五十六話・竜宮城
そそり立つ境界山脈の高みを越え、海と見紛う江を渡り、飛行艇から見るサーデモの大自然は圧巻だった。
遥かに望むヨミデス最大の霊峰火山クンガンダンスと連なる山々の頂には万年氷河が輝き、地平線の彼方まで緑なす森林と草原が展開する。
空には鳥や翼竜が群れ飛び、地にはマンモスと野牛の大群が大河の如く移動するのが見られた。
空も地も水も、溢れんばかりの命に満ち満ちている。
巨大都市ナーガ湾の海上に聳え立つ竜宮城の偉容は聳え立つ山の如く、壮大華麗を極めていた。
色取り取りのガス飛行船が都市上空を埋め尽くすように浮かんでいる。
牧野は大パノラマに興奮しっぱなしだ。
「壮観!建築工学の奇跡!モンサン・ミッシェルの佇まいに黄金のアヤソフィアを乗っけ、百倍にスケールアップや!」
迷路のような宮殿を歩み、千余の貴種がさざめく謁見の間に案内される。
列席から恥じ入るようにモルモネ・ピノマントのユニットが出迎えた。
パトリースが強面に罵った。
「お喋り鳥の役立たずが!何処で油を売ってた!」
「ハーセムの人好し顔に騙されてしまった。モルモネ一生の不覚ぞなもし」と、泣きが入っている。
破顔一笑、パトリースはピノマントの肩を叩いた。
「皆お人好しのお仲間ヨ。ハーセムには我々も雁首揃えて見事にしてやられた」
金色に映える荘厳華麗な謁見の間、燦然と煌めく宝石の玉座に迎えるのはサーデモの女皇アムーティラ。
側には一本角の白竜シュルシュ(チーター大の小型恐竜)が彫像のごとく控えている。
「懐かしや、ホカ・バキ殿。ようこそ、ライオン・マキノと勇敢な冒険者たち!」
そして、女王はパトリースに声をかけた。
「お帰りなさい、我が子よ」
パトリースが反発するかに声を上げた。
「何ゆえ私を連れて来たのですか?私は母子の縁を切られて呪われたイーラムに遺棄されし物」
「腹を痛めし己が子を愛しいと思わぬ親があろうか。だが、我は大竜界を預かるものとして、宇宙のバランスを崩しかねない紛争の種を除かねばならない立場にあった」
アムーティラの弁明は苦しげだ。
「年端も行かない幼児の何が分かったと言うのですか?」
「違うことのないピュトンの巫女が予言を下した。それは、お前が父を破壊し、母を犯し、忌みなる者を助け生き永らえさせ、神の御意思に逆らう永遠の彷徨い人になると」
「ピュトンの婆どもこそ、偉大なる意思を妨げる輩。私に関して言えば、亡き父を破壊しようがないし、畏れ多くも陛下を犯そうとも思わないし、忌みなる者に触れようとも思わない」
「我はお前が歴史に不敬の干渉を繰り返し、時を超えて父ヘルムスの業績を破壊するのを見た。養母エンマシアを胎まし、三人の子供を産ましたのも知っている。
そしてこの度、忌むべき猿人類の輩が自浄自滅していく流れを阻止しようと言う企みに手を貸そうとしている」
パトリースは顔を紅潮させ、声を張り上げた。
「人類滅亡阻止は罪ですか?竜人にとって、猿人類は同じように同じ理由で創造された我らが同胞ではありませんか。
分裂の地球が再び同一に収束するのこそ宿命であり、何時の日か人間は大宇宙の融和と愛の法則に覚醒して神人たちや竜人たちと共に歩み始めるでしょう」
女王は首を振る。
「リョウゼン、肉体の因縁に縛られた霊はカルマを背負う。地球人なる猿人遺伝子は、血塗れた憎悪と怨念、狡猾にして欺瞞に満ち、そして飽くなき欲望が組み込まれている」
そして、牧野を指差した。
「ラオダイ・ライオン・ドクターマキノ、人類は幾度も母なる地球を破壊しようとした。そして、その度に我々(神人、竜人等)は水や火や氷によって思い上がりの破壊者どもを一掃し、生き残りに選ばれし人々に愛の世界を託してきたのだ。
しかし喉もと過ぎれば何とやら、何時の間にか仲間内の争いが高じて、またしても地球、強いては宇宙に深刻な影響を与え始めた。そして最早、恐るべき自然破壊は止まるところを知らない」
ホカ・バキが進み出た。
「アムーティラ陛下、我はガイア時間三百年前、当地に拉致され、ミックスヒュウマノイド創りに些かながらも貢献し、テラにおける竜人肝いりの人類改革運動の一環として光の家創設運営に尽力してまいりました。
確かに、猿人類は欺瞞に満ち、暴力的・唯物的、近視眼的で、信じるもの以外のすべてを排除しようとする愚かさと悲しさを有しています。数え上げれば限がないほどの愚かしさ……。
しかし、地球人類は他には代えがたい素晴らしい情念に溢れているのです。
溢れる生命賛歌、陶酔に導く狂熱的な情熱と感動が横溢しており、それは宇宙の進化発展に必要不可欠な存在であり、そしてそれこそが偉大なる御意志ではないでしょうか。
この場をもって、その人類に更生機会を与えるべく、ラオダイ・ライオン・マキノをテラに移送し、宇宙の融和に奉仕させるようお願い申し上げます」
女王は両手を広げ、艶然と微笑んだ。
「嘗て肌を合わせ交合を愉しんだ愛しいアメリカン。貴方のヨミデスに対する貢献は素晴らしく、余人には比べるべくもない。我らの意に添わないことではあったが、命を懸けての弥勒への帰依も、その勇気と決断に感嘆の意を表せずにはいられない。
然しながら、繰り返される猿人類の行状を鑑みるに、貴方がたの試みは宇宙のバランスを乱し、不安で危険な状況を延長させるのみ」
アムーティラは徐に立ち上がり、錫杖を差し上げた。
「見るが良い!」
すると、謁見の間全体が暗転し、眼前に成層圏から見る巨大な地球が出現した。
一行は地球誕生から、その凄まじいまでの天変地異と繰り返される悲劇的な人類の歴史を見た。
そして、これから起こるであろう恐るべき人類の終末を見る。
壮大にして暗澹たるヴィジョンが消えうせ、黄金と宝石の煌めく謁見の間には重苦しい溜息が満たされた。
パトリースの反論が空しく響く。
「我々は恐るべき未来を垣間見た。しかし、この未来は宿命に収束される数ある運命の一つでしかない……」
嵐のようなブーイングと足踏み。
女王が首を振った。
「宇宙のバランスにおいて、諦観は最大の美徳なのですよ」
「しかし陛下、水の流れる方向は大いなる意志に委ねられているのです。今回の挑戦が、大いなる意志に添うものであれば、ラオダイ・ライオン・マキノは行くでしょうし、妨げるものには不都合と災いが生じるでしょう」
女王は首を傾げ「それこそが、猿人共の希望と言うものなのでしょう」と、謁見の議論を締め括った。
退席のため玉座から立ち上がった女王は「御一行を歓迎します。そして、サーデモにおいては、ライオン・マキノのテラ行き以外の全てに自由と最恵の待遇を!」と、告げるのだった。
ハーセムが一平に「剣士たちがソウジュッツ道場で、腕を撫して待っています」と、耳打ちした。
「最強を任ずるガリッポッム竜騎兵達。特に、元ソウジュッツ世界チャンピオンのカドモス卿と、現世界チャンピオンのザルダーヒコが。……ガグハルから、貴方の目覚しい剣技の上達振りが伝えられたみたいです」