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二十八話・生と死

  

 降り注ぐ雷雨の中、樹下に修也とギンゴットは陶然と佇む。

 女王は言った。

 「果てしない時を、銀杏の樹と共に待ち続けた」


 修也のイサリは応える。

 「愛する妹背と共に、我も旅立たん!」

 見つめ合う二人の世界には降り注ぐ雨も、耳を劈く雷鳴も無かった。



 * * *



 フリンたちの学後作務は大講堂内の清掃だった。


 打ち破るように扉が開き、麻耶を伴ったユズキが血相を変えて、

 「ライオンは居るか!」

 と、大声で走り込んで来た。


 眦を上げた剣幕に、フリンが答える。

 「此処にはいねえよ。宿舎で寝てんでねえの」


 ユズキの怒鳴り声は悲鳴のようになっていた。

 「何処にもいない!ライオンが危ない!何やってんだ、馬鹿フリン!」


 ユズキの怒気を受けたフリンは、直ちに感応した。

 「小僧は大銀杏んとこだ!」

 フリンは弾丸のように豪雨の中に飛び出した。


 間断ない稲光と轟く雷鳴。

 銀杏の丘に突っ走るフリンはクーズの少年王子となっている。


 丘は全体が帯電し、光に包まれていた。

 大銀杏の根元、ギンゴット女王とイサリが互いの手を握り合いながら空を見上げている。

 光明に踏み入ると、其処は桃源の世界だった。

 緑の天蓋、そよ風に花弁が舞い、小鳥が囀る夢の中。


 女王は歓喜する。

 「アラハー!貴方にも会えるなんて!いざ、共に旅立たん!」


 フリンは、きっぱりとギンゴットに言い渡した。

 「否!行くのは女王・御一人だけ!」


 花園は暗転し、凄まじい風雨が横殴りに叩いた。

 轟く雷鳴は天地を揺るがし、連続的な閃光は丘の上を眩く浮き上がらせる。


 フリンは修也を揺す振った。「樹の下は危ねえ!逃げんだ!」


 いきなり、フリンは強力で投げ飛ばされた。

 目をを爛々と光らせた修也が、野太い声で怒鳴る。

 「我等を引き離すことは許さん!もう、如何なるものも妨げることは出来ん!」


 「ライオン、樹から離れろ!雷が落ちる!」

 フリンは掴みかかって修也を樹から引き離そうと試みるが、再び毬のように弾き飛ばされた。

 眦を上げて、フリンは必死に掴みかかる。


 「こな糞!払いたまえ!」

 激しい揉み合いから、漸く修也を樹から払い越しに放り投げて靠れ込むや、落雷が爆音と共に巨樹を引き裂いた。

 目の眩む電流光の輝きは巨樹から同心円に、倒れ込む二人のあと僅かの所まで焼き尽くした。


 引き裂かれ噴煙を上げる千年銀杏の巨樹を、二人の少年は呆然と見上げている。


 修也は立ち上がり、全身を震わして吼えるように絶叫した。

 それは泣いているようでもあり、怒っているようでもあった。

 燻る巨樹に、修也はふらふらと歩み寄って行く。


 丘に辿り着いたユズキが、悲鳴を上げた。

 「駄目エー!」


 第二弾が残り木に着電し、修也は両手を真横に広げたまま岩場まで弾き跳んだ。


 岩にビッキのように叩きつけられた修也は、目が反転して白目を剥いている。

 駆け寄ったフリンが叫んだ。

 「ライオンが死んじまった!息が止まっちまったよう!」


 麻耶がフリンを掻き分けて突進し、修也に跳びついて、口を吸っては激しく胸を叩き始めた。

 麻耶と入れ替わるように、円気が人工呼吸と心臓マッサージを継続する。



 修也は最初の落雷に、ギンゴット女王が遥か天空の彼方に消え去るのを見た。


 二段目の直撃。

 全てがスローモーションのように感じられる。

 雷電は大銀杏の頂上から眩い輝きを放ちながら根本まで、やがては樹に触れている修也に通電し、弾き飛ばした。

 両手を開いたまま空中を素っ飛び、岩場に激突して手足と肋骨がバリバリと骨折していく。

 

 跳ね上げられ叩きつけられる一瞬の間に、修也は人生を走馬灯のように再体験した。

 誕生。柔らかな光の世界から、肌を刺す空気と、騒音に絶叫する。母の乳房、父の出征と永遠の別れ、加奈子や七ちゃんたちとの目くるめく日々、そして、巡り巡って道院に至る。

 泣き、笑い、叫び、怒り、喜び、驚き、苦しみ、ありとあらゆる全てをそのままに。

 それは果てしない時間だった。



 修也は小降りになった雨の中で、救急蘇生を試みるエンキと麻耶を上から眺めている。

 豪雨が嘘のように止み、柔らかな初夏の日差しが木々の緑を照らし出していた。


 「心拍は戻した!」と、エンキ。

 「呼吸が戻ったわ」麻耶が告げる。

 駆けつけた院生から一斉に歓声が上がった。



 昏睡状態が続いている。

 浮遊する修也の意識は明確ではっきりしており、しかも思うだけで、医療スタッフ、友人等の思考に入り込むと言う、摩訶不思議な状態になっていた。


 エンキや他の医師たちの目線と思考が我がことのように感じられる。

 全身の機能低下と共に、特に肺に突き刺さった肋骨の除去は困難を極めており、心肺機能の不安定は依然として続いていた。


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