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五十五話・決断の時

  

 ソウジュッツ修業の充実した日々。


 打撃ポイントの広さと変幻自在の立体攻撃に戸惑いつつも、一平は稀なる剣才と特有の先読み能力をもって適応し、やがてはその剣名をユーテンジュに轟かすことになる。


 一平の才に惚れこんだガクハルがジュッツ以外に軍事兵学も学ぶよう勧める。

 「イッペイ殿には兵学も伝授したい。貴君等の使命を知るにつけても、役立ててもらえれば本望だ」


 数ヶ月後、一行は素晴らしいプレゼントを女王から受け取る。

 牧野の持つ神人ヴァジュラ(ムラクム)のレプリカント六機。美術工芸品としてはともかく、性能的に八割方再現の代物だった。


 竜人技術者の前置きがあった。

 「神人兵器の模倣流用は禁忌とされるところですが、今回は特例と言うことです」


 役目がら、すっかり一行と親密になったハーセムは、此のままヨミデスに留まり共に永遠の幸せを享受するよう折に触れては説得する。

 「ライオンが行かずとも、所詮テラは同じ定めに収束するのが収斂原理。此処に来たのも何かの縁、使命やらは放っといたらいかがですか?」

 「我々(人間)は挑戦する生き物なんや。挑むのを止む時、根源の荒ぶる魂が死ぬ」

 「しかしながら、生きとし生ける物の目的は幸せを得るためではないのですか?幸せは満足すること、と信じていますが、満足には諦めが肝要です」

 牧野は頷いた。

 「確かに、此処には何物にも代え難い平和と安寧がある。豊かで争いごとは起きず、人々は恐怖や苦しみを知らない。絶望も嘆きもない。永遠の時間だけがゆったりと流れている」



 滞在が延びていくにつけ、一行は心地よい安楽と為さねばならぬ使命の狭間に揺れていた。


 だが、踏ん切りをつけざるを得ない事態に見舞われる。

 何と宮城内で、牧野がサーデモの諜報員に拉致されそうになったのだ。


 深夜、牧野が女王の寝所へ秘密のお召しと言う甘罠に誘い出され、電撃器で昏倒される。

 幸い、一平と玲が事態を察知して襲撃者を撃退して事なきを得たのだが、それはユーテンジュに深刻な外交問題が突きつけられることになった。



 緊急謁見、女王は開口一番「ラオダイ・ライオン、この度の災難に同情します。そして、イッペイとレイにユーテンジュを代表して感謝します」と、謝した。

 「迷惑をかけた」流石に牧野もヘコんでいる。


 「我らこそユーテンジュのど真ん中で、サーデモの暴挙を許してしまったことを謝らなければなりません。それにしても、イッペイとレイだけで多勢の武装兵士を撃退したのには驚きました。

 レイ、サーデモは貴方の舞うように見事な技に肝を潰したようですが・・・?」


 「合気術と申します。宇宙の気と合わせる武術っす」


 「あなた方の来訪は、実に刺激的で有益な日々でした。しかしながら、あなた方の今後の去就で隣大国サーデモの軋轢が頓に厳しくなっています。

 もし、テラ行きの決意が動かし難いものであれば、残念ながらサーデモからの圧迫をユーテンジュで撥ね退けるのには限界があります」と、一行の決断を要請した。


 女王は締め括りに「ライオン・マキノ!もし貴方が私を欲するなら、正面から堂々と私の寝所にいらっしゃいな。心から歓迎いたします」と、言葉を添えた。



 日を置かず、一行はテラへ出発する。

 テラへのスターゲートは隣国ディルムンのニライカーネルに在った。

 パトリースと玲はゲートとテラの中間に在るハブ空間のアテンまで同行し、一行と分かれる。


 ゲートの洞窟までの案内はハーセムが行うとのこと。


 ニライカーネルからテラへの洞窟案内は、鳥人モルモネがする手はずとなり、既に下準備にディルムンへ先行したと、ハーセムが伝えた。



 朝靄たつ早朝、一行を乗せた磁力水上車は国境山脈の麓にあるトンネル入り口に、ものの一時もかからず到達した。

 山脈の向こう側はディルムンで、水路がそのまま真っ直ぐに貫通している。


        … …  … …


 洞窟内水路を一時、船着場から外に出ると、ユーテンジュと趣を変えた白亜と石灰質による白の世界が一面に広がった。


 ヨミデス最大のエルムート市場が活況を呈していた。


 無数のテントとタープが広げられ、騒音が溢れ、行き交う群衆の熱気に圧倒される。

 食料雑貨から生活用品、宇宙から掻き集められた多種多様の生き物、物品が充満していた。


 ハーセムが説明する。

 「此処では、買えない物は無い。想像の限り、果てしない夢も、悪徳までも。貨幣を媒体にして欲望が相食むのです」


 「基軸貨幣は何ですの?」ヒロコは遣り取りする貨幣に興味津々だ。

 「概ね金とパルードンで取引される」

 「パルードン?」

 「錬金不可のスーパーレアメタル」


 広場の中央、否が応でも睥睨するかに足を開いて屹立する松明を掲げた赤紫金属色に輝く巨人像が目に飛び込んで来た。

 「ランドマークになっていて、暗くなると松明の部分が点灯します」


 像の前面には、アースルの金文字も鮮やかに「自由市場、エルムート」と、記されていた。


 命の坩堝。各種神人カミビトも混じった人種構成は取り取りで、緑竜人を主に蒼竜人、桃、赤、黄、白、黒の人間、巨人から小人、各妖精たち、半身半馬のケンタウロス等のキマイラ、発生系統の異なる亜人種、ヤハタの鳥族、撥ね物モグッパに至る人間まがい、奇形生物、機械生物そして家畜まで無秩序に騒音の中を闊歩していた。

 パトリースはガイドのように説明する。

 「ディルムン共和国は自由にして危険な世界。ベリアル(天界を追放された、或いは快楽に溺れた堕神人)や遺棄された失敗人類改良実験体が生き抜く闇の世界でもあるノ。都市郊外には、原初地球から脱出して来た幾多の民族から、ガイアとテラからのマヤ、カタカムナ、インカ、イン、アルタイ、アトランティス、ミュー、カルタゴ、ケルト、ズルー、ヘブライ等々、そして、ネアンデルタール種と呼称されるイポ。最近ではヨミシャセ、キハン、ナチス・ドイツからチベット、ウイグル、マンチュリアン、クメールまでのコロニーや集合都市等が散在しているのヨ」

 「ネアンデルタール種やて?」

 「ネアンデルタール人のこと?」ヒロコの声が上ずる。


 パトリースは二人の興奮振りに首を傾げた。

 「コロニーが近いんで、結構見かけるけど……」


 パトリースが鮮やかな真紅の衣を纏った一群を指し示した。

 「お嬢さん、イポがあそこに!」大きな頭部が特徴の顔。ガッチリした体型の一群が市場の一画を蠢いている。


 「……意外だわ。完全直立だし、色白で毛深くもないし、あまり私たちホモサピエンス・サピエンスと変わらないみたい。違いを言えば、筋肉質のナイス・バディなところかしら。まるでアーノルド・シュワルツネッカーだわ」ヒロコの口ぶりは少しがっかりしている。


 「前屈みで歩む足の曲がった猿人間の類とまでは思わなかったが、スター紛いとはな」


 「進化論なる御伽噺に惑わされちゃいけないネ。彼らは思考形態が異なるだけで、ホモサピエンスに比べ脳容積も大きいし、原始的などではないヨ」


 「思考形態が異なるって?」

 「言語中枢が無声伝達テレパシー遠隔視リモートヴューイングなどの側に変位しているため、抽象概念が鋭く、論理的側面が薄い。滅びた原因でもあるんだが、所謂ホモサピエンス・サピエンスに比べて温和で穏やかな非暴力が特徴」


 「地球で絶滅したのは、温和で穏やかな性質のせい?」

 「サピエンスに比し狡猾さと欺瞞性が欠如している」


 「欺瞞性……」


 「人間が人間たる所以が、そこにある」と、パトリースは言い切ってから話し始めた。


 「人間とイポは共に神人による遺伝子操作の賜物なんだが、管理者の神人から手放された近似の生活圏を有する近似の二種には突き詰めるところ、対決か融合の二者択一しかなかった。

 創造者の相似にして、それすらを凌駕する欺瞞と闘争心に溢れた人間と、愛と平和と自然融合を是とするイポ(ネアンデルタール人)との生存競争は自明の理であったのヨ」


 「私たちによって、追い込まれた……」

 「闘争心と温和、欺瞞と正直、対立と融和には明確な結果が。例えば、欺瞞に満ちた貪欲なヨーロッパ人と、友好と非暴力のオーストラリアのアボリジニの関係を見れば良く解る。アボリジニは全てを奪われただけでなく、最後にはイギリス人の娯楽として、狩りの対象にすらなった。タスマニアでは人間としての尊厳の欠片も鳴く、見世物や殺されて農場の肥料にされるなど、非道の限りの末に絶滅させられた。これが、闘争世界の現実ヨ」


 「人間とイポ(ネアンデルタール)は混血しなかったのかしら?」

 「アボリジニにはイポの血がより濃く流れている。概ね人間は神人の闘争心と欺瞞性を色濃く受け継いだ」

 「つまり何だな、今回のミッションは、人間の持つ特殊性によって生じた問題点を総ざらいする機会なんやな」

 「種の生存を賭けてネ」



 喧騒から離れた広場の片隅、オレンジ色の花々に埋もれるように一角竜馬ユニコーンの貸し(レンタル)場が在った。


 ユニコーンに騎乗した一行は幾重にも交差する白亜の道を辿って、飛ぶが如くニライカーネルを目指す。



 大平原。見渡す限り地平線の彼方まで柳の潅木と真紅の彼岸花マンジュシャゲに埋め尽くされている。


 暗雲立ち込める薄暮の森を疾駆すること一時、ニライカーネルへの中継点である霧の湿地に遺棄された大理石都市遺跡ナビルに到着した。


 濃霧の水面から見上げるような白亜の巨大円柱が立ち並ぶ。

 一面に群生する水芭蕉と蓮の花。薄紅色のフラミンゴの群れが一斉に羽音をたてて飛び立った。

 霧が急速に流れて行く。


 すると、進行を妨げるかにモグッパの群れが盾を重ねて、一行を幾重に取り囲むように蜃気楼のように浮かび上がった。

 全員が投技器に爆発土弾を込めて一行に照準を合わせている。


 そして何と、何と、ユニコーンを降りたハーセムが同行するライオン一行に向かって、「皆様は既にサーデモの管理下に在り、我と共にナーガの龍宮城に御一緒願いたい!」と、言い放ったのだ。


 豹変のハーセムは咳き込むように唖然としている一行に言明した。

 「我はユーテンジュ操作に使わされた仮の蟲!サーデモ女王アムーティラの忠実な僕です。今回は是非とも皆様をお連れするようにと、陛下の御意なのです」


 「スパイ野朗の蝙蝠が力ずくで従わせるって?」パトリースのドスの効いた声が響いた。

 パトリースは全身から光を発している。


 「同行の願い叶わねば、この命捨てるのは覚悟の上です」ハーセムの声は震えている。


 暫し睨み付けていたパトリースは、ハーセムの悲壮な覚悟と姿勢を前に、肩を竦めて振り返った。

 「しゃあねえ!……道草を食いますか」


 牧野は頷いた。

 「ミシャセのペテン師殿には公私共に大分世話になっとる」


 ハーセムは跪き「有難う御座います。御恩は一生忘れません」と、目を潤ませた。



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