五十三話・聖都スイ-ピラとヤハタ
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歓迎の群れから、白いチュニックを纏った銀髪の紳士が「ようこそスイーピラに!お世話係を仰せつかったミシャセのハーセムです」と、迎え出た。
「ミシャセ?」
「竜と人間のミックスで、失敗作と言われています」
……… ………
アラビアンナイトもかくやと、煌びやかな宮殿広間の歓迎宴。
異彩を放つのは、広間の片隅に屯する賑やかな緑のユニフォーム姿の一群だ。その何れもが掛け木を背負っており、一様にオームに似た鳥を止まらしている。
見ると、賑やかなのは鳥たちが鳴き騒ぐ声であり、担ぎ手は無口でゆったりと歩き回っていた。
一平はパトリースに尋ねる。
「あの緑の人たちは?」
「そうか、ヤハタを見るのは初めてネ!鳥と人がユニットなんだが、主体は鳥の方なノ」
「鳥の方?」
「鳥の胸の辺りを見て!」
「足がもう一本出ている!…六本指?」
「彼等はヤハタと言うキマイラで、神人がペットのヨウムをベースに、六本指の器用な手(足?)を付加し、知能をヒュウマノイド以上に創り上げたスーパーバードなノ」
「ヨウムって、賢いオームのヨウムですか?」
「可愛らしい上に知能が高く温和なので、ユーテンジュでは古からペットとして飼われていて、野生種は一万年前に絶滅している」
「知能が人間以上って?」聞き耳を立てていたヒロコが話に入る。
「神人ってのは、竜人や人間を含めて改良をやり過ぎる傾向があるネ。と、言うわけで彼等はユーテンジュの支配下に、自治領としてイヤサカと言う樹上都市国家を形成しているノ」
「ユーテンジュの支配下?」
「形上はそうなんだが、ユーテンジュとイヤサカは補い合う関係で、共生と言うほうが正確かも。つまり、温和で軍隊を持たないヤハタが優れた科学技術をバーターとして、ユーテンジュの庇護下に居る」
「自らの血を流さず、豊かな生活を享受している狡猾で強かな連中。ひょっとしたら、ユーテンジュが彼等の植民地なのかも知れません」ハーセムが笑った。
「緑の人たちがペット同伴だとばっかり」
「緑のあれは、モグッパを開発したピノマントと言う自我を持つアンドロイドなノ。ヤハタはピノマントの脳にインプラントされた有機チップを通じて感覚を一体化している。機会を見て、イヤサカの首長に会わせよう」
「その首長さんも、ヨームですの?」
「もちろん!ヤハタには赤、黄、青、緑、橙、紫、白、黒の八種の他に、灰色の原種族がある」
背後から「リョウゼン!」と、呼ぶ声があった。
灰色羽の鳥を担いだ緑人がにこやかに微笑んでいた。
美男を絵に描いたような顔立ちと筋肉質の肢体だ。
「チャピオ!噂をすれば何とやら。君の話をしていた」
「厭な余寒がすると思ったヨ!」緑人のジェスチャーを交えた自然な話し方は頭部の鳥に操られているようには見えない。
パトリースは緑人と抱擁してから、人差し指を直接にヤハタに突き出し、お腹から伸びる六本指の手に握らした。
「ピノマントを通して話すのは馴染めない」
すると、スイッチが切り替わったように鳥が話し始める。
「相変わらず我が儘だな。来訪の噂にイヤサカから急ぎ駆けつけたんだが、勇者たちを紹介してくれんかな。是非ともイヤサカに招待したいんでね」
「鳥が話せるぜ!」玲が声を上げた。
チャピオが「お兄さん、馴染めないなら、直接に脳ミソにコミュニケートしても宜しいがの」と、憮然とする。
牧野が「スマン。何分我々はヒュウマノイド以外の知性と遭遇したことが無いんで」と、謝った。
三本足のヨームは声を出して笑った。
「貴方がたは我々を知らないが、我々は貴方がたを賢者の石等で随時コンタクトしてきた」
「そうかあ、賢者の石をヤハタの石言うのは貴方がたのヤハタなんや」
「賢者石の髑髏は、神人の依頼で作った我が科学省最高技術の結晶なんですぞ。それと、その紅勾玉も我等の傑作よ」チャピオは牧野のネックレスを指差した。
一行は鳥族との不思議な知的会話を楽しみ、近々のイヤサカ訪問を約束する。
宴はVIPの挨拶や、珍しい出し物が延々と続いていた。
アルコールが入り、上機嫌なバキにヒロコが尋ねた。
「ヨミデス世界の概略を解説していただけません?頭が混乱しっ放しなの」
バキ翁はドラゴンワールドの成り立ちを話す。
神人の惑星ヨミデスに入植した当初の理由は地球と同じで、有害宇宙線シールド用の黄金を中心とする鉱物資源採掘が目的だった。
そして、ガイアと同様に、過酷な労働を肩代わりする代用神人を作り上げる。それは、嘗てこの地にカンブリア播種した発展進化型の直立有袋恐竜をベースにDNA操作した疑神人だった。
やがて、錬金術の確定により、労働家畜は我ら地球同様に神人好みのコンパニオン・ヒュウマノイドとして移行し、遂には神人の計算違いと言うべく神人の能力さえ凌駕するスーパーミュータントが出現するに至ったのだ。
それから数万年の内に、神人からの独立・解放の勢いは止まるところを知らず、その権利拡大は神人全域の竜人奴隷にまで及んだ。
神人同士の勢力争いに加担した竜人惑星連合の相克。
それは、テラ・ガイアの後続猿人類の存続に死活的な影響をもたらす。
「それが、テラやガイアにおける神人と竜人の干渉の理由ですの?」
「竜人の神人に対する創造主コンプレックス。長期に渡る神人に近づけるための竜人改良研究。その結果、姿形と機能は殆ど相似とはいえ、混血交配も依然としてままならない両種のDNAの乖離があった」
「私たち人間の場合は如何なのかしら?」
「神人と我々猿人類は交配混血容易。人間のDNA操作ベースが哺乳類と言う神人と同じカテゴリーだった言うこともある。それに比べ、竜人のベースは鳥類に近い胎生恐竜のデノニクス。
因みに、竜人の最大の欠点は性的欲求と生殖能力が脆弱で、いまだに自然交配妊娠が難しく、人工出産が主流だと言うこと」
「あれを見ると信じ難いわ」
ヒロコは肌も露な姿態で、しな垂れかかるように牧野や玲へ酒を注ぐ竜女たちに顎をしゃくった。
「性的欲求が薄いと言うのは竜人雄で、それがために雌は慢性的な欲求不満を抱えている。セックスを渇望する竜女にとって、欲望の強い地球人(猿人)の男は憧れの対象でもある。
因みに此処には嫉妬が存在せず、まさにヒッピーなどが夢見る、フリーセックス社会が具現化されている。因みに性に関して、竜人と人間の著しい差はオープンか否かだ」
「オープン?」
「性は誇るべきもの、喜びを表現するもの、楽しむべきもの。人間のように秘すべきものではない。寧ろ、互いに見せ合い、愉しみ合い、分かち合うべきもの」
「露出症が市民権を得ているのね」
「此処では猿人類の隠匿癖の方が異常と言える」
「人間と竜人とでは、受胎は可能なのかしら?」
「収斂進化の恐るべき相似性は受胎可能ではある。但し、精力衰弱の竜人雄より、我々性的猿人類の男とニンフォマニアの竜人雌のほうが自然受胎し易い。
嘗て、私はスタンダードな竜人女はもとより、畏れ多くも女王からキマイラ、モグッパに至るまでを相手に果てしないミックス作り(交合)の任務を強制され、人種のDNA改良に貢献した」
「繁殖力が脆弱だと言うのに、如何して竜世界が繁栄を保って来れたのかしら?」
ヒロコが話を引き戻した。
「元々竜人の始まりが、工場生産なので、自然受胎が好ましいとは言え、何とかバランスがとれるシステムになっている」
「如何してそんなに雄が希薄なのかな?」
「竜人の雄は思春期に性ホルモンがリビド(昇華)し易く、性的欲求が知性に変位するため、素晴らしく知的優生ではあるが、雌の子孫繁栄の欲求に十分応えられない。人間はリビドし難いのが問題だが、竜人男にとってはリビドし過ぎるのが欠点となる」
「信じらんねえよ!こんなにセクシーなのに!」
玲は半裸の美女を抱えてソーマを飲みまくる。
牧野も年甲斐も無くはしゃいでいた。
「全く!二人とも好い加減にリビドされて欲しいわ」
騒ぐ玲と牧野の様子に、ヒロコは眉を顰めたが、気を取り直して「今の人類にも竜人の血が流れているのかしら?」と、尋ねた。
「ミシャセは元より、青い血と呼ばれる高貴な血筋はガイアとテラの山の民を経て皇族・王族に引き継がれている」
バキ老師は一頻り竜人世界を語る。
ヨミデスが銀河系惑星の一つであるであること。
六本指の天才ミュータント・ヘルムンドがガイアとテラのみならず、第三銀河の尽くを結ぶスターゲートをヨミデス中心に創造したこと。
ヨミデスが、三つのグループ国に分かれて鎬を削っていること。
中でもサーデモは地球人類(猿人類)の代替として選りすぐれた竜人ミックスヒューマノイドを志向しているので、いまだ盛んに哺乳類・主に人間を拉致あるいはミューティレーションしては改良実験を繰り返しているとのこと。
竜人は大まかに蒼竜人と緑竜人の二色の竜に分けられ、ユーテンジュとサーデモの女王は姉妹関係である等々。
一平は尋ねた。「拉致される地球人(人間)は年にどのぐらいになるんですか?」
「テラとガイアを合わせて一日四十人と言ったところだから、年間一万五千と言ったところ」
「ランダムに?それとも選ばれて?」
「概ね、私のように調査されて狙われる」バキ翁は首を竦めた。
ヒロコは竜社会について問う。「此処では、社会を支える必然の労働は如何なっているのかしら?」
「苦痛を伴う労働あるいは過酷な戦闘の類は、全て分業別に品種改良された人造モグッパが請け負うシステム。竜人は喜びと楽しみを伴う奉仕や遊びのみ行う」
「モグッパの分業別って?」
「人間が家畜を品種改良したように、種々の仕事別の作業用、護衛戦闘用、愛玩用、競技用、管理指導者用、そして食肉用の類まで多岐に渡っている」
「食肉用ですって?それって怖すぎない?」
「人間が言えた柄じゃない。人類のえげつなさは同種内で奴隷を調達したり、差別しあったり、搾取したりするし、近年まで食卓に乗せていた国もある」
「モグッパは反抗しないのかしら?」
「彼等は竜人に対する強烈な従順遺伝子が生産過程で組み込まれていて、犬のように竜人の庇護なしには生きていくモチベーションを失う。例えば、人間が崇拝したがる、命令されたがる遺伝子傾向が潜在しているように」
「最近の人間は畏敬の念が頓に薄くなっていると思うわ」
「だから、愈々もって人類の滅亡が見えてくるし、救いのライオン達をテラへ移送しなければならんのよ」
それから、掻い摘んで話されたバキ翁・若き日のサーデモとテラにおける血湧き肉踊る体験談は、更なる挑戦へと駆り立てるのだった。
宴もたけなわ、大銅鑼とファンファーレの音と共に女王が白獅子を側に、パトリースと手を携えて入場して来た。