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二十六話・大銀杏の伝説・中

  

 遡ること一日。イサリたちの出陣を見送った後、風の谷部落に騎馬隊の一群が現れた。

 緑地に車輪のコウタン王旗を立てている。

 「王都・風の谷の守護を命ぜられ、取って返した。ご開門申す!」



 騎馬隊が入城すると、黒マントの隊長がギンゴット妃への目通りを求めた。


 「お久しゅう。陛下は益々お美しい」

 マントを脱いだ髭ずらの顔にギンゴットは驚き、立ち上がった。

 「夜ノ森候。どうして此処に?」


 スエツギは告げる。

 「コウタン夜ノ森とクーズの連合軍は、ただ今を持ってコウタン王都・風の谷を支配下に置いた」


 扉を破るように血まみれの護衛兵士が転がり込んできた。

 「陛下、大変です!夜ノ森軍とクーズの兵士が・・!」


 スエツギは兵士に歩み寄り、抜く手も見せず斬った。

 そして、室外に引き出される血塗れの死体を省みることなく、平然と話し続ける。

 「斯く言う訳で、王都とギンゴット陛下の命運は我が手の内となったのです」


 女王は怒りに震えた。

 「裏切り者!恥を知りなさい!」


 「間抜けを棚に上げて、裏切り者呼ばわりは心外ですな。

 寧ろ、部族の魂をティヤマトのスメルに売った先王のダルシマ、貴女の若い色男こそ裏切り者の名に値する」


 スエツギは一緒に入場してきた、小柄なクーズの軽鎧少年とひそひそと話していたが、大きく頷いてギンゴットを見た。

 「コウタンと同盟のティヤマト軍は、ハッタイト・トミの待ち伏せ攻撃に撃退された。その上、貴女の色男が我らの仕掛けにかかりそうなので、今から一捻りして来る。今度は陛下の色男の生首を肴に酒宴でお会いすることになるでしょう」


 スエツギは玉座に上がり、ギンゴットの髪飾りを引き抜いて、それに接吻した。

 「その時に、改めて婚姻を申し込む。念願の陛下をかき抱き、我が胸の下で悦楽に鳴かすのが楽しみです」

 「死んでも嫌よ!」

 憎悪を滾らせたギンゴットに、スエツギは鼻白んだように首を振った。



 スエツギの退出後、ギンゴットは呆然と玉座に座り込んでいた。


 兵士の中から先ほどスエツギと話していた少年のクーズが進み出て、ギンゴットに話しかける。

 「差し出がましいようですが、陛下は夜の森候の申し出を受けられた方がよろしいと思います。

 陛下が我らスクナ(クーズ族)にそのまま引き渡しになれば、晒しの刑になります。それは受刑する者にとって、過酷この上無いものです」


 ギンゴットは少年を見た。

 「貴方は?」

 「占領区守備を仰せつかったスクナ(クーズ)のシャマイ王子です」

 「王子?」

 「アラハーと呼んで下さい。先王イワオシワケの二十八番目の王子です」

 と、少年は顔を紅潮させた。


 シャマイは晒しの刑の詳細を述べる。

 「我らと蝦夷地の雄・エミシは厳しい敵対関係にあり、かの有名なトーワの丘の戦いにおける大勝利で我らは今の地を不動の物としたのですが、我は捕虜になったエミシの酋長が晒しの刑にされるのを見ました。

 酋長は全裸にされ、首を皮ひもで狗のように繋がれて檻に入れられました。

 そして見世物にするため各部落を一糸纏わぬ素裸のまま何日もたらい回しにされ、十分な辱めを受けた果てに広場で吊るされたのです」


 「女でも、その刑を受けるのかしら?」ギンゴットの声は引き攣っている。


 「女はもっと悲惨です。美貌を誇るハタイットのツボケ女王をさらしの刑にした時は、王衣を剥ぎ取られ、素っ裸にされている彼女を獣のように皮ひもで繋いでそのまま国中を引き回し、挙句の果て、命と引き換えに希望するスクナの男全てと、広場にあつらえた舞台の上での交合まぐあいを強要されたのです。

 そして、殺到する志願者たちを相手に勝利の祝いが終わるまで三日三晩にわたる輪姦の舞台が続けられた。

 しかも最後の一人のまぐわいを終えると、そのまま全裸で皆の前に立たされ、鞭打たれ、女奴隷としての競りにかけられたのです」


 「……死んだ方がましだわ」

 「だが、限界を超える屈辱を受け続けると、どんな形であれ生きたいと思うのが人の常。

 ましてスクナに伝わる催淫の魔薬ハンツンバを呑まされると、鉄のように堅い乙女ですら、発情する雌犬のごとくなってしまう」


 少年王子は囚われの女王を見つめた。

 「美貌こそが禍となる。我の母は嘗て晒しの刑を受けたアラハバキ女王です。

 競売の上、イワオシワケ王に奴隷妾として落札されました」



 * * *



 その夜、ギンゴットは夢を見た。


 スエツギを拒否するや、ギンゴットはクーズに引き渡された。


 直ちに、晒しの刑が言い渡される。

 誇り高き麗人が一切を剥ぎ取られ、白い体が露になると、全員が手を叩いて戦勝の獲物に歓声を上げる。

 皮ひもに繋がれた首輪が掛けられ、体を隠したり、僅かの抵抗にも容赦ない鞭が飛んだ。


 部落中を引き回された後、設えてある舞台に立ち尽くす。

 日没と同時に燈されたクーズの雷火は真昼のように舞台を照らし出し、笛太鼓は耳を聾するばかりだ。


 下卑た小男が、大きな濁声で舞台から見世物小屋のように口上する。


 「スクナの勇士たちよ!奇跡の肉体を隠すことなく誇示している真紅の髪の麗人は、天下にその美貌を轟かしたコウタンのギンゴット女王である。

 この度の戦に利あらず、図らずも我が軍門に降った。そして、夜ノ森候のたっての結婚申し込みを断り、敢然と晒しの刑を受けたのである。

 今宵はコウタンの存続および己が命と引き換えに偉大なるスクナの勇士たちとのまぐあいを承諾した。

 我と思うものは勇を持って名乗り出られたし。そして我らが獲物にスクナの偉大さを知らしめよ。女王は媚薬ハンツンバを飲んでおり、志願する者全てとまぐわう用意がある」


 ギンゴットは自らの肉を求めて出番を待っている犇めき合うクーズの列を見た。

 口上が終わるや、拍手、卑猥な野次と嘲笑、笛太鼓に導かれて、次から次と襲いかかる欲望の小人たち。



 ギンゴットは自らの叫びに目覚めた。

 シャマイが寝所に駆けつける。

 王子は幽閉の貴婦人が取り乱しているのを見るや、直ちに兵たちを退がらせた。


 「夢を見たわ。恐ろしい夢」

 「陛下、定めは神の御手にあります」少年は慰めるように震える手を取った。




 イサリは作戦会議の卓上に夜の森クーズ連合の勧告文を広げ、将たちに問う。

 「戦うか、降伏するか?陛下はもとより留守部落は裏切り者共の手の内にあるのは疑うべくもない。

 現況は前門の虎(夜ノ森コウタン・クーズ連合)後門の(トミ・ハッタイト)であり、我の首を取って降伏すれば、諸君の安全と辛うじての面目が立ち、女王と家族の命も助かるかもしれん……」


 イサリの言を遮って、筆頭参謀である女王弟のムサビ将軍が怒鳴った。

 「何をぬかす!我らコウタンは誇り高き専制王国であろうが!女王陛下が若造をあえて良人として選び、先王の後継者として指名した時から、我らの運命は委ねられておる。降伏するも戦うも我らは、お主に従うまで」


 イサリは是とし、会議を解散した。


 国の進退を委ねられた若き指導者と参謀将軍は陣屋に相対して座っている。


 イサリは立ち上がり、周りを歩む。

 「これまでの支援に心からの感謝の意を表したい。取り分け、ダルシマ王の後継に我を推してくれたことは身に余る感激であった」


 「何の、ギンゴットが幸せになって欲しいと思うのは弟としては当然じゃ。

 それに、お主にはコウタンの指導者としての才がある。今回の鮮やかな勝利はそれを証明した」


 「知るとおり、我は四尾川に流されていた捨て子であった。それをギンゴット皇女が見つけ、育成してくれた」


 「その捨て子が、今やコウタン部族連合王国の指導者だ」


 イサリは大きな声で叫んだ。

 「大恩あるコウタン国とギンゴット女王陛下に報いたい。そのためには我が命、我が誇り等、捨てるを厭いはしない!」


 歩き回るイサリにムサビは話しかける。

 「ギンゴットが捨て子を拾い上げて可愛がり、挙句の果てには養子にすると宣言した時、そのあまりの執着振りを危ぶみ、イシュテルの大翁巫女に御伺いをたてることにした。

 予言は『祝福されし捨て子は、コウタンを栄光に導き、我ら全部族の救いになるであろう』じゃった」


 イサリはムサビを睨みつけ、吐き捨てるように吼えた。

 「ならば、その予言は成就させねばならん!」




 夕暮れが迫り、春雷が轟く中、夜ノ森コウタン・クーズ軍にイサリ軍からの伝令が届けられた。


 【先刻、我がコウタン軍は鬼生蛇の戦いで勝利を得た。しかしながら、戦局に利あらず、ここに膝を屈して王夫イサリの命と引き換えにスエツギ夜ノ森・クーズ軍に和睦を請う。同意あらば、直ちにイサリの首を斬って武器を置き、軍旗を下げて貴軍の傘下に入りたし。 上将軍 カワウチ・ムサビ】



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