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二十九話・幽離

   

 加奈子を思うと、修也は牧野邸の門前にいた。


 門を通り抜け、扉を叩く。

 「修ちゃんが帰ったわ!」

 台所の手伝いをしていた加奈子が慌てて玄関の扉を開けて表に出た。

 加奈子は目の前の修也に気が付かない。



 意識は時を超え、夜のサーカス小屋に。


 白ライオン・シンバは、少年たちが檻に忍んで来て立ち去った後、開け放たれた檻の扉に戸惑っていた。

 檻の外に歩み出て、徐に伸びをする。


 夜の町、風に吹かれ気の向くままに闊歩するが、シンバは落ち着かない。

 飛び交う蝙蝠の群れ、夜烏の声、巷のざわめき、ライオンは追いたてられるようにサーカス場へ戻って行く。


 サーカス場に戻り、テントの一張りごと、飼育係のマオを探して歩く。やがて、慣れ親しんだ訛声の響くマオのテントを探し当てた。

 団欒の賑わいが人好きの大猫を有頂天にさせ、喉をゴロゴロと鳴らしてテントに突入する。


 悲鳴と叫び声!

 その声にシンバは動転し、慌てふためいて入り口を壊し遁走した。


 サーカス場は大変な騒ぎとなった。

 鉦が打ち鳴らされ、サイレンが鳴り響く。


 シンバは逃げ出して見たものの、再びサーカス場に向かって歩き始める。

 大テントの周りには、あちら此方に人が屯していた。 シンバはその中にマオを見つけ、喜びに白毛を膨らましてスキップを踏むように走った。


 だが、迎えるはずの人群れから、轟音一発!風を切る銃弾が耳を掠めた。

 轟音の意味は理解できなかったが、ライオンは恐るべき悪意に踏み止まる。

 第二弾、逃げるシンバは肩口に激痛が走った。


 町外れの森、怒りと興奮が収まり、ぼんやりと途方に暮れている。


 修也は大白猫に声をかけた。

 「おいで!僕についておいで!」

 シンバは唸り声を上げながら、立ち止まり、導かれては歩く。

 修也はシンバが立ち止まる度に、励まし、声をかけては落ち着かせ、牧野邸まで導いたのだ。


 修也は空間と時間に拘泥されることなく、過去や現在、母や弟の所、七ちゃん、俊兄、羅門兄の所、等々、気の向くままに彷徨う。



 * * *



 修也は手術部屋の様子を見ていた。

 瀕死の肉体と自らの意識が光を帯びた細い白銀状の線で繋がっている。


 意識は病院全体を覆い、やがては道院を含む村全域を高みに観た。


 生きとし生ける命は輝きとなり、輝きは鏤められた星のごとく煌く。

 無数の輝きが、絶え間なく浮かぶ泡沫の如く闇に溶け込んで行く。


 意識は日本列島からユーラシアに及ぶ。

 地を覆う淡い薄絹を抜けると、修也は遥かな高みから地球を眺んだ。

 輪郭は青く照らし出され、薄墨色に輝いていた。雲間を通して海と諸大陸が垣間見える。

 そして、それは淡く彩られ、此処彼処に燻された様な濃淡をつけていた。


 地球ガイアは太陽を中心に、他の惑星と共に自転しながら同心円上を運行している。

 広がる意識は、棒状のバルジを中心に渦巻く広大な煌めく銀河星雲を俯瞰していた。


 星雲は集合し、その集合はさらに集合し、あたかも生命体が過喚起の呼吸を重ねるように、膨張しては急速な収縮を繰り返す。

 そして、その生命体も無数に集合しては、生滅を繰り返す。

 陰と陽、虚と実の世界が縺れ合い、絡み合っており、それは途方もなく広大にして無辺だった。


 ミクロに収縮する意識は自らの体に入り込む。

 構成する臓器は夫々に特異な細胞に分岐し、細胞は各パーツに細分化され、やがては分子となった。

 分子は原子を回る電子との組み合わせに組織され、素粒子、クウォーク、それらは波であり、粒子であり、無限小に……。


 果てしない大宇宙から突き詰めることの出来ないミクロに至るまで、数式ダルマ音楽バイブレーションスペクトルとして統一され、遍く知性が存在していた。


 目に染む輝きを見る。それは崇高で、神聖そのものだった。

 輝きは修也を包み、広大な空間を飛翔する。

 導きの彼方に、黄金アカシックの帳が現れ、開放された。


 ホログラフィー状の帯が幾重にも重なり、交差し、括れに収束しては、分岐を繰り返し蠢いている。

 それは永劫に続く道。

 その中の、ほんの僅かが修也の辿る今生であり、デジタルに分裂し融合するのが見て取れる。

 生き様が、変化する電子本の如く、泣き、笑い、喜び、悲しみ、苦しみ、叫び、怒り、闘争、寛ぎ、快楽、驚き、祈り、後悔、安らぎ、興奮等々、全てが余すことなく果てしなく続いていた。


 飛翔は時を超え、悠久の磁場が流れる大河の畔に止まった。

 縹渺たる河原には見渡す限りに魂の灯火が点在していた。

 命の輝きが取り巻くように浮かんでは消える。


 そこには、信じ難い幻視の光景が在った。


 磁場の満ち干きが一巡すると、艫の切り上がった古代船が荘厳な聖音と共に現れる。

 銅鑼が響き渡り、河原に息づく命の灯火たちは船に向かって集合して行く。


 その時、船上を滑るように移動して手招きする女がいた。

 真紅の髪、真珠色の肌も露わに、妖艶な美女が左の手に真っ赤に熟れた林檎を乗せ、渇きを誘うように手を招く。

 それは、愛しのギンゴット。

 修也は陶然となり、死の橋を渡り始めるのだ。


 「行ってはダメ!」後ろから呼ぶ声を聴いた。

 振り向くと、凛然と輝く光のユズキが居た。


 「命は尽きてない!お前は生きねばならない!」


         ……  ……  ……


 手術を終えて病床に横たわる己が肉体を眺めている。廊下には瞑想のユズキと不安に落ち着かないフリンが居た。

 修也は極めて快適で、くたびれ果てた己が哀れな肉体に戻りたくなかった。


 (このまま永遠に漂っていたい)


 しかしながら、抗し難い力に押しやられ、胸苦しい苦痛に目覚めた瞬間、(死にたくない!絶対に生きる)と、一転して生への執着に変化していた。



投稿かなり遅れました。次回は再びいつものペースでやっていけるよう頑張ります

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