3on3――ニャウンたちと練習会。
レベッカと緋色、こあらんに加えて、三人の少女を合わせた六名は闘技場に向かっていた。そこではデスペナルティーが無く、思い切ってプレイヤー同士の戦闘が行える。そこで三対三の練習を行うべくやってきたのだが、大会直前とあってかなりの人でごった返していた。それでも、かなり大規模に作られた施設――と言うより、強化された施設なので、部屋は入る人の分だけ増えていく。ただ回線が混雑して、体の動きが少し鈍くなっているのを感じながらも六人は人ごみを掻き分けて進んだ。
「凄い人ですねぇ……」
こあらんが見回しながら、感心したように言った。元々ソロプレイヤーだったせいか、闘技場を訪れることもなく、これだけ大勢の人が集まるところは見たことが無かった。そのため、この世界にこれほどの人がいるのか、と新鮮な感覚を得ていた。
他の五名はそんなこあらんを苦笑混じりで見つめ、一同思う。慣れたら、この混雑さが非常に嫌なものになるんだけどな、と。先ほども言ったとおり、回線の混雑のせいか体の動きがやや鈍い。一度、部屋に入ってしまえば、この大勢と隔離されるので問題はなくなるのだが、そこに移動するまでが大変だった。
「重いねぇ……」
敏捷性の高いはずの緋色はうんざりとしながら体の動きを確かめる。しかし、その動きにいつものキレは無く、指先に意識を集中させてから指が動くまで少しラグがあった。
それを見て、緋色は深いため息をついた。
「部屋に入ったら軽くなるから、安心しなよ」
先頭を行く赤髪の少女――ニャウンは言うが、やはり苦笑交じりであった。
「だと良いんだけどねー」
それに緋色も苦笑で返す。その後ろに続く、真っ白の髪に真っ白の鎧と全身真っ白にコーディネートされた真っ白の権化のような少女――スノウは鬱陶しそうに顔をしかめていた。自己紹介をした時からスノウは物静かな印象だったので、こういった場所は苦手なのかもしれない。そんな彼女がロングブレードを手に前線で戦っている姿など想像もできなかったが、ニャウンのパーティでは前衛を勤めているようだ。
そしてもう一人――金色の髪に青い目、金髪碧眼を絵に描いたような少女の名は葵。ベージュのポンチョにハーフパンツと快活な身なりだが、スノウとニャウンとのパーティではヒーラーを担っている。
スノウが前衛、ニャウンが後衛からの援護射撃、ニャウンが回復担当とバランスの取れたパーティだった。しかし、レベルは緋色たちより少し低く、平均が八十中ごろの緋色たちに対し、ニャウンたちは八十ほどであった。
これなら少し手加減をした方がいいなか、とレベッカは考えたが、部屋に入って練習を始めた途端、その考えが甘かったことを認識する。
練習が始まって間もなく――前衛の緋色がスノウに競り負け、吹き飛ばされた。筋力を優先して育てているのか、前衛での競り合いはスノウが有利に進めていた。
「くっそ!」
空中で体勢を整えて、再びスノウに突進するつもりだった緋色――しかし、それは無数の弾丸によって阻まれる。スノウを巻き込まないよう、緋色が離れる瞬間を狙い澄ましていたニャウンがトリガーを引いたのだ。その弾丸を躱す作業に追われ、緋色は渋々後退する。
遮蔽物のない、この闘技場では銃の有効範囲からは、なかなか逃れることができない。しかし、その中で緋色は弾を躱し続ける。敏捷性が高くなければ成しえない業だった。
刃が大きく、耐久度の高い大剣ならば、銃弾を受けることもできるが、緋色の持っている刀のような武器ではピンポイントで弾を切らなければならない。しかし、そんな神業を行えるはずもなく、緋色は逃げ回る以外の選択肢が無かった。
前回のアップデートで実装されたばかりの銃をここまで使いこなすとは――そんな二人を、レベッカは少し離れたところで冷静に分析していた。ニャウンは常に動き回り、魔法攻撃で狙われるのを避けながら、レベッカやこあらんに向かって弾を放ち続ける。それを防ぐために、レベッカは自分を中心に半径一メートルを覆う防御壁を張っていた。先からこれの繰り返しで、一切の攻撃魔法を放つことができなかった。このままでは緋色の補助魔法もそろそろ切れるし、ジリ貧になることは避けられない。
やむをえまい――レベッカは小さく息を吐いた。そして横に並んで、緋色の戦闘をじっと見守るこあらんを見やった。
「これから防御壁を解除して、私は緋色の補助魔法をかけにいきます。その際、私とあなたが固まって動いたら狙われます……だから、別々に動いて回避に徹してください」
「分かりました」
「リロードの瞬間を狙って解除します……そのタイミングを見逃さないでください」
それから二人は無言でニャウンの動向を見つめた。リロードの瞬間はいくら慣れていても、数秒の隙が生まれる。その瞬間に動き出せば、相手も狙いをつけにくくなり、被弾率がぐっと下がる。その瞬間を二人は静かに待った。
そして、レベッカとこあらんを釘付けにするために放たれている弾の雨が止まった。
「解除!」
レベッカは叫ぶと同時に、補助魔法の詠唱に入りながら緋色に向かって駆ける。こあらんはその正反対に走りながら、鉄球で弾を受け流している。先にヒーラーを倒そうとしているのか、ニャウンの狙いはこあらんに向かったようだ。しかし、四つの鉄球が縦に並ぶと、こあらんの体のほとんどを隠してしまうため、こあらんの体力は一切減っていない。
「ちょ、何あれ! 反則臭い!」
ニャウンの抗議に、こあらんは少し顔を引きつらせたが、鉄球によるガードを解くことは無かった。いくら撃っても当たる気配がないことを悟ると、ニャウンは照準をレベッカに向けた。レベッカとニャウンの視線が交わる――しかし、既に補助魔法をかけ終っているレベッカは、再び防御壁を張り巡らせて、弾の嵐から身を守ることに成功した。
「あああああ、もう! 私何にもできないじゃん!」
ニャウンがアサルトライフルのマガジンを取り替えながら叫ぶのを、葵は苦笑を漏らしながら見守っていた。とは言え、前線で戦う二人――緋色とスノウ以外はほとんど体力に変化は無かった。そのためか、こあらんも葵もヒーラーとしての役割が本当に必要なのか、甚だ疑問に思えた。
しかし、実際のところアサルトライフルを撃ち続ける事でレベッカに攻撃魔法を使わせないなど、大きな役割を担っているのだが、それだけでは満足できないらしい。だからと言って、無防備な緋色を狙えば、スノウを巻き込む可能性があったので、結局は鉄壁の防御を築いているこあらんとレベッカの二人を狙う他は無かった。
しかし――
「うおう!?」
目の前を駆け抜けた黒い物体に、ニャウンは思わず声を漏らした。一体何が――と過ぎ去った物体を見やると、そこには壁にめり込んだ鉄球があった。くもの巣のように広がっているヒビの大きさが破壊力を物語っている。
もしアレが当たっていたらと思うと、無言のニャウンのうなじをつめたい汗が流れた。
(ただのヒーラーじゃないの!?)
恐らく鉄球を放ったのはこあらんだろう。それを見て、止まったら危険だと判断したニャウンは地を蹴り、移動しながら銃のトリガーを引いた。鉄球が一つ減ったこあらんはその身を屈めて、重ねた鉄球に身を隠す。しかし、動き続けるニャウンの銃弾を全て躱すことができず、腕を掠めたダメージがじわじわとこあらんの体力を削る。
一方、こあらんは、「一撃当てれば終わらせることのできるはずなのに――」と現状にやや苛立っていた。レベッカの憎き恋敵となりそうなニャウンに向けて、残りの鉄球全てを放ってやりたい。しかし、それを外せば、今度はこあらんが蜂の巣になるだろう。それでも、この状態でヒーラーがいなくなっても大丈夫かと、こあらんは一瞬思考を巡らせた。大きな賭けになるだろう――それを理解しながらも、こあらんは鉄球を放つべきだと考えた。今の不利な戦況をひっくり返すには、それぐらいの綱渡りが必要だと考えたのだ。
しかし、先ほどの一撃を外した結果、ニャウンに警戒されてしまった。動き続ける彼女に一直線でしか放つことができない。だから決定的な一撃を狙って放つしかないのだが、その隙を生むにはどうすればいいか、こあらんは頭を悩ませていた。そのときに視界に入ったのは、パーティの中でこあらんと同じくヒーラーの役割を担う少女――葵と目があったのだ。気が引けるのは事実だが、弱い者から確実に倒していくのも作戦の一つだ。少し表情を曇らせながらも、こあらんは「仕方ない」と呟いて、狙いを定めた。
「弱肉強食……恨むなら練習を申し込んだニャウンさんを恨んでくださいね」
何でー! と内心で冷や汗を流し続ける葵だったが、実際に鉄球が放たれることはなかった。ニャウンの射撃がこあらんに襲い掛かったのだ。再び鉄球に身を隠し、様子見する羽目になったこあらんは小さく舌打ちを漏らすことしかできなかった。
そんな遠距離同士の戦いを視界の端で捉えながら、前衛の二人は交錯する。緋色が敏捷性でかき乱そうとも、スノウは両手剣を構えて、それを冷静に迎えうつ。フェリックスほどではないが、スノウは前衛としては堅い防御力を持っているだろう。時折、緋色の攻撃が鎧に触れようとも、体力はほとんど減ることはなかった。
「やっぱり……スキル使わないとダメージ通らないかぁ」
スノウから距離を置いても、冷静に分析をする間を与えられることはない。ニャウンの銃口が緋色に向かうからだ。ただ、そのニャウンの瞳に少し戸惑いのような物を感じれるのは気のせいだろうか――発射まで少しラグがある彼女の動きを見やりながら、被弾しないように緋色は再び地を蹴った。
恐らく味方を巻き込まないように気を遣っているのだろう――どこまでも優秀な援護射撃だと感心しながらも、緋色はスノウに特攻する。そうすれば、少なくとも銃撃は止むからだ。スノウの攻撃は緋色に掠りもせず、緋色の攻撃はスノウに決定的な一撃を与えることもなく、完全なるこう着状態と言っても過言ではなかったが、それでも敵陣の前衛を一人縛り続けるという理由で緋色は刀を振り続ける。
(一回、反撃を覚悟でスキル使ってみようかなぁ……)
スノウの体力を半分も削れないことは重々承知であったが、このこう着状態を何とか打開するには、何かしらの賭けに出る必要があると考えていた。それは緋色だけでなく、他の五名も同じように考えているのだが、踏み止まってしまっていた。
しかし、緋色は違う。彼の思いっきりの良さは天下一品だ。その一瞬で覚悟を決めた緋色の体を赤いオーラが包み込む。それを見て、スノウの表情に焦りが浮かんだ。
(このタイミングで攻撃スキル!?)
今まで一切のスキルを使わずに戦い続けていたために、スノウはてっきり緋色は攻撃スキルを持っていないものだと勘違いしていた。実際に攻撃スキルを持っていない人は少数ではあるが、存在する。その先駆がモノクロであり、彼が有名すぎたが故に、そのプレイスタイルに憧れる者も多かった――しかし、その難易度の高さに大半のプレイヤーは挫折することになるのだが。
緋色のスキルの発動に気を取られ、スノウの反応が一瞬遅れる。その一瞬が致命的だった。緋色の初手は剣で弾く――しかし、後に続くようにして襲い掛かる衝撃波と更に連続で打ち込まれる斬撃に、スノウの視界は完全に奪われてしまった。ダメージ自体は大したことはない――とは言え、三分の一ほど削られてしまったが、葵の回復が充分に間に合う程度だった。
しかし――
緋色の連続攻撃を受け、大きく弾き飛ばされたスノウの視界が回復することはなかった。一体何が――と周囲を見渡すが、一面真っ白だった。
そして、スノウは少し遅れて理解する。
「あ、ヤバ――」
その直後、爆音が間近で響き渡る。スノウは自分の体力ゲージがゼロに向かって、凄まじい勢いで進んでいくのをぼんやりと眺めていた。この勢いで減れば、恐らく体力が残ることはないだろう。それに全身に力が入らないことから、スノウは自分の体力が完全にゼロになってしまったことを知る。
(やられたなぁ……)
視界を覆う光が弱まってきた頃、本を構えるレベッカの姿を捉えた。こあらんに射撃が向いた瞬間を見逃さずに詠唱し、緋色がスノウから離れた瞬間を見計らって魔法を発動させたのだ。
その手際の良さに、スノウは思わず笑みが漏れた。それは好敵手との出会いを喜ぶような、そんな笑みだった。
「え、ちょ……スノウ!?」
倒れたまま動かないスノウに、ニャウンは一瞬戸惑いを見せた。そうこうしている間に緋色がニャウンに迫る。そしてレベッカは再び詠唱に入り、こあらんは鉄球によるガードを解いた。
一斉に攻撃が来る――それはニャウンも分かっているが、どうしようもない。乱射すれば、少しは攻撃を遅らせることができるかもしれない。しかし、結局は弾を撃ちきったところで終わりだ。リロードの隙を、この三人が見逃すことはないだろう。
「……降参!」
それを一瞬にして悟った葵が一足早く両手を挙げた。ニャウンもそれに従うように手を上げることしかできなかった。
それを見て、緋色の刀がニャウンの首筋でびたりと止まる。ニャウンからするとあまり心臓に良い光景ではなく、嫌な汗が噴出してきた。
その直後、緋色が太陽のように明るい笑みを浮かべながら、手を差し伸べる。
「うん、いい勝負だったよ、お疲れ様」
ニャウンは、その手が握手だと理解するのに少し時間を要した。慌てて、緋色の手を握ると、彼は一層笑みを深くした。ああ、この笑顔だ――ニャウンは顔に血が上ってくるのを感じて、思わず目を伏せた。
レベッカはそんな二人を見て、若いっていいなーと賢者の瞳で見つめていた。
そんな三人を更に遠くから眺めているこあらん――彼女の絶対零度になっているのに気づいたのは、葵だけだった。
*
一方その頃、フェリックスは普段のパーティ――レベッカ、緋色、こあらんと一緒に向かうダンジョンより数段レベルの高いところへ足を運んでいた。その彼に続くメンバーは天空の使者の中でもトップに位置する者ばかりであった。
背中ほどまで伸びた薄い紫色の髪を揺らす女性は、天空の使者の副マスターのリンス――前衛にしては軽装だが、盾による防御スキルと敏捷性で華麗に立ち回る。彼女は前衛を勤めながら回復もこなすことができ、万能職に近かった。
その後に続くのも、同じく副マスターを勤める椿――緑の髪をセンターで分け、そこから覗く鋭い双眸は鷹を思わせ、狙った獲物は逃さない意思を感じられる。肩に担いでいるボウガンを武器に、援護射撃を得意とする。彼女のリンスと同じく軽装だが、リンスより更に敏捷性が高く、その上後衛であることから、あまり気にすることではなかった。
そしてギルドのマスター、クロウの姿もそこにあった。四人の中で一番背が高いのだが、かなりの細身で、その身に黒いパーカーを羽織っていた。ズボンも丈が短く、長く細い足が露出している。
フェリックス以外は恐ろしく軽装で、今からダンジョンに向かうとは思えないパーティだった。しかし、フェリックスは三人を心から信頼していた。それは単に自分よりレベルが高いからというわけではなく、今までの見てきた戦闘から確かな技術を見出し、それを見本に戦ってきたからだ。
とは言え、フェリックス以外の三名は敏捷性が高く、戦闘スタイルが大きく違う。何故なら彼がベースにしているのはモノクロだからだ。ただ、モノクロと一緒に戦うクロウたちの姿を見てきた結果、多大な信頼を寄せるようになったのだ。
「それにしても随分とやる気になったもんやなぁ?」
予想以上に燃え上がるフェリックスに、クロウは苦笑を漏らす。
「大会の件を持ちかけたのはクロウさんじゃないですか。それに――」
そこでフェリックスは一度切り、大きく息を吸った。
「――俺がやられたら、パーティが壊滅しますから」
それが前衛としての責任、覚悟――フェリックスの顔には真剣さしか残っていなかった。
前回、ダークドラゴンとの戦いを見て、フェリックスは考えた。このままでは強い敵と遭遇したときに、自分が倒れたら緋色一人では止めきれないだろう。つまり、あのパーティにおいて、自分が敵の攻撃を食い止める役割を絶対に果たさなければならないのだ。
死ねば全てを失う――そのシステムが、彼に大きくプレッシャーを与えていたのは事実だ。しかし、もちろん、それだけではない。
(モノクロさんのように、俺も守れるようになりたい)
それは彼に出会ったときから、ずっと追い続けてきた理想――それを未だ忘れず、瞳に闘志を宿すフェリックスの足取りは強い。