大会当日――フェリックス。
それから一週間、緋色たちはニャウンたちとの練習を交えながら、レベル百を超さないように狩りにも出た。それはニャウンたちも同じだったようで、気づけば六人の平均レベルは九十後半となっていた。
お互い、勝ったり負けたりを繰り返しながら、経験を積んでいった。その間、フェリックスと会うことはほとんど無かったが、見るたびにレベルが上がっていたので、恐らく大会に向かって頑張っているのだろうと、レベッカも安心していた。
そして、ついに大会当日が訪れる。
いつも通り緋色を先頭に、受付へと向かうレベッカとこあらん――武具を新調して、普段より更に浮かれている緋色に苦笑を漏らしながらも、今日は仕方ないかと後姿を見守る。
受付に着くと、待ち合わせていたニャウンたちの姿も見えた。そこで最終登録とレベルの確認を済ませて、会場に入った。
三対三は最初からトーナメントの方式になっている。百組を超えるチームが登録されているために、決勝にたどり着くには六回勝たなければならない計算だ。幸い、ニャウンのチームとは反対のブロックに配置されたので、もし戦うことになったなら、それは決勝戦となる。そこで、お互い決勝で再会することを誓い、一回戦の試合が行われる闘技場へと向かっていった。
それと同時に始まったソロの部の予選――ダブルやトリプルと違い、参加者が圧倒的に多いソロの部は予選が設けられていたのだ。
その舞台に立つフェリックスは一つ息を吐いた。高揚と緊張が混ざり合い、叫びたい衝動に駆られたが、それを自制する。予選が開始されれば、好きなだけ叫び、戦える――それを思うと、どうしても頬の筋肉が緩んだ。たかが一週間、されど一週間――クロウたちの助力のお陰で百二十近いレベルに到達していたフェリックスは、彼らの恩に報いるために勝利という形で示したかった。
ランカーと比べれば、まだまだ未熟なレベルだ。しかし、その壁を越えることに意味がある。レベルが全てではないことを示してみせる――そう意気込んで、フェリックスは剣を抜いた。片刃の直剣でこの大会のために新調した武器だ。手に馴染むまで幾度か練習で使用したが、その刃が宿す輝きはまだ真新しさを感じさせる。フェリックスのスキル構成は防御力に特化しているため、やはり火力の不足が否めない。それを少しでも解消できるようと大金をはたいて買ったのだ。
予選開始の合図までおおよそ一分――五十人のプレイヤーが闘技場に集まったが、予選を突破できるのは最後まで生き残った二名だけだった。そうなると純粋な強者が勝ち上がってくる可能性もぐっと下がるのだが、運営側は特に何も考えていないのだろう。やはり強いプレイヤーは警戒され、狙われる運命にあるからだ。
その点、フェリックスは知名度は高いものの、ランカーほど狙われることはないだろう。とは言え、堅固な防御力を誇るフェリックスでも複数のプレイヤーに狙われれば、ランカーと同じく倒されてしまうだろう。集団でも外の方で壁に背を預ける形で陣取るフェリックスは静かに開始の合図を待った。開始まで十秒も無いだろう――心臓の鼓動が高鳴るのを感じながら、フェリックスは剣と盾を構えた。
そして大音量のアナウンスが鳴り響き、開始を告げる。その瞬間、雄叫びが闘技場を満たし、大乱戦の幕が切って落とされた。
突然、斬りかかってくるプレイヤーの剣を受け流し、綺麗にカウンターを決める。それを繰り返していくうちに、早速一人を戦闘不能に追いやった。
普段はPK以外で、ここまで積極的にプレイヤー バーサス プレイヤー(以降PvP)をするところを見たことがなかったので、フェリックスも最初は怯んでしまった。しかし、身につけたスキルのアシストを受け、盾が相手の剣を受け流す。その刹那、フェリックスは隙を見出したが、やはり攻撃を躊躇ってしまった。懲りずに攻撃を続ける相手の剣を盾で受け続けている間に緊張がほぐれてきたのか、少しずつ剣を振るえるようになり、カウンターが綺麗に決まり始める。そうなれば、後は楽勝だった。攻撃スキルをがむしゃらに放つだけの相手の攻撃パターンを見切り、技後硬直の隙を見逃さずに攻撃を放っていくだけで、相手の体力はあっという間に削れていった。
「クソ!」
相手は削られた体力に焦り、フェリックスから距離を取ろうとするが、そこで別のプレイヤーから攻撃を受け、戦闘不能となった。倒れて動かなくなった体は大会の受付前に転送されることになっている。彼も恐らく今頃は受付で悔しがっているのだろう。
(ふぅ、一人――と休んでる間もないのか)
今度は別の男がフェリックスに斬りかかる。それを易々と盾で受け止めて、周囲の様子を伺った。人数はあっという間に減っていき、目測でも半分ぐらいになっていることが分かる。ここから先が正念場だと気を引き締めて、目の前の男に視線を戻す。
凄まじい形相でフェリックスを睨みつけてくる男――しかし、何故か相手の攻撃はぴたりと止んでいた。剣を盾で受けたままの姿勢で、フェリックスは怪訝そうに男を見つめた。ぐらりと大きく傾く体――男はそのまま地に横たわり、動かなくなった。しばらくして転送が始まり、男の体が光に包まれる。
(あれ、俺まだ一撃も攻撃してないんだけど――)
首を傾げそうになったが、フェリックスの体は敵の攻撃に反応し、盾が自然と動いた。早くも三人目の襲来らしい。再び気を引き締めて、カウンターを狙う。しかし、相手はそれをひらりと躱した。
(あれ、こいつ――)
距離を取った三人目を改めて見て、フェリックスは訝しむ。黒い短髪をツンツンに上げた、いかにも攻撃的な印象を受ける男――肌は褐色色で、服のコーディネートも全体的に暗色で統一している。見栄えは自由にコーディネートできるので、大したことではない。問題と言うか、フェリックスが訝しんだ点は別のところにあった。
男の両手に握られる片刃の剣――そう彼は二刀流だったのだ。
二刀流はシステム上、不可能ではない――それは二本の剣を装備できるという意味だ。しかし、それに対応したスキルは一切ない。片手剣用のスキルを使用すれば、片方の剣で攻撃し、もう片方の剣は完全に手透きになるのだ。それならば盾にして防御スキルを上げた方が実用的だ、というのが前衛職の風潮になっている。つまり、二刀流を実現させるには攻撃スキルに頼らず、二本の剣を操る技能が必要になるのだ。
その昔は二刀流に憧れたプレイヤーがこぞって練習をしてたりもしたが、それを実践で活用するには至らず、難易度の高さに挫折していくものが多かった。その中でも根気良く練習を続けた、ほんの一握りのプレイヤーは二刀流を確立しつつあったが、その後もプレイヤーの数は増えることはなかった。
つまり、かなりレアな例がフェリックスの前に存在しているのだ。先ほどの連続攻撃を見る限り、かなり熟練したプレイヤーであることが分かる。そこまで両手の剣を操るのに、一体どれほどの月日を費やしたのだろうか。そんな疑問を飲み込んで、フェリックスは盾を構えた。
(スキルを使わないなら、技後硬直は狙えない……どうしたものか)
二人は睨み合ったまま、固まった。フェリックスはカウンターを狙う形なので、自ら飛び出すわけにはいかなかったのだ。しかし、圧倒的な手数で高い攻撃力を誇るはずの相手が、何故攻撃をためらうのかは分からなかった。
フェリックスは一体どれぐらいまでプレイヤーが減ったのか少し気になった。しかし、目の前の男に隙を見せてはならない気がして、じっと堪えた。
まるで二人だけが予選会場から隔離されたかのような沈黙が包む。実際は未だ続く戦闘音や叫び声が響いているのだが、二人の耳に届くことはなかった。フェリックスは腰を落として、受けの姿勢を崩さない。対照的に両手で剣をゆらゆらと揺らしながら構える男は、今にも踏み出してきそうな前傾の姿勢でフェリックスの隙を見出そうとしていた。
しかし、この沈黙はそう長くは続かなかった。
「チッ」
男が舌打ちを漏らし、横に転がった。その刹那、彼がいた場所に大剣が振り下ろされる。真後ろからの攻撃で見えているとは思えないのだが、男は素晴らしい反応を見せたのだ。体勢と整えた男は二本の剣を構えなおし、大剣を振り下ろした直後で動けないプレイヤーに躍りかかった。結果は呆気ないもので、大剣のプレイヤーは一瞬にして体力を削られて、地に伏せた。
ただ、その一瞬でフェリックスは勝てないと思い知らされる。先ほど大剣のプレイヤーを襲った連撃――それを横から見ていたフェリックスは、その手数の多さと動きの滑らかさに戦慄を覚える。
(ありえない……こんなの見たことないぞ!?)
男の攻撃速度は、スキルアシストを得た緋色の連撃波と並ぶのではないかと思えた。それを目にしたフェリックスはまるで雷に打たれたかのような衝撃を受け、額に冷たい汗が浮かんだ。
天才――そんな言葉が、自然とフェリックスの脳内に浮かび上がる。もしくは、積み重ねた鍛錬の賜物だろうか――だとしたら、目の前の男は一体どれほどの修練を積んできたのだろうか。
「一体どれぐらい剣を振るえば、それほどまでの動きになるんだ?」
その好奇心を抑えることができず、フェリックスは尋ねた。真剣勝負の最中に話しかけるなど馬鹿馬鹿しいことで、答えを期待しているわけではなかった。やや臭い言い方をするならば、お互いの持っている力を剣で語り合えばいいからだ。
しかし、フェリックスの予想に反して、男は興味無さそうに答える。
「それを聞いて、どうするんだ? まさか、俺と同じように二年以上、ずっと剣を振り続ける気か?」
「に、二年?」
二年――つまり、それはロストワールドのサービス開始直後から、ずっと二本の剣を降り続けていた計算になる。
「まぁ、そういうことだ……俺の場合は、ここまで来るのに二年もかけたけどな。器用なヤツなら、すぐに修得できるんじゃないか?」
できるものなら、やってみれば? と最後に付け加えた男は、小さくため息をついた。そんな根気があるだろうか? いや、聞く必要もなかったとフェリックスは緩々と首を横に振った。
「その行動力に敬服はする――けど、俺にそうなるつもりはない」
目指すべき人がいるから。
守るべき人がいるから。
その想いはフェリックスの中で揺らがない。盾と剣を構え、男を強く睨みつける。迷いは吹っ切れた。後は目の前の男を強者を倒すのみだ。
勝てる気はあまりしない。決勝を目指すなら、ここは停戦を申し出るべきだろう。しかし、フェリックスは引かない――否、引けない。
(守るべき人を背負った時に、自分は逃げると言う選択肢を取るのか?)
自問し、即座にそれを否定する。たとえ、どんなに強い敵だろうと、フェリックスは引けない。
(何のために強くなろうとしたんだ……守るためだろう? あの人みたいに皆を守れる強さを得るためだろう!)
仲間のためなら、どんなに危険な場所でも大剣一つで乗り込み、救い出してきた初代ギルドマスターのモノクロ――彼が残していった言葉を思い出す。
『後は頼んだぜ? フェリックス』
後にマスターを引き継いだクロウでなく、また副マスターのリンスや椿でもない――モノクロはフェリックスにそう言ったのだ。
当時、フェリックスより強いギルドメンバーは他に何人もいた。しかし、そんなことを言われたのは、どうやら彼だけだったらしい。
何故そんなことをモノクロが言ったのか、フェリックスは未だに分からない。しかし、その想いは責任のような重さをフェリックスに与えたが、それと同時に嬉しさももたらした。
(だから絶対に守る。俺は引かない……引けない!)
更に腰を落とし、フェリックスは盾を構え直した。
(受けて……返す)
剣の柄を強く握り締めて、相手の攻撃を静かに待つ。フェリックスの瞳に宿る決意の色を見て取って、男は笑みを浮かべる。
「『不貫の盾』の名は伊達じゃないってことか」
「知っていたのか?」
「ああ、だからお前を選んだ」
そう言って、男は両手の剣をフェリックスに向けて、ぴたりと止めた。
「お前を貫ければ、ようやく二刀流の強さに確信が持てるようになる」
「申し訳ないが、こんなところで貫かれている場合ではないからな」
もはや言葉は要らない、と言わんばかりに、剣と盾をお互いに突きつけ合う。二人が交錯するまで数秒も無いだろう。しかし、二人の顔には笑みが浮かんでいた。好敵手に出会えた喜びが二人を満たしていた。
*
その頃、一回戦を勝ち抜き、既に二回戦に進んでいた緋色とレベッカとこあらん――ここでは、予想外の事態に少し押され気味であった。
一回戦に当たったメンバーは緋色たちと同じように前衛、後衛、回復と役割分担をしたバランスの良いパーティだったのだが、二回戦は少し違った。戦闘開始直後から、相手の三人はただひたすらに特攻を繰り返してくる。つまり、三人とも前衛だったのだ。
皆、前衛――それに一瞬戸惑いを覚えた緋色の足は鈍り、かなり体力を削られた。恐らく意表を付くために、前衛三人と言う偏ったメンバー構成にしたのだろう。そうなれば前衛の一人を倒してしまえば、残るは後衛の二人に襲い掛かるだけだからだ。
レベッカがそれを理解した頃には、緋色の体力はかなり危険な域になっていた。回復させるために引かせようかとも考えたが、それをすれば三人が一網打尽にされてしまうだろう。そこでレベッカは決断する。
「こあらん砲……一斉掃射。緋色に当たってもいいわ」
「分かりました……って、えっ?」
あまりに冷静に言い放つレベッカに、こあらんは普通に頷いてしまった。しかし、数秒後には言っていることに違和感を覚えて、つい聞き返す。
「緋色さんに当たっても……大丈夫なんですか?」
「デスペナ無いんだらか気にしないの。それにここで何人か倒しておかないと、ジリ貧で負けるわよ? だから全力でやってちょうだい」
「わ、分かりました……」
緋色に群がる三人――つまりは前衛の四人が一箇所に固まっているところを狙ってこあらんは鉄球四つを同時に放つ。
(まぁ……緋色さんに当たっちゃったら、それはそれで――)
あの鈍感野郎に対する鬱憤が晴れるだろうと、こあらんは楽観していた。しかし、迫る鉄球に気づいた緋色は必死に身を捩り、それを躱す。そして四つの内、三つが敵の二人に命中した。鉄球が二つ命中した相手のプレイヤーは一瞬で体力がゼロになり、派手に吹っ飛んだ後に動かなくなった。一発が命中したプレイヤーも大きく吹き飛んで、地に横たわった。残る一人は青ざめた表情で、こあらんを見つめている。
「え……ちょ、ま――」
「隙あり」
完全にこあらんに目を奪われていた男に、緋色の連撃波が襲い掛かった。鉄球の恐怖の直後に、よくもまぁ冷静にスキルを放てるものだなぁ――と緋色は自分に感心していたが、恐らく日頃の特訓の成果だろう。
大人しそうに見えて、実は意外と怖いこあらん。そして、素敵な笑顔(仮面)の裏では一体どんな表情を作っているのか分からないレベッカ――そんな二人と過ごしている間に、緋色の恐怖耐性は随分と上がっているようであった。
こあらん砲の効果で二人を葬り去り、残るは体力僅かの男だけ――技後硬直の解けた緋色は、刀を構え直す。
しかし、視線の先にいる男は武器を捨てて、両手を挙げていた。
「こ、降参しまっす!」
青ざめた顔をしてガクガクと震える男を不憫に思いながら、緋色は刀を鞘に納める。それと同時に勝利宣告がアナウンスで流れ、三人は無事に三回戦へと進出することとなった。
「……チッ」
それと同時に漏らしたこあらんの舌打ち――それが一体何に対するものなのか分からなかったが、レベッカは「この子怖い」と再認識し、身震いするのであった。
そんな三人の綱渡り的な戦闘とは違って、ニャウンたちのパーティは順調に勝ち進んでいた。やはり前衛、後衛、補助もしくは回復と言うパーティ構成が多い。その構成に対して、ニャウンたちのパーティはかなり相性が良かったのだ。
前衛はスノウに任せ、残る二人はニャウンの一斉掃射で反撃させる隙を与えない。ニャウンがリロードする瞬間を狙って、後衛の攻撃が襲い掛かることもあった。しかし、タイミングが読めている攻撃なんぞ、躱すのは容易い。ニャウンと葵はそれぞれ別の方向に回避して、その直後には再びニャウンの弾丸の嵐が敵に襲い掛かった。
そこで自由に動ける葵は、スノウの体力をこまめに回復させる。それとは対照的に、相手のヒーラーはニャウンの弾丸で身動きが取れない。その間にも相手の前衛はジリ貧になり、最終的にスノウに倒されてしまうのだ。
この場合もその例に漏れず、スノウの剣で相手のチームの前衛が倒れた。それを確認して、ニャウンはアサルトライフルから慣れないナイフへと装備を切り替える。アサルトライフルだと、これから相手の後衛二人に突っ込むスノウまで巻き込んでしまうからだ。あまり近接武器は慣れていないが、そんなニャウンでも扱いやすいナイフを手に疾走する。スノウが後衛の一人を倒すまでの時間稼ぎでいい――それを心得ているニャウンは、ダメージを負うのを覚悟でナイフを滅茶苦茶に振り回す。
ヒーラーらしき女性はそれに杖で応戦するが、お互い決定的なダメージを与えることは無かった。先ほどの高度な戦いとは一変し、ナイフと杖で稚拙な殴り合いが繰り広げられていた。
「……待たせた」
稚拙とは言え、必死に戦うニャウンの耳に落ち着いた声が届く。それを合図に、ニャウンは一歩下がった。それと入れ替わるようにしてヒーラーに躍りかかるのはスノウ――神々しい白さを放つ彼女は手にした両手剣で袈裟斬りを放つ。それに対して一人残されたヒーラーは杖で受けようと試みるが、スノウの攻撃を防ぐほどの耐久力が無かったのか、杖ごとヒーラーを斬り捨てた。
一人ずつ確実に減らし、今回も勝利を掴んだニャウンたちも無事に三回戦へと駒を進めた。