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四十五話・総ざらい

 

 鉱泉宿・平安荘の歓迎パーティはアリス・オペレーション再結成の様相を帯びていた。


 一平は自らに起きた異常な情動を消化しきれず、喧騒を他人事のように、片隅に座ってぼんやりと眺めている。

 会全体を天井から見下ろすかに、意識が漂っていた。


 「君は、何処にいるの?」突然耳元でハスキーな声。

 目を開くと、間近にアンティーク・ドールに似た色白の可愛い少女の顔がある。

 「心ここに在らずね」


 少女は詠うように自己紹介した。

「安藤あゆみ。当年三十歳で霊感詩人、冒険家フォトグラファー安藤昭治の娘で、日本最西端沖縄県は与那国生まれの南国育ち。最近、童画とコラボレートしたポエムがボチボチ売れてまんねん」

 「三十……?」

 「見たくれはともかく、中身はアダルトよ」

 柔らかな栗色の巻き毛を掻きあげながら、あゆみは顎を突き出して話し続ける。

 「……潜在的なパワーは凄いけど、一平君は自分を何も分かっちゃいない。だからあ、逃げちゃ駄目……」


 酔いの回っている一団から、あゆみを呼ぶ声があった。


 「一平君、また後でね。ロリコン小父様のアイドルは結構忙しいの」


 呆気にとられている一平に、ヒロコが声をかけた。

 「ロリータ詩人にギヴアップ?」


 「いや。何と言ったら良いのか……?」一平は狐に摘ままれた面持ちだ。

 「彼女は成長の異常体質なのよ」

 「成長がストップしてるってこと?」

 「成長速度が遅いんです。彼女は十一歳の時に骨髄性癌(白血病)であることが判明したの。それを、お祖父様が骨髄移植なしに、ハアナ(アカシックセラピー)とホメオパシー療法を施した。

 そしたら、副次的な結果として成長遺伝子に影響があったみたいなの」


 「白血病は?」

 「それはクリアできたけど、成長速度が通常人の約五分の一ぐらいかな」

 「親は納得しているの?」

 「ドナー検索や、独裁国の非人道的な臓器売買からリスクの高い骨髄移植手術、あるいはそのまま野垂れ死に。寧ろ愛娘の五倍長命人生に感謝しているわ。

 ただ、問題は恋愛なの。肉体は十二三歳だけど、精神は三十歳。玲君と幼いときから付き合っているんだけど」

 「二瓶君と?」

 「九歳年下の彼が何時の間にか肉体的に通り過ぎてしまっている。二人は愛し合っているけど、世間体の恋人とは異なるわ」


 「事実は小説より奇なりですね」

 「ホント、じれったくなっちゃう」一平を見つめるヒロコの瞳が心なしか潤んでいる。


 広重がマイクを持った。

 「今宵の盛会を大変嬉しく思います。今日起きた出来事は驚くべきハプニングの連続でした。

 ただ、皆様に一言申し上げたいのですが、ライオン先生の帰郷は先年の鏡の国プロジェクトの類のものではなく、先生ご自身のプライベート旅行であるのを認識していただきたい……」


 ヒロコが一平に耳打ちする。

 「七年前のプロジェクトは鈴木家の家族にとっては深刻な問題だったらしいわ」

 「深刻な問題って?」

 「当時、七郎先生と恵子先生の醜聞(スキャンダル)で家族は針の筵だったらしいのよ。

 先生は一顧だにしなかったらしいんだけど、世間の雀たちにとっては恰好のネタで、家族、特に奥様は大変だったと言う話」



 平安荘宿泊者の部屋割りは、牧野と一平、ヒロコとあゆみペアの二和室だった。

 

 早朝、新鮮な空気の流れに一平は目覚めた。

 浴衣姿の牧野が茶を飲みながら、昨日手に入れたネックレスと水晶髑髏を座卓に置き、ムラクムを眺めている。

 バスタオルが出窓に引っ掛けてあった。


 「お目覚めでしたか?気が付かなくて、申し訳ありません」 

 「年寄りは朝が早い。食事まで寝ていなさい」


 「そうもしてられません。朝風呂をされたのですか?」

 「水垢離や。……ところで一平君、このムラクム言うのは途轍もない代物やで。操作一つで凄い武器となる」

 「武器?」

 「ネックレスはもとより、髑髏にしろ、杖にしろ、調べれば調べるほど良く出来ている」


 牧野は徐にムラクム(ヴァジュラ)を腰に差して立ち上がった。

 「目覚めに、早朝散歩に付き合うかね?」

 「喜んで」


 玄関を出ると、牧野は農道の彼方を指す。

 「大蛇神社(薬師堂仏観音)が近くや」


 冷涼な朝霧を通して、仏法僧が鳴き、蜩の音が静かに心に染み入って来た。

 農道を過ぎ山道に入ると、古びた石畳の広がりがあり、苔生した石段が杉の大樹を縫うように薬師堂に続いている。


 山の岩壁に横長く張り付くように建てられている本堂のガラスの引き戸には鍵が掛けられていない。

 岩壁一面に彫られ、極彩に彩られていたはずの薬師堂石仏、巨大な観音堂石仏、阿弥陀堂石仏、そして琵琶法師物語の磨崖仏は既に色褪せ、足元の一部にのみ微かに紅い色が残されている。


 参拝を終えて、牧野は感慨深げに呟いた。

 「遠い過去や。全てが色褪せとる」


 長閑な道行、男が自転車を走らせて来る。

 あゆみの父、冒険カメラマンの安藤昭治だ。

 「先生!インディアンが居なくなってます。早朝の大声祝詞が聞こえないので、行って見たら、ティピごと跡形も無くなくなっていました」


 「展開が早すぎる」


 「何か出来ることがありますか?」

 一平の申し出に、安藤は手を振った。

 「いや、一応関係者に連絡はしたけど、取りあえず知っておいた方が良いかなと」

 そして、牧野に「面白くなりそうですが、私たちは明日中にも出立せねばなりません。予定の北極挑戦が迫っていますので、家(天理市)に帰ります」と、告げた。 


 平安荘に戻ると、玄関ロビーには着替えを済ましたヒロコとあゆみが待っていた。



 道場の駐車場に四人が到着すると、剣道着姿の玲が走り寄る。

 「仲田社長が道場で先生を待っています」

 「義健君が?」

 「朝稽古を兼ねながらって」


 道場は盛況であり、一平は耳慣れた気合と撃剣の音に身が引き締まった。

 小中高の剣士が入り混じって、一定のラインに沿いながら稽古が進められている。


 「おはよう、昨日は大変だったな?」

 道着姿の七郎が側に微笑んで立っていた。



 大太鼓が打ち鳴らされ、「稽古止め!」次いで「正座、面取れ!」の声があった。


 師範代の広重が、正座する一同を前に「我等が戸田隼人君のライバルの佐々木一平君を紹介する。一平君、挨拶」と、見学席の一平を手招きした。


 「防具が着き次第、稽古に参加させてください。大悲山道場の皆様に御指導、手合わせいただけるのが楽しみです」

 拍手の中、一平が戻ると、牧野が声をかけてきた。

 「君の剣を生で見れるのは楽しみや」



 「昨日は安藤さんとテッドの冒険家対決でしたが、今日の定例模範試合は久しぶりに参加された仲田先生と玲君の二人に世代越え対決を。翁先生!審判をお願いします」と、広重は七郎に声をかける。


 「お手柔らかに」

 仲田の呼びかけに「こちらこそ」と、紫胴の若者は応じた。


 長身の仲田は左上段、対する玲はやや上向きに掲げた斜め中段。

 仲田の重く圧する気合に、玲はハイピッチの鋭い声で答える。

 ゆっくりと前進する仲田に、コーナーを切るように玲は周りをサークルした。


 突如、仲田は激しく床を踏んだ!

 玲の引力を脱したかの後方ジャンプ!タンブリングし、左小手を急襲!

 (速い!)

 玲は飛び退いて跳ね返り、右の小手に飛び込む。ヒット・アンド・ウエイの抉るような猛襲!


 玲が攻撃を止めるや、気合一閃、仲田の弓弦を放れた矢のような片手メンが玲の面金を捉えた!

 瞬間、玲は仲田の竹刀を跳ね上げて左逆ドウを抜いた。

 「ドウあり、一本!」七郎は走り抜ける玲の勝利を告げる。

 仲田は「メンは?」と、師に尋ねた。

 「浅くて掠りだ。もう一丁いくか?」


 仲田は手を振り「いや、今日は完敗です」と、礼をとった。


 稽古を終えるや、そそくさと仲田は牧野に駆け寄る。

 「ライオンさん、ご無沙汰してます」

 「君も、元気そうで何より。いい試合を見せていただいた」

 「今はあれが精一杯です。ところで、お待ちしていたのは……」

 「ホカのことやろ?」

 仲田は頷いた。「依頼の仕事は一昨日にほぼ完遂したのですが……」


 牧野は話を遮る。

 「義健君、こんなところでも何やから、シャワー後に応接室で詳しいところを伺おう」



 着替えを済ました仲田は応接室で、至った事情を説明した。


 異様な風体の外国人アメリカ・インディアン三人が常磐道の建設現場に訪れたのは先々月であった。

 それが七年前のアリス・オペレーション最終点であった葛久保洞窟の閉鎖部の貫通依頼である。

 仲田は先払い入金しだい、期限なしの三十億円、と言うふっかけ気味の工事条件を提示した。

 ホカ・バキは了承し、出来得る限り早期に着工するように要請したのだ。


 驚くなかれ、数日後に提示の倍額が仲田建設に振り込まれる。


 「工事は思ったより大掛かりで、でかいトンネル掘削工事と言った風でしたが、アクセスする道路整備から始まって、洞窟入り口付近の地震崩れと、やれる限りの岩とドロは取り除いたつもりです。

 一応、指示された工事は終えましたので、後は要請しだい掘削して行くとして……、取り合えず余剰金の返却をしたいんです」

 「とは言え、肝心のホカの行方が……」

 「そういう場合は、魔法使いのライオンに相談すれば、何とか、と……」


 牧野は首を振った。

 「大先生の入れ知恵にも困ったものや。

 ま、依頼してある葛久保へは必ず行くはずやし、ひょっとしたら、もう行っとるかもしれへん」


 「よろしければ、ちょっと現場を御案内したいのですが?」

 「ちょっと案内?阿武隈のど真ん中やで?」

 仲田は顎をしゃくった。

 「ヘリが有りますんで」


 ヘリコプターに乗り込むのは操縦する仲田を入れて牧野、七郎、一平、そしてヒロコの五人である。

 「素敵なデザインや」

 「メイド・イン・イタリアです」

 「スリリングやな」


 ヘリは大悲山から上根沢を過ぎ八丈石山を左に阿武隈山脈の奥部・赤宇木の葛久保へ一気に至った。 洞窟前の整地された広場にはカマボコ宿舎一棟と宿泊用の大型テントが数基立ち並び、掘削用らしき大型の工事機具が置かれている。

 一平たちが降り立つと、現場監督の笹尾が駆け寄って叫んだ。

 「社長!ノリとタツがいないんです。今朝、来て見たら現場泊の二人とも何処にも見当たらないんです!警察に連絡しましょうか?」

 「もうちょっと、辺りを探してみろ。とにかく、一日待ってみるべ!」


 「取り込んでるみたいやな?」牧野が声をかける。

 「こんところ、問題が起き続きなんです。工事も一段落なんで、足を抜きたいんですが……」


 テントに入り、社長自らお茶を入れながらテーブルに広げさせた地図とCG解析画面を前に洞窟の掘削状況を逐一説明する。


 「土砂崩れは三百メートルにも及び、取り除くのは困難を極めました。ただこれ以上は、トンネルが無数に枝分かれしているんで……」


 仲田はどん詰まりのポイントを指し示す。「それが、巨大な人工の大磐扉らしきものが人一人抜けれるぐらいに開いており、さらにどこまでも続いているようです」


 「此処で調査キャンプをしたいのやが……」

 「御用命とあらば。ここにある宿舎、テント、機械など好きなようにお使いください。十人ぐらいなら、二三ヶ月不自由がないように食糧も備えてあります。何時から御出でになりますか?」

 「出来れば、明日から」


 仲田は目を丸くして「七郎先生も……ですか?」と、訊ねた。

 七郎が手を振った。「いや、私は支援組。ライオン御一行をよろしく頼む」


 ヘリコプターの帰路は牧野の要請で、木々と藪に埋め尽くされた高太石山上空を一周した。「この辺一帯は常時ガスってるんです」

 「何が何やら判別もつかん」

 「適当な着陸ポイントを探して置きましょうか?」

 「是非お願いする」


 大悲山に戻ると、駆け寄る玲に、ヘリから降り立った七郎が大声で命じた。

 「忙しくなるぞ!明日からのキャンプと、探検の準備だ!」



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