揺るがす強烈な怒りの咆哮が藪の中から発せられた。


 憎悪に満ちた何物かが、ブッシュの中から窺う気配。


 沈黙の中、暫し耐え難い緊迫感が支配する。


 「フェアダムト!」

 狩猟者が、潜む気配のブッシュへ滅茶苦茶に突撃銃を乱射した。


 耳を劈く怪鳥音!

 極彩色の巨体が藪林を掻き分け、一っ跳びに襲いかかった。

 一瞬にして、ユニコーン・ハンターは血飛沫を上げて引裂かれた。

 身の丈四メートル、陸走型の巨大猛禽が哀れな犠牲者を屠り、小翼を震わせ金属音の雄叫びを上げる。

 恐鳥は疾風の如く走り、タープのど真ん中に踊りこみ、銃を撃たんとするクルーを掴み放り上げ突き裂く。

 隊は大混乱に陥った。

 霰のように銃弾を浴びせて襲撃者を撃ち倒した時には、調査機械の一部が破壊され、数人が重軽傷を負う惨事となっていた。


 「新生代の猛禽だ!」生物生態学のハンスは撃ち殺された巨鳥に驚きの声を上げる。



 一天俄かに掻き曇り、薄暮に雷鳴が轟いた。

 見る見る、空全体に天蓋のようなオレンジ色の雲が光を増して来る。


 雷鳴のような大声が響き亘った。

 「アースヴュルトの園を血で汚すものは誰ぞ?」

 ドイツ語で無いにもかかわらず、頭の中に翻訳機が在るかのように意味が理解出来る。


 エリック艦長は言い返す。

 「我らはオペラツェオン・ドイチェス・アルネンエルベ。神聖第三帝国のドイツ軍である。問う者こそ如何?」


 「我は在りて在るもの。竜と人間を創造せしものなり。直ちに武器を捨て指示に従うべし」


 艦長は拒否した。

 「戦わずしてドイツ軍は降伏せず!」


 一瞬、雲間から一条の光が煌くや、上陸用舟艇の一艘が荷物ごと轟音を上げて消え失せた。


 「愚かなる者!艦船及び全員を抹消せん」


 人知を超えた圧倒的な力、直ちに、エリック艦長は降伏を告げた。


 雲から射し込む無数の光線が渦のように全員を巻き込み、やがては各々が光線に捕らえられた。

 「スキャンされている」

 フリンは細胞まで洗浄されるような心地に呻いた。


 神人の指示は寛容であった。

 アースヴュルトにおける調査と、鳥獣を除く果物、野菜や蜜の自由採集許可及び、ネクトル(飲料物)と完全食である聖食・マンマの十分な供給である。

 そして、フリンだけを残して、十三日間の調査後にアースヴュルトからの退却・帰投指示だった。


 独り残留の理由をフリンが尋ねると、「定められし者」と、言葉があった。


 三日後、気象天文学のペーター・マルビンスキー、植物学のエーリッヒ・ブラウン、生物生態学のハンス・シュナイダー、空想数理学のギュンター・ザックス等の科学者がフリン共々の残留をヴァーナスに請う。


 「望む者には叶えられよう!」


 残る者には未知の不安があり、帰る者には踏破して来た困難を再び突破せねばならない。

 帰投組は艦上に、残留組はアースヴュルトの陸上に、互いの健闘を祈りつつ、永久の別れを交わすのだった。

 「アウフ ヴィーダーゼーエン」


 帰投の船が水平線の彼方に消えると、浮き船が天蓋状の全容を輝く雲間から現した。

 全員が跪くと、アースヴュルトを覆う天蓋の中心から一条の光があり、光の中に降りてくる崇高な巨人ヒュウマノイドを見た。



 ヴァーナスへイムは竜界に在る神人コロニーであり、神界の竜界における橋頭堡と言った位置付けだった。


 フリンを含む五人はカプセルの液中で、一旦全身をバラバラに分解して精錬し、組み立て直すと言う再生処置(神人の繭)を経た後、進路別に各々の教育プログラムを受けることになった。


 フリンがドイッチェス・アルネンエルベ仲間のギュンター、ペーターと共にテラの地に降り立ったのは、ユズキが人類の罪を負って殉教し、その意思を継ぐラモンが人類種抹殺を企てるサーデモ竜人及び、その協力者との戦いの最中である。


 ガイアのホーン岬に当たるクチプル岬のミロク教会を皮切りに、南北オルマヤ大陸を縦断し、チャガタイ領スタノボイ山脈を越え、スキタイ共和国アルタイに至る伝道の旅が終わったのは、降下後一年三カ月だった。


 アルタイに三人を出迎えたラモンは「ラッサに着き次第にヒカリイト・フリンの聖人式(就任式)行う」と、宣言した。


    ……   ……


 四年後、ラモンは引退を宣言し、フリンにダルマラーマの継承とその認証儀式である灌頂壇入りを行う。

 そして、アルプス最高峰の一つである聖カイラス山の登頂に挑戦し、その消息を断った。


 「…聖なるカイラスは羅門の憧れだった」

 話し終えると、フリンは大きく息を吐いた。



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