二十四話・道院生活
道院は全寮制で、院生は東寮のヤマト組と西寮のハタイット組にクラス分けされる。
修也、フリン、ユズキの三人は西寮生に組み分けされ、アミリウスのユズキは女子の一人部屋に入ることになった。
入院式をかねた晩餐会は、制服の作務衣に黒マントを羽織った新入生および在院生合わせて百二十人と、院長以下教職者、父兄、引率者が一同に会して行われた。
食事は肉魚無しで乳製品OKの準精進料理であったが、それなりに贅をつくしていた。
道院生は発酵乳と果汁、大人たちは猿酒(果実発酵酒)と濁り酒で乾杯し、大いに盛り上がる。
式次第は概ね教職員と道院生、それから引率者の自己紹介に当てられた。
修也が立つと、「ラ・オダイ!」や「ライオン!」の声が飛び交う。
そして、極めつけはユズキのアミリウス宣言である。会場のどよめきは止まず、指導員が大声で再三たしなめるほどだった。
修学道院の日々のカリキュラムは週のうち六日、夜明けから日没まで智学、識学、行学、霊学、催眠学、その他に作務(生活労働)が義務づけられていた。
羅門は道院に一ヶ月あまり滞在し、エンキと交代で職を辞した亀井三郎なる能力者と共に旅立つのだが、修也たちにとっては何もかもが真新しく、息つく暇がないほどの目まぐるしさだった。
修也、フリン、ユズキと、麻耶の四人は羅門たちを郊外まで見送る。
「良き航海を(ボン ヴォヤージュ)!」
羅門と三郎が水境高原の彼方に消えると、四人は四様に、夫々の感慨を胸に歩んでいた。
フリンが誰ともなく話す。
「島流しにされた気分だ。朝早くから働かされ、飯も不味い。その上、やってる意味が全く解らねえときた。朝食に飲まされる山羊の発酵乳入りの薬草果汁とか言うのにも参る。もういい加減、牛肉と銀シャリが食いてえ」
ユズキが笑った。
「日と共に起きては眠り、自然に身を委ね、仲間たちと、好きな修行と勉強をして一日を過ごす。
食事も美味しいし、言うこと無しよ。日々新しく心が拓いて行くって最高」
「絶対変だ!アースル・カタカム(遺伝子源語)とか、死語のラテン語やアルタイ語、それに、二進法、十二進法や六十進法やインド算数等。
それに、意味不明の歌早読み、算盤計算・暗記、主題のないお絵かき。それから、祝詞を上げながらの目が回りそうな駒踊り。頭がくらくらしてパーになりそうだったぜ。
蝋燭瞑想も変だし。先輩なんてこの寒さに、冷い滝に打たれるんだぜ。もう、泣きが入って、笑っちゃうしかなかっぺよ」
「フリンは軟弱なんだよ」
「オトコ・オンナに言われたかねえ!」
ユズキの打つような仕草に、フリンは逃げ回る。
一騒ぎすると、ユズキは霧に霞む山の辺を振り返った。
「羅門さん、行っちゃったな」
しんみりするユズキに、修也は元気つけるように言った。
「大丈夫!僕らが何時も一緒だがら」
「僕らじゃなくて、僕がって、言いたいんだっぺ?」
ユズキがフリンを小突いた。
「良いじゃない!ライオンは私の頼もしいナイトなんだから」
フリンは節をつけて口ずさむ。
「ユズキはラモンに恋焦がれ……ライオン小僧はユズキに恋をするう……」
* * *
雪が解けて春が訪れると、高太石山の麓は香り立つ色とりどりの花々に埋められる。
修学道院の修行は厳しく、個人の進展具合により授業内容も週単位に個別編成されていく。
取り分け、ユズキの勉学と修行への打ち込みは尋常ではなく、揺ぎ無い直向さは時として狂気を帯びてさえいた。
数ヶ月も過ぎると、ユズキの超天才ぶりは道院レベルを超え、もはや伝説の域に達している。
修也は、追従を許さぬ厳しいユズキの修行に歯を喰いしばって食らいつき必死にもがいていた。
(ユズキと同じ世界を共有していたい!)
それはライオン少年における執念の目標と化していた。
元々ユズキは、抜きんでて能力が発達しており、その類まれな才能に加えて、特異な生い立ちと経験、しかも、道を究めようとする強烈なモチベーションがある。
それが故、出発地点からステージの異なる相手に張り合って行こうなどと、所詮は無茶な夢だった。
とは言いつつも、修也は如何なる荒行にもユズキが行うといえば、躊躇無しに修也も志願する。
たとえ能力を超えていようが、危険であろうが断固として挑戦する。
一旦決めたことは、何と言おうとやり遂げるのは修也の性格である。
修也の執念は脳力の爆発的開放と発達をもたらしていたが、精神は限界線に達しており、常時微熱状態にあった。
健康指導の円気が度々休養を指示したにも拘らず、寧ろ積極的に修行に邁進しようとするのは鬼気迫るものがあった。
そして、無理の積み重ねが思わぬ事故を誘発する。
その日は朝から、微熱に伴う軽度の頭痛があり、作務や智学の記憶訓練に集中力を欠いていた。
午前の授業後、ぼんやりして椅子に座っている修也に、麻耶を伴ったユズキが心配気に話しかける。
「無理しすぎじゃない?」
「何だか、気が抜けちゃうんだ」
修也は気だるそうだ。
「ライオンの午後の授業は?」
「格闘術」
「兄さの授業なんだ」寡黙の摩耶が微笑んだ。
修也と麻耶の二人は柔術修行心得を口を合わせて唱える。
「桃栗三年柿八年、目突き三年金的五年、常在戦場」
ユズキは言った。
「とにかく、休めよ。嫌な予感がする」
修也は何時にもなく真剣なユズキに、気圧されたように「分がった」と、頷いた。
午後、頭痛の止んだ修也は格闘術授業に参加する。
格闘実技は、道院象徴の巨木銀杏が鎮座する丘下で行われた。
空はどんよりとして今にも降り出しそうであり、遥かに遠雷の響きを聞く。
微熱の修也には湿った微風が存外に心地よく、稽古の流れる汗と共に、体がふわふわと浮くように感じていた。
約束組み手のために二人セットになり、互いに定められた攻撃と受け技の反復を行う。
組み手のパートナーはフリンだった。
組み手課題は、相手の上段突きを手で捌きながらもう一方の手の裏指を目潰しに攻め、胴タックルに入る。
フリンがひそひそと話す。
「ライオン、顔が赤い。ユズキが心配してたぜ」
「ユズキは心配し過ぎなんだ」
円気師範は気合を入れる。
「集中せえ!動きを気配で感じるんだ!」
修也が突きを誘おうと身を乗り出した時、対手フリンの背面に春雷の閃光が走った。
一瞬、気がそれた修也は棒立ちになり、フリンからの上段突きを捌くことなく顔面に直撃され吹っ飛んだ。
「何をやっとる!」
円気の怒声が飛んだ。
「稲妻に気をとられちゃった」
修也は強がるように、上気した顔でふらりと立ち上がった。
「止め止め!口から血が出とる。部屋に帰って休んどれ!」
修也は渋々返事をした。
「ちょっとの間、大銀杏の木蔭から見学させて下さい。それから部屋に帰ります」