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三十話・浮霊の森

  

 入院中、羅門と小高の仲間たち(七ちゃん、俊ちゃん、加奈子)が大挙して見舞いに訪れ、道院で数日の時を過ごした。

 付っきりで看病をする加奈子、村中をデッサンしまくる俊英、歴史や武道論などをフリンと語り合う七郎等。

 それは、青春の一時。


 やがて友は去り、微かな秋の気配。

 回復は目ざましく、一ヶ月後には退院して復学の運びとなる。



 * * *



 ユズキと二人の時、修也は切り出した。

 「本当に、ユズキちゃんには助けられた」

 「頑張ったのはエンキ先生や麻耶やフリンよ」

 「否、船に乗ろうとした時……」


 ユズキは話を遮った。「憶えてんの?」

 そして、声を潜めて言った。

 「今回の出来事は遥かな過去の清算でもあったのよ」


 修也は溜息をついた。

 「ユズキは凄いよ。退院したら、頑張って付いていきたい」


 ユズキは言い難そうに告げる。

 「それが、……道院で得れることは全て習得してしまって、自分との戦いだけになっちゃた。だから、もう一緒に学んだり修行したりできない」

 「自分との戦いって?」

 「既に道院から出て、麻耶と山に入っているの」

 「退院しても、ユズキちゃんは道院に居ないってこと?」

 「会えないわけじゃないよ。直ぐ其処の【浮霊の森】に篭ってんだから」


 「浮霊の森!」修也は怖気をふるった。

 嘗て、フリンと敢行した冒険が蘇って来る。



 * * *



 慟哭の丘の下に広がる浮霊の樹海は禁足の場所であり、奥深くには伝説の妖精滝と、異世界に通じる魔の洞があると言う。

 そして、入る者は、妖精に惑わされ、迷い死にするとも言われていた。


 フリンは伝説を突き止めるべく、休日に禁忌の森へ入り込むことを企画する。

 「ライオン!昨日、水鏡高原をぶらついていたら、幻を見た。老若男女の四人が紫霧の中から出現し、その中の一人が俺の名前を呼びかけてきて、道院と浮霊の森のことを尋ねてから霧に紛れた。

 それが、お前そっくりの爺さんだった」

 「僕にそっくりな爺さん?」

 「人生の成れの果てとか言ってた。ま、お前との樹海探査は来るべく運命と云うことだっぺ」



 樹海の入り組んだ景観は美しい。

 二人は池畔に佇む石造りの遺構に紛れ込んでいた。遺跡の半部が澄んだ池底に沈んでいて、水面からもはっきりと見て取れる。

 「この池は温泉だ!」

 「フリン君、入って行こうよ!風呂しながらの遺跡調査なんて最高」

 「先ずは目的遂行!またの御楽しみにすっぺ」


 獣道を辿って上流深く、霧靄の中から鬱蒼とした羊歯群と山野草の花々に包まれるように五段の滝が出現した。


 両測から競り上がった白い涯壁と、滝壺は昼なお暗く、仄かな虹が上段から幾重にも架かっていた。

 岸壁に食い込むように、人工めいた三角錐の山があり、壁面には、立て横二間ほどの入り口に神代文字が彫りこまれた洞窟がある。


 入り口の側に、苔むす黄色みを帯びた水晶石彫の小さな祠がひっそりと佇んでおり、その前に古びた白銅の剣が置かれていた。


 幽玄の光景に見入っていると、妙なる調べが清流の音に混じって忍び込んでくる。

 湧き上がる調べは次第に大きく響き始めた。


 「フリン君、骸骨だ!」

 風化しかかっている白骨体。至る所、骨が転がっている。

 二人は岩陰にミイラ化している山岳僧らしき遺体を見つけ、震え上がった。


 「逃げっぺ!」

 あたふたと曲がりくねった道を遁走する。


 走りきり走って、フリンがストップをかけた。

 「同じとこ走ってるみてえだ!」

 二人は息が上がっている。


 「滝の音だ!」

 藪のトンネルを抜けると視界が開く。

 何と!鬱蒼とした羊歯と花々に囲まれた五段の滝が虹に煙るように再び眼前に出現した。

 妖精の調べは聾するばかりに頭の中に鳴り響いている。


 フリンは腰鞄ウエストバッグからコンパスを取り出して見た。

 二人は滅茶苦茶に動き回る磁針に唖然とした。


 「川に沿って下っぺ!」

 二人は再び走り出す。


 藪を縫って走るフリンに追い縋っていた修也は、息せき切りながら叫んだ。

 「右と左が入れ替わって、川を上ってる!」

 「馬鹿こくでね!」


 だが、又しても悠然と妖精滝が出現する。

 「メビウスに嵌っちまった」


 湧き上がる歌声を聴くうちに、朦朧として動く気力が萎えてきた。

 「痺れてきた。ダルイよう」

 「如何すっか、見当がつかねえ」


 修也がヨロヨロと立ち上がり、狂ったようにシャレコウベを叩き壊し始めた。

 「如何するもこうするも、気が進まなかったのに、フリンが強引だから……」


 修也はベソをかいている。

 「如何してくれんだよ。こんなとこで、死にだくねえよう……・」


 グチグチと修也が詰り続けていると、強かにフリンの拳骨が頭に降った。

 胸倉を掴み、フリンが我鳴る。

 「クダクダ抜かすんじゃねえ!ピーチク鳴くと、もう一回くらす(殴る)ど!


 フリンはいきなり腕に噛みつかれて跳びあがった。

 「痛たあ!やりやがったな、クソ餓鬼!」


 だが、詰め寄ろうとしたフリンは、修也の手元を見てギョッとする。

 修也は供え物の白銅剣を手に構えていた。

 「ぶっ殺す!」

 「およよ、泣き虫デレスケがやれるものならやってみろ!」


 「ぶった切ってやる!」

 顔を紅潮させた修也は金切り声で剣を滅茶苦茶に振り回した。


 フリンは尻餅をついた。

 「危ねえって!分かったから止めろ!」


 やがて、どちらとも無く二人は座り込み、フリンは歌声を振り払うように頭を振った。

 「情けねえ。こんな時、デレスケと仲間争いしていらあ」


 「フリン君、ゴメン」剣を捨てて、修也は謝った。




 樹海の森深く、清流の音と頭の中を渦巻く妖精の合唱音に気だるく浸っていた。

 不如帰ホトトギスがけたたましく鳴くや、フリンは憑かれたように岸壁に向かって歩み始めた。


 「呼んでる……母ちゃんが呼んでる」と、呟きながら洞窟に向かって行く。

 止めようとする修也を引き摺るように歩く。


 フリンは洞窟に入ると、告げた。

 「死んだ母ちゃんが導いてくれる」


 戸惑う修也に尋ねる。

 「イカレてる神憑りに付いてく?それとも、此処で歌声鑑賞に耽っていっか?」


 「歌声は沢山だ」青ざめた修也が答える。


 洞窟は鍾乳洞で中は一点の光も無く、在るのはフリンが常備していた蝋燭ランプ二基のみだ。

 垂れ下がった石筍は様々に形を変え、時には広く、時には辛うじて通行可能な狭さで続いていた。


 途は幾多に分かれていたが、フリンは迷うことなく突き進む。

 洞窟に入ってから、歩き続けの二人は疲労が極限に達していた。


 比較的広い、石筍に造られたような空洞に入った途端、静寂を破る騒がしい音の洪水だ。

 夥しい蝙蝠の群舞である。


 「吸血どもが居ると言うことはだな、間近に外界へ抜けれるはず」

 「吸血って?」一平の声に怯えが入る。

 フリンは笑った。

 「こいつ等は唯の虫食いだ。お前、吸血鬼物語も知らんのげ?」


 「お母さんの声は、まだ聞こえてるの?」

 「母ちゃんは見捨てねえって!」フリンは自信たっぷりだ。


 途は闇の中に続いている。

 「クソ暑いな!」


 「ホント、茹蛸だよ」

 「ライオン、此処には醤油も辛子ねえから勝手に茹で上がんなよ!もうすぐスモモの林があるぞ」

 「スモモの林?」

 「お前には程度が高過ぎっか」

 「フリン君が美味しそうなスモモに見えてきたよ」


 淡い光に包まれ、二人は立ち止まった。辺り一面が七色に発光している。

 「フリン君、何か聴こえる!風鈴みたいな……」


 幽かな光明の中を歩み、曲がりくねった隘路を潜り抜けると、二人は驚きの声を上げた。


 眩い大空間!

 遥かに見上げる天井が、蜂の巣状にぶち抜けており、光線が網の目のように巨大羊歯群を斑に映し出していた。


 空間を斜めに貫く巨大な一本の透明水晶柱を中心にして、大小様々、色とりどりのクリスタルに彩られ煌く輝石。

 温泉蒸気が、群立するオパール置換石木の隙間から、間断なく四方八方に吹き上げていた。

 緑なす羊歯群と敷き詰められた水晶石を縫うように音を立てて透明な温水が懇々と湧き中央の泉に流れ行く。

 色鮮やかな鳥が鳴き声を上げて飛び回り、至る所に食虫植物(うつぼ蔓)の房が鈴なりに垂れ下がって更にそれらを覆うように、花々が咲き乱れている。

 むせ返るような花と草の香り。


 二人は足元の草を押し分ける音と微かな息吹を感じ、立ち止まった。

 大白蛇が白鱗を煌かせながらズルズルと手前を横切って行く。


 「白化アルビノだ」

 「アルビノ?」

 「此処には奴を養う獲物があると言うことだっぺな」


 大空洞を横切る水晶の敷石を踏み進むと、一面の草原に紛れ込んだ。

 一群の疎らな花樹林を通り抜けると、ぼんやりと浮かび上がる蛍石壁面の突き当たりに二つの入り口が開いている。

 入り口を塞いでいたと思われる等身大円盤形の青金石ラピスラズリの蓋が二つとも横倒しに倒れていて、何やら文字が記されていた。


 フリンは声を上げて読む。

 「左は未知の世界、右は面白くも無い元の世界に戻れる」

 「んじゃあ、右だ!」間髪を入れず、修也は言った。


 「そうだっぺなあ」

 フリンは左の道に魅かれているようだ。


 「取り合えず、一休みすっぺ」

 二人は蔦の絡んだ白亜の円柱が林立している草原に倒れこんだ。微風が爽やかで心地よい。



 突然湧き起こった鳥の羽音と、高い鳴き声に二人は目覚めた。

 「クソ鳥が!フリンの鼾が子守唄になっていたのに」


 フリンは大きく欠伸をしてから、呆然と辺りを見回した。

 「おい、見ろよ! 林檎が鈴なりだ。花と実が一緒だぜ!如何なってんだ?」


 「周りを見て!僕らは苺畑に寝てんだよ」

 と、修也は傍らに真っ赤に熟している草苺を摘まんで口に入れた。


 「ストップ!黄泉の食い物を食べたら、戻れなくなるど!」


 修也は鼻で笑った。

 「明日の百円より、今日の十銭だべ。熟した苺は甘くて美味いよ!」


 躊躇していたフリンだったが、修也の様子を見て貪り始める。

 「旨え!あの林檎も旨かっぺな」食い気が二人を元気づけた。



 何処からか、話声のような音が聴こえてくる。


 修也はフリンの袖を引いた。

 「引き上げたほうが良さそうだ!」


 慌ただしく換えの蝋燭に火を点して右の道へ入り込む。

 枝分かれの途を曲がりくねりながら数時間、見上げるような空間に入り込んだ。

 前途に巨大な人工と思われる大磐が聳えており、其処には人一人が通り抜けれる隙間が開いていた。


 トンネル内の温度は深々と冷え込み始め、二人は前方に外世界の光を見つけるのだった。

 外は残雪が夕日に反射して眩く輝き、銅色の空は二人の冒険と奇跡の旅が終わりをを告げている。


 そこは、神聖元郷門の葛久保洞窟だった。



 * * *



 不霊樹海の冒険談を聞き終えると、ユズキは徐に言った。

 「不霊の樹海は磁場が歪んでいて、生半な人には危険なのよ」

 「また、挑戦したい気もすっけど……」

 「今のフリンとライオンじゃあ危ない」


 ユズキの全身がぼんやりと光に包まれている。


 修也は紅玉の勾玉を首から外し、ユズキに差し出した。

 「受け取って。今回の発端はこの勾玉にある。これは我が家の家宝で、言い伝えでは着けている主を護るって……」

 「そんな大切なものは受け取れないよ」


 「これはユズキにこそ相応しい」



切りのいい所まで進めてから読み易いようにリメイク思索中。

ネット回線が繋がらなくなり、しばらく更新できませんでしたが、

やっと治ったので再び更新していきます。

見に来てくださってた方、すいません。

そしてありがとうございました。

今年もよろしくお願いします

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