五十八話・脱出
穏やかな時の流れ、女王が語った永遠の諦観。
然しながら、ささやかな幸せには羽ばたきの止まない翼がある。
一行がサーデモを訪れたのと期を一にして、同国内の竜人とモグッパの新生児生産が原因不明の不調となる。加えて、気象コントロール所の誤作動等、思いも寄らない災害が次々と頻発するようになった。
極めつけは、甚大な被害をもたらしたパンデミック(悪性のインフルエンザの爆発的大流行)後、一万年来の彗星が超接近で、尾の一部がヨミデスを掠め、数週間も全土に酸化鉄の真紅の雨が降り注ぎ、サーデモに聳え立つクンガンダンス霊峰が数万年の眠りから覚め噴火したのだ。
揺れ動く大地、乱れ飛ぶ流言飛語。
夜半、一行はハーセムの叩く激しいノッカーに起こされる。
女王の緊急指令だ。
ヨミデスにおける未曾有の災害、不祥事の大本が、宇宙調和を乱すライオン・牧野一行を招き入れたヨミデスに対する大宇宙の怒りと言う噂に、人民議会の採決が下されようとしている。
全員処刑の可能性が高いので、サーデモから早急に脱出するように、とのことだった。
「私とヤハタが道案内として、ニライカーネル・スターゲートまで同道いたしますので、直ちに御用意を!もし採決が下されれば、女王の力と元老院の意志をもっても、如何ともし難くなります」
ハーセムの案内で、カーニャとモルモネ・ユニットを加えた一行は、秘密の宮殿地下道を抜けてメイン運河を超高速電磁車でサーデモ山脈のトンネルを突き抜け、隣国ディルムンまで一気に到達した。
ユニコーンに乗り換え、一路二ライカーネルを目指す。
「追っ手がほんまに掛かるんかいな?」
順調な脱出劇に牧野が問うと、ハーセムは首を振った。
「共有意識が、追っ手が迫っているのを感じます」
幹線道路を避けて未舗装の脇道を半時、前方に待ち伏せる気配に進行を止めた。
後方にも追尾の群れが認められる。
上空から偵察していたモルモネが降り立ち、状況を説明する。
「道路の行程は諦めて、徒歩でジャングルの湿地帯を踏破するしかないが、このままでは湿地帯に逃げる前に押さえられてしまう」
「逃げ込む時間の余裕は?」パトリースが尋ねる。
「約三十分」
パトリースが「その位なら……」と、自からの紫水晶ネックレスを引きちぎり、バラバラにして前後方にばら撒くように思い切り放り投げた。
水晶玉はそれ自体が意思を持つ飛行体のようにキラキラと光りながら、追尾兵と待ち伏せ兵まで飛んで行き、爆発音を立てて足元の地面に突き刺ささった。
不意打ちを受けたモグッパ兵達は慌てて散開し、臨戦態勢をとる。
すると驚くべき、打ち込まれた水晶玉から地面を割ってニョキニョキと壁を作るように葉をつけた樹が伸び広がり、互いに絡み合い、一本一本が見る見る一抱えもある幹となった。
そして、あれよあれよと言う間に、完熟の豊香を放つ巨大葡萄が次々と無数に膨れ上がり垂れ下がる。
モグッパ兵は蜜割れし甘汁を滴らせる爛熟の香りに錯乱し、蜜に誘われる蜂のごとく群がった。
パトリースは四方に匂いを放つ陶酔の香りに「ムンジュル葡萄の香りはモグッパを麻薬のように捉えて離さない。数時間は指揮系統が用をなさない。いざ、覚悟を決めて未到のジャングルに」と、腕を広げた。
一行は行く手を遮るディルムン最大の硫黄熱泉瑚沼アースルンデを迂回する。
案内するのは上空から俯瞰するモルモネ。地上のピノマントを通して報告!
凄まじい湿気、鼻を衝く強烈な腐臭ガス、無数に飛び交う吸血人面羽虫や地を這う毒蠍、丘蛭、爬虫類等の群れ、そして獰猛な巨大獣。
瑚沼周りに広がるジャングルの湿地踏破は困難を極めた。
夜も明けやらぬ薄明かり中、漸くニライカ―ネル巨大盆地突端のダイダーネン丘を垣間見る。
モルモネによる空からの報告が入った。
「飛行物群が急速接近!」
「サーデモ機甲飛行船群を確認。ガリッポムが大きく旋回、偵察が見つけられちゃったデー」
「警告射撃ダ!」
「離脱する!」
(報告が途絶えた)
突然、一行は強烈な雷撃を至近に受けた!
耳を劈く爆発音!鮮やかな色彩弾!
一行は空に百足のように連なるサーデモ機甲飛行船群を見る。
声が空一面に響いた。
「ラオダイ・ライオン・マキノ及び勇者諸君!直ちに逃亡を中止し、我らの命に従って下さい!」
ハーセムが蒼ざめる。
「ガリッポム竜騎団です」
「ガリッポム竜騎団?」
「サーデモ最強の戦闘軍団。少人数の我らに竜騎団とは大人気ない」
牧野はパトリースを見た。
「マジッシャン、如何ないしたらええんやろ?」
「眩惑シールドを!」パトリースがポケットから取り出したハンカチを一振りして放り上げた。
ハンカチは透明な天蓋のように広がり包み込んだ。
「今暫く、彼らは私たちが見えない」
「今暫くって、どの位の間なんっすか?」玲が不安そうに尋ねた。
「二三十分」
「その後はどないすんねん?」
パトリースは首を振って肩を竦めた。
鏡状に照り返す飛行船群はタンポポの穂が風に吹かれるようにガリッポム騎兵のパラシュートを空に撒き散らした。
ハーセムが叫ぶ。「一時なり、私がくい止めますので、逃げて下さい!」
パトリースが空を群れ飛ぶガリッポムを指す。
「あれ等は生本の竜騎士団、ハーセム一人でくい止めるのは焼け石に水。乗りかかった船、私も残るヨ」
「で、どんぐらい場持ちできる?」
「半時がいっぱいネ」
警告の雷撃が唸りを挙げる。
牧野は意を決したように「こうなりゃあ、一蓮托生!踏みとどまって死力を尽くさん!」と、ヴァジュラを掲げた。
「ラオダイ・ライオンの意向なら!」バキが同調する。
目眩ましハンカチシールドの消失に備えて、一行は防御用電磁シールドを二重三重に張り巡らし、戦闘に備えることにした。
「接近戦になる」
「竜騎兵との肉弾戦はぞっとしませんが!」と、トミスが胸を張った。
その時、ヒロコが皆の前に立ち塞がり、手を広げて怒鳴った。
「頭を冷やして!こんな所で命を捨てるなんて馬鹿馬鹿しいわ!」
唸りを上げて爆発する色鮮やかな至近弾!
「彼等の指示に従いましょう!」
「お嬢さん、男は生まれた時から死を模索しているのヨ」と、パトリースが抑えるように言った。
ヒロコが言い返す。「何が男よ!命を捨てるようなシチュエーションじゃないでしょう!」
「その通りだわ。彼らだって、出来れば無事に済ましたいはずです」カーニャが後押しするかに言葉を添えた。
一瞬、沈黙があった。
身も竦む真紅の警告弾が上空に炸裂!
牧野が告げる。
「降参や!」
一平がバネ人形のように立ち上がり、ガルガンの先に結んだ投降の白い布を振り回した。
驚いたことに、着陸した竜騎隊は牧野一行の前に全員が跪き上位の礼をとった。
竜騎隊長はソウジュッツ師範・ミックスヒュウマノイドのカドモス卿、副隊長は一平の剣友で指導教官ザルダーヒコだ。
「謹んで御一行に敬意を表します。ハーセム卿、早速ながら、ライオン・マキノの決意を問う」
「その前に、人民議会の決定を知りたい」パトリースが問い返した。
「人民議会の決議はライオン・マキノの使命放棄の条件付によるテラ以外の世界へ追放か、人種改良実験室終身禁固」
牧野がさらに問う。「使命遂行を主張するならば?」
「速やかに処刑せよと!」
牧野は唸った。
「本意ではないが、…」
すると、カドモスが立ち上がり「心配無用!ライオン・マキノが使命遂行を望むならば、我の責任に、我が人生を賭して、ライオン・マキノを無事にニライ・カーネルまでお送りするつもりです」と、告げたのだ。
牧野は耳を疑った。
「我等の使命を容認するってか?」
「女王と元老院の意向です」
「決定権は人民議会が有するはずやろ?」
「我等はガリッポム竜騎団。物質主義議会の決定に従うつもりはない!」
カドモスは告げた。
「元老院議員にしてガリッポム竜騎団隊長カドモスの責任において、ライオン・マキノ一行をニライ・カーネルへ護送する」
すると、隊の全員が起立し、盾を叩いて「我らが命は女王に!カドモス隊長と共に!」と、叫んだ。
「見て見ぬ振りをすれば、責任は問われんやろうに?」
「御一行がサーデモの保安隊に捉えられれば、ライオン・マキノは即決で処刑されるので、何が何でも身柄を確保せねばと」
「驚くべき展開だが、卿の立場がやばいんじゃないノ?」と、パトリースが問う。
「この際、私もニライ・カーネルから古代の何処かに紛れ込みましょう」
「私のように永遠を漂流するようになる!」
カドモスは笑った。
「常々、貴方のように生きたいと願っていました」
何時の間にか、ゴーグルを着けたモルモネがピノマントに止まって聞き耳を立てている。