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四十九話

 

 葛久保洞窟前は、まるで戦場のように救急車と右往左往する人で騒然としていた。


 呆然と立ちつくす者。土煙の中で何やら叫ぶ者。

山本がパトカーの側で拳銃を振り回し、怒鳴っている。

 血に塗れ、蹲っている理恵を隼人が抱えるように介抱していた。


 玲がヘリコプターに駆け寄り、信じられない出来事を告げた。

 仲田が牧野等を迎えに飛び立った直後、紫の濃霧が一帯に流れ込み、眩い光と共に目のつり上がった青肌の間頭衣姿の一群が洞窟から出現したのだ。

 それらは棒状の火花を放つ電撃器らしきを振りかざし、作業している一行に向かって進んで来た。


 「止まりなさい!止まらないと撃つ!」と、パトカーが警告するが、ものともせずに接近する。

 山本が威嚇射撃をするや、突然怪物たちは喊声を上げて突進して来た。


 「伐採用の山刀を全員が携帯していたのが不幸中の幸いでした」

 大悲山の剣士たちは直ちに応戦する。


 霧が抜けると、何事も無かったように襲撃者は斬殺体ごと跡形も無く消えていた。



 「ところが、仲田組の一人と、あゆみちゃんが見当たらねえ。……一帯全てを探したが、影も形もねえんです」剛毅の玲に泣きが入っている。


 山本が状況を仔細に報告し、拳銃を示した。

 「二十発以上も食らわしてやったんだが……」

 顔面蒼白の仲田は「これで、うちの組の被害(行方不明)は七人になる。やれることがあれば何でもやる」と、眦が上がっている。


 牧野は宣言した。「こうなりゃ、葛久保洞窟一本に絞って、やるっきゃねえ」



 明日からの洞窟探検準備が一段落、一平はテントから表に出た。


 夕日は山の辺に落ち、山々と木々は一面に淡く銅色の影を落としている。

 時折、余震と不安を掻き立てる紫の濃霧が洞窟前を絶え絶えに漂っては流れ行く。

 

 「一平君!」

 振り向くと、隼人が立っていた。


 一平が「理恵ちゃんは大丈夫?」と、聞く。

 「吐き気が止まらないって……」

 「君は平気?」

 隼人は首を振った。「人らしきを斬り殺して、平気なわけがない」


 二人は歩き始めた。

 「あゆみちゃん、如何なっちゃったんだべ?」

 「玲君、辛いだろうな」二人の会話は重苦しい。


 暫しの沈黙後、「こんな時に何だが、この際、君に聞きたいんだげど、……君は理恵さんを如何思ってる?」

 「僕が理恵ちゃんを?」

 「理恵さんは……君に憧れている」隼人の顔は真剣だ。


 一平は隼人の言わんとするを解して「君にも憧れてるよ」と、答えた。

 「それは……俺の剣道にだ。君は惚れ惚れするほどカッコ良いし、当たり前と言えば 当たり前なんだが……」隼人は言い辛そうである。


 一平は強面の剣道チャンプがいじらしく思えた。

 「君が理恵さんにね……」


 「惚れっぽいのが、俺の欠点なんだ」

 「彼女を後輩あるいは友人として好意を持ってるが、それだけよ。理恵ちゃんも、理想の憧れを僕に被らせているだけ。それに、彼女が君を男性として意識してないわけじゃない」

 「それって、俺を励ましてる?」

 「恋すると、当たり前のことすら見えなくなっちゃうんだな」

 「とにかく、君のベクトルが理恵さんで無くて良がった。俺は勝ち目のねえ戦はしたくねえがら。んだら、及ばずながら戸田隼人、サムライ一平と天才美女の素敵な関係を応援させてもらうべ」


 一平は苦笑する。

 「見当違いよ。とは言え、君のアプローチに理恵さんが答えるか如何かは別問題。彼女も気が多い方だし……」


 隼人は頷いた。「憧れの君も間近にふらふらしてるしな」


       ・・・・・・・・・・・


 夕食時のミーティングを終え、蒲鉾兵舎の一室で約束だったヒロコの時代退行ヒプノ・セッションを試行したのだが、それもまた驚くべき内容だった。


 「ヒロコさんがラモンの妹のアンナだったなんて!」

 「数々の疑問点が氷解していく」

 そして、更なる驚きは幾世代にもわたる牧野や一平との男女入れ替わっての関わりだった。


       ・・・・・・・・・・・・・


 明朝、微かな風に一平が目覚めると、隣の簡易ベッドには牧野の姿がなかった。

 牧野は中央デスク前でパソコンを覗き込みながら、仲田と話し合っている。


 「お目覚めやな相棒」一平に牧野が声をかけた。

 「おはようございます。仲田さんが御出でになったのも全然気がつきませんでした」

 「一平君、洞窟の道も結構しんどそうや。ガイドに目論でいた次元探査装置の玩具が当てにならん」



 朝食時のミーティングでパーティの割り振りが決められた。

 洞窟挑戦のメンバーは牧野、一平、ヒロコの三人組、玲、テッドの大悲山組、そして特別志願の隼人と理恵となった。

 トンネル工事の最終地点まで仲田と刑事部長の山本が随伴するが、仲田組と警察連は表で連絡を取るポジションだ。


 ミーティング中、突然、地面が大きく揺れ始め、金属の壁がバキバキ音をたてた。

 「余震だ!デカイ!」


 大きな揺れが止み、紫の濃霧が壁をものともせずにカマボコ舎一面に漂い充満して来る。

 青く眩い光が差し込んできた。

 「モンスターが来る!」テッドが席を蹴って愛用の居合刀(真剣)をベルトに差す。


 表に出ると、濛々と上がる砂塵を透して洞窟から出てくる四人の人影を認めた。


 「ワッツ?ホカやないか!」


 「ライオン・マキノ!お迎えに上がりました」

 老人はネイティヴ・アメリカン二人の他に、長身で美形の若者を伴っていた。

 

 「ホカさん、今まで何処へ行っとったん?」

 「カリフォルニアのシャスタ山に。此方のビックガイはシャスタ山に住む天(神)人で、ミッションのため同行した」


 「モックです」異人が微笑んだ。

 モックの腰にはムラクムに似たヴァジュラが携帯されている。


 「カリフォルニアって、アメリカの?それも昨日今日の間に?」一平は首を捻った。

 「昨日今日……?我らは一ヶ月間、準備のためにシャスタ山で過ごして来たのだが」

 「バキさん達が大悲山から消えたのが二日前ですよ」

 「ウラシマ現象や」牧野が唸った。


 「お祖父様、ウラシマって?」

 「時間軸が一定しないプラズマの亜空間現象や」

 バキ、ヒロコ、牧野の間に難解にして不可思議なプラズマと次元についての会話が飛び交う。



 話が一段落すると、牧野は皆に申し渡した。

 「分かったことやが、この探検は予測不能で、ホンマの浦島太郎になりかねん。洞窟に同行する者には二度と帰れない覚悟が必要や」


 バキの出現と一連のやり取り、更なる牧野の申し渡しは全員に動揺と困惑をもたらした。

 バキと牧野が話し合う間、ヒロコの所に皆が集まる。

 「ヒロコさん、話がチンプンカンなんで、貴女からウラシマ何たらを分かりやすく説明して欲しい」一平が皆の不安を代弁する。


 ヒロコは説明する。

 「もし、行く所がプラズマ世界だとすれば、通常の概念とは根本から異なるわ。光と同速であるエネルギー世界では時の流れが一定で無くなるの。

 プラズマはケイオスで物質とエネルギーの狭間にあるから、ボク等の時間の概念は当て嵌まらない。

……唯一確かなことは何も確かじゃないと言うこと。真剣マジ、行くには全てを失う覚悟が必要よ」



 出発は明日の午前十一時と決められた。


 準備に忙殺された一日が終え、夕食後に一平と隼人は満天の星空の下、小川の畔の岩場に佇んでいた。


 「君とヒロコさんは行くんだべな」

 「隼人君は?」

 「無事に帰って来れるギリギリの所まで行ごうと思ってんだけど……」

 「理恵さんは如何するんだろ?」

 「彼女は、俺と行動を共にするって。多分、ミスター・ハリソンもそうする。玲君は行くんだべな」


 「彼は引けない状況だら」



          ・・・・・・・・・・・・・・


 翌日、駆けつけた南相馬大悲山グループ他、何と遠距離から美田村義之、畠山純蔵、みどり等が加わって大変な騒ぎとなった。


 美田村は一平に会うや、「迷惑をかけたな」と、謝った。

 一平は手を振る。「トンでもない!チャンスを与えていただいて、先生には感謝っす」


 師の目に涙が溢れる。

 「お前が浦島太郎になっても、子々孫々美田村家が受け皿になろう」

 「押忍!」

 師弟の抱擁は強く熱い。


 一平が兄と慕う畠山純蔵はぼやいた。「結婚式には、お前も恵子ママも出席出来そうもねえな」

 そして、「恵子ママから、お前への伝言があった。地の果てで待っているって」と、謎めいた言葉を告げた。


 牧野と七郎の両翁は別れを告げる。

 「昔も今もこれからも、志は共に」

 「イールーピンアン(一路平安)」



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