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南相馬・大悲山幻想異聞(目覚めよ!と呼ぶ声)  作者: 沙門きよはる
二章・旅立ちと会合(天才牧野修也の世界)
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十五話

   

 牧野は遠い記憶を探るように話し始めた。


 「戦後間もなくパリに渡航した俊兄が、パリジェンヌのミレーユと一粒種のレーヌちゃんを連れて小高町に現れたのは十年後やった。シルク・スクリーンの特異な画風でパリの画壇を席巻しての凱旋で、貧乏性の七ちゃんや戦犯まがいの私にとっては羨ましい限りやった。

 彼の田舎家には画商やら外国人が頻繁に訪ねては商談等していた。とにかく、私と七ちゃんは帰郷しては彼の家に入り浸っていた」


 「ボク、竹原恵子先生にお会いした事があるわ」ヒロコが話に割って入った。

 「友人と竹原恵子絵画展を見に行った時。感動に座り込んでるボク等に、竹原先生が話しかけてきたんです」


 それが、如何にも恵子らしい。


 「ボクにモデルになってくれないかって仰っるのよ」

 「引き受けたんか?」

 「まさか。……それでも、ソルトレークで、先生の絵を拝見して以来のファンなのを話したら、とても喜んで名刺まで頂きました」


 一平が尋ねる。「ソルトレークって、ユタ州の?」

 「パパが教授なんです。日本では生命工学と言うのかしら?それと人類学」


 「ヒロコのパパのトーマス・ゼッターランドは娘婿になる以前からの知り合いでね。サンカ文化に関心が強く世界中の類似の文化を研究している」と、牧野は説明する。

 「アメリカの教授がサンカ、ですか?」

 「タイトルが『彷徨える謎の人種』言う本を出しとる。

 ボストンで二コラ・テスラ特別記念講演があって、生前交流のあった生き残りの一人として、私も思い出を少しばかり話させて貰ったんや。その時、聴講しておったトムがアプローチして来た。

 一平君はテスラを知っているかな?」


 「スミマセン、知らないことばっかです」

 「今世紀最高の科学者や。多相交流システム、高周波発電機、テスラコイル、無線操縦システム等、彼がいなかったら、我々は電気利用を現在のように享受することは到底出来なかった」

 「にしては、名前が知られてない……」

 「それは、彼が名声を欲しなかったのと、軍事機密の名の下に、兵器研究所の奥深くにしまいこまれてしまったものが少なくない」


 「軍事機密ですか?」

 「物質透明化、粒子ビーム兵器、無線誘導ミサイル、磁力推進飛行、レーザー兵器、そして地震兵器等。テスラの理論や技術は、当時の科学レベルを遥かに超えておった」


 牧野は思い出を話し始めた。

 「私は今で言う飛び級、旧制中学一年にしていきなり帝大の仁科先生等が率いる科学開発研究室にピックアップされたんや。

 当時、綺羅星のように出現していた偉大な科学者たちの中で、ニコラ・テスラの評価はズバ抜けており、国としては早急に彼をマークする必要性があった。で、十六歳の少年に白羽の矢がたった」


 「白羽の矢?」

 「渡米してテスラに接近して彼の研究を調べて報告する」


 一平は目を丸くした。

 「スパイ?十六……ですよね」

 「それがミソや。歳の割りに老成しているとは言え、所詮十六。賽を投げるのに、三人の友に相談することにした。七ちゃん、初恋の人、そして、ミシャセの羅門や」


 「ラモン?」


 「野性に熱いハートを擁するハタイットや。羅門は渡米には反対やった。

 理由は、日本とアメリカは開戦し、日本は敗北する、言うこと」

 「七郎先生は何て仰ったのかしら?」


 「彼を家の方に訪ねると、幼いときから通っていた三本松剣道場へ稽古のため泊まりっきりとのことやった。

 道場に赴くと稽古中だった七ちゃんがいきなり、『久しぶりに稽古をつけてやる。面を着けろ!』と言うのや。七ちゃんは私を散々にこ突きまわし、挙句の果てに『根性無し、一発ぐらい返してみい!』と、言いよった。

 私はかーっとなり、怒りに火の玉のようになって飛び込むと、意外や面一本を打つことが出来た。すかさず『さすがライオン!天才は狙ったものは外さねえ』と激賞したんや。私は忽ちその気になってしもうた。結局、相談はしなかったが、彼に会って渡米を決意した」


 武道おたくの一平には感動ものである。

 「稽古で意思を伝える七郎先生といい、それを受け止める牧野先生。達人物語ですね」

 「そら、買い被りや」


 「初恋の方のも、お聞きしたいわ」

 「渡米するのは運命、その一言に尽きた」



 列車は陽光を浴びながら千葉に抜ける県境の山間をひた走っている。


 「テスラとの取り持ちは、帝国機関が全てやってのけた。……私はテスラの熱烈なファンが高じた、助手希望の日本貴族の子弟と言う触れ込みで、まんまと彼の少年助手として滑り込んだわけだ。

 当初、思い上がりの私はテスラ何ぼの者やの気分やったが、やがて驚異の才能と壮大な計画に圧倒され、完全に参ってしまった。彼もまた私を大変買ってくれて、ボーイ言うて、まるで息子か孫のように可愛がってくれた」


 牧野はテスラとの思い出に浸っている。

 「エスペランチストを自任していた我々は、英語でもなく、彼の母国語でもなく概ねエスペラント語で交わされ、周囲を煙に捲いた」


 「エスペラント?」初めて聞く言葉だ。

 「当時、世界共通語になるだろうと思われていた人造国際語」

 「宮沢賢治に出てくるわ」ヒロコが言うと、牧野は頷いた。


 「そう、イーハトーヴ言うのは岩手をエスペラント読みにした」


 老人は話を引き戻した。

 「彼と過ごした二年間は私の人生にとって何物にも変え難い」

 「スパイの方は?」

 「報告したんやが、日本では採用されんかった」


 「お祖父様、テスラのメイン研究テーマは?」

 「全世界に向けた無線送電の確立。これを可能にさせる理論が遠隔地球力学テレジオダイナミックス

 彼は地球自体の電気エネルギーを利用することで、遠隔地への無線送電が可能になると考えた。言わば、地球を『巨大なコンデンサー』として利用する。その研究が真骨頂を迎えたのはアインシュタインの特殊相対性理論の出現やった。

 それは、質量、エネルギー、時間などは絶対的なものではなく、相互に変化しうることを証明したんやが、重力と言う謎のエネルギーを解明する糸口を開いた。

 以後、アインシュタインは自らの理論を補完するため、生涯をかけて追い求めたものが重力場と電磁場を統一する理論や」


 「統一場理論ですね」ヒロコが合いの手を入れた。


 話が一段落、一平は話しかけた。

 「ヒロコさんは科学に詳しいんですね」

 「USでの専攻が物理学なんです。テーマは量子物理ですの」

 「量子物理?」

 「お祖父様が仰るには、アッパラパー向きの研究なんですって」

 「ヒロコのようにまっさらでないと量子学は追求できん。理論ありき、の従来の科学でなく、どんな現象もありのままに認知し、先ず事実(現象)ありき、が基本やから」


 牧野は今回の目的の一つが、その量子学のフラクタル或いはホログラフィー理論の実践証明でもあることを告げた。

 「相似性理論の糸口になる。阿武隈の奥地に磁場の強烈な変異があり、幼少時に、スターゲイトらしきものを経験しとるんでな」

 「何故それがホログラフィーのフラクタルですの?」

 「その門を通り抜けた亜空間の世界は、概ね此方の世の映し鏡のように構成された奇跡の世界。古来語り継がれた日本の量子学とも言える万物雛形説は、厳然とした事実に基づいている」


 一平が二人の会話におずおずと割り込んだ。

 「あの……恵子ママと七郎先生たちが、その不思議世界に挑戦したとか」

 「おお、その時、私は偶々パリにいたのや。七ちゃんから再三電話を受けた。ま、やるだけやって、七ちゃんらしく、すっぱりと諦めたらしいがな」


 牧野は話を引き戻す。

 「大統一場理論に最も近づいたのは、実践の場からアプローチして行ったニックに他ならない。

 惑星地球からエネルギーを引き出すという大胆な発想、周波数を地球と共振させる事で電気を全世界に配ろうとする夢。そして、その理論を追求するうちに重力場と電磁場との相関関係を知り、未踏の空間重力コントロールの核心に触れた」


 老人は声を落とす。

 「しかし、ニックは生涯をかけた研究成果を発表しなかった。

 何故なら、その空間重力コントロールに関わる技術が、気象兵器・地震兵器という恐るべき怪物を生み出し、人類どころか地球生命体そのものさえも抹殺しかねないのを懸念したからや」


 若い二人は耳を傾けている。

 「ニックは米海軍の要請でレーダーを含めた全面不可視化ステルス実験プロジェクト、物質の透明化実験をフィラデルフィア・ノーフォーク港で半ば成功させたが、タイムワープや兵士が鉄壁に融合する等、実験に伴う超常現象で大きな人的被害を受けた。安全のための延期を主張するニックは実験推進派のアインシュタイン、フォン・ノイマン等と対立し、遂にはプロジェクトから外されたんや。

 哀しいことに終戦が近い時期、ニックは寒いニューヨーク、マンハッタンのホテルの一室で、誰一人にも看取られることなく孤独な死を迎えたらしい。

 戦争が差し迫った頃、私は帰国することになったんやが……」


 「スパイは発覚しなかったんですか?」

 「彼は何も言わんかった。彼にとって、私は唯一の心開ける存在となっていた。……それは二人ともソウルブラザー(魂の同胞)やったからや」


 「ソウルブラザー?」

 「その頃、頻繁に会っていたカール・ユングの受け売りなんやが、同じ幹から分かれた枝のような関係」

 「ユングって、心理学のユングですか?」

 「彼は躁鬱から脱して研究を再開していた時期なんやが、ウイルヘルム・ライヒ等を伴って良く訪ねてきた」

 「凄い人達との交流ですね」


 「だが、皆一様に孤独やった」

 老人は思い出に浸るように遠くを見ている。


 「ニックが死んだ時、私は帝大の研究室に居ったんやが、彼の強い気配を感じた」

 「虫の知らせ……?」

 「そんな曖昧なものやない。マンハッタンにいた時の作業着姿で、研究室に居た時のように『ボーイ』って話しかけて来た。自然すぎて、本当に生身で来たのかと勘違いしたぐらいやった」


 一平は二人の会話に違和感を覚えた。

 「霊とか魂みたいな、お二人のような科学者も意外に迷信的なんですね」


 老人は一平を見た。

 「君は霊的体験或いは奇跡を実感したことはないんかな?」

 「非科学的なことは信じないことにしていますんで」

 「体験していないことは無いのやから、それは非科学的となる?」

 「だと思いますが?」牧野の問いに一平は不安そうだ。


 「例えば、不透明な箱の中にクッキーがあるかどうかは蓋を開けて見なければ分からない。外から見て、見えないからクッキーは存在しないと決め付けるのは寧ろ非科学的やろ」


 「それは、確かに」


 牧野は付け加えた。

 「君は霊的あるいは奇跡のようなものは縁が無い言ったが、もう既に君は奇跡の中に居る。遥か生命の起源から連綿と遺伝子を受け継いでいる驚異の存在なのや。

 つまり、無限とも思える競争相手を打ち負かしてきた天文学的勝利者。しかも細胞一つ一つにある五十数億の塩基の配列に構成されたDNAプログラムの細胞は協力し合って組織、臓器、やがては個体を作り、個体は生きるためのエネルギーを細胞に供給している。

 それと、我々は生まれ、必ず死ぬ。我々は執行日を知らない死刑囚や。そう、我々は生誕と死、言う霊的体験が避けられない」



 老人は一息つくと、内ポケットからアンティークと思われるお洒落な携帯用の皮に包まれた四角い小瓶を徐に取り出し、

 「一杯やらんかね。二十五年物のザ・マッカランや」

 と、蓋になっていた飲用のカップを差し出した。


 カップは二重三重に重ねられている。

 「便利っすね」

 「女房の形見でね。私のためにパリの蚤の市で買ってくれた。英国製や」

 「パリなのに、英国製ですか?」


 三人はゆったりと打ち解けていた。

 「呑み助のために、よくスコッチを準備してくれた」


 「ヒロコさんは飲まないんですか?」一平は尋ねた。

 「宗教上飲めないんですの」

 目を丸くする一平にヒロコは笑った。

 「冗談ですわ。飲む習慣がないの」


 牧野は杯を飲み干し、自らと一平のキャップに更に酒を注ぐ。

 「美味い!極楽や」

 「お祖父様はアルコールが入ると要注意なの」と、ヒロコが耳打ちした。


 ウイスキーの味はほろ苦く、匂い立つシェリーとピート香は深く熟成の時を感じさせた。

 特急列車は既に千葉を抜け、茨城平野を走っている。



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