六十六話
牧野と一平とヒロコは総督邸に向かって歩んでいる。
「また三人になりましたね」
「プラス一羽だよん!」モルモネが脳天気な声を上げた。
アテンの園は不思議世界。
自由でありながら閉ざされた空間の世界であり、春夏秋冬なく常に穏やかな気候でありながらも明暗による昼夜のリズムがあった。
制限された小世界とは言え、総督邸のあるメーンの大ホールと、それに付随する個性に富んだ小ホール群を入れると、それは思いの他広大だった。
一平は一人、泉の辺をゆったりと歩んでいた。
薄暗い地下道から抜け出て目にした自然の景色は光に溢れ、草花や木々の緑は生き生きとして、まさに生命のうねりに祝福されていた。
泉辺に立って花を見ていると、それはまるで咲き誇っている其処から、花の精が立ちのぼっているかのようだ。
すると、霧の向こうにゆらゆらしながら、霊的なフォルムがくっきりと形づくられてくる。
おそらくそれは、陽光をもっと味わうために、つぼみの上に立とうとしたのだろう。小さな子供の姿が現れた時、一平は唖然とした。
それは陰鬱な地下の世界から解放された詩的幻想なのか?
微睡の夢を払うように「貴方も精霊を感じることが出来るのね」と、声がした。
声の方向を見ると、花樹林の間から切り抜かれたかに淡い輝きを帯びたエローミュ総督夫人が現れた。
「何時から其処に居たのですか?」
一平はエローミュの吸い込まれるような美しさに陶然とする。
エローミュが微笑んだ。
「良ければ、アテンの彼方此方を案内しましょうか?」
三人と一羽は朝夕の食事時以外は夫々の生活スタイルに乗って気ままに動いていた。
牧野はヨッシ及び研究スタッフと資料図書館や総督の私設研究所を中心に、概ね科学哲学の類の意見交換、余暇を見てはプレイボーイ三昧に明け暮れる。
未知の世界に興味津々のヒロコと探検家を自任するネルモネは、精力的にアテンの調査に勤しむ。
一方、一平はエローミュ夫人直々のアテン内の個人ガイドに連日ピクニック気分を満喫していた。
夕食後の一時、ヒロコが「一平さん、魅力的な竜人レデイの至れり尽くせりの毎日は如何かしら?彼女が単なるガイドだけとは思えないんですけど?」と、尋ねた。
「僕としては、スーパーな御二人と天才オームの邪魔にならないようにするのが関の山なんです」一平はヒロコの皮肉交じりの問いに当たり障りのないように答える。
「昨夜、久しぶりに康煕の夢を見たのやが、陰鬱なヴィジョンやった。緊急出動となりかねんので、スタンバイして置かないかん」
牧野は箍を引き締めるよう釘を刺した。
… … … …
数人のモグッパを従え、一平とエローミュは薄霧立ち込める二百メートルばかり四方の小ホールの白い石畳の道を歩んでいる。
「貴女が妖精使いと言われているのは?」一平はヱローミュに尋ねた。
「イッペイは小さなアテン世界が、エネルギー、食料等、完璧に近い豊かな自給自足なのを不思議に思わなくって?」
一平は頷く。
「不可解なことばっかりです」
「私は幼い時からガーデニングが好きで、終日それに没頭していた。否、寧ろそれ以外に興味を覚えなかったのかも。暇さえあれば、野や泉や庭で果樹や草花を相手に楽しく何くれと勤しんでいたわ。そして、あることを契機にあらゆる草木花に妖精が宿るのを知ったの。
具体的にはっきりと姿が見え、コミュニケーションが可能になった。そして、彼らの助けでエネルギーや収穫もコントロール出来るようになったの」
「僕には妖精の存在自体が、夢物語か空想の産物としか思えなかった……」
「ガイアでの妖精使いとして、フィンドホーンの奇跡を伝え聞いたわ」
「フィンドホーンは奇跡の農法として、聞いたことがありますが、タブロイドの類だと聞き流していました」
「人から見れば、奇跡でも、凝り性の夢中人間には大なり小なり必然の結果と言えるの」
道路の左右には白亜の円柱が一定間隔に誘う如く立ち並んでいた。
「この空洞は幻花の園と呼ばれているデザインホールなの」
天井は入り口の半部を残して、ぶち抜き状態に上空に開放されており、全壁伝いに白い花をつけた緑の蔦が珠簾となって垂れ下がっていた。
インコ類の叫びと水琴窟が奏でる二重奏が陶酔に誘い込む。
極楽鳥が飛び交い、数匹の小柄な鹿の群れがゆったりと行く手を遮った。
真紅の大輪が咲き乱れるテロピア林を抜けると、鮮やかな花々に埋め尽くされた夢幻の世界に紛れ込んだ。
プリズムの中に忽然と出現した一条の滝が、靄を揺らめかせて紫水晶の滝壺に水音を響かす。
道から泉に続く白亜の円柱は濃緑に苔むし、所々が中折れし、悠久の時を思わせていた。
「この温泉滝池は前任者によって古代魚の成育可能な適温に調整され、しかも湯質はとろみがあって最高なの。花々と木は、二百年ぐらい前に植え込まれデザインされたのよ」
「前任者?」
「前総督で、私の前の夫」総督夫人は艶然と微笑んだ。
「総督が赴任する度に結婚と離婚が繰り返される。家付き嫁じゃないけど、私は園付き女なのよ。
私はこの空間と共に生まれ育ち、夫を取り替えながら住み続けるアテンの鵺と言ったところ」
二人は寄り添うように腕を絡ましていた。
一平が尋ねた。
「貴方は何故ガーデニングに拘るんですか?」
ヱローミュは一平を見た。
「知性ある生き物は皆各々に自分だけの秘密の庭を心の奥に秘めているのよ」
「秘密の庭?」
「生死の狭間に存在する、苦しい時や哀しい時に彷徨うところ。そして、その秘密の庭で自由に魂を遊ばせるガーデニングはヒュウマノイドにとって最高の趣味と言えるわ。何故なら、神の描いたガーデニング、それこそが宇宙の始まりだからよ」
「神?それって神人のことですか?」
「彼ら(神人)も私達が彼らに創られた様に創られたヒュウマノイドなのよ。そして、その創りし者も創られた。つまり、その創造の連鎖の始まりが神なの」
「じゃあ、神って?」
「ヒュウマノイドは神の似姿に作られたって話。つまり、神はヒュウマノイドなの」
ヱローミュは詠うように話し続ける。
「創造主は微睡み、心地良く空想の世界でガーデニングを行う。
先ず言葉が光を創った。そして、あらゆる世界が思い通りに構築され、夫々がオートマチックに機能し、時には構想を超える出来事を楽しむ。
しかし、何時の間にか想像は息吹により命を持ち、自由を得たの。論理を超えた想像の産物、タルパの誕生よ。時にタルパは言葉(論理)を乗り越えて暴走し、辻褄の合わない焦燥をもたらす。
不快に微睡を妨げられた創造主は微調整によって快適想像の回復を試みるけど、数列外のタルパは制御出来なくなっちゃう」
一抹の不安を覚えながら一平は「で、如何なるの?」と、尋ねた。
ヱローミュは首を振った。
「面倒になった神は既存の幻想を消滅させ、新たなガーデニングに微睡むのよ」
「神が空想を止めてしまうと?」
「一切は空。かく言うわけで、我らヒュウマノイドは神の御業を複写するのよ」
ヱローミュは楽しそうに笑った。「我らヒュウマノイドは創造主のコピーに過ぎないの。それが、小宇宙を創るガーデニングに拘る理由なのよ」
エローミュは滝の辺にコブラン様の敷物を広げさせ「湯浴みをしましょう」と、衣服をするりとその上に脱ぎ捨てて入浴を誘った。
一平は滝霧の中に青白く浮かび上がる魅惑的な肉体に息を呑んだ。
帰途、お喋りな総督夫人が無口になり、一平の話かけにも漫ろになっている。
「何か気に障ることがあったのでしょうか?」
一平は恐る恐る尋ねた。
エローミュは歩みを止めて一平を見つめ、「私って、魅力が無い?」と、尋ねた。
「貴女は……半端じゃなく魅力的ですが」
「イッペイは私の裸に欲情しなかったわ」ヱローミュの声には不満がある。
「そんなことは……」
エローミュはさらりと一平の股間に手を差し入れた。
「全然反応していなかったもの。期待していたのよ」
「……抑えたんです。ヨッシ総督を裏切ることはできませんし……」と、総督夫人の咄嗟の行動に手を払うこともなく、一平はしどろもどろだ。
「ヨッシは私と一平が交接し、弥勒と羅門の血を引くミックスを手に入れ育てたいと望んでいるのよ」
一平はエローミュの手の刺激に反応し始めている。
変化の大きさに目を見張ったエローミュは把握している手を引き、一平の困惑した様子に噴き出した。 「良く分かったわ」
「僕は変わり者なのかもしれません」
「そうね、今までに経験した性欲ギンギンで、機会があれば乗しかかって来る猿人(人間)の男と異なっているわ」
エローミュは一平を抱擁し、「貴方の子供を孕みたい」と、接吻した。