五十話・異世界へ
やっと折り返し地点です。
後半もお付き合いくだされば幸いです。
皆に見送られ、ホカ・バキ達と予定の探査組は洞窟に入った。
バキ老師が重装備に膨れ上がった玲に声をかけた。
「玲君、ウエイトトレーニングかね?」
「あれもこれもと付け加えてるうちに、七つ道具の弁慶に膨れ上がっちゃったんす」
「その楽器は?」
装備の上から更に袈裟懸けに担いでいる琵琶を尋ねられると、玲は肩を竦めた。
「自分を保つ必須アイテムっす」
設置された照明が疎らになり、広い空間からトンネルが狭窄し始めるや、バキ老師は掌を前に突き出して呪文を唱えた。
随行するアメリカインディアンたちと、シャスティアンも老師と同様、掌を掲げる。
唱える言葉に応じるようにテニスボール大の淡く光る球体が掌中に出現し、それを各人頭上の空中に放つと、徐々に輝きを増し始めた。
その光は夫々の頭の動きに連動する。
「生体プラズマ光」と、バキは微笑んだ。
玲はホッとしたように「ともあれ、クソ重い照明器具から解放される。ヘッドライト、アセチレンガス・ボンベやランタン等を此処に纏めて置いて行きやしょう」と、荷を解いた。
一行はトンネル工事の最終地点に聳え立つ人工大磐の前に立った。
磐の扉は人一人が通り抜けられる程に辛うじて開いている。
仲田と山本はこの地点から引き返す。
牧野は宣言した。
「アドベンチャー・オペラの開幕や!」
扉をすり抜け、バキをガイドに歩み続ける。
幾重にも分かれた隘路を歩むこと数時間。狭い空洞を漸く這いながら潜り抜けると、地熱から来る蒸し風呂のような熱気の中、全員の体が虹色に発色し始めた。
「亜空間領域に入った。大広場がもう直ぐ」
ウリムが、疲労が露の一行を励ます。
バキ翁が携帯用の機器を覗きながら、首を傾げている。
「複数の生命反応を感知!モグッパかも」
「モグッパって?」
「君等が襲われたモドキ人間。通路のパトロールに携わっておる」
蝙蝠が飛び交う隘路を抜けると、目の前が大きく開けて、鮮やかな緑が飛び込んできた。
一行は見上げる広大な空間に歓声を上げた。
極彩色の鳥群が一斉に飛び立ち、鳴き声が響く。
緑と花々を凪ぐ爽やかな微風、無数にぶち抜かれた天井から降り注ぐ光のプリズム。
大空洞の天井を突き抜けるかに屹立する巨大な水晶柱群、そして滾々と湧き出でる温水泉があった。
「大ウツボ蔓が、そのままや」
「あの捕虫壺なら鳩や鼬ぐらいでも入っちゃうわ」
バキ老師が説明する。
「ここはアーディン(オーディン)の園で、テラ側のアテンの園とツインになっている。大空洞には百を超える小ホールが連結され、様々な異世界を結ぶハブ空間だ」
バキは牧野に尋ねた。
「此処からモックとウリムが不霊の森を経て、修学道院跡に行く予定だが、一緒に寄り道する?」
「過去完了形に老骨のエネルギーを消耗したくない」
「了解。一時の休息睡眠後にモックたちと別れ、我等は竜の支配する黄泉の世界へ」
一行は夫々に泉の辺に毛氈を敷き、休息と睡眠をとることとなった。
降り注ぐ木漏れ日の下、清かにそよぐ大ヘゴ羊歯の葉音に滾々と湧き流れる温清水。
身を横たえるや否や、一平は敷き詰められた花々の香りに包まれて眠りに落ちて行く。
…… ……
「お目覚めタイムですよう」
心地よく耳を擽る囁きに目覚めると、理恵の大きな黒曜石の瞳が目の前にあった。
ボーっとしている一平に、ヒロコと理恵がクスクス笑っている。
そして起きぼけの一平に、「ヒロコから聞いて、私が先輩に惹かれた理由が判ったんです。私の曽祖父は羅門と親しい関係だったの」と、理恵が告げた。
「ゴメンなさい。理恵の体験が、ヒプノの情報に思い当たるので」
一平は欠伸をしながら訊ねた。
「曽祖父が誰だって?」
「亀井三郎です。羅門にとって、道院の先輩でもあり、教師でもあるらしいわ。大本の王仁三郎にコンタクトさせた……」
「理恵さんが亀井三郎の……曾孫!」一平はハッキリと目覚めた。
「それでえ、私がその亀井三郎だったんです」
「それは……?」
「後退ヒプノを心理学研究の一環で受けたことがあるんです。半信半疑だったのが、ヒロコから教えてもらった話で目から鱗だったわ。歴史や冒険に縁の無さそうな私が先輩達に付いて来たのも、なるようになったのかなって……」
「…… ……」
「過去に果たせなかった夢。……それでえ、この際、私たちもモック達と一緒に合わせて帰ろうと思うんです」
「隼人君は如何するの?」一平は戸惑っている。
「だからあ、私たちなんです。実は、隼人さんに昨日プロポーズされたんです」
「えっ!」
「憧れと現実の違いは分かっているつもりです」
見つめる理恵の大きな瞳が一瞬燃え上がったかに思えた。
青金石の門をくぐるのは牧野、一平、ヒロコ、玲、バキ老師とネイティヴ・アメリカンのトミス。
モックとウリム、理恵、隼人、そしてテッドは妖精滝から不霊の森、修学道院跡を目指すこととなる。
二つのグループが別れを告げんとする時、悲鳴のような甲高い叫び声が響き渡った。
声の方向を見ると、数十人を越える青肌で赤い間頭衣姿の怪人が夫々に棒状の電撃器を構え隊列を敷いている。
「モグッパだ!」
「ガックンデネ ポッロロ!クッチャエルドーメラ!」
人間まがいが威嚇するように叫んだ。
間髪をいれずバキが応える。
一行は抉れている溝に控え、言葉の交換を見守った。
「アースル語や」
牧野が通訳する。
「此処は神聖なるところ。速やかに退去せねば全員拘束する!」
「我・ホカ・バキは通行許可をユーテンジュ竜人連合に承認されており、行く手を阻まんとすれば、強行も止むなし!」
怪物どもは姦しく互いに喚きたてている。
「引き下がるでしょうか?」
一平の不安そうな問いに老師は首を横に振った。
「モグッパは自主判断能力が希薄だから……」
「モグッパって一体何なんっすか?」
「工場で生産される模擬竜人」
「襲ってくる?」
ウリムが微笑んだ。
「懸念するほどでは……。電撃器に打たれると厄介だが、動きが単純で戦闘力が高くナイ」
「飛び道具は?」
「モグッパは厄介で強力な土弾を各自携帯しているが、許可なしに崩れやすい洞窟内の使用が禁止されている」
「土弾?」
「携帯用投弾器で爆発薬の込められた手りゅう弾のような素焼きの弾を撃つ。狙いは正確で破壊力もある。でも、規則には絶対服従なので此処(崩れやすい洞窟内)では絶対に使わない。我々も不測の事態に考慮し、銃は使用しない」
トミスがホルスターの拳銃を叩いた。
突然、モグッパの前陣十人ぐらいが武器を振り上げ奇声を上げて突撃してきたが、武道で鍛えられた一行は、赤子の手を捻るように襲いかかるモグッパの先陣を蹴散らし斬り倒した。
「大丈夫かい?」血の気が引けて、返り血に染まった一平に玲が尋ねる。
「ぞっとしないよ。玲君は?」
「俺は、裏の世界にいたんでね……」
玲の目には怒りがある。
「また来るかな?」
シャスティアンが首を振る。
「奴らは懲りたりもしないし、恐れもしないネ」
第二波の攻撃!
牧野とモックが前に立ち上がり、抜き放ったヴァジュラの光刃で草を薙ぐように襲撃者を一気に払って殲滅した。
凄まじいヴァジュラの威力!
慌しくモグッパの三次攻撃のための隊編制が見えてとれる。
隼人が牧野に言った。
「限が無いんで、出発してください!俺らがくい止めます」
モックが後押しする。
「その後、我らも妖精滝へ突破する」
その時、「先輩!」と叫び、理恵が一平に駆け寄っていきなり抱擁し、何と飛びつくように激しく唇に接吻したのだ。
息が止まるかの一瞬。
「絶対帰って来て!」大きな瞳が潤んでいた。