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七十一話・生と死の狭間

 

歓迎夕食会。



 キサンは、十一年前の日本出発から此処に至るまでの冒険を話す。

 「振り返れば、全てが奇跡……」


 李山康煕、鬼三、他四人で構成する地球内部探査チームが、北極単独横断に挑む安藤昭治の冒険に便乗して高速船佛林フリン号に乗船したのは、ライオンたちと電車で別れてから一週間後だった。


 南シナ海からマラッカを抜け、アラビア海からスエズを通り、地中海をクルーズしてジブラルタル海峡に出たのは九月の半ばを越えていた。

 スピッツベルゲンで安藤と別れを告げた後、再びニューファンドランド沿いに磁場の変異を追って北緯三十度まで南下する。

 そして、サルガッソ海域に目標の水域を捉えたのだ。


 波一つ無い鏡のようなベタ凪ぎで、静寂の中に探検船のエンジンと船壁を叩く波の音のみがあった。

 真上の空には海面が蒼く鏡のように反射しており、彼方にはぼんやりと輝く光が見える。


 だが、海鏡を抜けるや否や、襲いかかる嵐の風波と雷雨は想像を絶っする凄まじさだった。

 見上げる波間を木の葉のように舞うこと数日、さしもの装甲船も難破してしまう。



 破損し座礁した探検船から嵐の海中に放り出されたキサンは、淡い照明に浮かぶ透明カプセル(神人の繭)に目覚めた。

 そこは、神人のコロニーだった。

 難破したフリン号の乗組員で救助もしくは選別されたのはキサン、コウキ翁、そして、科学技師、通称メカミこと宮アキヒロの三人のみ。


 カプセルから、康煕は五十歳半ばに若く蘇った。

 そして数ヶ月の適応プログラム研修後、三人は神人の使いとして、テラ世界のムセイオン大図書館大学院公国に宇宙船で直に送り込まれたのだ。


 テラにとって、公式の場に地球外宇宙船が着陸したのは驚天動地の出来事だった。

 そして、彼等を迎えた大図書館大学院公国の首長ダルマラーマが、何と車椅子の竹内フリンと言う驚きの展開だ。


 ダルマラーマ・フリンは直ちに三人に洗礼を施し、コウキをダルマラーマ後継のヒカリイトとして任命した。


            … …    … …


 フリンは核戦争後のテラの情勢を語った。

 オルマヤ他、ヤンゴルモア、エウロペ連合、アフリカ連合等の混乱、衰弱、崩壊と、壊滅的被害をを免れたチャガタイ共和国等について。

 中でも唯物思想を色濃く残すチャガタイは、地政学的理由、或いは学院の誇る先進テクノロジーがため、トーラを虎視眈々と狙っていた。

 「チャガタイは、その戦略をムセイオン大図書館大学院に進めるにあたって、最も障害となるのが弥勒思想と、それを率いるダルマラーマと断定した」


 「…… ……」


 「だから、わしを不治の病に陥れ、傀儡としての大学院、如いては世界支配を進めていた。ところが、突然に強行着陸した神人の画策で、全てがパーになると慌ててんだ」

 「僕らのことですね」

 キサンが口を挟んだ。


 「近々、枢機卿評議会が開かれる。議題は、合議選挙コンクラーベ無しに、ダルマラーマ独断のヒカリイト指名を認めるか否かだ。今のところ数的には、六分四分有利と、言ったとこなんだが……、チャガタイ派の頭目ギラジミール等がこのままにして置くとは考えられん」

 「俺がヒカリイトと認めらんなければ、如何なる?」

 「チャガタイ暗殺隊モロクの出番だっぺ」


 「ならその前に、俺の力でギラジミールを一捻りしよう」

 コウキの目が据わっている。


 「……お前の力で?」フリンは首を傾げた。


 「神人の掘り起こしで、呪いによって人を殺す能力を得た。特定すれば、大統領だろうが、王様だろうが、聖人や極悪人も例外無しに殺れる」

 「生殺与奪の力が有るってこと?」


 コウキは首を振った。

 「生かすは無くて、殺す方だけ」




 連日、体調をおし、フリンは図書館大学院公国内を案内する。

 「竜界からのアルケミストがムセイオンに寄宿してんだ。不老不死の怪人で、未曾有の巨大宇宙船を造っている」と、建造現場に三人を導いた。


 広大な淡水湖ドックには、巨大な御椀を合わせたような構造物が製作中で浮かんでいた。

 「デッケー!メチャ凄え!」機械オタクのメカミは壮大さに圧倒され、呆然と見上げている。


 青白面の中年男性が現場の仮設エレベーターから降り立ち、車椅子のフリンに歩み寄って礼をとった。

 紹介されたロキは「御噂は聞いています」と、微笑んだ。

 コウキは尋ねる。

 「この途轍もない物は、一体何なんですか?」


 「智の集積船。中には地球における古今東西の全ての記録と生物の種子で埋められており、緊急時には成層圏外に飛び出せるようになっている。千人以上の人間が数百年以上安楽に暮らしていけるエコロジー・サイクルが備えてある」


 上気したメカミが「完成は何時頃になるんっすか?」と、尋ねた。


 「大凡は出来上がっている。誰かに仕上げをバトンタッチしたいんだが……」

 ロキは人類の置かれている状況を説明した。

 「人類には三つの選択がある。

 一つは、全人類を一気に亡ぼした後、人類に代わり、竜人のミックス・ヒュウマノイドを入植させる。 二つは記録のマイクロ・チップや生物の種と共に神人のお眼鏡に掛かったノアのような人々を契挙し、その生き残りで人類に再チャレンジの機会を与える。そして、第三はミロクの宇宙融合派が世界に満ち、瓦礫の中から歴史を継承して行く」


 キサンが問う。「で、貴方は?」

 「再挑戦か継続かと。船はその為のもの」


 メカミが言葉を詰まらせながら「あの……飛行メカニズムを……知りたいんっすが?」と、話に割って入った。


 ロキは割り込み者を見直した。「貴方には私と同類の匂いがする」

 「失礼しました!あまりに凄いメカなんで」

 「OK!立体設計図を見て御説明しよう」ロキは上気しているメカミを設計監督部屋に誘った。

            

               … …    … …


 評議会を数日後に迫った某日、ダルマラーマ支持の枢機卿数人が暗殺されたことを知る。

 情勢は逆転で、ヒカリイトは認められない公算が大となった。


 コウキとキサンは、夜陰に紛れて飛行船でラッサから脱出し、隣国のパネローマから高速機に乗り換え、ヨミシャセに向かう。


 「アイ シャル リターン!」

 コウキは捲土重来を誓った。


            

 ヨミシャセに着くや、若くなったコウキは猛烈な情宣活動を始める。それは、伝説となったエンキやユズキを彷彿させるものだった。


 コウキがミロク拠点の中で、取り分け精力を注いだのは、ヨミシャセにおけるミナカムイの組織化である。

 治外法権の自由を謳歌していたミナカムイは、竜国からのプラズマゲートが生きている等、神秘のフリーゾーンであり、多種類の神人や竜人あるいは逃亡ヒュウマノイド、妖精、化け物等の類が夫々にコロニーを形成しているテラの一大拠点となっていた。

 コウキたち・ヒカリイト・グループは、数年も経ずしてミロク組織の支援と潤沢な資金をバックに、ミナカムイからヨミシャセ全域へ、ヨミシャセから全世界規模に網の目のような一大弥勒ネットワークを構築する。

 そして、一大勢力と化した弥勒派による世界人類救助教会と、そのプロジェクトを高らかに宣言したのだ。


 一方、チャガタイ・モロクも弥勒派の躍進に手を拱いてはなく、幾多の妨害や隙を縫っては弥勒派要人の暗殺を試みる。

 対するヒカリイトも敵対要人を次々と呪殺して行った。


 ダルマラーマ・フリンとヒカリイトは、偉大なるガイア人・ホカ・バキへ重要な使命を委託する。

 それは、次なる攻勢の一手として、ガイアの天才ライオンと栄光の牧者に神器を託してテラへ連れ帰ることだった。

 然しながら、覇権勢力にとって、ダルマラーマの目論みは容認し難く、図書館大学院のチャガタイ派は使命を果たさんと帰還したバキたちを自らに誘い込み軟禁した。

 後に、捕えられたのがライオン本人では無く、その先遣隊と判明するのだが、猶予ならざる事態に、コウキはムセイオン図書館大学院公国への帰還を決意する。


 コウキとキサンは周到な準備と根回しの下、ミロク派を結集する大デモンストレーションを企画する。

 それは全世界、特にムセイオン大図書館大学院へ向けて勢いづけの一大反攻演説と御業になるはずであった。


 そこまで話すと、キサンは目を瞑った。


 「ボディガードとして、僕の不作意は悔み切れない」

 涙が滴り落ちた。


 キサンが見た夢。

 真夜中に庭で何かを引き摺るような物音が聴こえた。

 二階の寝室から物音がする芝庭を見下ろすと、月明かりの中、キハンの民族服である黒のマコンチ・マントにすっぽりと身を包んだ何者かが、大鎌を杖にして重そうな金花柄の棺を黙々と引き摺っている。

 引き手は二階を見上げた。

 それは美しい女だったが、キサンは闇に光るその目に背筋がゾッとするのを覚えた。


             … …    … …


 集会場となるミョウジン池に向かっていると、白装束を纏った老婆に呼び止められた。

 老婆は泣くように「死神が憑いているぞ!行ってはならん!」と、歩み寄る。

 護衛とキサンがコウキを護るように立ち塞がると、老婆は「死神の棺に入ってはならんぞ!」と、キサンの袖を掴んだ。


 「闇に引き込まれてはならんぞ!」

 老婆の叫びが後ろから聴こえる。


 「今日日、至るところ狂気が蔓延してんだ。一々取り合っちゃいられねえ」と、コウキは笑い飛ばした。



 風が音を立てて吹き渡り、岸辺には漣が打ち寄せていた。

 水上舞台となるミョウジン池の周りには万を超える群集がヒカリイトの歴史的な大号令を受けんと、総立ちの拍手と歓声で迎えた。


 コウキは伸びをした。

 「もう直ぐライオンたちが合流する。したら、反攻だ!」


 極彩色の渡しの小舟が六艘、接岸されており、一便の鳳凰と蓮花に彩られた金箔の祭り舟に乗船する。


 キサンが一便の全員が乗った殿に乗り込もうとした時、吹き抜ける風に船頭の頭巾が捲れ上がった。

 露わになった船頭の顔に、キサンはゾッとして後ずさった。それは、夢で棺を曳いていたマントの美女だ。


 「次に乗るのですね?」

 呆然としているキサンの様子に、女はクスクス笑いながら舫を解いた。


 「で?」一平が話を促すと、キサンは首を振った。

 「光子弾が、一瞬の花火のように舟ごと消滅した。……グランパも、女船頭も……」



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