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三十七話・霊果

 

 電車は南相馬に入っており、無人の桃内駅に滑り込んで行く。



 「一平君はイザナギの黄泉の国探訪神話を知っとる?」


 「生と死ををモチーフにしたのですよね」

 「さすが歴史専攻生!」

 「お褒めに預かり、光栄っす」

 一平は牧野の唐突で、茶化すような会話に慣れてきている。


 牧野が神話を語りだす。

 「妻を亡くしたイザナギは、黄泉の国(死の国)に会いに行く。そして、再会した妻のイザナミを連れて帰ろうとするが諦める。それはイザナミのおぞましい秘密を垣間見たから・・」


 一平が話を継いだ。

 「悪鬼と化したイザナミは、イザナギを黄泉に踏み止まらせようと逃げるイザナギを追いかけさせるが、結局失敗するんでした……」


 「面白そう!詳しく教えていただけません?」ヒロコは一平を見つめる。


 一平は語り部のように節をつけて話した。

 「イザナギ・イザナミによって神々が産み落とされるが、火の神を出産した際に死んでしまいます。

 イザナギの悲しみは止まず、黄泉の国(死者の国)へ会いに行くことにします。そして、根の堅州国(黄泉の国)でイザナミと再会する。

 イザナミは、帰るには黄泉の神々に諮らねばならないと告げ、その間は神殿の中を覗かないように約束させられます。でも、イザナギは中に入り込み、イザナミの異様な正体を覗き見てしまう」

 「異様な正体って?」

 「変わり果てたイザナミと、神とは名ばかりの妖怪の群れ。

 イザナギは逃げ出します。イザナミは黄泉の魔物群に後を追わせるのですが、追いつかれそうになり、イザナギは蔓草の髪飾りを投げる。すると、地に落ちた髪飾りは、根を生やし葉を茂らせ葡萄の実をいっぱいに実らせ、餓鬼の欲望を逸らせた。

 そしてまた、追いつかれそうになり、竹櫛を地面に叩きつけてばらばらにすると、追っ手の行く手を遮るように美味しそうな筍が生える……」


 「その類の神話は世界中にあるわね」


 「イザナミ自らが黄泉軍を率いて追撃します。

 イザナギは今世と黄泉の国の境である黄泉比良坂にかかったとき、鈴生りの桃の巨木を見つけ、桃を投げつけて黄泉の軍勢を撃退します」


 「(ピーチ)で?」

 「黄泉の国の軍勢を追い払ったイザナギは坂を上り、其処に在った千引きの岩を動かして黄泉の国と葦原の中つ国との境を塞ぎました。ドンと払い」

 昔物語らしく一平は話を締め括った。


 「古代において桃を食らう、言うのはセックスの意味で、イザナギは性で死を撃退したのや」


 「もろフロイドね」


 「ここ桃内には、その神話の原型とも言えるイズミ長者伝説があるのや」

 今度は牧野が桃内のイズミ長者物語を披露する。


 霊果(番桃)が実る桃源郷・桃の内。

 ツボケ国は桃内を中心として東北日本に君臨していた。


 そのツボケ国が驚くべき新参者を迎える。

 小人数ではあったが、阿武隈から忽然と現れた膨大な富と戦力を有する大蛇オロチ一族。ヨミの国の女王率いる蒼い肌の集団だ。

 ツボケはオロチを支配者として受け入れることとなり、オロチの女王ナミと、ツボケ王子イズミは婚姻を結ぶ。

 ツボケ国は未曾有の大繁栄を迎えた。


 だが、繁栄も束の間、恐るべき高熱病が国中(特にヨミ人)に蔓延し、遂には女王ナミも罹患し、炎熱の中に死亡する。


 悲嘆にくれる日々、イズミは長老の語る黄泉の国への地下通路を知ることとなった。

 黄泉の国でナミとの再会。

 ナミと共に帰郷を望むイズミと、冥界にイズミを留め置きたいナミとの相克。


 イズミは禁忌のナミの沐浴を覗き見る。

 其処には青鱗鮮やかな龍蛇がのたうち、己が妻であって妻でない現実を知るのだった。

 脱走するイズミと、餓鬼を率いて引止めを図るナミの争い。

 戦いは界境口の桃の内に及び、地の神々が霊果の桃を桃内の山野至る所に爛熟させて、抑え難き熟香を放たせたと言う。


 餓鬼の飽食はその戦闘意欲を奪い取り、桃内の月山(ヒラヤサカ)神社に和戦の誓いを立てることになる。


 物語を話し終えると、

 「私は幼少時にそれらしき桃を食べたが、最近のボケようを考えると不老長寿とはいかんようや」と、付け足した。


 「お祖父様が?」


 「天神、或いは天竺桃とか言っとった。形状的には先が尖ったテニスボール大の薄ピンク色や」

 「桃太郎の桃っすね」

 「ところが、果実は血が滴るように赤い果汁なんや。甘味も酸味も中々で、芳香も強く美味かったな」



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