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僕らのオンラインRPG!  作者: 小石 汐
ヴァーチャルリアリティの世界にようこそ。
9/25

三対三、百以下の部、決勝戦。

 幸か不幸か――緋色やニャウンからすれば、やや不幸なのだが、両者のチームは決勝へと進出することができた。レベル百以下の部とは言え、決勝ともなれば観客は増えるもので、見渡せば観客で全ての席は埋め尽くされていた。

 そんな中にフェリックスもいた。今は鎧を解除し、身軽な格好で席についている。ほんの数時間前にトーナメントの初戦で負けた彼は、運良く三対三の観客席が埋まる前に入場することができたのであった。

(にしても……ランカーとなると、やはり強かったなぁ)

 トーナメントの初戦に当たったのは、ランカーでもかなりの上位に位置する薙刀使いの女性だった。すらりとした細身から一体どうやって、こんな力を生み出すのか――振り下ろされる薙刀を盾で受けながら、ラッキーは考える。実際に筋力アビリティを上げていくことで体躯ががっちりしてくるのが仕様なのだが、見た目からすると筋力特化ではないように見えた。

 ならば武器だろうか――あの長いリーチを利用し、遠心力を上乗せして一撃に重みを乗せているのだろう。

 ただ、それだけなら良かった。いくらでも隙を見出し攻める手口は見えただろう。柄を握る両手のスタンスを広げれば細やかなコントロールとスピーディな攻撃を振るえるし、こちらが距離を詰めようとしたら圧倒的なリーチで飛び込むことすら許されない。そして、逆にこちらが隙を見せれば、恐ろしい威力を秘めた突きが放たれた。こればかりはフェリックスもお手上げで、いくら防いでも攻める手口が見出せない彼は体力を半分以上残したところでタイムアップとなり、判定負けしたのであった。

 それを思い出して、フィリックスはそっとため息をついた。とは言え、レベル差がかなりあった相手に対し、判定まで持ち込んだことが奇跡的な行為なのだが、それに気づくことは無かった。

 不意に沸き立つ歓声にフェリックスはゆっくりと顔を上げた。無駄に忠実な再現機能は、歓声だけでなく熱気ですらフェリックスに伝える。

 闘技場の中心では緋色のチームとニャウンのチームが向かい合って、握手をしていた。その直後、お互いに背を向け、距離を取る。お互いのチームが開始位置につくと、歓声は一層強まった。まるで嵐の中に放り込まれたかのような轟音が鼓膜を揺らし、フェリックスは少し眩暈を覚える。しかし、それに怯むことなく彼はじっと見つめる――六人の戦い、決着を。

「破壊僧ー! 頑張れよー!」

「こあらーん! こっち向いてー!」

「何あの子可愛い!」

「あんななりしてるけど、鉄球ふっ飛ばすんだぜ! 今回も楽しみにしてるぜ、こあらん砲!」

 そんな声援にこあらんは首が飛ぶのではないかと思うほどの勢いで観客席を振り返った。

「ち、ちょ、うるさーい!」

 顔を真っ赤にさせて必死に叫ぶこあらんの声は、次々と沸き立つ歓声に飲み込まれていった。いつまで経っても、そんな声援が止むことはない。最終的に、こあらんは諦めたように俯いてしまった。

 その反対側――ニャウンたちの背中を押す声援は至って普通のもので、緋色のチームのように一人に偏ることもなかった。

「ありがとー!」

 既に臨戦態勢に入って、闘志を燃やし続けるスノウは声援に応じることはなかったが、葵は元気一杯観客席に手を振り、その横でニャウンも観客席に小さく頭を下げた。

 そしてニャウンが振り返ると、スキルを発動しているわけでもないのに陽炎のようなものが全身から立ち込めているスノウの姿があった。普段、物静かな彼女がここまで闘志を燃やすなんてことは珍しいことで、どうしてこうなったとニャウンは少し怯えるのであった。

「ニャウン」

「は、はいっ!」

 そんな時、不意にスノウに呼ばれ、ニャウンの背筋はぴんと伸びる。その間もスノウは相手チームから視線を逸らさない。

「絶対に勝つよ」

「も、もちろん!」

 どうしてこうなったのかは全く分からない。しかし、今日のスノウはやる気満々であることだけは確かだ。そんな彼女に従わないわけにもいかず、ニャウンは片想いの相手に向け、銃を構える。

(緋色さんはきっと……覚えてないんだろうなぁ……)

 闘技場で声をかけたときの反応を見るに、そう考えるのが妥当だろう。戦闘前にニャウンは少し泣きそうになった。しかし、それを振り払うかのように、頭を横に振る。

 今は勝つ――想いを隠し、思いで塗り替える。いつしか歓声は遥か遠くになり、静かな心地がニャウンに訪れた。銃を構え、敵を殲滅する。目の前の想い人ですら、今は殲滅対象だ。

「うん……ここまで来たんだ、勝とう」

 先ほどまでの声と違い、静かで冷たいニャウンの言葉に、スノウは安心したのか小さく息を吐いた。

「当然」

 短く答えると、スノウは再び敵となる三人に視線を向け、ロングブレードの柄を握り直す。

 開始の合図はもう間もない。何度も剣を交えたチームとついに決着をつける時がやってきた。二チームが完全な臨戦態勢に入った瞬間、その火蓋が切って落とされた。

 緋色がロケットの如きスタートダッシュを切り、ニャウンたちに迫る。いつものことだ。それをスノウが受け止めるのだが、このときの彼女はまだ一歩も動いていなかった。

(お互い戦略は知り尽くしてる……だから、今までとは違うパターンで意表をつき、序盤に大きく体力を削る!)

 意気込んだニャウンは銃を構え、緋色に照準を合わせる。今までと違うパターンに緋色は困惑するが、止まるわけにもいかない。

(前衛の僕が何とかしないと……!)

 元々、敏捷性が高い上に、現在はレベッカの補助を得ている緋色は、強く地を蹴る。変則的に移動し、照準を合わせにくくしながら、確実に距離を縮めていく。

 そんな緋色に対し、ニャウンはトリガーを引く。辺りをなぎ払うようにして放たれた弾丸――それはもはや照準を合わせているわけではなく、無差別と言ってもいいほどの射撃であった。そんな攻撃を緋色は軽やかな跳躍で躱す。

「ちょ……馬鹿!」

 レベッカの叫び声に、緋色は内心で首を傾げる、しかし、彼女の言葉の意味を理解するのに、そう時間を必要としなかった。空中で動けない緋色の視界には、ゆっくりと向けられるニャウンの銃口、そして緋色の着地地点を見越して移動し始めたスノウの姿が映った。

(あ、これはヤバイ)

 ニャウンが放つ弾丸が容赦なく緋色に襲い掛かる。体力は少し減ったが、それでも致命傷と言う訳ではない。しかし、着地地点には剣を構えるスノウの姿があった。彼女の体は赤いオーラが包み込み、攻撃スキル発動の準備が整っていることを示す。一撃必殺と言わんばかりの攻撃力を秘めたスキルが今まさに放たれようとしていた。

 しかし――

「……チッ」

 スノウは緋色の後ろを一瞥し、大きく退いた。一体何が――緋色が疑問に思うと同時に、先ほどまでスノウがいた地点に、鉄球がめり込んだ。何とか空中で体勢を整えた緋色は鉄球の上に着地するが、一歩間違えれば自分に当たってたんじゃないか? と思い、全身から冷や汗が噴出した。

「ひー! 一度、引いて!」

 レベッカの指示に従って、緋色は再び開始位置まで引いていく。その間にレベッカは牽制として大量の光矢を放ち、こあらんは回復魔法の詠唱に入っていた。

「……ごめん!」

 緋色が素直に謝ると、こあらんは素早く体力を回復させていく。その間もレベッカはストックした光矢を放ち続ける。最高で三十発ほど連続して放てるほどレベッカのスキルレベルは高い。しかし、それでも牽制に使えただけで、すべては葵の魔法防御壁によって防がれていた。そこでレベッカは改めて感心する。練習中はずっと回復役に徹していた葵だが、万能系の魔法使いなのではないかと推測しながら、次の詠唱に入る。それと同時にニャウンが再び銃を構えた。

「レベッカさんはそのまま! 私が壁張ります!」

 即座に詠唱に入るこあらんは難易度の高い高速詠唱――詠唱言語を大幅に短縮できる代わりに、大量の魔力を使用する――を利用し、弾丸が到達する前に物理壁を張った。こあらん一人なら鉄球の影に隠れるだけで充分なのだが、レベッカや緋色が近くにいるとなると壁を張った方が効率が良い。しかし、そんなことをしている間に、スノウが敵陣に切り込んできた。

(チッ! あいつ……こっちが壁を解除した瞬間に襲い掛かるつもりですか!)

 今すぐにでも鉄球全弾を放ち、吹き飛ばしてやりたい衝動に駆られながらも、こあらんは理性で耐える。ここで壁を解除するわけにはいかなかったからだ。

「ひー、スノウを止めて。こあらんは壁解除」

 詠唱を終えたのか、レベッカは静かに言う。その身を青いオーラが包み込んでいるのを確認して、こあらんは静かに頷き、壁を解除した。

 それと同時に緋色が再び飛び出す。目的はスノウの迎撃――練習中では勝ったり負けたりを繰り返している二人だったので、お互い決勝という舞台で勝ちたかった。

 緋色はスノウの突進系の攻撃スキルを体捌きだけで躱すと、その勢いを利用して刀を振るう。技後硬直を強いられ、動けないスノウはそれを躱すことができなかった。しかし、元々が筋力系で緋色のように回避ではなく、非ダメージを覚悟で戦う彼女は、防具をしっかりと厳選しているので致命傷になることはなかった。それどころか、この程度のダメージなど気にする必要もないと言わんばかりに、スノウはそのまま攻撃に移る。

 ただスノウと違って、一撃の攻撃が致命傷となりかねない緋色は、それを更に体捌きで躱す。何故だか分からないが、体が異常にキレている――そんな不思議な心地でスノウの剣を躱し続ける。究極の集中力が生んだ賜物なのだが、彼がそれに気づくことはない。ただただ、戦闘を楽しんでいく。

 そんな緋色とは対照的に、スノウは焦る。今までの練習で見たことのない緋色の動きに、彼女は困惑を隠せなかった。

(そんな馬鹿な……! 距離を取らずに、ずっと躱し続けるなんて!)

 空を掻いてばかりのスノウの剣。それに対し、緋色の刀は易々とスノウの鎧を撫でていく。まるでいつでも倒せると言わんばかりの攻撃に、スノウは冷や汗を流し続けた。

 実際は緋色の攻撃力がなかなかスノウの鎧を貫けないだけなのだが、緋色の神がかった動きで焦り、正常な判断を下せずにいた。

「あは」

 緋色は笑う。一体何がおかしいのか――スノウはそう叫びたくなった。しかし、それを遮るようにして、葵が叫ぶ。

「スノウ、引いて!」

 その指示に従い、スノウは大きくバックステップを刻む。緋色の心底楽しそうな笑みが遠ざかっていく。その刹那、目の前を炎が包み込み、灼熱がスノウの頬をちりちりと焼いた。気づけば体力は半分ほどまで減っていた。炎でまた幾分か削られたが、直後には満タン付近まで回復する。

 スノウは振り返るまでもなく、何が起きたのか理解していた。葵が魔法で援護射撃を行い、その隙に高速詠唱でスノウの体力を回復させたのだ。

「……助かった」

「気にしないで! それより――」

 その先の言葉は紡がれることはなかった。目の前で燃え盛る炎――それを突き破ってくる一影を捉えたからだ。

 それを迎え撃つかのようにスノウが一歩前に出る。はっきり言って、緋色に当てられる気がしなかった。だからと言って引くわけにはいかない。彼女は全力で剣を横に薙ぐ――少しでも攻撃範囲を増やし、当てやすいようにと。

 しかし、やはりと言うべきか、スノウの剣は空を斬った。僅かな笑みを浮かべた緋色が姿勢を低くして剣を掻い潜り、スノウの横を過ぎ去っていく。スノウは後ろから攻撃が来るかと身を強張らせたが、いつまで経っても攻撃は来なかった。ゆっくりと後ろを振り返ると、緋色の刀を杖で受け止めている葵の姿があった。

「近接戦闘は出来ないとお思いかな?」

 にやりと微笑む葵――その刹那、彼女は緋色に向かって前蹴りを放つ。意表をつく一撃だった。しかし、それでも緋色の体に触れることすらままならない。

「おっどろいたー……バトルメイジだったの?」

 スノウと葵の間から離脱しながら、緋色は言った。しかし、その表情は驚いたというより、楽しそうで相変わらず笑みを浮かべていた。

「まぁこのパーティを見ての通り、魔法系は私しかいませんから、攻撃、回復、補助などなど基本的には一通り揃えていますよ」

「……今まで隠してたのかぁ」

「隠すだなんて、そんなそんな……ただ使う機会がなかっただけです」

 そんな飄々とした様子で言い放つ葵に、緋色は苦笑を漏らした。

「まぁ随分と動きもキレているようですし、二人で倒しちゃいましょう」

「……やむをえんか」

 葵の言葉に渋々といった様子でスノウも頷く。その間もレベッカとニャウンの遠距離対決は激しさを増す一方であった。闘技場のあちらこちらを破壊しながら、二人は駆け回る。両者決定打が無いまま、戦闘は続いていく。

 緋色対スノウ、葵も一緒だった。緋色は躱し続けるが、どうしても火力不足で更に相手が二人で片方がヒーラーとなると僅かに与えたダメージも瞬時に回復され、泥仕合になりつつあった。

 しかし、この戦況を一瞬にしてひっくり返す存在のことを、ニャウンたちのチームは失念してしまっていた――まさに、それが敗因だった。葵とスノウは緋色の予想以上の動きに気を取られてしまった。またニャウンはレベッカの攻撃を躱しながら攻撃するのが精一杯で、スノウと葵の行動まで把握できなかった。そのため、こあらんを一人野放しにしていることに気づけなかったのだ。

「ふ、ふふふ……」

 完全に除け者にされたこあらん――そんな彼女の怒りが爆発するまで、あと数秒。そして決着がつくのもあと数秒後の出来事となる。

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