四十八話・時を超えて
ヘリコプターが道場庭に降り立つや、仲田が葛久保の異常事態を伝えた。
「常駐していた監督の笹尾の他、三人が居ないんです。これで昨日までに消えた二人を入れると六人が行方不明になってる」
ヘリコプターで、先乗りの七郎と牧野たち四人が葛久保に着陸すると、二台のパトカーと数人の警察関係者が出迎えた。
「ご無沙汰してます」声をかけてきたのは、七郎の教え子の山本学刑事部長だ。
「おお、山本君!君は中村(相馬市)の管轄じゃなかった?」
「枉げて急遽参上しました。それにしても、さすが七郎一家、刀剣不法所持で、全員逮捕もんですね」四人が帯同している山刀を指差した。
牧野が声を上げた。
「そうや、学クンや!警察になったんか?」
「思い出していただけました?このクソ事件を主任として任せられましたが、何が何やら雲を掴むような感じなんで、御協力を」
「学クンに取り調べを受けるんかあ」
山本は苦笑した。
「冗談じゃなく、此処数ヶ月間、行方不明が後を絶ちませんし、家畜の奇妙な死等が頻発しておるので……」
「奇妙な死って?」
「肛門からすっぽりと刳り貫かれた屍骸で、犬猫から、牛馬、羊、に至るまでなんです。それに、ミステリーサークルとかも彼方此方に。このどころUFO、幽霊、妖怪、何だらかんだら訳の解らん奇天烈大百科です」声には怒りがある。
玲が先導する大型トラックが葛久保洞窟前の広場に到着したのは、二時間後だった。
異世界入り口は、高太石山修学道院跡地からの不霊の森と、葛久保洞窟からの二方と言うことだが、洞窟の方は明日からとし、今日は取り合えず修学道院へのアプローチを試みることとなった。
道院跡地への険阻な途は密生する草木に完全に閉ざされており、コンパスと古地図、昔の記憶を頼りの草木伐採と探索は困難を極める。
高太石山の麓にヘリコプターの発着可能な空き地が見つかったので、七郎と牧野たち四人は急遽ポイントに直行した。
着地点は高太山から南西部約三キロ。
仲田は四人をヘリから降ろし、葛久保にとんぼ返りする。
「山頂裾東北側に移動すれば道院への石畳が在るはずやが…」
「ここに獣道が在ります!」と、一平が声を上げた。
藪に埋もれた獣道を辿り、風神の谷村跡を目指す。
突然、ドシン!と凄まじい音を発し、地面が大きく揺れだした。
「大きいわ!」ヒロコは一平の腕に縋る。
樹々が激しくぶつかり合い、草木が暴風のようにざわめいた。
強烈な地の震えは十数分に及んだ。
「震度五は行ってましたね。森林の地震って凄いや」
手探りで獣道を辿って行くと、比較的広い砂利道に出た。
霧が川のように流れ、次第に視界が薄皮を剥ぐように開けて行く。
大柄な作務衣姿の少年が忽然と現れ、小枝を振り回し、大声で歌いながら道を歩んで来る。
七郎と牧野は驚きに息を呑んだ。
「フリン…?少年のフリンや!」
「少年のフリンが?」
少年は立ち止まって微笑んだ。
「こんちわ。風神の谷村へ行くんですか?」
牧野が修学道院への道行きを尋ねると、少年は案内を申し出た。
「七ちゃん、ひょっとして、まさかの六十年前かも。少年時代の自分にも会えるかもしれへんで」
濃い光を帯びた紫雲が切れ切れに漂っている。
道すがら、牧野は「ユズキやライオン少年は元気?」
そして、「浮霊の森探検計画は如何なったの?」と、矢継ぎ早に訊ねた。
フリン少年は目を円くした。「何で、それを知ってんですか?」
「君のことは何でもや。これから起こることもな」
「お爺さんは後輩のライオン言う小僧に良く似てっけど、親戚じゃないのげ?」
牧野は少年の肩に手を置いた。
「我々は人生の成れの果てや。君への深い敬意の念は何十年経ようが尽きることはない……」
云う言葉も、もののかわ、俄かに紫の濃霧が一行を包み込むように再び流れ込み、視界を閉ざした。
霧がはれると、手に温もりを残してフリン少年は消えており、一行は縹渺たる森の上にそそり立つ断崖の上を歩んでいた。
牧野の呼ぶ声は空しく谷間に木霊する。高太石山の絶壁を取り巻くように続く風神の谷村の修学道院路は辛うじて通れる狭さだ。
靄に霞む彼方に、巨大な木造の廃墟がモノクロに浮かび上がった。
「危ない!」七郎が一喝した。
牧野は立ち止まり、行き先が完全に崩落している奈落の谷底にぞっとするのだった。
「こら無理だ。引き上げよう!」
発着ポイントへの帰り道には幾重にも霧が漂い、一行は紫雲を潜り抜ける度に、時を超えた様々な風景を垣間見た。
迎えの仲田が、ヘリから大きく手を招き、急いで一行を機内に招き入れる。
「先ほどの地震で、一帯に大きな被害が出ました。葛久保はトンネル入り口付近に土砂が崩れ込み、蒲鉾舎も寄っちゃれています」