表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/25

襲来その一

 町から町へと物資を運ぶ、いわゆる大量輸送の列が町を出て、ずっと続いてゆく。転移石など、NPCが扱っていない必需品の供給のためだ。少なからず辺境の町を拠点にして、狩りに出かける者もいる。そう言った人のために、これらの輸送は必要なものであった。

 連合軍側とすれば拠点を移してもらいたいと願うばかりだが、それも難しいことを理解している。いくら巨大な町であっても、住居の数が足りないのだ。町は閑散としていても、住宅や部屋の章有権を手放していない者が多い。そのままログインせずもと、プレイヤーの所持金から毎月賃貸料が自動的に引き落とされるため、空き部屋が生まれることがないのだ。

 部屋が空くとすれば、それはプレイヤーが解約、もしくは最悪の場合――死だ。それによって生じる空き部屋の数は圧倒的に少ない。全てのプレイヤーを受け入れるには、足りなさすぎる現状に、大量輸送の必要性はあった。

 大量輸送――それはもっとも緊張の高まる瞬間だった。町から町へと物資を配給するのだが、かなりの行列になる。そのためPKにも狙われ易くなる。PKと物資の強奪を同時に行えるのだから、彼らからすれば、まさに鴨が葱を背負ってやってきたと言えるのだろう。そのため、PKに対抗する連合軍も手を抜かず護衛の任に就く。

 向かう町の順番を変え、変則的に動いたりして、出来る限りPKの奇襲や待ち伏せ、罠を回避しながら進むものの、毎度被害はゼロでは無い。今度こそはと意気込みながらも被害――物資の強奪や、酷ければプレイヤーの死が報告される。

 それでも配給を断てば、町々から批難の声が上がる。何とも辛い現状を受け止め、それでも進み続ける以外に方法は無かった。

「てかよう」

 列の最先端で退屈そうにあくびを漏らす華苗が口を開いた。その横では強張った表情で周囲を見回すリンスが適当に応じる。

「PKが配給のタイミングを狙うために、別アカで批難の声を上げているって可能性はあるだろ」

「あるわね。でも、無関係の人だっているの」

 それを無視できないとリンスは首を横に振った。

「お前らも大変なんだな」

 まったく感情のこもっていない声で華苗が呟いた。リンスは苛立つ余裕も無く、周辺の警戒を続けた。


 一方、最後尾――両手にグローブを装着し、武装済みの涼子と、両手を空の向けてぐっと伸ばす花梨だった。

「ち、ちょっと、もう少し気をつけてよね?」

 涼子の言葉に花梨は元気よく頷く。

「でも、こんなに天気良いんですから、ちょっとぐらい楽しんでもいいじゃないですか?」

 花梨の言葉を聞いて、涼子も空を見上げた。薄い雲が所々浮かんでいるだけで、真っ青な空が広がっていた。降り注ぐ日差しはぽかぽかとして、身体を優しく包み込む。ああ、確かに――涼子も思わず頷いてしまった。そして緊張感のせいで、まったく周囲が見えていなかったことに今更ながら気づく。

「ん、まぁ確かに」

 空に向けて息を吐き、涼子は肩に入った力を抜く。

 しかし、次の瞬間、花梨が鋭敏な動きで後ろを振り返る。涼子が何かあったのかと尋ねるの前に、花梨が小さく零したのは――

「何か来る」

 地平線の先を睨み付けて、呟いた花梨の言葉に衝撃が走る。

「前に連絡回して。敵襲の可能性ありって」

 他のメンバーに告げ、涼子も花梨と並んで地平線を見つめる。護衛のメンバーが数人走ってやってきて、花梨と涼子の横に並んだ。

「花梨、まだ遠いの?」

 涼子が尋ねると、花梨は首を横に振った。

「いえ、すぐ近くまで来ています。恐らく隠密系のスキルかと」

 花梨は剣を抜き、何も無い空間をじっと見つめる。地表を滑らすように眺めながら、やがて呟く。

「隠密スキルは派手な動きをする際にボロが出ます。かなり接近してきたところで、視認できるはずです……だから、隙を突かれないようにだけ気をつければ、後は対処できると思います」

 涼子は頷きながら、頬を流れてゆく汗を拭う。静寂は嵐の前を示すようで、不気味かつ威圧感を伴った物だった。

 刹那、空間が揺らぐ。スキルの隠密能力を超える動き――つまり、相手が動き出したのだ。涼子と花梨は後ろに飛び、奇襲を躱そうと試みる。

「ぐぅ!」

 しかし、やはりと言うべきか実態が完全に掴めていないため、距離感を誤った。胸元のプレートに衝撃が走り、花梨は僅かに眉をひそめる。体力ゲージが瞬き、僅かに減ってゆく。ただ、そこで引かないのが彼女の強さであり、また弱点でもある。この場合は有利に働いた。花梨は攻撃を受けたことで、敵の位置を大まかに把握、そこを狙って二本の剣を振るった。手首にかかる重みにより、花梨はヒットしたと確信する。やがて、揺らめく空間に人の姿が浮かび上がった。攻撃を受け、隠密が解けたのだ。

 僅かに舌打ちを漏らす襲撃者。対して、花梨は唇を僅かに舐めて、好戦的な光を瞳に宿す。花梨の獰猛さな笑みに、何度もPKを重ねてきた襲撃者ですら一瞬怯んだ。

「せいっ!」と掛け声一つ。残響を轟かせながら、花梨の剣が襲撃者を襲う。刃は首に吸い込まれ、クリティカルのエフェクトを派手に弾けさせた。それでも襲撃者の体力を削りきれなかったのか、襲撃者は体勢を整えようと後退する。

 しかし、それは叶わなかった。花梨との距離は変わらない。襲撃者は息を飲み、見開いた眼で花梨を凝視する。既に攻撃体勢に入っている花梨、対して襲撃者は防ぐ手立てを持ち合わせていなかった。エフェクトの無い刃が振り下ろされる。二つの刃は連続して、襲撃者の胸当てを叩いた。

「あ」と花梨が漏らす。狙いがズレたことを疑問に感じながらも、ヒットエフェクトは出ている。襲撃者の体力も半分を切って、黄色のゲージへと変化した。しかし、本来なら二発の剣撃はタイミングを僅かにずらして首にヒットさせるつもりだった。クリティカルの三連発を狙い、一気に決着をつけるつもりだったのだ。

 ここで花梨はようやく相手の力量を認める。追撃を諦め、足を止めた。隠密からの奇襲でPKを狙う相手など、恐れるに足らずと考えていた。ただ、小さな胸当てで攻撃を受けるとなると、剣の軌道を冷静に見極める必要がある。つまり、戦闘において、かなりの熟練者であることを理解したのだ。

 偶然と言う線もある――しかし、油断は禁物と花梨は剣を握り、口元を引き締めた。相手の持つナイフが淡い光を帯びる。それは襲撃者全体を包み、スキルの発動を意味する。

 閃光を引きながら、連続して突き出される刃。しかしリーチが短く、花梨はバックステップで難なく躱す。手数もあり速いが、脅威ではない。技後硬直を狙って、発光が弱まった瞬間に花梨は飛び出した。

 息を止め、渾身の連続攻撃を放つ。もちろん、二刀流のスキルは無い。筋力と敏捷性、そして何度も振り続けてきた修練の結果が一閃となり、襲撃者を弾き飛ばす。転がってゆく襲撃者の上に表示される体力は一気に赤色まで減った。五連続攻撃のうち、二発がクリティカルヒットだったのだ。

 トドメだ――花梨は相手が体勢を立て直す前に、剣を突き立てた。僅かに残っていた赤いゲージが減少を始め、やがて空のゲージが浮かび上がった。襲撃者は見開いた眼でゲージを見上げ、やがてポリゴンが安物っぽくなり、ヒビが入った。

 四散してゆくポリゴンに見向きもせず、花梨は更に地を蹴った。向かう先にはガントレットで受けに回り続ける涼子の姿があった。しかし――

「私のことはいい、他の援護に回って!」

 涼子が叫び、花梨は足を止める。迷う必要は無かった。戦闘中なのに周囲が見えるほどの余裕があるなら大丈夫だろう――花梨は向きを変え、他のメンバーの援護のために駆け出した。

「引いてはくれないんです……ねっ!」

 相手の剣を押し返しながら、涼子は説得を試みる。しかし相手は応じず、ただ下卑た笑みを浮かべ続けるばかりだった。先ほどから話しかけても、ずっとこの状況だった。仕方ないと割り切って、涼子は攻勢に出る。

 涼子は天空の使者でも古参にあたる。リンスと並ぶほどのレベルで、更に武器に依存した能力値ではない。敏捷性と筋力をバランス良く振り、機動力を活かした戦闘を得意とする。そのため、リーチが短いながらも、ガントレットでインファイトを選択したのだ。

 圧倒的な手数が相手に襲い掛かる。拳だけではなく、時にはローキックなどを織り交ぜることで受けの意識を分散させる。遠めの上下のコンビネーションから、更に踏み込んで懐に潜り込み、組み伏せようと、タックルを決める。相手の足を絡めとり、押し倒す。すかさずマウントを取り、数発ガードの上から殴りつけて離脱した。乱戦の場合、ずっとマウントポジションをキープしていると危険になる――涼子はそれを理解している。ただ、これで相手は涼子のバリエーション豊富な攻撃に悩むことだろう。実際、顔色は優れない。強張った表情で涼子を睨みつけながら、立ち上がるところだった。

「まだやる?」

 構えを解かず、鋭い眼光で相手を牽制しながら涼子は尋ねる。相手は行動で応じた。振りかざす剣を、ひらりと躱し、涼子はため息一つ漏らす。

「……私のせいじゃないからね」

 淡い光が涼子の拳に宿り、全身へと広がる。システムアシストだけでなく、何度も繰り返してきたスキルを補助するように自らも身体を動かす。スキルに自らの身体能力を上乗せした連続攻撃が襲撃者を叩き伏せる。体力ゲージの低下は止まらない。涼子の攻撃も止む気配を見せなかった。黄色が赤に変わり、警告するように点滅する。手数が多い分、クリティカルの発生も多いのだ。

 ようやく涼子の連続攻撃が止む。吹き飛ばされた襲撃者は辛うじて、赤いゲージを一ドットほど残し、荒い息を吐いている。

「まだ、やる?」

 最後の忠告だと言わんばかりに、涼子は冷ややかな視線を投げかけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ