十九話
真夏の太陽は眩く、鮮やかな真紅に燃える夾竹桃が沿線の至る所に咲き群れている。
冷房の利いた車内は別世界のように涼しく快適だった。
牧野は話を引き戻した。
「ところで、ヒロコのドッペルゲンガーの経験とやらを教えてくれんかね」
「あれは、八歳の誕生日でした。登校のハイスクールバスに乗り込もうとした時、ボクを大人にした感じの、そう、ちょうど今のボクぐらいの年齢の女の人に突然呼び止められ、このバスに乗っちゃいけないって、強く引き止められたの。結局、乗るのを止めて遣り過ごしたんですけど、女性の姿は消えてしまっていた。
確信の根拠は無いけど、あれは間違いなくボクその者だった」
「何故乗車を止めたん?」
「それが、悲惨な事故だったの。直後に暴走運転のコンボがそのスクールバスに衝突したんです」
「八歳のヒロコさんがハイスクールバスに?」一平は首を傾げた。
牧野が代わって答えた。
「ヒロコは飛び級の特殊クラスやったん。十一歳で大学を終了し十二歳で博士号を修得することになる」
「素晴らしい!凄いっすね」
ヒロコは首を振った。
「そうとも言えないわ。自己存在意義を確認するため、日本で高校に入り直すことにしたの。今はオーソドックスな青春を人並みに楽しんでいるわ」
一平は尋ねる。
「失礼とは思いますが、この際、お聞きしたいんですが」
「失礼なのは嫌やな」
「お祖父さま!」
ヒロコは祖父の癖である混ぜっ返しが嫌いなようだ。
「お二人とも天才と言われていますが、普通一般と何が違っているのでしょうか?
興味本位の質問で申し訳ありません」
「ちょっと待っていただけます?」と、ヒロコが色をなした。
「ボクも天才ってこと?お祖父さまならともかく、ボクに関しては見当違いですわ」
「いやいや、うっかり者では天才かもしれへんで。ま、むきになるほどのことでもないがな」
「いえ。ボクの場合はそんな噂が立つと、ますますお嫁に行き難くなるでしょう?それでなくても、お祖父さまの孫として、何かと特別に見られているんですから」
(十二歳で博士号を取るような子を天才と言わず……?)
「噂の元は理恵ね。会ったら、とっちめなくちゃ!」
「ヒロコさんが特別素晴らしいと言うのは……理恵さんだけでなく、東体大の戸倉みどりさんからも聞いています」理恵に矛先が行かないよう、一平はみどりの名前を出した。
ヒロコは驚いた。「如何してみどりさんを?」
「僕の兄貴みたいな先輩と婚約したんで……」
「お祖父様、憶えてます?英語の野尻先生との構内恋愛で話題になった帰国子女」
「帰国子女はお前と、あの娘しかいなかったからな」
「発展家で、情熱的な人だったわ。夢見るボクたちにとってみどり先輩は憧れの的。
結局先生は離婚までしたのに先輩に捨てられちゃったんです。……いけない!ワイドショーしちゃった」ヒロコは舌を出した。
この些か慌て者の天才乙女に、一平は少しづつ惹きつけられているようだ。
「ごめんなさい、話を遮ってしまって。天才について、でしたわ」
牧野は説明する。
「共通しているのは共感覚がある言うこと」
「共感覚?」
「音を目で捉えたり、景色や絵を聴いたり、五感が入り混じり複合的に感じられる。大なり小なり、人は幼い時に共感覚を有している。がしかし、成長に従って感覚にはっきりと垣根が生じ、共感覚は消え失せてしまうんや。
私の特別と思われている能力は生まれつきではなく、感覚の垣根を払うと言う特別な訓練を受けた結果なんよ」
牧野は問う。「一平君、人の脳は不必要に大きいのを知っとるかな?」
「いいえ。……それは、どう言う?」
「人間は持って生まれた脳力の半分も使わず、成長期を終えると、スリープしている脳細胞組織は退縮して行く。そして、ほんのちょっと余分に働かせる者が天才とか超能力者と呼ばれるのや」
「何故、使用もしない脳が備わっているのでしょうか?」
「考えられる理由は三つや。
一つは自然の悪戯。しかし、この偶然説に関してはNO。
二つ目は必要があるから発達すると言う見地から、進化過程でそれだけの脳力を使わねばならない環境が存在した言うこと」
「現代より脳を使う時代環境が在ったとは思えませんが」
「で、三つ目や。私の持論でもある人間の発生起源が所謂自然発生では無い」
「自然発生じゃ無い?」
「その訳を追々と説明しよう」
牧野は、ウイスキーを自らと一平に注ぎ、自らの現在に至った特異な体験を話し始めた。
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