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七十話・光の中に


 日の光が、半ば開かれた白亜岩石の引き戸から漏れ射している。

 出口は直に湖へ面し、広い桟橋が置いてあった。

 出入り口の隙間には一抱えもある鋼鉄の矛が斜交いに打ち込まれ、通行を遮断するために金属線を縒った太い注連縄が、外側から十重二十重に張られて微かな音と火花を発している。


 一平が岩石を縄の隙間に放り込むと、バチっと閃光を発して粉々に吹っ飛ぶ強烈なシールド反応を示した。

 「こりゃあ、危なくて通れないっす」

 テラを目前に、一行は立ち往生だ。


 その時、牧野が前に出て「先ずは御覧あれ!」と、宝杖ヴァジュラを構えて光刃を引き出した。

 そして、気合一閃、分厚い石戸を鉄柱、注連縄ごとナイフでバターを抉るようにすっぱりと切り抜き倒した。


 「ヒャッホー!畏れ入ったか、鳥人科学!」モルモネが興奮し、バタバタと飛び回った。



 洞窟から桟橋へ抜け出た一行は、眩い陽光の下、眼前に広がる湖水のパノラマに息を呑んだ。

 「七つが池のミョウジン池!ユズキ、ラモン、エンキ、黄金のシャラ達が演じた伝説の舞台、そして、コウキが殉教の地や」


 吹き抜ける微風、白亜の泉水に浮かぶ目に染む錦の紅葉は川のように、あるいは、渦巻くかに水面を漂う。

 紺碧の大空、池を取り巻く紅と黄金の彩りは、遥かに望む淡青の山々と共に美しい影を映えていた。


 「幾星霜が駆け抜け、錦の世界は眩く神の間に間に!」


 「快感!体が軽いよ~ん!」

 暗く窮屈な地底洞窟行軍の鬱憤を晴らすかに、モルモネは大空に翼を広げ、羽ばたき、滑走し、宙返り、漂い、池を数周してピノマントに羽根を休めるや、徐に別れを告げる。

 「テラに案内するミッションが果たされたので、我はヨミデスにUターンする。今度テラに来る時は、ドンくさいトンネル旅で無く、鳥族らしく宙を飛んで来るゾイ」



 桟橋に、無人の彩色された一艘の小舟が、浮かぶ錦葉を掻き分け静かに接橋した。

 一行を乗せて離岸した舟は導かれるように白亜の泉を進む。

 池は広大な半円の佇まいを見せ、取り囲むかに白い石段がなだらかに競り上がっていた。

 「凄い透明度!底に手が届きそうだわ」ヒロコは漂う紅葉から垣間見る泉水にうっとりと見入っている。


 舟が草原に連なる石畳に接岸すると、静寂(しじま)を破るホルンのような咆哮があった。

 森から数匹の灰色狼を従え、子牛ぐらいもあろうか雄大な白狼が歩んで来る。

 白い獣と群狼は一行の数間に迫るや、歩みを止めて再び空に向かって吠えた。


 牧野が進み出て、語りかける。

 白狼は碧眼で食い入るように牧野を見ていたが、踵を変えて森の方に歩み始めた。


 「付いて来いって」

 牧野は顎を杓った。


            … …    … …


 暫し丸太や蛍石で舗装された林の小道を歩むと、木々の間から岩場にへばり付くような二階建て木造家屋を臨んだ。


 門柱から数人の男達に伴われ、紫のローブを纏った長身の男性が速足で歩み寄った。

 「ライオンさん!お待ちしていました!」


 「何と、鬼三キサン君やないか!」

 精悍で逞しい鬼三キサンが居た。


 「あれから十一年、イッペイとヒロコは変わりなく、ライオンさんは見違えるほどに若くなってる!」

 「十一年やて?一年も経っとらんがな!」


 一平はダングンジュで、キサンに伴う男達の驚きを受け止めた。

 (この方はヒカリイトで無く誰あろう?)

 (ヒカリイト・コウキが生きている!)

 (ヒカリイトは若く蘇った!)


 キサンは言った。

 「復活です!ヒカリイト・コウキは若くなって再臨した!」


 「ヒカリイトやて?」

 「次期ダルマラーマです」

 「つまり、復活した言うことで、コウキに成り済ますんやな」

 「ザッツライト!肝心要のヒカリイト無しには、モチベーションがさっぱりなんです」


 牧野は宣言する。

 「ヨッシャ!これをもって私は復活したヒカリイト・コウキ・ライオンや!」



 「キサン君、案内してくれたワイルドな方々は?」と、狼の群れを指した。

 「ミナカムイの仲間、魂の同志」


 狼群は立ち上がり、空に向かって一斉に吠え始めた。

 白狼の低音に、割って入るように小柄な雌狼のビブラートの効いた高い声が繋ぐと、一斉に群狼は円を描くかにステップを踏んだ。

 空を舞う鳶の声、紅葉の奥深く牡鹿の声と風の巻く音。

 「ミナカムイが皆さんを歓迎している」


 「君は自然の言葉が分かるんか?」

 「サーフィンで、波や風、潮の満ち引きやドルフィンの歌等を読むうちに、自然の言葉を体感するように成ったんです」



 「洗礼の用意があります」キサンは裏手の沐浴場に導く。

 ヒロコが「バブテスマなら、幼い時に受けているわ」と、首を傾げた。

 「此処の洗礼は、テラからの異物人でなくなる意味合いがある」

 「異物人?」

 「テラが欲しない、排除すべき有害人のことで、洗礼はテラにとって、ロイヤリティの証しなんです」



 小屋を迂回して裏手に廻ると、紅葉の樹々に包まれた煉瓦造りの沐浴場が、滾々と湧き上がる泉水を湛えている。

 白装束の群衆が水浴場を取り巻くように犇めき合って迎えた。

 牧野を見た途端、どよめきは漣のように広がり、総立ちした人々から「ヒカリイト!」の呼びかけと拍手が鳴り止まない。



 キサンは上衣ローブを脱ぎ、隆々たる上半身を露に腰まで泉水に入り込んで、一行を手招いた。

 「私から」牧野は真っ先に服を脱いで入水した。


 キサンが両手で掬った泉水を牧野の頭から流し、

 「テラと精霊の御名において、聖なる復活を!」と、供が高槻に捧げる大きな種無し葡萄の実を牧野の口に入れた。

 次いで、ゲオルクと二人の息子が入水する。

 ヱローミュとリリト、特にリリトがタトゥ鮮やかに青白く輝く圧倒的な全裸を誇示すると、会場の此処あそこに溜息が漏れた。


 「私が裸を曝すのは、身も心も捧げる愛しい人にだけ」

 ヒロコは一平を一瞥して、下着のまま入水する。


 一平が鍛え上げた上半身を露にすると、「ゴンガ・ラーマ・ラモン!」の声が上がった。


 (ゴンガ・ラーマ?)


 キサンは最後にリリトの愛玩金髪たちも入水するように手招く。

 戸惑うモグッパにリリトは命じた。

 「人間として振舞うの」


 洗礼の儀式を終えると、キサンは天に向かって感謝の意を述べ、テラへの帰属を宣言した。


 

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