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僕らのオンラインRPG!  作者: 小石 汐
ヴァーチャルリアリティの世界にようこそ。
12/25

洞窟にて。

 緋色を追って、三人もダンジョンに入った。入り口から差し込んでくる陽光は遠ざかり、先ほどとは一変して、生ぬるい空気が肌を撫でる。日差しがなくなったとは言え、ダンジョンの空気は湿り気を帯びており、決して快適とは言えなかった。

 奥に続く階段は途中で闇に呑まれ、見通しが悪い。それでも情報を少しでも得ようと、レベッカは闇を凝視しながら階段を下りていった。しばらく進むと、奥に松明でもあるのか、暖かなオレンジ色の光が広がっている。

 そこで影が一つ動き、三人に緊張が走る。足を止め、息を吐くことですら躊躇われた。できることなら心臓も止めてしまいたいと思うが、意に反して鼓動は大きくなっていく。初めて訪れるダンジョンのせいか、異様な緊張感がレベッカを満たしていた。

「レベッカーまだー?」

 その声を聞いて、三人は思わず盛大にため息を吐いてしまった。そこからは、気楽に階段を下りていく。緋色が無事に進んでいるなら、周囲に危険は無いだろう――そう判断したからだ。

 三人が松明の付近まで進むと、そこは大きなホールだった。そこの中心に立つ緋色を囲むようにして松明が配置されている。そのお陰か、階段の時のような深い闇に覆われることはなかった。

「ひー、騒ぎすぎです。既にダンジョンに入っているのですから」

 レベッカは、あまりにもはしゃぐ緋色をたしなめた。とは言え、周囲にモンスターの気配もない。声が反響する以外は不気味な静寂がホールを包んでいた。しかし、その静寂ですら緋色のテンションに負けているように思えた。

「だってさ、見つかったばかりのダンジョンなんてテンション上がるじゃん?」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、緋色は言った。時折、宙で体を軽やかに回転させながらも、華麗に着地を決める。どう見ても能力以上の敏捷性を発揮しているのだが、スキルで補助しているのだろう。

「分かるけど……余計な戦闘は避けたいから、静かにね?」

「うん、分かった!」

 本当に分かっているのか疑問に思いながらも、レベッカは緋色の言葉に頷いた。そして、こあらんとフェリックスの方に振り返って言う。

「じゃあ、行きましょうか」

 二人は頷き、ホールから伸びた奥の通路を見やった。松明の光はその奥を照らせるほど強いものではなく、闇の底に沈んでいくかのような錯覚を覚える。しかし、誰一人怯むことなく、踏み込んでいった。等間隔で設置されている松明のお陰で、完全なる闇の世界になることは無かった。しかし、それでも視界の悪さは充分で、戦闘に支障がないとは言い切れない。緋色を先頭にこあらん、レベッカ、最後尾にフェリックスと以前に決めた順番で奥へと進んだ。いつしか緋色も口をつぐみ、静かな空間に水が滴るような音だけが響いた。奥で揺らめく松明の光ですら、息を呑みそうになるほどの緊張の中、四人は進んでいく。

 そんな時だった――前を行く緋色の足が止まる。それに続くレベッカは怪訝そうに緋色の背中を見つめていたが、やがて意味を知る。地に立つ二本の足に僅かな揺れが伝わる。それは時と共に大きくなり、やがて重量を伴う音が耳に届いた。

「何か来るね……レベッカたちは少し下がってて。フェリックスは後ろお願い」

「分かった」

 緋色は薄暗い通路の奥を睨み付ける。そこに巨大なシルエットが浮かび上がる。両手で斧を持つ、その腕は逞しい筋肉で包まれている。二足歩行のそれは筋肉に包まれた上半身を支えるために下半身も筋力が発達し、凄まじい巨体となっていた。しかし、それが異形と言えたのは顔にあった。二足歩行で筋肉隆々なのに、顔は牛だったのだ。

「懐かしい相手だね」

 緋色は振り返らず、異形の獣を見つめたまま言った。しかし、その声色はどこか楽しげであった。

「ひー、油断」

「しないよ、全力で叩き潰す」

 その一言を残して、緋色は飛んだ。ほんの数ヶ月前には硬く刃が通らなかった敵、中ボスランクに位置するミノタウロスに向かって。抜刀と同時に僅かに揺れる松明の光を受けた刃が赤色に染まる。しかし、それを凝視している暇もなく、緋色は一瞬で二、三度ミノタウロスの足を斬りつけた。その感触に、緋色は思わず笑みを零す。

(勝てる……一人でも)

 振りぬく刀に以前のような抵抗は感じられず、するりと取った刃は肉を簡単に断ち切った。その痛みに耐えかねてか、ミノタウロスの甲高い声が通路を満たす。そんなミノタウロスを見ると少し哀れにも思えたが、緋色は刃先を向ける。

「すぐ終わらせてやるから」

 低く腰を落としていた緋色は力強く地を蹴り、痛みで身動きの取れないミノタウロスに疾走する。とどめの一撃を放たんと込められた力は赤いオーラとなって緋色の全身から放出された。しかし、ミノタウロスはそんな緋色を真っ黒な目で見つめるだけで、握った斧はぴくりとも動かない。もはや、死を避けられないことを理解しているかのような、静かな瞳に緋色は躊躇いを覚えた。それでも、もはやスキルを止めることはできない。初撃は放たれてしまったからだ。このままシステムアシストに身を委ね、スキルの終了を待つことしかできなかった。計四回の斬撃がミノタウロスの身を切り裂き、それに続く衝撃波が更に深く肉を抉り取る。しかし、最後の衝撃波が放たれる頃には、ミノタウロスの体はガラスの砕けるような音を響かせて、消滅してしまった。

「……」

 そこにミノタウロスがいたと言う証拠は、残されたドロップアイテムだけだった。そんな静かな空間を見つめて緋色は眉をひそめた。

 レベッカは、その場に立ち尽くす緋色を疑問に思ったのか、ゆっくりと歩み寄りながら尋ねる。

「どうしたの、ひー?」

「ううん、何でもない」

 確かに自分は強くなった。それは純粋に嬉しい。しかし、嫌なものを見てしまった。圧倒的に強い自分が弱者を一瞬で葬る。弱肉強食だし、相手は命のないプログラムだ。気に病む必要などないことも理解していた。それでも、あの静かな死を受け入れるような瞳を見て、緋色の心は大いに揺れた。

 自分は何のために強くなろうとしたのだろうか――その想いが緋色の中で渦巻いた。最初はモノクロに憧れて強くなろうと思った。弱者を守れるように強くなろうと進んできた。なのに現状は強者として弱者を排する存在になってしまっている。

(これが強くなると言うこと……?)

 だとすれば、自分が弱い者たちを守れるようになるためには、どうすればいいのだろう。その疑問は一生融けることのない氷のように、緋色の心地を冷やしていく。

「何でもないことないでしょ?」

 呆然と闇の奥を見つめる緋色の頭を、本の角でこつんと叩きながらレベッカは言った。しかし、いつものように全力で振り下ろすのではなく、本を頭に触れさせる程度だった。

「お姉さんに言ってみなさいな」

「う、うん……強くなるって何なんだろう、って」

「強くなる? ふむ……」

 思ってたより、ずっと真面目な話だったのでレベッカは真顔で腕を組む。

「何で、そんなこと疑問に思ったの?」

「うーん……元々は弱い者を守るために強くなったはずなのに、気づけば彼らを倒す立場になっていた、と言うか……」

 それ以上は考えがまとまっていないのか、緋色は助けを乞うような視線をレベッカに向ける。

「さっきのミノタウロスのこと?」

「うん」

「ミノタウロスって緋色の守りたい者だったの?」

「え? えっと、何ていうか……」

 言いよどむ緋色に、レベッカははっきりと言う。

「全てを守ろうなんて出来るようなことじゃないよ。ひーが守れるのは……人一人が守れるのは、ほんの限られたところだけ」

「で、でもモノクロさんは――」

「あの人は徹底してギルドのメンバーしか守っていなかったわ」

「でも僕はあの人に助けてもらった。その結果、ここにいるんだよ?」

「たまたまよ」

 さらりとレベッカは答えた。しかし、その表情は至って真面目なものであった。

「何でもかんでも守ろうとしちゃダメ。志が大きいのは悪いことじゃないけれど、無理をしたらダメ。ひーが壊れちゃうわ。弱者なんて大きなモノを人一人では守れない。だから、ひーはもっと自分の守りたいモノについて、よく考えるべき」

 そこまで言い切って、レベッカは緋色の頭に本ではなく、手を乗せた。

「ひーが優しいのは知ってるよ。だから、そこで悩んだんだろうし。でもね、あなたが壊れちゃったら、私たちが悲しい」

 その言葉にこあらんとフェリックスも頷く。

「あなたがいるだけで、既に守られているモノがあることも分かっていてね」

 そう締めくくると、レベッカは緋色の頭を優しく撫でた。そんな優しげなレベッカの微笑を直視できず、緋色は思わず目を逸らした。そのまま返事もせずに、闇の奥に足を進める。嬉しいような恥ずかしいような、そんな笑みを浮かべながら。

 そんな緋色の背中を見つめるレベッカとフェリックスは思わず苦笑を漏らした。しかし、こあらんだけは目をきらきらと輝かせて、レベッカと緋色の姿を見つめていた。

(レベッカさんグッジョブです!!)

 そのままレベッカに向けて、親指を立てた拳を突き出す。それにレベッカも応えるが、こあらんの本質的なところは全く理解していなかった。

「さぁ、行きましょう」

 緋色の後を追うようにレベッカたちも闇の奥へと進んでいく。しかし、不安が無かったわけではない。

(中ボスクラスのミノタウロスとこんなところでエンカウントするなんて……)

 レベッカは得体の知れないところに来てしまったような気がしていた。この先に潜むボスが一体どんなレベルの敵なのか、想像したくなかった。そして、この胸騒ぎが、ただの気のせいであることを祈るばかりであった。


*


「……引いたほうが良い気がする」

 ミノタウロスと戦闘のあったところから更にダンジョンの奥へと潜っていた四人であったが、不意にレベッカが言った。明らかに顔色が悪くなり、予感が現実のものになりつつあることを嫌でも理解しなければならなかった。

「このダンジョンは恐ろしくレベルが高いわ……このまま進んだりしても、ボスに勝てると思えないわ」

「やってみなきゃ分からないよ、僕らだって強くなったんだ。さっきのダークドラゴンだって四人だけ倒せたんだから」

 緋色は楽しそうに言うが、もちろん無傷ではなかった。今はこあらんに癒してもらい、体力も満タンになっているが、一度は半分を切ったこともあった。そう考えると、フェリックスの防御力の高さは異常と言っても差し支えのないレベルのものだった。あれだけ苦戦したダークドラゴンと対峙しても、体力はほとんど削られていなかった。しかし、その堅守は攻撃をやや犠牲にしているので、納得はできる。

 とは言え、フェリックスの表情も険しかった。それは、このダンジョンに違和感を覚え初めていたからだ。歴代の中ボスが集うこのダンジョンの奥には一体どれほどのボスが待ち受けているのだろうか。怖くもあるが、自分の力を試してみたいとも思う。だからフェリックスはレベッカに賛成することもなく、ただ静観を続けた。

「とりあえず、進んでみよう。そこでダメなら引き返そう」

「……さっきの私の言葉、ちゃんと分かってる?」

「わ、分かってるよ!」

 緋色は焦りながらも、続けて言う。

「でも、この感覚なら戦えそうな気がするんだ……」

 緋色の言葉に、思わず首を傾げたレベッカが問う。

「感覚?」

「うん、大会のときと同じ感覚……何だか色々な動きがよく見えるんだ」

 ダークドラゴン戦では掠り傷を重ねてしまい、体力を半分以下まで削ってしまった緋色――しかし、相手の攻撃が直撃することは一度も無かった。攻撃に移りやすいように、紙一重で躱し続けた結果であったが、今は反省している。あまりにも楽しい感覚に溺れ、自分の体力が半分を切っていることに気づいたのは、戦闘終了後だったからだ。

 緋色の体力が半分を切った辺りから、「引け」と叫び続けていたレベッカは戦闘終了後に顔を真っ赤にさせて本を振り上げて緋色に迫った。しかし、それを見た緋色は一目散に逃げてしまい、本の槌が下されることはなかった。

「ふうん……そうだけど」

 確かに、緋色の動きが凄く良くなっていることは分かる。だからと言って、重要な判断を誤るわけにはいかない。

「それでも私は引くべきだと思う」

 静かな口調だったが、揺るがない意思を感じさせた。それに緋色は腕を組み、考え込む。そこで、ようやくフェリックスが口を開いた。

「いざとなったら俺が最後尾で守りながら逃げればいいんじゃないか?」

「そうだよ、フェリックスもいるんだし」

 フェリックスの援護を受けて、緋色は言う。そこで三人の視線がこあらんへと移る。二対一の現状で方針を決定するのは、最後の一人――まだ意見を言っていないこあらんだからだ。

「え?」

 こあらんは急に視線が集まったことに冷や汗を流しながら、一歩後ずさる。レベッカからは懇願のような視線が向けられているし、緋色は信じて疑わないと言わんばかりに目をきらきらと輝かせている。

「えーっと、私は――」

「てか、大半の敵はこあらん砲で倒せるんじゃない?」

 緋色の言葉で、不気味な静寂が訪れた。少しだけ風の通るような音だけが耳に届くが、それ以外の音は一切無かった。レベッカの瞳はどこか悟ったような澄み渡った色をしているし、言った本人の緋色は何だか物凄く悲しそうな顔をしている。フェリックスに至っては小さくため息をつき、やれやれと肩をすくめた。

「……とりあえず、進んでみましょうか」

 そう言ったのは、最初は反対していたレベッカだった。まさか、レベッカの意思を変えてしまうほどの力がこあらん砲にあるとは思いもせず、こあらんは内心で震え上がっていた。本当に何気ない気持ちで、ただの好奇心で使ってみた鉄球が凄いことになりつつあった。

「……うん」

 緋色は自分の願いが叶ったというのに、抑揚の無い声で答えた。そのまま後ろを振り返ることなく、彼は進んでいく。その後ろにレベッカが続き、こあらんも急いで後を追った。

(どうして、こうなった!!)

 こあらんは洞窟に響き渡るような声で叫びたいと思ったが、それを必死に堪えた。

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