表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/96

四十話

 

 木々のざわめきと小鳥の囀りにシャラは目覚めた。

 昨夜の出来事が夢のように感じられる。


 素肌にローブを纏ったまま宿舎の非常口を抜けて、朝霧の漂う白樺林から草原へと彷徨う。

 高原の風、爽やかな葉音と鳥の声、そして生命溢れる森の香り。

 突如として、忘却の彼方に在った少女のときめきが鮮やかに蘇った。


 一陣の風が吹き抜ける時、シャラは林から外れた小さな草原の真ん中に独り呆然と佇んでいる。


 シェルターに戻ると、ネッキンが起きていた。

 「驚きました。ベッドに居ないんですもの。そんな格好で、一体何所に?」

 「お前がぐっすり眠っていたので、ぶらついて来たの。此処は不思議な所だわ」

 シャラはネッキンの入れる薬茶を啜った。




 降人祭はミョウジン池で催される。


 ミナカムイ山系から続く白亜の絶壁の前に広がる正円形の池。

 水辺から、なだらかな擂り鉢上に競り上がる剥き出しの石灰砂岩、それは水を張った巨大なコロセアムだ。

 池の周りには、白壁に正対し取り囲むように万の群衆が隙間なく犇いていた。


 間断なく打ち上げられていた花火と大太鼓が止むと、壁から続く浅瀬の池中央に設えられた紅の浮き舞台へ、金銀に彩られた竜湖船が接台する。

 舞台中央に巨大鏡が設置され、カラフルな民族衣装の黒人男女グループが歌いだした。


 「超人気グループ、ハンカの金箱のスワヒ・ネグロだわ!」ネッキンが驚きの声を上げた。


 「天下のスワヒが前座とは、光栄だわ」シャラは泰然としている。

 「シャラ様の出番は弥勒降臨の直後となっていますが、伴奏も彼らが受け持つのかしら?」


 スワヒ・ネグロのハイビートなパフォーマンスが佳境に入ると、観衆は拳を挙げ、声を上げて地面を踏み鳴らす。

 すると、曲に合わせるかに中天に懸かった太陽がゆらゆらと揺らめき始め、二つ三つ四つと分裂を始めた。

 浮き舞台間近の湖面に輝きが浮上する。光りは人となり、水の面を歩んだ。


 何と、両手を掲げ群衆の歓呼に応えるのは、空中携挙されたエンキだ!


 鏡のヴィジョンが白壁に投影されて広がり、池全体が爛漫の花の園と化した。


 徐に崖の岩戸が開き始め、洞窟に白い人影がある。

 コーラスは万の合唱となり、歓喜に鳴動した。


 しかしその時、耳を劈く雷鳴と共に、数基の巨大な鏡の城が出現するのだ。

 一天俄かに掻き曇り、凄まじい突風が吹き抜け、群衆を薙ぎ倒した。

 「竜神、人狩りの鏡船だ!」


 轟音一発、目の眩む光線が開きかけた洞窟の扉に放たれ、強烈なイオン臭が鼻をつく。



 すると、鏡船を迎え撃つかに、数基の円盤城が空を切り裂くように出現した。 

 雷鳴音と、目まぐるしく電光が走る。


 やがて音と光が止むと、一機の円盤城を残し、雲ひとつ無い快晴が蘇えった。


 エンキは大音声に告げる。

 「悪竜は追い払われた!弥勒よ、扉を開き、現れたまえ!」

 人々は立ち上がり、唱和し、祈り声は巨大なうねりとなって木霊する。


 だが、岩戸は拒絶するように閉じられたままだ。



 控えるシャラへ、エンキからの助けを求める必死の声が伝えられた。

 「シャラ様、一世一代のパフォーマンスを請う!」


 シャラは携えていた真剣を抜き放ち、鞘を湖面に投げ捨てて決然と舞台に登った。

 預言者と、抜き身の剣を引っさげた黄金のシャラは立像のごとく見つめ合う。


 剣を閃かせてシャラは歩み寄り、エンキに吸い付くように接吻した。

 息が止まるかと思える抱擁を解くと、シャラは千切れ飛んであった榊の小枝を左手に拾い曲目を告げた。

 「舞曲・魂の叫び!」

 弾かれたようにスワヒ・ネグロが伴奏をとる。


 哀調を帯びた歌声と聖音リズムを取ったタップが明神全体に響き渡ると、騒然とした会場は一瞬にしてドップラップワールドと化した。

 床を踏むステップと打楽器のリズムが相対し、歌声と旋律楽器が奇跡の調和を奏でる。


 剣と榊の枝は流れるように払い、交叉し、全てを引き込んだ。

 白衣が汗に濡れて透け、肉体が黄金色に浮き上がった。

 会場の盛り上がりは閾値を超え、ダンサーの一挙手一投足に呼応し、炎上する。



 屏風岩戸に変化が見られた。

 再び隙間が開き、音楽と歓声のリズムに合わせるように、徐々に間隔が大きくなって行く。

 大鏡は隙間から人影を映し出した。


 突如、クレーンから太い鉄柱が開きつつあった岩戸の隙間に打ち込まれ、エンキとラモンが間髪を入れず洞窟の中へ踊り込んだ。

 地響きのような足踏み・拍手と共に「ミロク!」と「カールヤ(蘇えれ)!」の連呼は耳を聾するばかり。


 預言者エンキが宝杖を構えつつ先導を切る。

 そして、水晶髑髏を掲げた麻耶を従え、ダルマラーマ・ラモン教主に導かれた長身の御子が姿を現した。


 御子・ユズキは舞台に降り立ち、麻耶(マヤ)から水晶髑髏を受け取ると、滞空する円盤城に向かって掲げた。


 跪くユズキとマヤに、エンキは汲んだ清水を頭から流しかける。

 「神と精霊の御名において、ユズキとマヤはテラの人となった!」


 ユズキは熟桃の剥き果を食し、ワインを飲む。

 そして両手を広げ、大音声を発した。

 「生きとし生けるものの肉と霊は、今ここに癒されよ!」



 夕暮れが急速に訪れ、赤紫の世界は一時の間に夜の帳に覆われる。

 満天の星空、水辺に灯される篝火と湖面に煌々と映し出される真紅の浮き舞台、星屑を鏤めるように湖畔全体を揺れる蛍の乱舞。




 早朝、目覚めると、ネッキンのベッドは空になっており、気配がない。

 (外出?ネッキンが!)

 目覚め湯を浴びて浴室から出ると、夜衣にガウンを羽織ったネッキンがにっこりと微笑みながらバスタオルを持っていた。


 (ネッキンの透明な美しさが輝いている) 


 「急に思いつき、外出しました」

 「独りで?」

 「はい、朝霧の中を歩きながら思い切り深呼吸していたら、どんどん違う自分に変化して行くような……」

 「どんな風に?」シャラは髪を拭いながら尋ねた。


 「果てしない大空を飛んでいるような、何ものにも拘束されない自由な自分に」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ