ヒーラーゲット!
大学の授業を終えて帰宅したレベッカは、すぐにログインした。試験の期間で開いてしまったレベル差を随分と気にしていた緋色のことが心配だったのだ。
(無茶なことしてないといいんだけど……)
ログイン中を示す、マップのロード画面を見つめながらレベッカは小さくため息をついた。しばらくすると、世界に色彩が宿る。ロードが終了し、最後に緋色と別れた地点に彼女は現れた。
その場でウィンドウを開き、フレンドリストを開く。やはり、緋色の名前があり、その横にログイン中を示すマークが点灯していた。
それを見て、レベッカはひとまず安堵のため息を漏らす。何だかため息をついてばかりだなぁ、と自分でも思いながら、ウィンドウを操作する。手早くショートメッセージを作ったレベッカは、緋色にそれを送信した。内容は『今、大丈夫?』だけだ。これを読んで、緋色に余裕があれば、即座にメッセージが帰ってくるだろう。しかし、緋色からのメッセージはなかなか帰ってこなかった。
戦闘中かしら――レベッカは軽く首を傾げた。ログインしてから、彼女はまだ一歩も動いてなかったが、じっとしていても仕方ない。町の中心部に向かって、足を進めた。
メッセージが返ってこないことは、やはり心配だった。しかし、とりあえずはログインアイコンが出ているので、生きているのだろう。死んでしまえばリストにデッド――つまり、死を示すアイコンが現れて、しばらくすると名前は自然と消えてしまうのだ。
だから、大丈夫――そう自分に言い聞かせながら、レベッカは町の中心部に赴いた。夕刻を過ぎた港町は、夕日に彩られ幻想的な雰囲気を醸し出している。しかし、それを静かに眺めることはできなかった。この時間になると、サーバーに人が集中し、喧騒が町を満たしていた。
そんな雑踏を抜け、路地裏に入ると、少し静まった。赤いレンガで出来た建造物の間を縫うように進んでいく。その間も緋色から連絡が帰ってくることは無かった。
そのうちにレベッカは目当ての場所に着いてしまった。赤いレンガ造りの建物が多い中、少し黒っぽいレンガで建てられた、それは町の中ではやや浮いていた。しかし、元々路地裏に建てられているせいか、周囲に人の気配はほとんどない。
その入り口に立ち、レベッカはノックもせずにドアを開いた。
「よう、レベッカ。学校お疲れさん」
部屋の中心で椅子に深く腰掛けた男が、レベッカの姿を見つけると優しげな笑みで迎えた。緩やかにウェーブした茶髪と相まって、柔和な顔つきに見える。しかし、肩幅が広く、鍛え抜かれた体躯であることが一目で分かった。
「ありがとう」
男に短く答えて、レベッカは周囲を見渡した。奥の部屋から金属がぶつかり合うような高い音が響いてくるが、ロビーには男しかいなかった。
「ひーは……緋色は来てない?」
「今朝、お前と一緒にいたところを見たきりだけど」
男の返答に、レベッカは少し顔をしかめた。
「お前、って呼ばないでって言ってるでしょ、フェリックス?」
「あ、悪い。つい癖で……」
フェリックスと呼ばれた男は、バツが悪そうに頭を掻いた。
「それに……さすがにインナーは無いんじゃない? せめてローブを羽織るとか……」
レベッカはフェリックスから視線を逸らしながら言う。それに対し、フェリックスは自分の姿を見下ろして、首を傾げた。
「別にリアルじゃないんだし……それに新キャラを作ったら、最初は皆インナーじゃないか」
半そでのシャツにハーフパンツという軽装のフェリックスは大げさに肩を竦めた。実際、フェリックスの言うとおりなのだが、レベッカはどこか納得のいかない様子で、相変わらず視線を逸らしている。
「だって、妙にリアルだし……」
「気にしすぎだと思うけどなぁ……まぁいいけど」
苦笑を漏らしながら、フェリックスはウィンドウの操作を始める。装備の類を具現化して、身につけていく。
「鎧が重いから、普段はあんまり装備したくないんだけどなぁ……」
現れた重厚な鎧を身にまといながら、フェリックスは呟いた。
「なら、普段着を買いなさいな」
レベッカはやや呆れた様子で答えた。
「ほれ、これで大丈夫ですぞ、レベッカ姐さん」
「まったく……何度も言ってるの――あ」
レベッカの言葉を遮ったのは、ショートメッセージの着信音だった。それを手早くウィンドウ化し、内容に目を通す。
『ごめん、ちょっと戦闘してた! そっちは大丈夫?』
恐らく返事が遅くなったために、確認を取るメッセージを寄越したのだろう。それに手早く返事を打つ。
「誰?」
「ひー――緋色」
フェリックスに簡潔に答えたと同時に、レベッカは送信を完了した。
『大丈夫。私は今、ギルドの宿舎にいるから』
そう送ると、即座に返事が届く。
『分かった、すぐ向かうね』
それを見て、メッセージウィンドウを閉じたレベッカは、空いている椅子に腰を下ろした。
「あ、しまった!」
フェリックスが突然、席を立った。何事かとレベッカが視線を向けると、彼の表情は真っ青になっていた。
「どうしたの?」
「えーっと、今日はボス討伐に呼ばれてるんだった……」
「何時から?」
「十九時」
時刻を確認すると、まだ一時間ほどあった。それほど焦る時間でもないだろうに――レベッカは口を開く。
「準備まったくしてねえ……間に合うかなぁ?」
「とりあえず、メッセだけでも飛ばしておけば?」
フェリックスはそれに神妙に頷き、メッセージウィンドウを開いた。いくらかメッセージのやり取りをした後に彼は口を開く。
「何とか間に合いそうだ……ちょっと行ってくるわ」
「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」
金属がこすれるような音を響かせながら、フェリックスは宿舎を後にした。その後姿を、レベッカはひらりと手を振りながら見送った。
それと入れ替わるようにして、扉が開かれた。宿舎に姿を現したのは緋色だった。息を切らしているところを見ると、随分と急いできたのだろう。彼はレベッカを見つけると、歩み寄りながら言う。
「ごめん、返事がかなりと遅れちゃって」
「ううん、大丈夫。それより、どこに行ってたの?」
「さっきのダンジョンだよ」
緋色はさらりと答えた。しかし、その直後、困ったように腕を組む。
「さすがにソロで戦うと、かなり資金がきついなぁ……」
「当たり前でしょう?」
呆れたようにため息をつきながら、レベッカはウィンドウを開いた。そこにはグループを組んでいる緋色の名前が表示されていた。その横にはレベル、状態も表示されている。レベッカの目は、そこで留まった。
「まさか……私が大学行っている間、ずっとダンジョンにいたの?」
「うん」
楽しげに頷く緋色だが、レベッカはもはやため息もつけず、緩々と首を横に振った。もう一度だけウィンドウを確認するが、そこに表示されたレベルは五十一のままであった。つまり、レベッカが大学に行っている間、緋色はずっと狩りを続け、三つもレベルを上げていたのだ。
この調子でレベルを上げていけば、すぐに追いつかれるかもしれない――そう思ったが、レベッカに焦りはなかった。元々、ゲームを始めたときは緋色の方がレベルが高かったからだ。それに彼女は元々、レベルの高低にこだわるような性格でないために、緋色に抜かれてもよいと思っていた。
「そんなに焦って、死んじゃったら水の泡なんだから気をつけなよ?」
「うん、分かってるって」
まったく分かっていなさそうな緋色の笑みに、レベッカは呆れるしかなかった。
「でも、このペースで上げてると、一週間で資金が尽きちゃうんだよね……」
笑顔から一変、緋色は神妙な顔つきで唸った。確かに、前回の狩りでも大したアイテムは手に入らず、やや赤字が続いている。このままでは緋色だけではなく、レベッカも金欠に陥る恐れがあった。そこは黒字狩りで取り戻せばいいのだが、おそらく緋色が良い顔をしないだろう――それではレベルが上がらない、と。
ならば、とレベッカは提案する。
「ヒーラーさん探す?」
「うーん、そうだねぇ……でも、そうなると前衛は僕一人じゃ辛いかもね」
恐らくパーティメンバーを増やすことで、今よりも更に上位のダンジョンに臨むことを既に考えているのだろう。確かに、そうなれば前衛一人で、後衛のレベッカとヒーラーの壁になるのは、やや辛いだろう。
「なら前衛に一人、ヒーラーさんを一人募集って感じかな」
レベッカがまとめると、緋色は頷いた。
「まぁ前衛にはアテがあるから……ヒーラーさん探しだね」
「なら、早速探しに行こう!」
緋色が元気よく叫ぶと、レベッカの腕を引いて、あっという間に宿舎を出て行く。
「ちょ、ちょっと、ひー!?」
「善は急げ、だよ!」
それは何だか違う――そう思いながらも、レベッカは緋色に引っ張られ続けるのであった。
*
(どうして、こうなった……)
酒場で一人、沈んだオーラを全身にまとう少女が呟いた。銀髪の緩いウェーブのかかった髪は肩ほどまで伸び、色素の薄い瞳に、透き通るような肌の白さも相まって、可愛らしい人形のようにも見えた。それを更に彩るのは淡い水色のワンピースで、男なら誰でも近寄りたくなるような佇まいだが――
「おい、見ろ……あれ、こあらんさんじゃないか?」
「うお、本当だ……初めて見たぜ、あれが破壊僧のこあらんか」
男たちはひっそりと話しているつもりなのだろうけど、割と席が近いのか、こあらんは思いっきり聞こえていた。
それに破戒僧ではなく破壊僧――文字通り、物理的な破壊を指すのだけど、いくらなんでもその呼び方は酷すぎる。こあらんは周囲の青色をより一層濃くしながら、うなだれた。
すべての始まりは、あのアイテムを手に入れてからだ。現在はこあらんのアイテムウィンドウに納まっている直径三十センチほどある四つの鉄球――これを重力魔法で扱うという、特殊な戦闘法を思いついてしまったのが、こあらんの人生(?)を大きく捻じ曲げる要因となった。
戦闘中に追い詰められると、やや取り乱す癖のあるこあらん――その際、彼女の振り回す鉄球の餌食になった敵、身内は数知れない。そのせいか、気づけば彼女と一緒にクエストに同行してくれるようなツワモノはいなくなってしまったのだ。
確かにソロなら周りに迷惑をかけることはないが、それでは回復魔法スキルを上げた意味がやや弱くなってしまう。本来はたくさんの人と関わって楽しく進めたい――そう思っていたので、現状はこあらんにとって辛いものでしかなかった。
「はぁ……どうして……」
目の端からはらりと涙が零れていったが、こあらんは拭うこともせず、静かに呟いた。
そんな時だった――
「ヒーラーさんを一名募集してますー!」
酒場に響き渡った声に、こあらんはぴくりと肩を震わせた。ゆっくりと振り返ってみると、褐色の長い髪をポニーテールにし、刀を腰に挿した少女が元気よく叫んでいた。少しハスキーな声の少女をしばらく見つめていたが、こあらんは我に返ったように視線を逸らそうとした。
こんな私が一緒にいったら、また迷惑をかけてしまう。そして、また新たな伝説が広まるかもしれない――そう思うと、ヒーラーだと挙手することが躊躇われてしまったのだ。
しかし、それは少し遅かった。褐色の髪の少女の後方にいる、純白のローブに身を包んだ女性とばっちり目が合ってしまったのだ。その女性は前の少女の肩を叩いて、こちらを指差した。すると少女は瞳を爛々と輝かせながら、こあらんの下まで駆けてくる。
「あのーヒーラーですか?」
少女はにこにこと微笑みながら言った。それは人懐っこい笑顔で、警戒心を抱かせない。しかし、こあらんはどう答えたものか、とやや取り乱しながらも必死に考える。
「あっと……えっと……」
「もし、迷惑でなければ一緒してほしいんですけど……」
「ひー、その前に名乗りましょう。私はレベッカで、この子は緋色と申します。よろしくです」
後ろの女性にたしなめられた少女は可愛らしく舌を出した。
「あ、それと僕らはレベル五、六十ぐらいなんだけど――」
「ひー、落ち着きなさい。まだ返事を伺ってません……ごめんなさいね」
レベッカと名乗った女性は頭を下げた。ただでさえ混乱していたこあらんは、混乱の極みに達しかけていた。
「い、いえいえいえいえ! そんなお気になさらずに! わ、わ、私は全然かまいませんからっ!」
「えっ、本当!?」
それを聞いて、緋色がこあらんに食いついた。レベッカもそれを聞いて、驚いた表情を見せた。
そこで初めてこあらんは我に返る――しまった、と。しかし、今更断れるような雰囲気ではなかった。
「ありがとー! ねぇ、名前何て言うの? レベルは? 良かったらスキルの構成とかも教えてよ!」
こあらんの手を握って、ぶんぶんと振り回す緋色は矢継ぎ早に質問を投げかけていく。それを何とか頭で処理し、こあらんは答えていこうとするのだが――
「え、えっとぉ……私はこあらんと申しますう、う、うう? ちょ、ちょっと手を振り回すのを――」
「こら、ひー。こあらんさんが喋りにくいって」
いつまでもこあらんの手を振り回す緋色を、レベッカは引き剥がした。やっと解放されたこあらんは大きく深呼吸する。おかげで普通に話せる程度には落ち着いた。
「私はこあらんと申します……聞いたことはないですか?」
恐る恐るこあらんは尋ねた。
「全然!」
「ごめんなさい……聞いたことないですね」
しかし、緋色もレベッカも聞いたことがないらしい。随分と有名になっていると思っていたのは、自惚れだったかもしれない――こあらんは少し恥ずかしくなって俯いた。
「そうですか……でも、あまり私と一緒にいない方がいいと思いますよ?」
悲しげに微笑むこあらんに、レベッカは言葉を失った。恐らく何が事情があるのだろう――レベッカはそれで察して、それ以上かける言葉を失ったのだ。
しかし、緋色はただ首を傾げるだけだった。
「なん――ちょ、レベッカ何するの! 痛い、痛いってば!?」
「あなたはもう少し空気を読むべきです」
そう言ったレベッカは、素敵な笑顔で手にしていた本を緋色の脳天に何度も振り下ろす。これがPK不可エリアでなければ、どれほどの体力を削られていただろうか――密かに冷や汗を流す緋色だった。
「まぁまぁ……私は大丈夫ですから」
そんな緋色が不憫に見えて、こあらんは止めに入った。そんな重そうな本の角で脳天を叩いてたら、体力を削りかねない――そう危惧したのであった。実際はPK不可エリアである町なので、体力が減ることもないのだが。
「こあらんさんが、そう言うなら……」
「こあらん、でいいですよ。さん付けは呼びにくいでしょう?」
こあらんが苦笑を漏らしながら言った。
「なら、こあらん! 一緒にグループを――ごめん! レベッカ分かったから! 体力は減らないけど、それ本当に痛いから!」
涙目で懇願する緋色に対し、引きつった笑顔で本を構えるレベッカ、そして冷や汗を流すこあらん。どうして、こうなった――その思いが拭い去られることはなかった。
それに酒場と言う人の集まる場所で、随分と視線を集めていることも気になり、こあらんは提案する。
「とりあえず、場所を移しませんか? ここでは迷惑になりますし……」
「そうですね……では、私たちのギルドの宿舎はどうですか?」
レベッカの提案にやや抵抗を覚えながらも、こあらんは静かに頷いた。ここまで来てしまえば、もはや断りきれるような気がしなかったのだ。特に緋色の爛々と輝く瞳を見ていると、断るのも悪いことのように思えてしまう。
もはや諦めたこあらんは、軽々とステップを踏んで進んでいく緋色を先頭にギルドの宿舎まで向かうことになった。
「こあらんさんは……ソロのプレイヤーなんですか?」
道中、恐る恐るといった様子でレベッカが尋ねた。
「はい、今は……」
そんな受け答えをしているだけで、こあらんは過去の出来事を思い出してしまい、どうしても苦笑が漏れてくる。それを見ると、レベッカも静かに頷いただけで、それ以上は追求してこなかった。
気を遣ってもらうほどの理由があるわけではないんだけど――こあらんは、既に引き返せない位置までやってきているような気がして、頬を冷や汗が流れた。
「ほら、ここだよ!」
路地裏を進んでしばらくすると、三人の前には周囲の絵から少し浮いた黒い建造物だった。こあらんもこのギルドのことは知っていた。
「ここって……PKKギルド――天空の使者ですよね?」
「ええ」
レベッカと緋色が同時に頷いた。
「ちょっと臭い名前だとは思うけど、良いところだよ」
レベッカの柔らかな微笑みを見ているかぎり、本当に良いところなのだろう――こあらんは、少し安堵して、息を吐いた。緋色を先頭に三人は宿舎の内部へと踏み込んだ。
「よう、レベッカ……それに緋色がここに来るとは珍しいな。あと、後ろの子は?」
三人を出迎えたのは、言葉のアクセントにどこか訛りを感じさせる男だった。
「こんにちは、クロウさん。こちらはこあらんさん――先ほど知り合ったヒーラーの方です」
クロウと呼ばれた男は、その聡明そうな顔つきを優しげな笑みへと変えた。
「ほう、こあらんさんか、よろしく」
「いえ、こちらこそ……よろしくです」
クロウの笑顔に、こあらんは慌てて頭を下げる。そんな彼女を見やって、クロウは続けて尋ねた。
「一緒にパーティでも組むんか?」
「それをこれからお願いするところだったんです」
レベッカが答えると、クロウは建物の奥を指差す。
「なら奥の空いてる部屋を自由に使ってええよ。ここじゃ話しにくいやろ?」
希少種扱いされて不平を垂れている緋色を軽やかに無視し、レベッカはクロウにお礼を述べた。そして、今度は彼女を先頭に、緋色とこあらんが続いた。木造の床が時折、軋んで音を立てるが、どことなく居心地が良かった。木と鉄の匂いが混ざり合い、何とも言えない不思議な気持ちにさせられた。
「どうぞ」
レベッカに導かれた部屋は中央に木でできたテーブルが一つ、その周りに四つの椅子が並んでいた。奥には窓があるが、周囲に立ち並ぶ建造物が光を遮っているのか、やや薄暗かった。
三人は椅子に腰掛けると、レベッカが口を開く。
「で、先ほども言ったのですが、私とひーともう一名いるのですが――」
「そう言えば、もう一人って誰なの? 心当たりがあるって言っていたけど」
早速、話を折られたことに、やや苛立ちを覚えながらもレベッカは答える。
「フェリックスよ。これでひーと彼が前衛、私が後衛の補助兼攻撃、こあらんがヒーラーと補助って役割分担になるのかしら」
「ええー……フェリックスかよ」
「不満?」
「いいえ、滅相もない」
笑顔で本を構えるレベッカに、戦慄の冷や汗を流しながら緋色が即答した。
「だから、ヒーラーのあなたの協力をお願いしたいのですが……」
そこまで言ってレベッカはこあらんを伺った。彼女は相変わらず、やや困ったような表情を保ったままだった。そんな二人にこあらんは恐る恐る尋ねる。
「本当に二人は私のこと知らないんですか?」
「えっと……申し訳ないですけどれ、分からないですね」
「同じく」
二人の即答に、こあらんは小さくため息をつきながら、どこから話そうかと考える。しかし、話したところで、この二人なら「それがどうした」と言いそうな気がしていた。つまり、説明しても無駄なのではないかと思ったのだ。
しかし、ここで説明を省かないのは、彼女の真面目な性格が現れたからだろう。こあらんは二人にここまでの事情を話しきった。巷では破壊僧などと呼ばれていること――また、戦闘中に取り乱すと、敵も味方もなぎ払ってしまうことも、すべてを正直に話した。
しかし――
「つまり、僕とフェリックスが突破されなければいい話だよね?」
緋色は一言で片付け、レベッカもそれに静かに頷いた。
「ひーはともかく、フェリックスは前衛の壁として凄く強いですから、心配しなくて大丈夫ですよ」
そこまで聞いて、こあらんは思い出した。
「まさかフェリックスさんって……あの『不貫の壁』の?」
その問いかけに二人は頷く。こあらんとは違い、その名は本当に知れ渡っていたのだ。『不貫の壁』と呼ばれる由縁――それは未だかつて対人戦、モンスター戦に関わらず、彼の体力を半分以上削った者がいないことにあった。それは筋力と片手剣によるパリィスキル、また盾の熟練度スキルを重点に振った結果、難攻不落、貫かれることのない堅固な壁が出来上がったのだ。
そんな方がいるのであれば、心強いかぎりだ。しかし、こんな自分が本当に一緒していいものか――こあらんの迷いは消えなかった。
「これから一緒に戦って、少しずつ成長していけばいいのよ」
レベッカは優しく微笑みながら言った。
「そうだよ、一緒に頑張ろうぜ」
それに続いて緋色も元気よく笑って、手を差し伸べた。この手を取れば、一緒に戦える――しかし、こあらんは体が竦んで動けなかった。ここまでたくさんのモノを失ってきた彼女は何かを得ることに対し、反射的に身構えてしまうようになっていた。その不安が彼女に決断することを躊躇わせていたのだ。
「僕たちなら大丈夫。こんな良いパーティ、他にないよ」
一片の迷いもなく、緋色は笑う。それを見て、本当に大丈夫かもしれない――こあらんは思った。そして、ゆっくりと手を伸ばす。緋色の手ががっちりとこあらんの手を掴む。
「よろしく!」
「よろしくね、こあらん」
「はい……よろしくお願いします!」
それを言ったと同時にこあらんは、とあることに気づく。
「あれ、まさかと思うんですけど……緋色さんって男、ですか?」