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四十七話

 

 牧野の青春巡りを終えて大悲山に戻ると、停めてある大型トラックの荷台で玲が忙しそうに動き回っている。


 「玲君、如何ないしてん?」牧野が声をかけた。

 「ライオン御一行様調査キャンプの準備っす!」

 「おお、そうやったか。宜しく頼むわ」


 玲が荷台から一平に「お友達がお待ちっすよ!」と、告げた。



 待っていたのは、戸田隼人と亀井理恵だった。


 「来ちゃいました」

 理恵が舌を出すと、戸田が手を差し出した。

 「と、言うわけで、よろしく」

 「と、言うわけ?」

 「理恵さんから一緒にと。一身上のごとで七郎先生に御相談したいこともあんだ」

 「一身上?」

 「先生の弟子のカナダ・バンクーバー道場の荒川さんが、剣道のコーチを募集しているってんで……」




 道場に入ると、牧野、安藤夫妻、ハリソンファミリーと中年の男性が、七郎が指導するテッドの居合いを見ていた。


 男性が一平を認め、歩み寄った。

 「大渕です。学生大会の審判をさせて頂いた……」

 何と!学生選手権決勝で、一平の振る舞いを品性がないと厳しく注意した主審だった。


 大渕は深々と頭を下げた、

 「佐々木君には、何とお詫びしたらよいのか、悔いの残る審判でした」



 夕稽古。

 小中学生の指導稽古が終わり、高校・一般の互角稽古が始まる。


 広重が一平の肩を叩いた。

 「ウォーミングアップに、相手をしてくれんかな?」

 一平の声が跳ね上がる。「お願いします!」


 「初っ端から、試合稽古と、行こう」


 広重は正眼の構え、間合いに入っても泰然として動かない。


 一平がいきなり先手を取った。

 スピードとパワーに任せたメンに飛び込む!


 瞬間、強烈な衝撃に一平は仰け反った。

 広重の胴突きが一平の飛び込みを制し、体当たりにカチ上げたのだ。

 転倒する一平に強烈な一撃!

 「メンなり!」


 広重の事も無げな前進は、一平を恐慌に陥れる。

 後退して間を取る一平に、広重は攻勢をとった。


 一平が諸手に突く!

 一瞬、広重が視界から消え、一平は側頭に痛烈な衝撃を受け壁際まで吹っ飛んだ!

 右に開きざまの片手メンだ。


 仁王立ちの広重が大音声に一喝!

 「死ぬ気で来んかい!」


 眦の上がった一平は両足で床を踏み鳴らし、大音声の気合を上げる。

 アドレナリンが駆け巡り、闘志が燃えあがった。


 一足一刀、息詰まる緊迫。


 調息するかに間合いを外すと、広重が息を抜く。

 一閃!一平は遠間から飛燕のごとく跳躍し、広重のメンを鮮やかに叩いた。

 「メンなり!」 

 広重は一平の跳びこみの深さと破壊力に唖然とした。


 道場の全員が稽古の手を休め、二人の試合稽古を見詰めている。


 広重が攻勢をとった。風を捲いて繰り出す多彩な攻撃を、一平は受け止め迎え撃つ。

 広重は一平の体当たりをかわして反則の足払いを放ったが、一平は動ぜず、跳ね上がりの引きメンを防御の上から後頭部を叩き潰すかに打った!


 エンジン全開。


 防御ごと切り裂くような打ち込みが、広重を圧倒する。

 刈り取るように一平が広重の脇を痛烈に抉ると、広重は間合いを外し、「此処まで!」と、告げた。



 二人が申し合いを止め、礼をとると、道場は時間を取り戻したかに活気を取り戻す。


 一平は面を外して一息入れる広重に走り寄り、「御指導、有難うございました」と、平伏した。

 「ボコボコにされる前に、辛うじて痛みわけにしてもらったよ」

 「形になったのは、先生の一喝です」


 「剣を取った瞬間に生死を超えねばならん。そうなれば、君には誰も敵わねえ」



 稽古も終盤、一平が隼人に稽古を申し込む。

 「君とは明日にしてもらえる?」隼人は延期を申し出た。


 「君と広重先生との稽古は迫力あり過ぎだべ」


         … …    … …


 離れの東屋で、三人の催眠実験が始まる。


 牧野が一平に、電極が入り組んだ小型の機械を頭と腕にセットしている。

 「お祖父様、これって何なんですの?」

 「催眠誘導マシンや。今回は誘導機器を補助にして催眠導入する」


 機器が作動し始めると、アイマスクの中にフラッシュする螺旋の回転が早まり、一平は感覚が絞り込まれるように感じた。


 一平は日本武道館・学生選手権大会会場にいた。

 決勝戦、一平が催眠誘導を振り切るように叫ぶ。「戸田の狙いは出頭のメン!出頭のメンを狙ってる!」

 上段から逆胴を斬って走りぬける一平に「場外に注意!」と、警告する。


 ヴィジョンが走馬灯のように現れては去って行く。

 「屋根裏の部屋、……枕元にお土産の黒い石のナイフが置いてある。ママのベッドルームに行く」

 「パパが帰ったんだから!」一平の言葉に幼児が入り混じっている。


 ドアを開けると、溢れ出るシンセサイザー。

 女装している小柄な少年の童児に跨り、髪を掻き揚げ悶え狂うのは母の亜紀だ。


 0歳、乳児特有の足がこむら返るバビンスキー症状が現れる。


 荒れ狂う嵐は凄まじく、此の世の終わりを思わせた。

 髑髏森のカタコンベ。

 墓所の入り口を護る数人のハンカとキハン人は草を薙ぐように打ち倒された。

 布を纏った血塗れの骸が中央台に置かれている。


 「否!ミロクは死んでない!」

 「ミロク?」

 「救い主のアミリウス。我等がユズキ」


 誘導する牧野の声が上ずった。

 「ユズキ?貴方は何者や?」

 「法主にしてトーラ・ムセイオンの最高司令官ダルマラーマ・ラモン」


 見開いた双眸から涙が溢れ出た。

 「助けるはずだったのに。……骸をカイラス山に」


 体を捩っている。「ヨミシャセを脱出し、インディラスタンへ。竜の待ち伏せだ!墜落する!脱出!…………」

 急に話さなくなった一平に「ラモン!ラモン!」と、牧野は声をかける。


 「聖なるカイラス。……雪上を歩んでいる。脱出装置を橇にしてユズキの骸を引き摺っている。天駆ける浮き船の輝き。……弥勒は昇天する」

 一平は沈黙の中に入り込んだ。


 「……椰子の茂るパティオ。ユズキが告白する」

 「告白?」

 「殉教の日が迫る。麻耶の妊娠。それから、女としての熱い想いを告げる」

 「女として?」

 「ユズキはアミリウス。男性として麻耶と結ばれたが、女としては受け止められない」


 途切れ途切れに話は続く。「エンキが殺られた。行くのを止めれば良かった」


 「審問だ。私は二百四十一代の生まれ変わり二百四十二代ダルマ・ラーマ」


 ユメと椿の里の暮らし。

 テラの五色人博士との会合と修学。

 弓月王ユズキ、沸林、麻耶、円気、ライオン(修也)達との関わり。


 一平は導かれるままに羅門となり、語り続ける。

 修学道院の学びとサンカの生活。

 吉名の谷における妹・アンナの消失。

 葦篭で流される時、退行人生は振り出しの無に帰った。


 そしてさらに前の、砂漠の商人への転生。


 一平に疲労の色が見えたので、退行催眠ヒプノを打ち切る。


 呆然としている一平にヒロコが声をかけた。

 「お帰りなさい、ご感想は?」

 「信じられない」

 牧野が溜息をついた。「録音を聞きなおして、更なる検証をせねばな」



 就寝前、一平は恵子への電話連絡を試みたが、昨日に続いて留守電の音声のみがあった。

 部屋に戻ると、牧野が微笑んだ。

 「待ち人来たらずやな」

 「連絡を取りたい人と、連絡が取れません」


 「一平君、今回の調査はかなりデンジャラスで、何が起こるか見当がつかん。だから、気になることは済ましておいた方がよろしい。一旦、東京なり伊豆なり戻って整理したら?」


 一平は手を振った。「大丈夫っす。過去は吹っ切ってますので」




 早朝、微かな気配に一平は目覚めた。

 牧野が浴衣の帯に宝杖を差し込み、バスタオルを肩にかけて部屋を出て行こうとしている。


 「水垢離ですか?」と、一平は声をかけた。

 「これはスマン。水を被りに行って来るので、まだ休んでいなさい」

 「お供します。僕も頭を冷やしたい」一平は素早く身支度を整える。


 水場は宿の平安荘から徒歩五分位に在り、羊歯に埋もれた山からの落とし水が三本、自然石で囲われた浅い水槽に二メートルほどの飛沫となって注がれていた。

 素っ裸になった牧野は九字を切るようにして落水下に入り込む。


 一平も裸になって落水を受けた。

 痺れるような冷たさに呻吟する。


 水から上がったときに一平の唇は寒さで紫になっていた。

 「冷たかったやろ?」

 「癖になりそうです」

 「確かに。私は六十年続けている」



 二人は着衣し、牧野は感慨深げに辺りを眺めた。

 「此処はイスライ言う、遥か昔からの水場なんや。其処に在った掘っ立て小屋で、麻耶が君の父親を出産したのに立ち会った」

 「ヤッパ……童児さんが、親父なんかなあ?」

 一平は衝撃的なヒプノ・ヴィジョンを消化しきれないでいる。


 「君はラモンの転生であり、肉体的にも孫であり、しかも、ユズキの孫言うことになる。

 君は弥勒の血を継ぐスメラのハイブリットや」


 牧野は宝杖ムラクムを持ち広場の中央に立った。

 杖を振ると眩い光の剣刃が音をたてて杖の延長上一・五メートルに出現した。丸太や岩石をほとんど抵抗なくスッパリと斬り跳ばす。


 次いで、光を収めた杖を目線に掲げて先端を向け、百メートルほど先に聳える百年杉の巨木をレーザーのようなビームで正確に打ち抜き貫通させた。

 「照準に浮かぶ映像で、水平線の彼方までロックオンできる」




 朝稽古は一平、隼人、ヒロコ、理恵の学生達に、玲などのキャンプ組全員と、秋田からの大渕師範までが参加する最近にない盛会となった。


 隼人との稽古の激烈さは息を呑む凄まじさで、語り草となっている広重と畠山の稽古を彷彿とさせるものだった。


 稽古の締め括り、師範代の広重が告げた。

「今朝の定例模範一本勝負は日本学生選手権の再現と云うことで、佐々木一平君と戸田隼人君。審判は選手権と同じく大渕先生にお願いします」

 


 一平は両足で床を踏み鳴らし、大音声に渇を入れた。


 開け放たれた道場を清かに吹き抜ける朝風の中、二人の剣士は微動だにせず対峙している。

 山鴫の音が静寂を破ると、油蝉が一日の暑さを告げるように鳴きはじめた。


 目覚めたように隼人の微前進が始まる。

 隼人は申し合いで、手応えのあった出端のコテに照準を絞っていた。


 一平の起こり、隼人が出端を撃つ!

 一平は鍔受けざまの壮烈な体当たり!


 一平は開いている隼人の側面部を横薙ぎに払った。隼人は跳ね返るように小手面の二段打ち!

 ショートレンジの打ち合いから、一平がカチ上げ気味にぶっ飛ばす。


 隼人のフェイントを置く必殺の、担ぎメン!


 一平の体重を乗せたカウンターの片手突きが閃いた。

 「突き!」

 瞬間、隼人は一平の竹刀を跳ね上げざま強かに胴を斬って羽目板壁にぶつかるまで駆け抜けた。

 「胴!ドウなり!」


 審判の大渕が手を一平に挙げ、「突きあり!一本!」と、宣告した。

 隼人は呻くように、「ドウは?」と、問う。


 「先に突きが決まっている」と、大渕は首を振った。



 終了後、隼人は喉元を抑えながら「参った。息が止まるがと思ったぜ」と、掠れ声で一平に話しかけた。

 「こっちこそ、後のドウを採られたかと思った」


 審判の大渕が二人に近づき礼をとった。「今日、私は秋田に帰りますが、審判のチャンスを与えてくれた御二人と広重先生に感謝です。御二人の今後の健闘を祈っています」


 一斉に油蝉の音が鳴り響き、隼人は窓の外を窺った。

 「蝉時雨。暑くなる」



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