十七話・出会い
ひた走る電車、和気藹々と三人は語り合っていた。
「そうや、一平君。荷台から鞄を降ろしてくれんかな」
老人は嬉々として、年代焼けしている赤茶けた細長い鞄を開け、中から三尺ほどの錦織の包みを取り出した。
金糸の組み紐を解き包衣を取り去ると、鮫皮の柄と鞘が藤蔓に仕立てられた剣が現れる。
牧野は一平に手渡す。
「抜いてごらん」
ずっしりとした柳刃を鞘から抜き放つ。
鈍く青光りを放った輝きと刃上に無数に走る白金色の蛇目紋様、一平は魅入られたように見つめた。
「剣銘はガルガンで、シャーム隕鉄で作られた古代剣や」
「シャーム隕鉄?」
「二万年前ダマスカスを直撃した言われる隕鉄や」
「まるで、生きているような……」一平は既視現象に襲われている。
「最良の鉄と最高の剣鍛治との傑作や」
「如何してこれを?」
「羅門の形見。彼は葦籠で川に流されていた捨て子だったのやが、お包みに一緒に包まれていたらしい。妙なんやが、何故か無性に君に携帯して貰いたい」
一見の一平に対して、牧野の気に入り方は、ただ事ではない。
突然、頭上から大きな濁声が降った。
「コラコラ!怪しい少年少女、こんな所で物騒なものを弄っちゃ駄目だっぺ」
銀髪の老人が、日焼けした長身の若者を供に通路に微笑んでいる。
一平は驚いて牧野と見比べた。風貌が似ていると言うか、瓜二つだ。
「康煕やないか!」
牧野が立ち上がった。
「水戸で、俺の叙勲祝いがあんだ。降りようと思ったら、お前が居るんで吃驚したっぺよ」
「叙勲?」
「遊戯協会の代表でね。ライオンは小高に行くのげ?」
「人生の総ざらい。この二人は老人の夢に付き合うボランティアや」
「ひょっとして、ヒロコちゃん?」康煕なる老人はヒロコに顎を杓った。
「そうよ、まさかのヒロコ姫や。えーっと、こちらは、癒し系の絵描きで話題の鬼三君やったな」
ヒロコが牧野の袖を引いた。
「お祖父様、紹介して」
謎の老人は自己紹介する。
「ドッペルゲンガーだ。分身と言うか、詳しくは御祖父ちゃんから聞いてくだされ。和名は李山だ。ヒロコちゃんのことは小さい時から良く知ってるよ」
「和名……?」ヒロコは祖父を見た。
「謎の在日朝鮮人。帰化しているので……だったやな。
賭博業界の雄で、世界的なリッチマンや。息子が有名なITヤッピーの李山正継で、鬼三くんはその三男坊。確かUCLAに行っとったな」
「癒しの絵って仰るのは?」
青年はにっこり微笑んだ。
「トロピカルな自然画風が、売れ筋に乗ったんで。ヒロコさんのことは雑誌などで良く存じ上げてます。それに、ロスでゼッターランド博士の講義を受けたことがあります」
ヒロコは目を丸くした。
「お受けになったのはバイオかしら?」
「いえ、人類学です」
日焼した肌にブリーチング爽やかな白い歯の、如何にもウエスト・コースト風サーファー然としている。
「お前はサーフィンと空手の専攻だっぺよ」康煕老人は茶々を入れた。
「めちゃ空手と、特にサーフィンにイッちゃってます」
若者は屈託ない。
「そうそう、こちらは佐々木一平君や。ボデイガード言うことになっとる。
美田村の息子・義之の門弟で、若いが剣の達人や」
「以前会ったことがあんね?」
李山は無遠慮にしげしげと一平を見詰めている。
「初めてだと思いますが」
「いいや、確かに君とは何処かで会ってんなあ……」
牧野は笑い出した。
「相変わらずやな、その祝いとやらが終わったら小高に寄るんやろ?」
「それが、間もなく出発しなくちゃなんねえんだ。例の北極行きを決めたんでな。年来の希望が叶う」
「云うことは?」牧野の顔色が変わった。
「大西洋で七十年来の強烈な磁場の嵐と変異が認められた。
我々が後援している冒険カメラマン安藤昭治の北極単独横断計画にキサン共々便乗して行くんだ。李山コーポレーションのレジャークルーザーを調査船に改造したのよ」
電車内に水戸到着のアナウンスが流れる。
「……フリンに会えたら」牧野は言葉を呑んだ。
李山は頷いた。
「一路平安!」
立ち尽くす牧野に、
「李山さん達を見送ります」と、一平は二人の後を追った。
プラットホームに降りて、見送りの礼をする一平に、李山翁は尋ねる。
「大悲山は初めてげ?」
頷く一平に、老人は微笑んだ。
「ライオンをよろしくな」