六十二話・ニライ・カーネル
イーラムの盛大な見送りを後に、朝霧を掻き分け、ガリッポム護衛のファランクスはニライ・カーネルの正門からの入場を目指す。
進軍する兵士達は意気軒昂だ。
「女狐をぶっ飛ばす!」
「淫乱魔女にブチかませ!]
ファランクスが正門前に進軍するや、巨大な青銅の扉がゆっくりと開け放たれた。
「入場する!」
ファンファーレが鳴り響いた。
門から本殿へと真紅のカーペットが敷かれ、道路の両脇に立錐の間も無く、巫女姿の美女たちが玉串の榊を掲げ歓声を上げる。
「六列縦隊!精神波遮断シールドを保て!」
玲が感嘆する。
「こんな別嬪の群れ、見たことがねえ!」
「ヒュウマノイド選り抜きの美女を集めた神殿娼婦たち」と、ハーセムが説明する。
「娼婦やて?」
「宇宙、全世界から集うハラン巡礼者はお参りの時、高額寄進と引き換えにニライカーネルの巫女と交合することが穢れを祓うと言われている」
拝殿の広大な前庭、一段上のプラットホームから二の腕のタトゥも鮮やかに真紅の衣装をそよめかせ、リリト女王が市会議員たちと共に出迎えた。
依然として、戦士の行進は鬼をも拉ぐ勢いを持続している。
緩めない踏歩に、神殿兵は止まるよう叫んだ。
竜騎団は気勢を上げて、電磁破壊槍を構えたまま礼線を越えて突き進む。
プラットホームに迫ると、カドモスは大音声に命じた。
「リリト及び市会議員たちよ!跪いて降伏の礼をとれ!」
議員たちは慌てふためき平伏し、女王は身を翻し、神殿警護兵の陰に身を隠した。
ファランクスの前衛は突き進む。
そして、身を挺して立ち塞がった警護兵をセラミック装甲盾ごと串刺しに突き通し、一瞬に塵の如く分解して、リリトの寸前で停止した。
プラットホームの壇上からカドモスが宣言した。
「ニライカーネルはアムーティラ・ガリッポム竜騎士団の支配下となった。軍団長カドモス・ザンドーラの名において、直ちに神官王リリトと市民議会に新秩序形成のための会議開催を命ずる!」
… … … …
奥の本殿前広場に、ガリッポム竜騎士団と機甲部隊全員が整列している。
「誇り高き竜騎士団の諸君!」本殿上からライオン一行を後に、カドモスが話し始めた。
「この地、ニライカーネルはディルムン共和国の了を経て、執政官となったハーセム・ザクッタと女王リリトが暫定共同統治を決定し、より開かれた宇宙都市として、解放されることとなった。
そして本日、この時をもって、我はサーデモ人民議会反逆の責をとり、栄光あるアムーティラ・ガリッポム竜騎士団の隊長を辞任し、副官ザルダーヒコ卿に職責を移譲する。去るにあたって、竜騎団の栄光は我が青春の誇りであった。
ここに、万感の思いを込め、女王陛下と竜騎士団に永久の栄光あれ!」
壇上に立ったザルダーヒコが引継ぎの言葉を述べる。
「敬愛する我が友カドモス・ザンドーラ卿、貴君は任を降りても我が竜騎士団の誇りであり、永遠の指導者である。この栄えあるサーデモ・アムーティラ・ガリッポム竜騎兵団隊長を偉大なカドモスに代わって、ザルダーヒコが引き継ぐこととなった。前任に及ぶべくも無いが、団員諸君の強い支援を望む!」
ザルダーヒコは答礼を終えると、一平を指差した。
「我はこの場をもって、ガリッポム竜騎士団隊長交代儀式として、カドモス卿の代わりに、イッペイ殿に真剣の試合を所望する!」
突然の矛先に、一平は呆気にとられた。
ザルダーヒコは訴える。
「イッペイ殿、剣の道を求める同志として、真剣で戦おう!」
カドモスがザルダーヒコに歩み寄った。
「交代儀式は既に形骸化しており、意味を失っている」
「されど、儀式!竜騎士団の血の結束は心意気に支えられている」
カドモスが「譲っても我と戦うほうが筋であって、イッペイ殿とは無理がある」と、更なる翻意を促した。
ザルダーヒコは拒否する。
「この機を逸したら、二度とイッペイ殿と戦う機会がないのです」
カドモスは首を竦めて一平に振り向き、「卿は貴殿に執着して止まない。こうなったら何だが、試合の得物を模擬剣にと言うことでは如何であろうか?」と、提案した。
「模擬剣で、……ですか?」
「刃引きしてある」
一平は引き締まった。「ならば、受けましょう」
「では、決まりですな?ザルダー卿」
カドモスの有無を言わせぬ運びに、ザルダーヒコは笑った。「卿には敵いません。真剣は諦めます」
そして、一平に声をかけた。「イッペイ殿!さあらば、戦わん」
本殿前広場。取り囲む竜騎団は咳吹き一つ無く、鳥も虫も声を潜め、ただ白砂利を踏む剣士の足音のみが静寂の中にあった。
立会人のカドモスを中心に、白い闘衣の剣士は相対し、円を描くかに緩やかに歩む。
やがて、殺意の領域に円が収束するや、ザルダーは無防備に担いでいた剣を一振り、ジュッツの本構えであるフェンシングに似た相手から見て真横になるドエの構えをとった。
一平は剣道の正眼に構え、大音声の気合を浴びせる。
ザルダーヒコは気勢を受け流し、小刻みにステップを踏み始めた。剣先は一平の剣を巻き込むように小刻みの円を描く。
突きを基本とするジュッツから見れば、相手に正対する正眼は格好の標的に見え、その誘惑に駆られる。
ザルダーヒコは既に一平の飛び込みメンの間合いに入り込んでいた。
ザルダーは予期せざる剣道の捌き変化を、一平はジュッツの複雑に組み立てられる攻防の巧みさと恐るべきカウンターを警戒して膠着していた。
ダングンジュ同士、目まぐるしく攻守所を代えて互いの心を伺い見るが、何時の間にか二人の意識は霧散し、闘争本能と無意識のみが支配していた。
ザルダーが円を絞り込むかに間合いを詰めると、一平が踏み込む!
得たりとザルダーは体を捻り、胸元にカウンターに突いた!
一平はそのまま剣を回転させて引き流し、左方すれ違いざまに袈裟懸けに斬る(日本剣道形)!一瞬、視界から消えた相手にザルダーは捻り込んだ体を、そのまま地に倒れこむように回転し、足払い斬りに斬り上げた。
間を切った二人、一平は必殺の左上段に、ザルダーは片膝を地に付けたドエに残心を取った。
ザルダーは一瞬視界から消えた剣道技に驚嘆した。
「お見事!」
「其方こそ!」
ザルダーの右耳は半切れになり、流れ出る血潮は白衣を真紅に染め、一平もまた右足に血が滲み、鈍痛と痺れを覚えていた。
二人は彫像の如く静止している。
滴り落ちる鮮血は白砂を染め、微かな息使いが沈黙を支配していた。
暫しの静寂。
一転、上段に構えをとった一平は耳を劈く怪鳥の掛け声を浴びせ、砂を食むが如く前進を始めた。ザルダーは一平の相打ちの覚悟に気圧される。
反転、ザルダーは避けるように剣を掲げて飛び込み左手指を狙い打つ!
一平は構わず攻撃ごと粉砕するように振り下ろす!
唸りを上げた一平の剛剣はザルダーの剣を叩き落し、返しの剣が首筋にピタリと静止した。
「勝負あり!」
カドモスの声に、ザルダーがガックリと膝を折った。
興奮と緊張から解放された一平は「否!僕の負けです。真剣なら、既に足を斬られ、手指が切り飛ばされていました」と、崩れ落ちた。
駆け寄った医師が驚きの声を上げた。
「右脛骨が破砕し、ひ骨が折れています!」
… … … …
「驚くべし、竜界の医術!通常ならば、一生涯の不具とせねばならんのに、今や一平君は完全体に治癒している」
ストレッチする一平を目の当たりに、牧野は三週間足らずで、右足の骨と筋肉を完璧に治癒させた竜界の医術に驚嘆する。
「此処では治癒でなく再生と言う方が正しい」と、ハーセムが訂正した。
「イッペイもOKになったようだし、そろそろ出発した方が宜しい」パトリースが出発を促した。
深夜、一行は本殿から発せられた耳を聾さんばかりの凄まじい鳴動に目覚めさせられた。
宿舎から本殿に急ぎ辿り着いた頃、鳴り響いていた聖音は穏やかに発せられていた。
篝火に照らされた本殿の広場には、兵士たちや神殿の関係者が既に寝起き姿のままで集合して騒いでいる。
扉が開放されている本殿から正装のリリト女王とハーセムが手を携えて現れた。
「聖なる神人の聖器が作動した。偉大なる神々はライオン・マキノとミコ・イッペイのみに接見される。いざ、二人とも奥に入られよ」リリトが口上し、ハーセムが二人を招き入れる。
小半時、女王とハーセムが再び現れ、ハーセムが女王を見上げるように跪いた。
リリトは手を広げ、厳かに告げた。
「神々は我が新生ニライ・カーネルの承認と、永久の庇護を約束された。私・リリトと執政官ハーセムは互いに協力し合い、偉大なる神の意思を遂行する」
カドモスが大声で尋ねた。「ライオン・マキノとイッペイは如何なっておる?」
「遠大な宇宙の真理と使命を……」と、女王は言葉を切り、傍らのハーセムを見た。
ハーセムは支えるように手を添えて立ち上がり、「今暫くのお待ちを」と、告げる。
「二人はカップルみたいじゃなくって?」ヒロコが憮然としている。
「執政官に就任したその夜、速攻に合体しちゃったらしいぜ」と、玲が言った。
「合体?」
「結ばれた二人は、それ以来寝起きを共にしてるって。最高位としてタッグを組むんだから、当然って言や当然。精力満々なハーセムにとってフェロモンむんむんの霊力女王は憧れだし、ニンフォマニアの女王には欲求不満の解消のみならず、権力保持のためにも彼が必要ってわけ」
牧野と一平が退出した時には、東の空が白み始めていた。
翌日、奥の院と呼ばれる洞窟入り口前、カドモスと従者のモグッパを加えた一行の出発は盛大だった。
新旧隊長の別れの抱擁は熱く力強い。
「カドモス卿、長い間の御指導御鞭撻に感謝。竜騎団は永遠に貴方のものです」
一平とザルダーヒコは互いに再生した耳部と脚を見せ合い、試合における互いの健闘を讃えあった。
「一旦なりとも生死を賭けて戦った同士、卿のことは決して忘れません」
「我が後れをとったのは一瞬死を恐れたこと。何故にイッペイは無心に成り切れたのであろうか?」
「技法に勝る卿と互角に戦えたのは、卿が不慣れな剣道の技法とサムライの心だと思います」
「サムライの心?」
「卿は剣の求道者であり、自らの剣の理を極限に追求する。しかし、サムライは我を擲ち、他利つまり義のため誇りに死ぬのです」
「義のため、誇りに?」
「我が師のため、友のため、卿のため、同胞のため、そして、愛のためです」
ザルダーヒコは唸った。
「何時の日か、我もサムライとして君と見えん」