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南相馬・大悲山幻想異聞(目覚めよ!と呼ぶ声)  作者: 沙門きよはる
一章・転機(母の死と恵子との出会い)
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六話・芽生え

   

 料理はぺペロンチーノのパスタだ。

 ホットでガーリックの風味とアルデンテが美味しい。


 「あの写真、ユウマ君ですね?仰るとおり僕に似てるかも」

 「でしょう! 父親がユダヤ系フランス人で、私がハーフなので日本人は四分の一しか入ってないの」

 「その割りに、日本人っぽいですね」


 「君だってピュールのジャポネにしちゃあ異人っぽいわよ」

 そして、呟くように「一平君と会えて良かったわ。まるで・・ユウマと居るみたい」と、言った。


 「僕も、こんな気分は久しぶりです。ずうっと居たいんですけど、ランチを頂いたら帰ります」

 「あら、もっと、ゆっくりして欲しいのに」

 「いえ、図々しくして嫌がられたくないんです」それは一平のこれからも会いたいと言う意思表示だ。


 「もうちょっと、幸せなママンに付き合って。嬉しいことや楽しいことは後回しにはしたくないの」



 結局、食事を終えても二人は飲み続け、話し続けた。

 既にテーブルの上にはボトルが空になって並んでいる。


 恵子は過去を取り戻すかに話す。

 父の竹原俊英画伯やフランス人の母との思い出、南相馬における出来事、パリの生活、優馬の父アランとの出会いと別れ、そして優馬の死。

 恵子は自ら注いでは飲み、飲んでは話すのだった。


 一平は尋ねた。

 「恵子ママとアランさんは如何して別れたんですか?」

 「出会いと別れは運命よ。でも、強いて言えば、性格の不一致かしら」

 「性格の不一致・・」

 「性の不一致ではないわ。その方は合い過ぎるほど良かったのよ」


 一平は赤くなった。


 恵子は頓着せず、話し続ける。 

 「彼には至高の価値が存在しないのよ。つまり、人生の全てを肯定する運命愛の信奉者だったの」

 「運命愛?」

 「アランが言うのには、人生には元々目的もなければ意味もない。従って、真実もない。もう既に神は死んじゃっているらしいわ」


 一平は声を上げた。「ニーチェっすね!ツァラトゥストラは斯く語りき……」


 「良く知っているわね?」

 「選択が倫理でしたので」

 「倫理?」

 「西洋哲学が含まれるんです。すみません、余計な口を挟んで」



 「今になって考えると私たち二人が一時とは言え、一緒に暮らしたことが奇跡だったわ」


 「……アランさんは今、如何しているんですか?」

 「バリで幼稚園の先生をしているらしいわ。風の便りではバリニーズとの間にユウマの妹が生まれたって」

 「バリって、インドネシアの?」

 「アランはバリ島を人生の旅の終焉地と決めたみたいなの」

 「人生の旅?」

 「人は全て皆、旅人。そして誰しもがその終焉地を探している。この世は仮の世界で、人は死ぬと最も自分に合った本当の世界に集まり暮らすようになるって、聞いたことあって?」

 「いえ、その辺はさっぱり」


 恵子はくすりと笑った。

 「人はこの世でも、自分の世界を終生捜し求めている」


 「アランさんにとっては、バリがそうなんですね」

 「ジュウイッシュの彼はユダヤ人としては許されざるコンプレックスを持っていたの。それはバイセクシャルなエーメ(ハート)だったのよ」

 「バイセクシャル?」

 「男も愛せたの。パトリース・ジェルマンはその恋人で親友の一人」


 恵子は微笑んだ。

 「島では愛に差別やタブーがなく、全てに寛容だって。

 彼は何時も自分に都合の良いように夢見るのよ。安定は愛を殺し、不安は愛をかきたてるって、そんなことの連続だったわ」

 語る恵子は透き通るように美しく儚げだ。



 窓から外を見下ろすと、プラタナスの街路樹は既に街灯に照らされている。


 恵子に帰宅を告げ、一平がアトリエから立ち去ろうとした時、恵子は「待って」と声を掛け、後ろから一平を抱きしめた。

 「そのまま、お願い……」


 一平は抱擁されたまま身じろぎもせずに立っていた。

 背中越しにワインと仄かなローズの香り、酔った息ずかいや、押し付けられた乳房の感触。


 微かな「ユウマ」と言う呟きを聴いた。



 以来一平の思考から恵子が片時も離れる事がなくなってしまい、まるで熱病に侵されたように思慕し始める。

 当初は遠慮がちに、やがては母親の亜紀にそうしたように、一平は日常些事の理由で一日に一回は電話連絡をして恵子の声を聴いた。

 恵子は恵子で、息子が再び音信を取り始めたように嬉しく、何時の間にかその連絡を待ち望むように成っていた。


 二人は気の置けない親子か友達のように打ち解けていた。

 そして、少なくとも週一は、お互いに何やら理由をつけては会う機会を作るようになる。



 「一平君、モデルになってよ。想定しているテーマに君のヌードがピッタリなの」

 「冗談!」

 「ブリーフぐらいならお目こぼししてあげてもいいわよ」恵子は良く笑う。


 星占いの運命について、恵子は話した。

 綿密に調べ上げられ、パソコンを使ってトレースされた一平のホロスコープと彼女のそれとの不思議な交差について、色彩ペンを使いながら説明する。

 「君は今年、とても大きな辛い別れの後、運命の出会いが、そして私には清算の出会いがあるわ。それが何れも九月を指している。

 面白いのは君と優馬はカンセール(蟹座)の双子の星、私と君のママン亜紀さんもリブラ(天秤座)の双子の星。並行して運行している二組の双子星は捩れたり、交差したり出会いと別れを繰り返している。

 私と一平君の星が九月以後、デッドゾーンを抜けパートナーを変えて並行し、共に親子の位置なのにエロスの星宿、詰まり恋愛のようなエリアに突入したまま。これって、もし年齢の差がなければ、妖しい関係かもよ」


 そして、告げたのは運命の転換だ。

 「重要なのは三年間の共同運航後、旅立ちの星と二人とも交差する。

 巨大な彗星群とそれに伴う星々との遭遇、特に君の行く先には輝きの星座が見える。

 それ以後、私と君の状況は別のエリアへ突入するわ。

 よく分からないのは君の星がもっと明るくて強い星と摩り替わってしまうこと。そしてさらに・・面白いわ・・十八年後君は自らが輝きの巨星になるべく新たなる相似の世界への帰還。

 旅立ちなら分かるけれど、新たな相似世界への帰還って如何言う意味なのかしら……?」


 一平は尋ねる。「運命って避けられないものなの?」

 「幾分かは変えれる余地が在るわ」


 恵子は尋ねた。

 「一平君にお聞きしたかったんだけど、・・もし仮に私たちにそっくりなもう一つの鏡のような世界が実際に存在するとして、そこに君のなくなったママンにソックリな人が生きているのを知ったら、そして、その人が君にそっくりな息子を亡くして悲しんでいるのを知ったら、会いに行く?」


 「モチロン会いに行きます」

 「地の果て、地獄の底であっても?」

 恵子の大きく艶やかな瞳が更に大きく見開かれ、一平を見詰めている。


 「当たり前っす。如何してそんなことを聞くんですか?」

 「ううん。知りたかっただけ」


 一平は恵子に心酔する。

 恵子に関する見るもの聞くもの全てが、感動と喜びであり、限りなく思えた心の空虚さが次第に埋められていくのを感じていた。



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