六十八話・誘いの時
「エローミュ!相変わらず穴倉で燻っているようね」
金髪美少年二人を伴った神官女王が到着するや、そのセクシャルで華やかなオーラにアテン全域が高揚しだしたように感じられる。
リリトは挨拶も早々に、グイカウォンを申し出た。
「ハーセム卿が一緒だと思っていました……」
「執政官は政治的な遣り繰りに、手がはなせない状態なの」
リリトは一平を覗き込むように見上げてくすりとわらった。
「私だけでは頼り無いかしら?」
一挙手一投足に得も言われぬ色香が漂う。
「滅相も無い、女王の名声は存じ上げております」
「悪名じゃなくって?」
「遠路お越しいただき感謝いたします」
「退屈を持て余していたので、渡りに船だったわ。それに、ライオンとは数回肌を合わせているんで他人じゃないの」
邸宅への徒然、ヒロコが耳打ちした。
「一平さん、二人の金髪巻き毛は竜人でも人間でもないわ。あれはモグッパよ。可愛らしいチェニックの趣味から見て、ペットのセックス・モグッパだわ」
「子供なのに?」
「女王の趣味。竜人にとって、モグッパは何にでも化けるスーパーペットよ」
「ヒロコさんは愛玩モグッパを試したことは?」
「失礼しちゃうわね!」
ヒロコは心外と言わんばかりに一平を小突いた。
リリトの愛の敷衍なのか、何気ないヒロコの振る舞いに色気が感じられる。
寝室に入るや、ニライカーネルの神官女王は部屋の隅々に至るまで入念に見回した。
リリトはゲオルクと御付の少年たちにグイカウォン儀式の準備を命じる。
牧野は一糸も纏わぬ裸に剥かれて香油が塗られ、仰向けに横たえられた。
そして、リリト自からも全裸になり、透け透けの薄絹を一枚羽織り、青紐一本で括った。
媚薬めく香に薫煙された部屋の中、全裸にされた牧野と、リリトの上気した艶かしい姿態を目の当たりに、一平は落ち着かない。
リリトは一平たちの室外退去を命じると共に、これから行われるグイカウォンの儀式を妨げない、覗かないよう厳命した。
室外に一平、ヒロコ、エローミュ、そしてリリトの御供である少年ダフとエムが待機している。
夕日に映える回廊は微かな葉音に小鳥の囀りが一定のリズムを保っていた。
時折、ドードー鳥の賑やかな群鳴が聴こえる。
室内から弦を爪弾く音と共に、くぐもったハミングが漏れ聴こえてきた。
「シット!素っ裸の男女が室内に籠もって、何を如何しているんだか……」ヒロコは苛々して落ちつかない。
そして、少年の前に立つと「君達、歳は幾つなの?」と、唐突に尋ねた。
バネ人形のように立ち上がった二人は一ヶ月前に六歳になったことを告げた。
「六歳?」
一平が目を丸くする。
ヨッシが「中型モグッパの標準寿命年齢が二十に行かないので、六歳は人間の十ニぐらいに当たります」と、説明する。
「そっくりだけど、双子なの?双子って意味分かるかしら?」
「はい、私たちは分類別製造№が同じで、全く同じ遺伝子を持っていますので」
「セックス・モグッパのようだけど、幼い君たちは本当に交合が可能なの?」
「モチロン!何時でも何処でも何時間でもOKですし、大きさもご満足いただけると思います。私たちは愛玩と護衛の種なので、その為に生まれ、その為の訓練を受けました」
「護衛って、君等が女王を護るってこと?」
「女王が喜び、女王を護るためなら、何をも厭いませんし、何時でも命を賭けるのです」
二人は顔を紅潮させ、腰に挿した小剣を叩いた。
「女王以外、例えばボクたちを護ったりはしないの?」
少年はきっぱりと答えた。
「女王の命があらば、死に物狂いで御護りしますし、女王の命があらば、喜んで寝屋でも御奉仕させていただきます」
「敵わない相手が襲ってきた場合は?」
一平が興味有り気に尋ねた。
モグッパは青い瞳を瞬かせた。
「……仰る意味がよく分からないのですが?」
「君たちが襲われる場合もあるだろう?」
「私たちは女王に係わる以外に戦いません」
「腰の剣も肩の投石器も自衛のためじゃないんだ」
「はい、私たちには女王しかありませんので」
「忠犬ハチ公も真っ青だわ」
ヒロコは大きな溜息を吐いて再びベンチに腰を降ろした。
一平は対面に座りひそひそと囁き合ってはくすくすと笑い合うニ匹のモグッパを見ていた。
ブロンドの巻き毛、透き通るような白い肌、小柄な少年特有のスラリとした肢体がしなやかに動作する。
カールした睫の涼やかな碧眼、笑うと、ほんのりと染まった唇に真珠の歯が覗く。
それは紛うことなくラテン系美少年で、人間以外の何者でもなかった。
待つこと数時間、夜の帳が落ち、不夜城に灯火がともる時、漸く扉が開かれ、部屋からリリトに導かれるように、夜衣の牧野が晴れ晴れとした様子で現れた。
「久しぶりに家に帰った気分や。心配をかけた!」
牧野は「同衾中にデンジャラスな霊魂離脱に陥ったのには理由が有ったのや」と、霊体となって透視した衝撃のヴィジョンを語った。
牧野が突然の発作を起こしたのは、ヨミシャセのミナカムイ高地で開かれた弥勒出現祭で、ドッペルゲンガーのコウキが爆殺されたショックの時空を超える連動だった。
「爆殺って?」
「テロで、コウキが爆発霧散してしまった」
「コウキさんが死んじゃったってこと?」
「それが妙な気分なんやが、康煕が私自身と一体化しているのを感じる。つまり、分離していたドッペルゲンガーがこの一つの身体として、同一に還元しとる感覚なんや」
そして、図書館大学院の内部紛争に巻き込まれたバキとトミス、そしてカーニャが保護観察下の名目で軟禁状態に陥っており、コウキに影のように付き添っていたキサンが行方不明となっている等々の状況を伝えた。
牧野は告げた。
「明後日、テラへ出発する」
朝ぼらけ、開け放たれた窓から耳を擽る微風と河鹿の音に微睡んでいる。
一平は半場目覚め、思考は夢現にぼんやりと彷徨っていた。
蜂の羽音のような耳鳴りが断続的に聴こえ始め、何時の間にか自らを見下ろしている。
一平は肉体から遊離している自らの状態に恐れをなした。
恐れは忽ちにして肉体に引き戻し、ゆったりとした微睡みに安堵する。
しかしながら、歯止め無く再び箍の外れた風船のごとく彷徨い出るのだった。
出入りを繰り返すうちに、一平はその奇妙な状態に馴染み始めた。
肉体に比べ手応え不足は否めないが、五感は滞りなく働いており、さしたる違和感も無い。
朝靄棚引く池畔を跳ぶがごとく滑るがごとく躍らせる。ドードー鳥が一斉に鳴き喚き、桃色ペリカンが羽ばたいた。
作業用モグッパ数人が素知らぬ気に傍らを通り過ぎて行く。
牧野を意識すると、一瞬にして牧野の部屋に一平は居た。
ベッドの上、素っ裸の牧野が裸のエローミュとリリトに挟まれて、剥き出しに寝こけている。
(性懲りない親爺だ)
一平は幻花の園の辺に蝶となってひらひらと彷徨う。
テラピアの紅い花林を抜けると、靄に煙る花々にプリズムが揺らめき、煌く清水が一条の白線となって紫水晶に落音を奏でていた。
幻花の園、幽玄の流水を背景に、上気したヒロコのスラリとした全裸が霧の中に浮かび上がった。
欲望は理性に抗して立ち去り難く、草陰に羽を潜めて舞いを休める。
鹿の親子が水を飲みながらせせらぎを横切って行く時、一陣の涼風が木々の葉音を鳴らして吹き抜けた。
ヒロコは胸を抱きながら風に舞う蝶の群れを窺い見る。
(リリトが来て以来、エロティック気分が高まって、抑えが利かなくなっている)
朝食を終え、一平が庭を散策していると、ヒロコが歩みより、今日のスケジュールを尋ねた。
「スケジュール?僕は有っても無いみたいなものですから……」
「一平さんのエローミュは?」
「総督夫人?朴念仁の剣士から不良の天才親爺に鞍替えしたようです」
ヒロコはほっと息を吐いてから、「ところで、今日、一平さんは定例の早朝沐浴をしたのかしら?」と、尋ねた。
「昨日が昨日だったので、今朝の沐浴はサボって部屋で寝ていましたが、……」
「ボクがユフボロの園で沐浴していたとき、一平さんの気配を感じたの。気のせいだとは思えないリアリティだったわ」
一平は立ち止まった。
「寝覚めに、僕は一羽の蝶になってユフブロを彷徨っている夢をみました。そして、沐浴しているヒロコさんを見た……」
「ボクの裸を覗いたの?」
一平は顔を紅潮させる。「夢の話です」
「それって、何時ごろかしら?」
「明け方ですが……」
「それは、夢じゃなくってよ」
アテン最後の晩餐は三人の他、ヨッシとエローミュの総督夫妻、リリト女王と警護隊長、そしてゲオルク親子だった。
ゲオルクがテラ行きに随伴を申し出た。
「私と二人の息子のニンマとカギュもお供させて欲しい。私は嘗て二度ほどテラを訪れたことがあるので、入り組んだテラへのガイドにも多少の役には立つんじゃないかと」
すると、リリトも「我の他、エローミュも御一緒してもよろしいかしら?」と、同行を申し出た。
一平は驚いてエローミュを見た。
エローミュは「土竜も日の光を浴びたいと思う時があるのよ」と、片目を瞑った。