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四十三話・青春のアルカディア

 

 駅に降り立つと、防風林まで一面に広がる田園が目に映った。


 稲穂をそよぐ海からの風は爽やかで、深呼吸すると、陰鬱な世界は忽ちに消え去り、新たな活力が漲る。

 「青春のアルカディア(理想郷)。風景も、聴こえる音も、匂いも、昔のままや」


 陸橋を渡り、駅の改札口を通ると、長身で恰幅の良い中年の紳士が待っていた。

 「ライオンさん、お久しぶりです。お迎えに上がりました」

 「おお、ヒロ君!貫禄が付いたな」

 「運動不足が祟っちゃいました」


 「七ちゃんは?」

 「親父は大悲山道場で首を長くして待っています」


 牧野は広重に一平を紹介する。


 「選手権、残念だったな。戸田君から、大悲山の稽古に参加するって連絡があったよ」

 「かってに約束しちゃいました」

 「ついでにと言っちゃ何だが、僕もバリバリの君たちに、お手合わせいただきたい」


 一平は目を輝かせた。

 「御噂は畠山先輩から伺っております。御指南よろしくお願い致します」

 「純蔵君から?そいつぁ怖いな」広重は笑った。


 表に出ると、染み一つなく磨かれた赤い四駆が駐車してあった。

 牧野は驚きの声を上げた。

 「私が散々乗り回していたランクル(トヨタ・ランドクルーザー)40やないか!ポンコツがまるで新品や」

 「急遽、倉庫から出して車検を取り、修理工場でレストアさせました。運転します?」

 「いや。ペーパー・ドライバーやから」


 広重の運転するランクルはヒロコの途中下車のため、牧野の親戚回りを経て、街場から約二十分ほど走った山中の大悲山道場に到着した。

 沼と山林に囲まれた七千坪の高台に立つ、一見神社にも見える風雅な佇まいだ。


 出迎えた七郎翁と牧野は歓声を上げて抱擁した。


 牧野が一平を紹介する。


 「トンデモ爺さんの御守り、ご苦労さん」七郎は手を差し出した。

 胡麻塩混じりの短髪で長身、如何にも古武士といった風だ。


 玄関に向かって歩きながら、七郎は牧野に話す。

 「唐突なんだが、会ってもらいたいのが居る。先々月、阿部清が桃内で三人のヒッチ・ハイカーを拾ったんだがね」

 「あのアマチュア将棋名人が?」

 「そう、物好き大名人が拾ったのが、アフリカからやって来た三人のアメリカ・インディアン。その連中(老人と若者二人)がよりによって、目的先に大悲山を告げた。

 で、そのインディアンが言うのには、ライオンの名を持つ聖別者に天啓を伝え、蘇りの守護者と共に帰還するためとか。蘇り何たらは良く分からんが、今のところ思い当たるのは、お前しかおらん……」


 「ネイティヴ・アメリカンが、アフリカ?」

 牧野が首を傾げる。


 「ホピ族だって。それが結構な金満で、私らが老師と呼んでる老人は日本語が結構話せる。若い二人は戦士と称し剣道もやる」

 「ホピ!アメリカのミイヤ版や」

 「アメリカのミイヤ?」

 「コロラドで半放浪生活を送り、籠なんかを編んで生活するバスケット・メーカー。マイグレーション言う宗教儀式的な移動を繰り返す集団や」

 「とにかく、変わってる。好きにさせてたら、敷地の片隅に妙なテントを張って生活をしてる」


 「早速やが、天啓とやらを拝聴しよう」


 離れの東屋を右手に、道場に繋がっている広い縦長の木造宿舎を回ると、緑の芝生が広がっていた。

 平地を取り囲むように、一体の全身像が岩彫りされた剥き出しの断崖が聳え、平地との境を引くかにせせらぎが音を立てている。

 その畔に一基のティピ(アメリカン独特のテント)が設置されており、真紅のヘアバンドをした白髭長身の老人と精悍な二人の若者が立っていた。


 ホピの老人ホカ・バキは牧野に歩み寄った。

 「ラオダイ・ライオン!」

 いきなりの呼び掛け、バキ老師は堰を切ったかに耳慣れない言葉で話し始めた。

 牧野が頷き応える。


 「さすがライオン、言葉が解る」

 「DNA基本源語アースルや」


 ネイティヴ老人は懐から、紅に煌くネックレスを取り出し、恭しく牧野に差し出した。

 牧野は目を剥いた。

 「これは!私がユズキにあげた……」

 「ミロクからフリンへ。そして、フリンから、ライオンへと」

 「フリンから・・?」

 「法王ダルマラーマ・フリンは不治の業病で余命いくばくもありません」



 荷物を解いても心ここに在らずといった牧野に、七郎は諭すように話す。

 「ライオン、お前が渡米を迷って俺のところに来たのを憶えているだろう。結局、お前は夢と冒険の人生を選んだ。運命のゴー・サインにノーとは言えんよ」

 「七ちゃん、私を幾つだと思ってるんや?」

 「お前は比類無き天才で、どんなことにも怯まない勇気と行動力を持つ男の中の男だべ」

 「年寄りは煽てても木には登れんがな」


 「志を高く掲げよ!何事も断じて遅いと言うことはない!人生はリスクを担う者のみが祝福されるってのは、お前の持論だろ」



 話が一段落すると、七郎は思い出したように、牧野へ尋ねた。

 「離れの東屋に、お前が置きっ放しにしたまんまの機械は何なの?時々ライトが点いたり、音を立てて作動しているみたいなんだが」

 「取っといてくれたんか?適当に処理してくれても良かったのに」

 「天才の手がけたものは、そう簡単にはいかん。そのうちに値がついて、大儲けできるかもしらんからな」

 広重が割って入った。

 「小屋に入って、調べさせていただいたのですが、……何が何やら見当もつきませんでした」


 「次元変異装置、原子移動変革器、磁場変異探知機、催眠誘導器、反動粒子天体望遠鏡等々の成り損ね」


 七郎は肩をすくめた。

 「大儲けは無理なようだ」


 七郎と牧野の話しが続く中、広重は一平に「施設を案内しよう」と、居間から連れ出した。



 道場宿舎には、七郎の姪にあたる美奈子とオーストラリア人の夫・テッド及び三人の子供たちによるハリソン・ファミリー、七郎の愛弟子である冒険カメラマンの安藤昭治とその妻子が寄宿している。

 七郎は騒がしさを嫌う牧野に考慮し、道場から徒歩十分ほどにある大悲山鉱泉旅館・平安荘を手配してあった。


 案内された道場は開け放たれ、緑の木々を吹く清涼な風が抜けていく。

 道着の剣士が一人坐し、黙々と居合いの稽古に励んでいた。広重と一平は道場の隅で正座して、その独り稽古を見る。

 背景の高窓からは緑の影が磨きぬかれた板場に映しだされ、剣士は影絵のごとく淡く浮き上がっていた。

 気合一閃、静から動へ白刃を閃かせて床を激しく踏み鳴らす。それは幾度となく繰り返された。


 刀を収めた剣士は立ち上がり、近づいて来る。

 シルエットから浮かび上がったのはヨーロッパ系の外国人だった。

 「ハーイ、ヒロ」

 「ハイ、テッド」

 暫し二人は流暢な英語で語り合い、広重は従妹・美奈子の夫であるオーストラリア人のテッド・ハリソンを一平に紹介した。


 「TVでチャンピオン・マッチを見ました。残念なミスジャッジだったネ」

 流暢な日本語とは言い難いが、一平の心許ない英語よりはましなようだ。


 テッドが以前オーストラリアで、剣道チャンピオンだったことを話す。

 目を丸くする一平に、テッドは「私の時はオール・オーストラリアでも、剣士は三十人ぐらいだったのヨ」と、説明する。

 「でも、居合いは日本でも折り紙つき」

 広重が付け足すと、テッドは「七郎センセイとヒロのおかげ」と、照れた。



 応接室から食堂と炊事場を抜けると、セピア色の古い写真が掛けられた重厚なベッドルームがあった。

そして、それに続く広い合宿用の宿舎が一棟。

 三人は連れ立って離れの東屋に向かう。

 「不思議機械のところですね」


 東屋は完全に雨戸が引かれ、閉鎖されていた。渋めの重い引き戸を開けると、黄ばんだ障子戸に点滅する光が突然映り始め、微かな聞きなれない金属音が耳に入る。

 明り取りに浮かび上がる部屋は、まるで潜水艦か宇宙船内部のようだ。


 広重は肩を竦めた。

 「不可解なものばっかりよ」



 三人は和気藹々と敷地を歩んでいる。


 一平は地面の揺れを感じ、立ち止まった。

 「地震っすね!」

 「小高町限定のスペシャル版」

 「どう言う意味ですか?」


 「震源地が小高城跡の妙見神社地下って言うんだが……。一日に二三回はあるかなあ?」

 広重はテッドに振った。


 「城跡の地下を地中レーダーで調査したことがありマス。ソレデ、百五十メートルぐらい深い所が大きく空洞になっているのが分りマシタ」



 宿舎を回って庭に出ると、野山羊の角飾りを被ったネイティヴ・アメリカンたちが、崖に彫られた磨崖仏風の前に枯れ木を積み上げ、燃え上がる炎に向かって何やら歌いながら踊っている。

 七郎と牧野が神妙な顔で眺めていた。


 「如何したんすか?」一平が牧野に尋ねる。

 「彫像に祈りの踊りを捧げている。此処を皮切りに、南相馬の何ヶ所かで儀式を行うって」

 「あれは磨崖仏ですか?」

 「昔、私が彫った悪戯や。魂は祈ろうと思ったものに入るらしい」

 「観音像?」

 「いや、初恋をモデルに彫ったモニュメントや」

 (この顔は恵子のアトリエの絵に見た……)


 一同はダンスに惹きつけられて目が離せない。


 やがて、それが狂熱的に盛り上がるにつれ、一平は酩酊状態に陥ったような感覚に襲われていた。

 小半時の儀式を終えると、ネイティヴ老人は興奮醒めやらず、大きな身振りをしながら牧野に話しかけ、牧野はメモを取りながら一つ一つ頷き返している。


 話を聞き終えると牧野は首を傾げながら七郎に尋ねた。

 「ワダツミクマノ、オオヤマギニイヤマ、キブネ、スワシラハタ、そしてマスタミネとヤワダウェ、それに北極星等。此処で儀式を挙げたいって」


 七郎が呟いた。

 「マスタミネってダイコクさんのことじゃないかな?」

 「これらは神社や!我が青春の益田嶺甲子神社。ヤワダウェ言うのは八幡神社で、北極星は妙見神社のことやろ」

 「広間に戻って地図を見よう!」


 座テーブルに広げられた南相馬の地図を見ながら二人の老紳士と老アメリカ・インディアンは興奮気味だ。


 呪文のように告げられた謎の言葉をなぞるかに、綿津見、熊野、大山祇と言ったふうに、小高妙見神社を中心に同心円上に神社が在る。


 「結構な数の神社だな。円の内側に在る正円構造の甲子大国神社、小谷八幡神社、それと大悲山を結ぶと正三角形が浮き上がる。円形の中の正円三角形だ」


 「牧野家の旗印や!」

 「オーストラリア・アボリジニのアナザーワールドを表すサインでもありマス」

 テッドが口を挟んだ。


 「此方のサムライは?」初めて気づいたかに、牧野は稽古着姿のテッドを見た。


 広重が紹介すると、

 「お会いできて光栄です!ハイスクールの時、ドクターのスピリッツ オブ アボリジニ アンド アイヌの本を読みました」


 「オーストラリアの何処から?」

 「パースです」


 「コインセダンス!パースでは二年ほど暮らしたことがある。パースからセスナで四十分ぐらいの小さな砂漠の部落に親しい友人が居る」

 「リチャード・ギリガン教授デスネ。ワタシの先生デス」


 七郎が嘴を入れる。

 「テッドは文化人類学の研究者として七年前のアリス・オペレーションの調査にも参加してる」

 そして、「アメリカンたちも急いてるようだし、指定の神社回りをしよう」と、促した。



 「先生、お預かりのガルガンを携帯します」

 一平は引き締まった。


 車二台に分乗して、先導するのはベンツの広重が運転するテッドと二人の若いホピ。後に続くランクルは一平が運転する老人三人組となる。



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