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四十四話・社巡り

  

 最初に乗り込んだ神社は、通称大国さん、甲子益田嶺神社だ。

 境内の周りは、のぼりを立てた出店が立ち並び、祭り衣装を纏った人々で賑わっている。


 一行は社務所で用件を告げた。


 「兄貴、どうしたんだ?」白装束の老人が牧野に話しかけて来た。

 「麻八やないか。お前こそ、どないしとん?」

 「どうしたも、我ら牧野家総代の祭りでしょうが。今、神主は手が離せねえんだげど……?」


 牧野が事情を話すと、麻八は頷いた。

 「谷落としの前に、組み込むように通しておくがら」



 甲子大国祭りのメイン・イベントは源義経・鵯越坂落とし由来の人馬谷落とし。

 それは、裏山に聳える急斜面を人馬一体となって騎馬が駆け下りる競技だ。


 谷落としが迫る中、ホカたちの神に捧げる踊りが行われ、色鮮やかなホピの衣装とリズムに、囃し手が笛と太鼓を伴奏する。


 「お越しいただき、有難うございます」

 振り向くと、神主の二瓶老人が畏まっていた。


 「無理を言ってすまん。堪忍してや」

 「とんでもない。先生方の御来場だけでも光栄なのに、素晴らしいインディアン・ダンスで花を添えていただき、ありがとうございます。回られる神社には一応連絡しておきました。宜しければ、谷落としの後に皆様へ一献差し上げたいと存じますが」


 「今日は、諸々あるんで…」

 「それではせめてもの、人馬谷落としまで、お楽しみください。今回は孫息子の玲が出場しますので」

 「あのハグレ者が?」

 「七ちゃん、お孫さん知っとんの?」

 「優秀な剣士でね。日本屈指の合気術の使い手よ。一時期、任侠にはまり込み、グレ者になっておったんだが……。今は、神道の修業に励んでいる」



 法螺貝が吹き鳴らされ、人馬谷落としが始まった。

 広重が一平に「出場は七騎だけだって。今年が見納めかも」と、耳打ちする。


 「以前は何騎ぐらいだったんですか?」

 「最盛期は百騎近く、数年前まで二十騎ぐらいは出ていたんじゃないかな」


 名前をアナウンスされて現れた最初の騎者は十七歳の少年だった。


 打ち鳴らされる太鼓の連打。

 多彩にペイントした上半身裸の少年は斜面の頂点に立つと、馬上でボディビルダーのように両腕を立てて勇気を誇示する。


 気合一声、飛ぶがごとく奈落へ跳び下りる。

中途までの見事な騎乗も束の間、崖の中間辺りで、もんどりうって転げ落ち、少年は数メートルも跳ね上げられ、斜面へ叩きつけられた。


 一瞬の静寂。

 少年が土まみれに立ち上がって無事をアピールすると、会場は割れんばかりの拍手と声援が湧き起こった。


 「馬が駄目だ。踏ん張りの甘いアラブ系で、この斜面を騎乗して降りるのは辛い」七郎は解説する。


 二番目、三番目と落馬し、三番目の挑戦者は意識不明のため待機していた救急車で病院に運ばれる。

 「結構ヤバイっすね」一平は喉の渇きを覚えた。


 漸く成功させたのは、七郎の言葉を裏書するかに、脚の太い道産系の馬に騎乗した四番目の中年男性だった。

 成功者は両手を振り回しての大興奮だ。


 そして、最後のアナウンスに颯爽と登場したのは、白馬に騎乗する宮司の孫の二瓶玲だ。

 黄金に染め上げた短髪に、ビルドアップした肉体を赤、青と金で極彩色にペインティングしており、それは祭儀の生贄として、祭りのフィナーレを飾るのに相応しく思えた。


 「拙いな、アラブ馬だ!」

 太鼓と歓声にかき消された七郎の声も物のかわ、切り裂くような気合と共に駆け降りる。

 若者は白馬の長い脚を巧みに操り、二三度尻餅をつくようにしてから跳ね上がったが、鮮やかに体勢を立て直し、人馬一体となって見事にフィニッシュした。


 興奮に嘶き立ち上がる馬上に、拳を突き上げる。


 「英雄(ヒーロー)誕生や!」 

 拍手と歓声、打ち上げられる花火の轟音の中、一行は祭りの賑わいを後にする。


 出発際、老神主が慌しく駐車場に駆けつけて言った。

 「後で、玲を追わせます。玲は神社関係にはツーカーですので、お役に立てると思います」



 綿津見(海神)神社、熊野神社、大山祇神社と、急な申し出にも拘らず、大国神社からの連絡が行き届いて、スムーズに進む。

 一行が新山神社の駐車場に着いた時、金髪の若者がワンボックスカーの外で一人待っていた。


 「玲君!お祭りは?ヒーローが抜けちゃ拙いだろう?」


 玲は照れくさそうに笑った。

 「千載一遇の機会は逃せねえ。一応此処も次の貴布根神社も話をつけておきましたんで」


 行きすがら、玲が一平に声をかけた。

 「以前にも会った気がすんだが」

 「僕も。初めて会ったようには思えない」

 「生まれも育ちも思い当たるところがねえし、音楽でもねえ、ヤクザでもなかろうし……」玲は首を捻っている。


 新山を終えて貴布根神社に到着すると、鳥居の先にこの辺一帯の大地主でもある神主の村神が数人の村人と共に、祭儀の白い正装で迎えに出ていた。


 「お待ちしておりました」


 村神は社殿に歩きながら話し始めた。

 「浮世離れした話なんですが……。五十四年前、暮れも押し迫った頃の真夜中、当神社に伝説が来訪したのです」

 「伝説?」

 「神人カミビトが来訪したのです」


 七郎は立ち止まった。「カミビト?」

 「父と幼い私は導かれて浜辺に出ると、海上に巨大な輝く円錐状の天の浮き船が聖楽を奏でながら浮かんでいるのを見たのです。銀色の衣装に身を包んだ神人は六尺豊かな大男で、完璧な容姿でした」


 村神への指令は、託された宝物を保管し、受け渡す役目である。

 獅子の名を持つ法継者と巡礼の踊り手が、当神社において魂の祭儀を執り行う時、精進潔斎して、聖なる日を迎えるべしと。



 薪を積み上げ、野山羊の角と鷲の羽根で飾られた盛装のホカ・バキとアメリカンの若者の前に金紗に包まれた封印の金属胞が運び込まれた。


 一平はデジャヴを感じている。

 燃え上がる炎の中、ホピの踊りが激しくなるにつれ、微かな耳鳴りを感じ、それが囁きとなり、遂には複数の声が交差する轟音となった。


 儀式が終わり、金紗の包みを除くと封印は既に解かれており、真っ二つに割れたカプセルから直径二十センチ大の透明水晶の髑髏が光を放っている。



 神社めぐりは不可思議を顕現しながら、粛々と進められて行く。

 一平は当前のように式次第に乗っていく同世代の玲に説明を求めた。

 「これ等の音楽と踊りって、意味付けが大袈裟と言うか、不思議すぎて……」

 「付いて行けねえ?」

 「理解できない、と言ったほうが……」

 「音楽は魂を調律する。精妙な音の調和は心を魅了するだけじゃねえ。宇宙の真理と合体し、魂の究極の形を映し出す。それは、偉大なる魂を覚醒させんだ」


 「偉大なる魂?」


 玲は笑った。

 「この手の音楽は輪廻の世界に縛りつけられる元凶の熱情や乱心を排除する重要なアイテムなんだ。ま、インテリにはチョット難しべな」

  

 一行が最終ポイントの小高妙見神社に着く頃には、各神社の関係者が随時加わり、総勢四十人近くになっていた。


 人口約二万の小高町は典型的な城下町である。

 その起点となる小高城は、町の北から小高川を挟むように対岸に突き出ている台地を利用して築かれた戦国城だ。

 小高城は、相馬重胤が嘉暦元年(1326)太田城から移って、土着人に祭られていた貴船(浮き舟)神社の地に新城を築き本拠を置いたのが始めと言われている。

 以後三百年、慶長十六年(1611)に相馬十七代利胤が中村城を築いて移り、廃城(一藩一城制のため)となった。

 現在は、本丸跡・土居・堀が残っており、本丸跡には相馬の守護社である妙見神社が鎮座している。


 街から参道を抜け、小高川に架かる朱塗りの妙見橋を渡ると石作りの大鳥居があり、狛犬が阿吽の構えで佇んでいた。


 小高妙見神社本殿に上がる石段の前で白装束に正装した数人が一行を迎えた。

 「お出迎え、誠に恐縮です」七郎の顔は紅潮している。


 出迎えた齢八十に成ろうとする相馬翁は、藩主直系の子孫であり、牧野家や鈴木家の主筋に当たる。


 「関係者及び楽徒一同、身を清めて御待ちしておりました」

 妙見神社の宮司である翁は村神と玲に目礼してから、深々と礼を取った。


 翁は話した。

 「一ヶ月ほど前、早朝祝詞の最中に、幽体離脱(体外幽離)し、神令を得たのです」 

 「神令?」

 「獅子の名を持つ牧者と蘇った聖者が、三つ目の踊り手と共に神の印を伴い浮き船の上に立つ時、宝の杖を捧げると」


 「その宝は何処に?」七郎は尋ねた。

 「小高城には妙見、貴船、雷神、棚機の四つの神社が祭られているのですが、五十年前に竹之内沸林さんが棚機の地下に洞窟を発見した際に見つかったんです」


 「フリンが……?」

 「竹之内文献の事実証明をしたいとのことで、調査に来たのです」

 「証明って?」

 「宝杖ヴァジュラが、来るべき人類の牧者に開かれるまでそのまま保管されていると」


 一行は玲を先頭にランタンを掲げて棚機神社の側にある注連縄に結界されている洞窟に入った。

 中央に古びた銅鏡が置かれた高段があり、その高段の正面に人一人屈んで入れる青銅の扉があった。

 扉を開けると、一人用の狭い石段が地下に続き、比較的高い四十畳敷きぐらいの空間に到着する。

 空間の中央には一メートルぐらいの長方形の石棺があり、さらにその奥には洞窟に続く狭小な入り口が深い闇を示していた。


 石棺の重蓋を開くと、ランタンに照らし出されて約四十センチ棒状の形をした黒紫金の金属のケースカバーが現れた。


 「鋼鉄の繭やな」

 「鉄にしては全然錆びてない」


 一平が声を上げた。

 「文字が彫ってあります!」


 「アースルや。ヴァジュラの銘はムラクム、聖なる血統にして牧者の後を継ぐ者のみがこれを開く」


 七郎はホカ・バキに顎をしゃくった。

 「先ずは儀式と行こう」


 妙見神社本殿の前に祭壇が組まれ、貴布根で取得した水晶髑髏と地下から運び込まれた鉄製ケースが並列して置かれる。


 雅楽隊と玲の琵琶の準備が整い、車座の中に積まれた祭木が燃え上がると、祭衣に身を固めたホカ・バキは空に向かって両手を広げ、森閑とした境内を切り裂くように祈りの歌声を上げた。

 二人のアメリカンが太鼓を叩きながら次第に激しく飛び跳ねる。


 一陣の風が鎮守の森を凪ぎ、篝火を爽やかに揺らめかした。

 タイミングを見計らい妙見雅楽の笛太鼓が入り込んでくる。


 微かな地鳴りと共に、次第に大きくなっていく地面の揺れ。

 すると驚くなかれ!丘を覆うがごとく巨大なストーパの影が忽然と出現し、天上の聖楽を響かせた。

 祈りの歌声、雅楽と琵琶、地の底から湧き上がる鳴動、そして天上に奏でる音。


 壮大なセッションが止む時、奇跡の幻影は泡沫のように去り、地の鳴動は止んで祭木の燃え残りの爆ぜる音のみがあった。


 蜩が一斉に夕涼みを歌い始める。


 水晶髑髏は淡く光を帯び、鋼鉄のケースが振動している。

 一平は憑かれたように立ち上がり、共鳴するガルガンを抜き放った。ケースに歩み寄る一平の形相に、宮司は後ずさる。

 裂帛の叫びに剣を打ち下ろすと、鉄製のカバーは断ち割られ、赤銅色の宝杖ヴァジュラが姿を現した。

 陶酔の狂気が去り一平が崩れ落ちると、既に宝杖と水晶髑髏、ガルガン刀は互いの響き合いを止めていた。



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