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僕らのオンラインRPG!  作者: 小石 汐
閑話、SS集。
18/25

SS:こあらんの誓い。

 あれから、どれほどの時間が経っただろう。あの人の性格なら、数時間後には別キャラを作って、笑顔でやってくると信じていた。「やられちゃった」といつもの軽い調子で、苦笑を浮かべながら戻ってくる姿を思い描いていた。

 しかし、彼はいつまで経っても現れなかった。一日待っても、二日経っても……そして、一週間が経っても。何かあったのだろうか、と心配は募る一方で、ギルドの宿舎も鬱々とした雰囲気に満たされていた。

 主に、それの発信源はレベッカさんだったんだけど、最近は一言も聞いていない。ログインしても椅子に腰掛けて、じっと何かを待つように佇んでいるだけだった。

 私だって、何もできなかった自分を悔やんだ。目の前にいた彼の背中から剣先が生えてきたのを黙って見つめていることしかできなかった。

 予想外ではあった。確かに胡散臭い人ではあったけど、いきなりPKに走るような人だとは思いもしなかった。そして彼が――緋色が未だに帰ってこないことが予想外すぎて、未だに信じられなかった。

 だけど、いつまでもじっとしているわけにはいかない。今日もじっと椅子に腰掛け、顔を伏せているレベッカさんの下までゆっくりと歩み寄り、肩を叩いた。すると、凄まじい勢いで、レベッカさんはこちらに振り返った。

「あ……ごめんなさい」

 私はつい反射的に謝った。むしろ、謝らなければならないと思った。闇の中で一筋の光を見つけたかのようなレベッカさんの瞳を見て、自分は酷い失敗をしでかしたと確信できた。

「……こあらん」

 レベッカさんは私だと分かると、再び表情が消え去った。絶望に呑まれていき、瞳から輝きが失われていく。レベッカさんは一言も発さない。私から視線を逸らし、元の姿勢に戻るだけだった。

「あ、あの――」

「何?」

 レベッカさんは最低限の言葉だけ返してくる。疲れているから放っておいてくれ、と言わんばかりにため息をつきながら。

 それでも、私は折れない。

「……このままでいいんですか?」

 既に事態は、ただのPKだけではなくなっている。このままモグリを放置しておけば、大変なことになる。それは誰もが分かっていた。だからこそ、現在も天空の使者を中心としたギルドが連合を組み、PKに対抗すべく作戦を練っていた。

 なのに、私たちは緋色を待つばかりで、停滞したままだ。

 このままで良いはずがない。

 むしろ、彼が帰ってくる場所を私たちが守り通さなければならない。

 だから、私は口を開いた。

「私たちで――」

「分かってる……考える時間は一杯あったから」

 背中を向けているはずのレベッカさん――しかし、その背中から何とも言えないプレッシャーを受ける。いつもと違って、低い声に違和感を覚えたのかもしれない。けれど、それだけじゃないはず。

「緋色のために、あいつは殺す」

 ゆっくりと顔を上げたレベッカさんの瞳には、先ほどと違って強い光が宿っていた。明確にされた言葉に、レベッカさんの覚悟がうかがえる。本気なんだと私は一瞬にして理解できた。

「けど、力が――私には力が足りない」

 私にも聞こえるぐらい、レベッカさんはぎりと歯を噛み締めて言う。

「あいつを殺すには、私は非力すぎる……」

「……なら強くなりましょう。いつまでも停滞し続けるわけには――」

「いかないわね」

 ようやくレベッカさんと目が合った。ここまで通して、レベッカさんが初めて私を見てくれた気がする。私は静かに頷くと、レベッカさんは席を立った。

「準備しましょう、ここにはしばらく戻りません」

「……はいっ!」

 久々に動きを見せたレベッカさんは周囲の視線を集めた。けど、当人は気にする様子もなく、宿舎の奥へと姿を消していった。

「やっと再起動したな」

 そんなレベッカさんの背中を見送っていた私の横には、いつしかフェリックスさんが並んでいた。

「ですね」

「まぁ良いことかどうかはさておき……どこに行くんだ? 今はどこでも情勢が不安定すぎて、危険だと思うんだが」

「私も特に決めていません、どこが安全だとか分かりませんし……ただ――」

 肩を竦めて言うフェリックスさんを見やりながら、私は言う。そう、これは私の誓いだ。

 私はPKを絶対に許さない――それをここで私は明確に意思表明する。

「出会ったPKは全て殺します、一人たりとも逃しはしません」

 私の言葉を聞いて、フェリックスさんは一瞬だけ信じられないと言わんばかりに目をむいた。けれど、やがて納得したかのように静かに頷いて、一言だけ呟く。

「そうか」

 それ以降、私もフェリックスさんも口を閉じ、しばらく無言の時間が続いた。私たちの後ろでは、ギルドの面々が慌しく走り回っているようだったけど、この場だけは時が止まったかのように冷たく、固い空気が流れていた。

「なら、しばらく帰らないことをクロウさんに伝えてくる」

 やがて、フェリックスさんが静かに口を開いた。私に背を向けて、フェリックスも喧騒の中に消えていく。それと入れ替わるようにして、レベッカさんが再び姿を現した。

「お待たせ」

 まだ硬いけれど、少し笑みを浮かべながらレベッカさんは言った。

 だけど。

 瞳に宿すのは、世界を焼き尽くしかねない強い炎。すべてを焼き払い、世界を浄化するまで、その炎が衰えることは無いだろう。

 私だって同じ覚悟だ。静かに頷き、私たちはフェリックスさんを待った。しばらくすると、フェリックスさんも戻ってきて、無言で頷いた。私たちには、それだけで充分だった。


*


 出会って三ヶ月程度。

 はっきり言って、私がそこまでする理由なんて無いと思う。けれど、その三ヶ月で私は理由を手に入れてしまった。

 どれほど長くではなく、どれほど濃く時を過ごしたかが重要なのだと、改めて認識させられた。そう考えると、失ったものは大きいけれど、私たちは確かに濃密な時間を共有したことになる。今までは、そこにいるのが当然で気づかなかったけれど、私の中で緋色、レベッカさん、フェリックスさんは大切な人に――もはや、私の一部になっていたのかもしれない。そう言っても過言ではないほどの、喪失感は味わった。大切な人を失ったとき、体の一部をもぎ取られたかのような――という表現が間違っていないことを実感した。

 だから、私たちは失わないためにも、強くならなければならない。PKに対抗できるように、もっともっと強くならなければならない。

 ちなみにギルドで行われていた作戦会議において、私たちの役割は前衛でも後衛でもない。まだまだレベルが低いためか、物資の確保や安全圏での作業が与えられることになっていた。けれど、こうしてギルドを出てしまった以上、私たちは己の身を守っていかなければならない。強くなるしかないし、強くなる以外に目的もなく、強くなることだけが前進であり、強くなることに全力を注いだ。来る日も来る日も、ダンジョンの奥深くに潜り込み、ボスを倒し続けた。私の役割は弱らせるまでのフェリックスさんやレベッカさんの回復、そしてトドメの一撃だった。

 こあらん砲と名づけられた、この鉄球を飛ばすだけの荒技だけど、アイテム欄の圧迫なども考えて四発しか持っていない。これ以上持とうとすれば、回復系のアイテムを削らなければならなくなるし、何より筋力、敏捷性の能力値を大幅に超えた重量になってしまうため、動きが鈍くなってしまう。

 もっとレベルが上がれば、持てる鉄球の数も増えるだろうけれど、それでも六発が限界だと私は考えている。ただ、リボルバーみたいで格好良いじゃん、と密かにほくそ笑んでいたのは私だけの秘密だ。

 閑話休題。

 ともかく、私は基本的にボスにトドメを刺し、キルボーナスで経験値を稼いだ。レベッカさんは弱点を突いた魔法でダメージソースだし、フェリックスさんは剣で的確に急所を狙い、部位破壊ボーナスを得ていた。そのお陰で、三人とも平等にレベルが上がっていく。堅守のフェリックスさんが前衛なので、窮地に立たされることもなかった。

 時折、アイテムの補充で地上に出ることもあったけど、大抵はダンジョン内で時を過ごした。太陽の光も届かず、湿気をはらんだ空気が鬱々とした気分にさせるけど、それすらも気に病まなせないほどの強烈な目的意識が私たちの精神を保っていた。

 PKを倒す、緋色の仇を討つ――それは言葉に出さずとも、私たち三人が共有している目的だった。

 たとえ――

 緋色が帰ってこなかったとしても。

 その結果、自己満足で終わってしまったとしても。

 私たちは止まらないし、止まれない。

 それでも疲れは、やはり無視できなかった。私ですら一日十時間以上、フェリックスさんも睡眠時間を削ってまで付き合ってくれた。そしてレベッカさんは、二人がいないときですらダンジョンに赴いているらしい。元々、四人の中で一番レベルの低かったレベッカさんが私たちまで追いつけたのも、陰での努力があったからだろう。

 けれど、危険すぎる――そう何度も注意しているのだけど、レベッカさんは止まらなかった。そんなレベッカさんを放っておくわけにもいかず、私とフェリックスさんはできる限り付き合うことになったのだ。

 とは言え、嫌なわけではない。目的は一緒だし、私のこの誓いだって、そう弱いものではない。レベッカさんと時を共にするぐらいなら、全くと言っていいほどに問題は無かった。そんな私たちが心配なのか、フェリックスさんは疲れを見せながらも、私たちに付き合ってくれている。

「……ふぅ」

 今日、何度目か分からないフェリックスさんのため息だった。私たちと違って、前衛で一人戦い続けるフェリックスさんの負担は計り知れない。だから、私もレベッカさんも労わりはすれど、フェリックスさんを責めることはなかった。

「無理しないでね? あなたまで死んじゃったら意味がないんだから」

「大丈夫さ、まだいける」

 レベッカさんはフェリックスの背中を撫でながら言った。けれど、フェリックスさんはそれに笑みで返した。

「それに、この程度でへばっていたら、いつまで経ってもPKには勝てないさ……それに緋色に合わせる顔もなくなる」

 再び剣と盾を構えるフェリックスさん。いつしか目の前には、両手に剣を持った竜人の群れが現れていた。

 リザードマン――竜を二足歩行にして、両手で剣を扱う人に近い戦闘スタイルだ。ゲームでは割とメジャーな部類に入るだろう。それが一体ではなく、十数体と群れで現れるのだから、ボスではないけれど油断ならない。

 けれど。

 思わず私たちは笑みを浮かべていた。

「これだけいれば、結構な経験値になりそうね」

 レベッカさんが冷たい笑みを浮かべると、その身を青いオーラが包み込んだ。

「おいおい、竜人種は魔法耐性、高いぞ? 俺が先に削った方が――」

「ごり押す」

 その言葉と同時に、私たちの体が軽くなった。今なら軽く飛ぶだけで、ダンジョンの天井に頭をぶつけそうなぐらいだった。

 レベッカさんの補助魔法だった。やはり、冷静な判断を下している。属性の通りにくい相手に対して、「ごり押す」とは言ったものの、最善の策を取っているレベッカさんに感心しながら、私も構えた。

「さて……行くぜ」

 フェリックスが軽やかに地を蹴り、リザードマンの群れへと駆けた。先手必勝と言わんばかりに剣を振るってゆく。けれど、フェリックスさんは囲まれると危険だということも理解していた。深追いはせず、剣を二、三度振るっては、少し引いて囲まれないポジションをキープする。

 そんなフェリックスさんを援護するように、レベッカさんが光矢を放っていく。こあらん砲と違い、精度の高い射撃は的確にリザードマンの顔を貫き、一撃必殺とは行かなかったけど目くらましとして大いに時間を稼いだ。

 そして怯んだリザードマンに、フェリックスさんは容赦なく剣を突き刺した。両手に構えた剣の隙間を縫うようにして、放たれた剣先はリザードマンの胸に深々と刺さり、一体のリザードマンのポリゴンが消失した。

 そして剣先が突きを放った直後、剣が固定され身動きの取れなかったフェリックスさん。そんな彼を挟む形で、残るリザードマンの剣が襲い掛かった。しかし、フェリックスさんは冷静で、盾の側面で挟撃の剣を両方受け止めた。とは言え、大きな盾ではないので、叩き込まれた剣がフェリックスさんの両肩に食い込んだ。

「チッ!」

 ダメージを負ったものの、盾のお陰で致命傷には程遠かった。ウィンドウで確認しても、堅守のフェリックスさんの体力は数ドットしか減っていない。これなら大丈夫、と私は回復魔法を待機させたまま、戦況を見守り続けた。

 思わず後退したフェリックスさんを追うようにして、数体のリザードマンが連続して剣を振るう。合計で六本の剣が、フェリックスさんに襲い掛かるんだけど、もう見ている側としては神がかっているとしか言いようのない動きで、その剣撃を全て叩き落していく。もちろん、防御スキルのシステムアシストのお陰だろうけれど、六本の素早く振るわれる剣を全て防ぎきるなんて、常軌を脱している。やはり、『不貫の壁』は伊達ではない。

 とは言え、流石に六本の剣を防いでいると、反撃の糸口が掴めないようだった。最初は余裕で防いでいたフェリックスさんの表情に焦りが滲み始めた。

「レベッカさん……!」

 だからと言って、いざという時のために私は回復魔法を待機しておかなければならない。そのため隣で、じっと戦況を見守るレベッカさんに助け舟を要求する……までもなかった。

「分かってる」

 レベッカさんは既に青いオーラに包まれていた。けれど、今までに見たこともないような強い光だった。

「任せなさい」

 いつの間にか、氷の塊をいくつも生み出していたレベッカさんは、それを容赦なくリザードマンの群れへと放った。まだ、フェリックスさんがいる群れの中へ。

「おわっ!?」

 シールドマスタリースキルが高いお陰か、フェリックスさんはあらゆる攻撃に対してシステムの加護を受ける。その為、身内からの攻撃に対しても、本来は反応を示すはずなのだけど、今回は違った。

 フェリックスさんは、すぐ横をすれすれで通っていった氷塊に顔を引きつらせていたけれど、結局は一発の被弾も無かった。全ての氷塊はリザードマンの顔付近に着弾し、怯ませることに成功していた。私のこあらん砲と違って素晴らしい精度だ。

 一瞬、恐怖で硬直していたフェリックスさんも、剣を取り直し、未だうめき続けるリザードマンを盾で押し倒した。そして更に生まれた隙を利用し、フェリックスさんは一気にリザードマンとの距離を取る。

「こあらん、準備!」

 フェリックスさんは、のそりと立ち上がってくるリザードマンを警戒しながら叫んだ。それと同時に私は待機させていた回復魔法を解除し、アイテムウィンドウの操作に入る。目的の物はそう――鉄球。これがあれば決着をつけることは容易い。

 私が準備をしている間、フェリックスさんは前衛でリザードマンの攻撃を受け続けていた。けれど、戦闘開始直後よりは距離を取っていて、いつでも離脱できるポジションをキープしていた。距離を取ったお陰か、追撃の手は緩み、フェリックスさんは易々と剣と盾で攻撃を受け流していく。その間に私は準備を終えたことを告げる。

「いけますっ!」

「了解!」

 私に背を向けていたフェリックスさんは一際大きく剣を横に薙ぎ、リザードマンの腹部を斬り裂いた。攻撃を受けたリザードマンは一瞬怯み、後ずさる。その隙に、フェリックスさんは一気に距離を取った。

 もはや、言葉は要らない。私はそのタイミングで二発の鉄球を放った。フェリックスさんは打ち合わせていたかのように地面に伏せ、鉄球を躱す。そして鉄球はリザードマンの群れに直撃し、まるでボーリングを髣髴とさせる破壊力で薙ぎ倒していった。鉄球が過ぎ去っていった後に、立っている者はいなかった。ストライクだ。

「……ふぅ」

 そんな静寂の中、伏せていたフェリックスさんが、がしゃりと鎧を鳴らしながら上半身を起こした。

「お疲れ様」

 そんなフェリックスさんに歩み寄りながら、レベッカさんは言った。そして手を差し伸べ、フェリックスさんを起こす。

「ありがとう……それにしても相変わらず凄まじい威力だな」

 鉄球によって薙ぎ払われ、今はドロップアイテムだけが落ちている通路を見やりながら、フェリックスさんは呟いた。

 けれど、私は緩々と首を横に振る。

「でも……まだレベッカさんのような精度は持ち合わせていません」

「あれだけの威力があれば、多少精度が欠けても問題ないと思うわ」

「……」

 そう言われると、私は静かに俯くことしかできなかった。何故、精度を求めるのか――それにはちゃんと理由があるのだけれど、それを口に出すのは躊躇われた。恐らく、ここで緋色さんのことを口走れば、無言の時間が生じるに違いない。

 だから、私は黙ったまま頷いた。だけど、諦めているわけではない。いつかは精度を上げてみせる。そう強く心に誓った。


*


 鉄球と出会ってから、正しく言うならば鉄球を魔法で操れるようになってから、私の世界は大きく変わってしまった。ちょっとしたミスで身内を瀕死に追い込んでしまったこともあったし、パーティを壊滅させてしまったこともあった。すべては自分が悪いのだけれど、結果として破壊僧なんて不名誉な呼ばれ方もした。

 私は力を持ってしまった。

 それも圧倒的な力だった。

 それを扱う私が未熟なせいで、こういった事態に発展してしまった。それは分かっている。けれど、どうしようも無かった。

 いつも組むパーティは前衛がしっかりとしていなくて、後衛にまで被害が及ぶ。何度かは我慢するけれど、最後には我慢できなくなって鉄球を放ってしまう。そうなると精度が低いから、時に仲間を傷つけることもあった。自分も悪い。けれど、前衛が役割をまっとうしないのも悪いのではないかと、今になって思う。

 そう教えてくれたのは緋色さんやフェリックスさんだった。

「別に……こあらんが気にすることじゃないんじゃないかな? って僕が言うと変だけど」

 満天の星の中、一際大きく強い光を放つ青白い月を見上げながら緋色は言った。

 闘技大会の決勝――ニャウンたちとの決着を前日に控えて、近くの宿屋に泊まっていたんだけど、どうにも寝付けなかった。窓から吹き込んでくる風は心地よい冷たさをはらんでいる。それに誘われるように、私は町に出た。そこでばったり緋色と出会ったのでした。

 緋色も興奮でなかなか寝付けなかったらしい。だから、一人でぼんやりと月を眺めていたそうだ。何となく、彼らしくない行動だなぁと思った。

「僕は非力だし、相手に力押しされたらレベッカやこあらんを守れないかもしれない。けど、だからと言って諦めているわけじゃないよ、僕は最後の最後まで戦い続ける」

 緋色は手馴れた動作で刀を抜き、それを横一閃に薙いだ。緩やかな動作からの、急な一振り、そして再びの停止――その一連の動きは、目を離すことができない魅力があった。単純に美しかった。揺らぎ、淀みのない動きに私は思わずため息を漏らす。

「……って聞いてる?」

「っ……聞いてるよ」

 緋色はジト目を向けながら言うけれど、私の言葉を信じたのか、すぐに笑みを浮かべた。

「ここではフェリックスがしっかり守ってくれるでしょ? 僕だって未熟だけど、精一杯頑張る。だから、こあらんは怖がる必要も無いよ。この四人なら、こあらんは最大の力を発揮できるんだよ」

 その言葉に私は静かに頷く。ちょっと目頭が熱くなったけれど、冷たい夜気がすぐに冷やしてくれて助かった。

「それにさ、こあらんの鉄球の使い方は攻撃面だけじゃ勿体無い気がするんだ」

「ん、防御面でも確かに活きるけど――」

「そうだね。でも、それだけでもないんだ」

 緋色は楽しげに微笑むけれど、私には意味が分からず、首を傾げることしかできなかった。

「例えば、ね……そうだ、今やってみようよ。鉄球出せる?」

「え、出せるけど……町中で出して大丈夫かしら?」

「大丈夫だって、僕の言うとおりに鉄球をゆっくり動かしてくれればいいから」

 そういうと、緋色はあちらこちらを指差し、鉄球の位置を決めていく。鉄球は少しずつ高い位置に設置され、まるで階段のような形で夜空に浮かんだ。瞬間的な力を発揮するこあらん砲と違って、持久力が必要だけれど、問題は無い程度の労力だった。

 そして緋色は配置し終わった鉄球を眺めて、満足そうに頷く。

「よっし……行くぞ」

 緋色は、たんと地を蹴り、一番低い鉄球へ向かって飛んだ。そこに綺麗に着地し、更に上に配置された鉄球へと飛び移っていく。そして、気づけば一番上の鉄球の上で、こちらにピースサインを送る緋色の姿があった。

「こうやれば、僕の足場にもなる」

「でも、具体的にこれは役立つの?」

「そりゃもちろん」

 緋色は一番高いところから、何と躊躇もなく飛び降りた。そして猫のように四つんばいで音も無く着地を決めた。

「例えばさ、僕がやむをえず上に飛んで回避したとする。けれど、空中に逃げた時点で、もう次の移動はできないよね?」

 そこまで緋色が言って、私もようやく気づく。

「あ、そっか」

「そう、もし空中に足場があったら、僕は自分の速度を殺すことなく、縦横無尽に――地上だけでなく、空中ですら支配下に置けるようになるんだ、こあらんの協力のお陰でね」

 緋色は地面と中に浮いた鉄球の間を高速で移動し続ける。もし、これが実践で可能になったら、どんな相手でも緋色には勝てなくなのではないかと思うほどの速度だった。

 今まで破壊するだけだった鉄球が、初めて人の役に立てた。そう思うと再び目頭が熱くなる。今度は夜気でも押さえ切れそうになかったので、私は鉄球を見上げるふりをして上を向いた。

「これをさ、こあらんが希望通りの位置に移動させることができるようになれば、僕らは無敵だと思うよ?」

 速度を緩め、ふわりと地上に着地した緋色は満面の笑みを浮かべながら言った。

「うん、そうだね……あと必要なのは私の精度かぁ」

「今のままでも充分だと思うけれど、上を目指すなら――欲を張るなら、精度が欲しいね」

 緋色の言葉に、私は無言で頷いた。

「さすがに明日の決勝で実践するには、厳しいかな?」

「う、うん、無理だと思う」

 少し加減を間違えれば、緋色にダメージを与えかねない。だから、私はつい顔を引きつらせながら断った。すると、緋色は頭の後ろで両手を組み、残念そうに唇を尖らせた。

「いつか……次の大会までにはできるようになりましょう?」

「そうだね」

 私の言葉に、緋色は素直に頷いてくれた。

 だから、私は今も練習を続けている。もっと精度を上げるために。

 いつか緋色が帰ってくると信じているから。

 彼の居場所を守るため、また彼の居場所を作るために、私は今日も戦い続ける。

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