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南相馬・大悲山幻想異聞(目覚めよ!と呼ぶ声)  作者: 沙門きよはる
一章・転機(母の死と恵子との出会い)
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十話・打ち上げ

  

 新宿歌舞伎町の宴会場は帝応大剣道部員と関係者で満杯になり、二階のフロアーは貸し切りだった。


 一平は今大会のヒーローとして、お祝いと、慰めを受けた。

 今大会における真の個人戦優勝者は一平であり、審判は誤審だと。

 そして団体戦、大将を務めて見事帝応大を三位に導いた功績を賞賛するのだった。



 一平は時田カマッキに試合のサポートを感謝した。

 「色々有難う。助かったよ」

 「でも、決勝は結果が結果だからね。因みに、聴こえてくるって言う呪文は、お前のマントラ(真言)じゃないかな」

 「マントラ?」

 「人は夫々魂の秘密言葉キーワードを持っているって」

 「お前な、趣味のオカルトを振るなよ」

 「馬鹿ね!現象を素直に受け取らなくちゃ」

 「カマッキ、医者っぽくなってきたじゃん」

 「その内、高い請求書を回して上げるわよ!それに、私をカマッキ言うの止めてくんない? 女っぽいのは、四人姉妹の下の末っ子で育ったせいなんだから」


 義明は声を潜めた。

 「ところで亀井理恵だけど、私のこと、何か言ってない?」


 「理恵さんが、カマッキのこと?」

 「付き合いを申し込んだんだが、なしの礫なのよ」


 「お前が理恵さんに?」 一平は噴きだした。

 「何よ。私が恋しちゃ可笑しい?」

 「いや、意外にイケてると思うけど、お前の良さが分かるほど彼女大人かな?」

 「ホント、理恵が一平ぐらい大人だったらね」

 義明は席を移していった。



 「先輩!おめでとうございます」 涼やかな声。

 噂の亀井理恵がビール瓶を持って目の前に座っていた。


 「噂をすれば、何とか。医者の卵と君の話しをしていた」

 「時田さんですか?」

 「付き合いを、申し込んだんだって?」

 「私なんかには、もったいなさ過ぎて」

 と、手を振った。


 「奴は良い男だよ。変わってるけど、誠実みがあるし、付き合うのも悪くないと思うがな」


 理恵はビールを一平に注ぎ、

 「決勝戦の結果は悔しいけど、素晴らしい試合でした」と、微笑んだ。


 「君こそ三位入賞おめでとう」

 「出来過ぎや思います」

 「優勝した本山ゆりとの試合を見る限り、理恵さんと差が無いように思えたな。ゆりは僕と同じ三島武錬館道場の出身で、良く知ってんのよ」


 一平はこの中性的で、浅黒く引き締まった一見エジプト美人を思わせる気さくな後輩を気に入っている。


 「マジ、力的には君のほうがちぃっと上のような気がするんだ。

 ……ただ、僕も理恵さんも試合が巧いほうじゃない。その辺が課題だね」


 理恵の声が跳ね上がった。

 「先輩と同じなんて、光栄です!」


 「理恵さんには、来年学生チャンピオンの可能性が十分なんで期待してる」

 「メチャ感激! 先輩に期待するって言われたなんて、知れたら羨ましがられて大変やわ。先輩は全女子の憧れなんです。他の学校の部員なんかには一緒に稽古をしているだけで羨ましがられるんですよう」


 「オイ!俺って、アイドルか?」

 一平は笑い飛ばした。


 「決勝戦なんて先輩の応援で女子部の盛り上がり、凄かったんですよう。

 私的には相手の戸田さんも好きな選手やったので、ドキドキものでしたけれど」


 理恵はどこかむきになっている。

 一平は理恵にビールを注いだ。

 「戸田君がタイプ?」


 理恵は手を振った。

 「違いますよう。戸田さんの剣道にですっ」

 「でも、彼の剣道が好き言うのは中々。今回の試合で彼の剣の深さを思い知らされたよ」


 「正直、戸田さんの巧さを先輩の強さが打ち破るのは難しいと思っていました」

 「僕も、そう思ってた」


 「実は先輩と戸田さんの試合で、不思議に戸田さんの狙いが読めたんです。

 最初戸田さんが出頭面を打つための罠をかけ、それを先輩がその裏をかいて引き面を打った時、鳥肌が立ちました。チェスの名手のような剣道の戸田さんが、逆に心理的に追いこまれて行くのが見えました。戸田さんの意図が見破られ見事に粉砕されて行ったって感じです。

 ホント、先輩の上段には驚きました。見ていてあんなにワクワクした試合は初めてです」


 「結局は負けたけどね」

 「あれは先輩の勝ちですよう。戸田さんだってきっとそう思っているはず」


 「理恵さんの専攻は何だっけ?」

 「心理学ですけど?」

 「鋭い訳だ」


 「私のは、心理学でも児童教育心理学なんですう」

 そして、急に思い出したように

 「そう言えば、戸田さんは運動心理学やわ」と、付け足した。


 「さすが、戸田フリーク」

 「あら、先輩の事やったら、もおっと、もっと良く知っていますよう」

 「怖いな。知らないでてよ」一平は手を振った。


 理恵は突然声色を変え、手を優雅に上げたまま預言者よろしく話し始める。

 「ところが、……見えるんです。……明後日、先輩はVIPな人のお供をして……東北の方向へ……」


 一平は固まった。

 「まさか……?」


 その様子が可笑しかったのか、理恵はクスクスと笑い始めた。

 「ヒロコに教えてもらったんです」

 「ヒロコ?」

 「牧野・ゼッターランド・ヒロコ。……南相馬に同行するみたいですよ」

 「同行する?」


 漸く笑いを収めた理恵が説明する。

 「ヒロコってグラビアなんかに結構出ているんですけど、先週も週刊エンゼルに美人剣士の天才って出ていました。……私と二回戦で対戦した相手で、延長戦になった京府大の……」


 「ああ!背が高くてボーイッシュな!」


 「高校の同級なんですけど、牧野博士の秘蔵孫なんです。

 めちゃめちゃ優秀で、アメリカの飛び級で既に博士号の学位を取得していて、とっくに教授に成っていてもおかしくないぐらいなんですう。

 綺麗で、剣道だって学生選手権に出るぐらいやから、天は二物どころか三物を与えたって言うところ」


 そして声を急に潜めて悪戯っぽく囁いた。

 「それがね、先輩の大ファンなのう。先輩が一緒に行くのを知ってから、毎日のように博士に連れて行くようにおねだりしたって聞いたわ。

 あ! この話、私が言ったのは内緒にして下さいね」


 「理恵さんが牧野先生を知っているってのは……」

 「先生はシュタイナー教育の第一人者なんです。……もっとも、それも最近知ったことで、昔はただの優しく楽しいヒロコっちのお祖父ちゃんって思っていました」 


 理恵は独り言のように呟いた。

 「私も行きたくなっちゃったな」


 一平は期待を込めて、

 「来ればいいじゃん?戸田君も来るって言ってたよ」と、誘った。



 * * *



 会は十時を回ってお開きとなった。

 朝からの激闘と宴会の酒に、一平も疲労を覚える。二次会を断り、帰ることにした。


 出際に、義明が声をかけてきた。

 「理恵は如何だった?」


 「カマッキは勿体無く、素敵過ぎるって」

 「如何言う意味かしら?」

 「押せば、イケるんじゃねえ」


 「OK! 請うご期待だわ。一平、美田村先生の預かり物忘れないでよ。

 それから、東体大の畠山師範からの伝言。『十一時までクラブ異空間に居るので顔を出せ』って」



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