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僕らのオンラインRPG!  作者: 小石 汐
ヴァーチャルリアリティの世界にようこそ。
1/25

VRMMORPG――ロスト ワールド。

 洞窟の中を歩く影が二つ――松明が闇を薄くしてはいるが、先を見通せるほどではない。湿った空気が不快にまとわりつく中、遠くから何かの唸り声が聞こえてきた。

 最初は洞窟に入り込んできた風の音かと思っていた二人も、その音源が近づいてくることに違和感を覚えた。

「……来るね」

 一人が言った。

 彼の名は緋色――褐色の髪は長く、うなじの辺りでまとめてポニーテイルにしていた。髪の色から異国の者かと思いきや、その瞳は黒い。その身に軽そうなレザーメイルをまとい、一本の刀を腰に挿していた。一見すれば少女にも見える可憐な顔立ちをしているが、先ほども彼と形容したとおり、男の子だ。

 その言葉に静かに頷く金髪の女性――レベッカは緋色より少し背が高かった。闇ですら映える純白のローブに身を包み、両手で重そうな本を抱えていた。

「ちょっと待ってね」

 レベッカは片手で本を持ち直し、目の前で指を振った。すると、彼女の前に薄いガラスのようなものが現れる。それは地図らしき模様があり、レベッカと緋色の名前もその中にあった。

 そこに急接近してくる赤いアイコン――それは敵を示すものであり、レベッカは顔をしかめながら、そのアイコンを指先で触れた。

「レベル六十……中ボスかしら?」

「種族は?」

「猛獣、かな……ほら、もう来る」

 レベッカが地図から闇の先に視線を戻すと、緋色もそれに倣った。闇に浮かぶ巨大なシルエットに戦慄しながらも、緋色は腰の刀を抜く。

「戦うの? ひーより、かなりレベル高いけど」

 そんな心配性のレベッカの方を向かずに、緋色は答える。もはや、敵との距離は油断のならぬものになっていたからだ。

「ソロで戦ってみて、ダメだったらフォローを頼むよ」

「分かった」

 静かに頷くレベッカの表情は一変する。もはや迷いはなく、緋色から距離を取った。そこで本を開いて、じっと待機する。

「じゃあ、最初に言ったとおり、ひーの体力が七割を切ったらフォローに入るね」

「了解」

 緋色は相変わらず闇の奥を見据えたまま、短く答えた。その瞳に恐怖はない。むしろ、これから相対する強敵の存在を歓迎しているように見えた。

 最初は遠くから聞こえていた足音に重量を伴い、洞窟を揺らす。緋色の視界にようやく敵の姿が映った。彼の背丈の三倍ほどはある巨大な牛――しかし、牧場などにいる四足歩行のそれでなかった。器用に二本の足で立ち、前足だったものは手へと進化し、巨大な斧を抱えていた。

「牛鬼系、か」

 そう静かに呟くと、緋色の顔に笑みが浮かんだ。それに応えるかのように牛鬼――その中でもボスクラスに位置するミノタウロスが咆えた。油断すれば、その咆哮だけでも充分にダメージを受けそうであったが、緋色の顔色は一切変わらない。

「咆える間があったら、さっさと体を動かしなよ」

 その刹那、緋色は地を蹴った。いまだ咆え続けているミノタウロスの懐へと一気に潜り込む。その速さは風を連想させた。おおよそ人の出せる速度ではない。しかし、涼しい笑みを浮かべたまま緋色は手にした刀で袈裟斬りを放った――とは言え、ミノタウロスが巨大すぎて、斬撃は足元に吸い込まれてしまう。

 しかし――

(硬っ!)

 何とか刃は通ったものの、その抵抗の強さに緋色の頬を冷や汗が伝う。

 刃を振り抜き、ダメージを与えておきながら、緋色は嫌な予感を払拭できなかった。体勢を整えようと、再び地を蹴り、ミノタウロスから距離を取る。

 その直後、洞窟内に破砕音が響き渡った。音源は地に突き刺さった巨大な斧――ミノタウロスは緋色のダメージに怯むことなく、その凶悪な破壊力を行使したのであった。

「さすがに中ボスクラスになると、そう簡単に怯んでくれないか」

 緋色は小さく舌打ちを漏らしながらも、どこか楽しげであった。そんな様子を眠そうな眼で見つめるレベッカ――しかし、内心は冷や冷やしながら、緋色とミノタウロスの戦闘を見守っていた。

 ミノタウロスはゆったりとした動作で斧を引き抜いて、再び構えた。

「大丈夫?」

「うん」

 思わず尋ねたレベッカに、緋色は即答した。

「やっぱり、牛鬼系は速度が無いよ。この程度じゃ僕には触れられもしない」

 自信に溢れた声が、レベッカを少し安心させた。だからと言って、レベル差が十ほどあることは変わることのない事実だ。

「油断しないようにね」

「分かってる」

 振り下ろされたミノタウロスの斧を余裕で躱しながら、緋色はミノタウロスの肌を刀で斬りつけていった。

 緋色は洞窟と言う限られた空間を最大限に活かし、風のように舞う。それは、やはり人の成せる力を超えていた。元々、速さに関しては自信のあった緋色だが、一人ではここまでの戦闘力を有することは不可能だった。

 そう、一人では。

 緋色の後ろで戦闘を見守るレベッカ――彼女の補助魔法で緋色の身体能力を強化しているのであった。

 アドバンスドムーブ――移動速度の強化魔法と、その派生であるフェザーダンスにより回避率を上昇させた緋色は蝶のように舞い、蜂のように刺す戦闘を繰り広げていた。

 しかし、元々のレベル差があるせいか、ミノタウロスは怯むことなく斧を振り続ける。

 一体どれほどの時間が経っただろうか――レベッカは戦況を冷静に分析しながら思う。実際は十分と経っていないのだが、見守っている側としては、その時間がとても長いものに思えたのだ。

 緋色は有利に戦闘を進めていた。しかし、そろそろかとレベッカは詠唱を始める。青いオーラ――魔法攻撃スキルの発動を示す、それがレベッカを包み込んだ。

 その刹那、ミノタウロスの斧が緋色を掠めた。ただ、それだけなのに緋色の体力は三割ほど減ってしまう。やはりレベル差か、と小さく漏らしながら、レベッカは詠唱を終えて待機させていた魔法を発動させる。

「行け、光矢ホーリーアロー

 レベッカの周囲に現れた光が矢の形を成して、ミノタウロスへと向かっていく。合計で五本の矢がミノタウロスの四肢に突き刺さり、動きが僅かに鈍った。その程度であったが、緋色はその隙を利用して体勢を整えていた。

 もっと高火力の魔法を使用することもできたが、それでは緋色の修行にはならない――レベッカは初級に近い魔法をあえて選んだのであった。

「助かる!」

 ポーチから取り出したポーションを一気に飲み下し、削られた体力を回復させた緋色は再び風のごとき速度でミノタウロスへと躍りかかかった。

 光矢を受けたミノタウロスはターゲットをレベッカに変えていた。現在は緋色に無防備な背を晒している。

(これなら行ける!)

 緋色の体が赤いオーラをまとう。それは物理攻撃スキルの発動を意味する。技後硬直時間が長いために、よっぽどの戦力差、または仕留める自信のある時にしか使えないスキルであったが、この場合は問題ないと緋色は踏んだのであった。

 発動させたのは物理連続攻撃スキルでも、そこそこの火力を誇る連撃破。連続した斬撃の後を追うように、さらに衝撃波が敵を襲い、合計八回の攻撃機会を得る。そのためか、高い火力に比例して技後硬直時間も長く設定されており、あまり多用できないスキルとなっていた。

 しかし、グループで戦うときは、このスキルが大活躍する。数人で戦うことでお互いが、カバーし合うことができるために、技後硬直を気にする必要が無いのだ。

 この場合もそれに当てはまった。ターゲットを緋色からレベッカに移したミノタウロスの背中に合計八回の攻撃が見事に炸裂した。その間、緋色の体はシステムアシストを受けて、連撃破以外の行動が一切取れない。そして、それが終わった直後も技後硬直に襲われて、しばらくは体の自由が利かなかった。

 初めて大きなダメージを与えることに成功したミノタウロスは大きく仰け反って、地に膝をついた。やったか、と緋色が頬を緩めた。その瞬間、ミノタウロスの瞳がぎょろりと動き、緋色を捉えた。

(まず――)

 ターゲットが再び緋色に移行していた。つまり、先ほどの連撃破で仕留めきれなかったのだ。ゆっくりと反転するミノタウロスに対し、緋色の技後硬直はいまだ解けていなかった。このままでは攻撃を躱すこともできない。掠めただけで三割近くの体力を削られる攻撃を直撃してしまったら、どうなるか――その結果は容易に想像でき、緋色の頬を冷や汗が流れた。

 しかし、ミノタウロスの斧が緋色に振り下ろされることはなかった。

風刃エアースラスト!」

 その声が洞窟に響き渡ると同時に、ミノタウロスの動きが止まった。そして、緋色の体を眩い光が包み込んだ。

 その光が示すのはレベルアップ――つまり、緋色とレベッカはミノタウロスに勝利したことを告げていた。

 技後硬直が解けたと同時に、ミノタウロスのポリゴンが割れたガラスのように霧散していく。そこに残されたドロップアイテムを確認して、緋色は後ろを振り返った。

 最後のトドメを刺したレベッカがいまだ術を放った時の格好のまま立ち尽くしていた。

「ごめん、助かったよ」

 緋色の満面の笑みに対し、レベッカは呆れたようにため息をついた。

「油断するからよ」

「油断はしてないんだけどなぁ……」

 緋色は恥ずかしげに頭を掻いた。そして、彼はアイテムウィンドウの内容物を確認しながら言う。

「とりあえずボスも倒せたし、回復アイテムも残り少ないし……とりあえず、出ようか」

 緋色の提案にレベッカは静かに頷く。緋色が前、レベッカが後衛の陣形のまま二人はダンジョンの出口を目指した。

 地図を確認しながら進む二人。途中、何度か敵に遭遇したが、主に緋色が撃退して進んでいた。それも、やはり彼のレベルアップのためだった。

「あと、どれぐらいかな?」

 地図を見ることなく、周辺警戒を続けながら進む緋色が言う。

「もうすぐ……ほら、あそこ」

 地図から目を離し、レベッカの見つめる先に僅かに光が差し込んでいた。それを見るや否や、緋色の顔に安堵の色が浮かんだ。

「油断」

「わ、分かってるって!」

 焦る緋色にジト目を向けながら、レベッカは小さくため息をつく。油断さえなければ、優秀な前衛なのに……とは口には出さなかった。それを言ってしまえば、それこそ調子に乗せてしまいそうな気がしたからだ。

 そんなレベッカの心配を他所に、緋色は出口が見えた途端、急に元気になった。

「ほら、早く!」

 レベッカの腕を引き、走り出す緋色。必然的にレベッカも走ることになる。少しバランスを崩しそうになったが、何とか体勢を整えて緋色の後に続くが――

「こうした方が早いか?」

 言うや否や、緋色はレベッカを抱えて走り出す。いわゆるお姫様抱っこだ。

「きゃっ! ちょ、ちょ――」

「行くよー!」

 レベッカの言葉を聞くことなく、緋色は地を蹴った。その小さな体躯にどれほどの力を秘めているのか――緋色はレベッカを抱えながらも、一瞬で加速して光の中に飛び込んでいった。

 そして二人の視界が開ける。強い日差しに痛みを感じ、緋色は目を細めた。

「いい加減下ろしてくれない?」

「あ、ごめん」

 レベッカの不機嫌そうな声を聞き、緋色は彼女を解放した。

「まったく……もし敵に遭遇してたら、どうしてたの?」

「逃げれば問題ないよ」

 迷いなく言う緋色は目の前に広がる広大な台地を眺めていた。先ほどの洞窟と違って、生命力溢れる新緑が世界を覆う。新鮮な空気を肺一杯に吸い込むと、思わず緋色は微笑んだ。

「本当にゲームの世界だとは思えないよね」

「ん、何をいまさら」

 レベッカはさらりと流す。どこか不機嫌そうに見えるのは、精神的に幼さを残す緋色でも分かった。

「ごめんて、次から油断しないようにするからさ」

 謝る緋色にレベッカは答えない。その代わりに小さなため息でもって応えた。

 この子とパーティを組むようになってから、ため息をつくことが多くなったような気がする。しかし、それは緋色が不快だと思っているわけではない。日ごろから危なっかしい行動を取る緋色だが、最終的に無事であることに、ついつい安堵のため息が漏れてくるのだ。

 もう少し慎重になってもらいたい――レベッカはそう思うけど、緋色はそれに答えても、行動が伴うことはなかった。

 死んでしまったら、そこでお仕舞い――ここはそういう世界だ。

 しかし、それは実際に死ぬという意味ではない。彼らがいるのは現実の世界ではなく、多人数同時参加型オンラインRPG――ロスト アースの世界だからだ。

 ただ他のゲームの世界と違うのは、一度死んでしまったら、そのキャラクターデータが消えてしまうことにある。育ててきた経験値、積み上げてきたスキルレベル、集めた装備品――それらの全てが無駄になってしまう。だから、レベッカは毎度、緋色の行動に冷や汗を流す羽目になっているのだ。

 そんなレベッカの心配を露知らず、緋色は新鮮な空気を肺一杯に吸い込んで、堪能していた。バーチャルリアリティシステムによるフルダイブ――簡単に言えば、精神体をゲームの世界にぶち込んむような形式のゲームで、ここ数年で一気に世界に浸透していった。そのお陰で、この世界で見るもの、触るもの、また匂い、音、味覚でさえ全てが濃厚な感覚をプレイヤーにもたらすのであった。

「それにしても……テスト期間で随分とレベル離されちゃったなぁ」

 先ほどとは一変して、少し落ち込んだ声色で緋色が嘆く。

 現実の世界では、いまだ義務教育中の緋色――夏休みの前と言えば、恒例の定期テストがあったのだ。

 その間に緋色とレベッカのレベルは二十ほど開いていた。現在、緋色はレベル四十後半、レベッカにいたっては六十後半まで伸びていた。ほんの二週間ほど前まで同じレベルだったとは思えない差に、緋色は愕然としていた。

「たった二週間で、ここまで差がつくとは……」

「うふ、大学生の特権よ」

 口を尖らせる緋色に、意地悪げに笑みながらレベッカは言った。

「ちゃんと勉強しなよ、大学生」

「ひーは大学生と言うものを誤解してはいませんか?」

 先ほどの仕返しか、少し得意げにレベッカは微笑みながら続けて言う。

「大学とは最小限の力で単位を取得し、最大限に遊ぶ場所なのです」

 力説するレベッカにやや冷ややかな視線を向けながら、緋色は思う。日本の行く先が心配だ、と。

「何か失礼なことを考えていませんでしたか?」

「ううん、別に」

 レベッカの鋭い視線をさらりと受け流して、緋色は冷や汗を拭った。

「とりあえず、町に帰ろう。アイテムの換金とか、ささっと済ませちゃおう」

 無理やり話題を逸らして、緋色はアイテムウィンドウを開く。そこにはいくらかのアイテムが表示されていたが、迷うことなく一つのアイテムを指先で触れた。それは一度、訪れたことのある町なら、どこへでも飛んでいけるという便利な移動アイテムだった。しかし、ダンジョン内などの一部のマップでは使えないという制約もあった。

「どこに飛ぶの?」

「港町リース」

 緋色は簡潔に答える。それにレベッカも頷きながら、アイテムウィンドウを操作する。その瞬間、二人の姿が淡い光に包まれて、次の瞬間には消え去った。

 そして、二人は港町リースへと移動していた。潮の香りが漂う、貿易の町だ。潮風で風化しないよう、レンガ造りの建物が多く、観光地として人気を博しそうな町並みだった。

 やはり貿易の力が大きいのか、そこそこ大きく発展した町で、外の大陸からの交易品などが多数並び、店舗数もかなり多かった。そのため、手に入れたアイテムの売買もたやすく行うことができた。

 そのため、緋色とレベッカはこの町を中心に、活動に励んでいた。今回の戦闘で手に入れたドロップアイテムを換金するために、この町へ飛んだのだ。

 しかし――

「思ったより、高くなかったね」

 換金を終え、路地裏を歩く緋色――その声は落胆の色が濃い。それに対し、レベッカは苦笑で答える。

「もう、あのレベルのボスは結構な数を狩猟されちゃってるからね」

「うーん、時代に取り残された気分だよ……」

 たった二週間程度で大げさな、と思いながらもレベッカは口に出すことはなかった。

 しかし、たった二週間と言えど、大きなアップデートの後はそのような気分に陥ることもあった。それほどネットゲームとは時の流れが早いものなのだ。

「でも、このままじゃあのダンジョンで狩り続けられないなぁ。いつか資金が尽きちゃうよ」

「なら、もう少しレベルの低いダンジョンにする?」

 レベッカの提案に、緋色は首を横に振った。

「そんなことしてたら、いつまで経ってもレベッカに追いつけないよ」

 別に追いつかなくても――と言おうとしたが、レベッカは口を噤んだ。負けず嫌いの緋色にそんなことを言えば、どんな顔をされるか分からない。それが少し怖かったのだ。

 しかし、そんな意地っ張りな緋色が少し可愛いと思えるのは、レベッカに余裕があるからだろう。自然と彼女は微笑むのであった。

「な、何?」

 突然、微笑んだレベッカに緋色は尋ねた。しかし、レベッカは微笑んだまま、首を横に振るだけであった。

「そんなことより、どうするの? このままじゃ資金が足りないんでしょう?」

「うーん……まぁね」

 腕を組みながら緋色は唸った。

「とりあえず、今ある資金でできるだけ戦ってみて、それで追いつかなくなってきてから考えるよ」

「身動き取れなくなる前に、何とかしなさいよ?」

 レベッカの忠告に、緋色は「分かった」と元気よく返事を返すが、どこまで信用していいものか――やはり頭を抱えるのはレベッカの役目になるようだ。

「よし、換金も済ませたし、もう少しだけ手伝ってもらっていいかな?」

「ごめん、今日は昼から大学行かないとダメなんだ」

「あ、そっか……なら、今日はここまでだね。お疲れ様、ありがとう!」

「いえいえ、お疲れ様。またね」

 レベッカがひらりと手を振ると、彼女の体は一瞬にして消え去った。それを見送って、緋色は小さくため息をついた。

 そして緋色の視線の方角に数キロ進めば、先ほど出てきたばかりのダンジョンの入り口がある。そして手持ちの残金と預金の残高を確認しながら、先ほど換金を済ませた商店に戻り、回復アイテムを大量に購入した。

 もう少しだけ頑張ってみよう――緋色の瞳に決意の色がきざす。大地を踏む足取りは力強く、ダンジョンへと向かう。それは、やはりレベッカとのレベル差を埋めるためであった。今日の戦いを思い出しても、やはりレベッカのフォローがなければ、ミノタウロスすら倒せていなかっただろう。

 緋色は奥歯を噛み締めた。すると、ぎりと歯が鳴る音がリアルに再現される。彼がこの世界にのめり込んで半年ほど経つが、この感覚の再現力には未だに舌を巻く思いだった。一体、どういう仕組みで、これほどリアルな感覚を再現するに至ったのか、緋色には分からない。しかし、この技術のお陰で、仮想空間を精一杯満喫できることを思うと、仕組みのことなんて些細なことに思えた。

 さて、と一息だけ吐いた緋色の目の前に、先ほどのダンジョンがぽっかりと口を開いて待っていた。そこに迷いなく踏み込み、彼は抜刀する。レベッカと二人で進んだときより、慎重な足取りで周囲を警戒しながら、奥へと進む。ダンジョン内部を照らすために一定の間隔を置いて設置されている松明が遠くで揺れただけでも、機敏に反応を示した。

 少し慎重になりすぎているかもしれない――そう思うが、緋色は警戒を解くことはなかった。二人、三人といれば、先ほどのようにどんなダンジョンだって明るく振舞い、皆で楽しく進むことができただろう。しかし、一人になると、言い知れぬ緊張感と圧力が緋色の体を縛る。

 それはデスペナルティの大きさから来るものだろう。レベルアップを目指して、ダンジョンに踏み込んだのに、死んでしまえば本末転倒でしかない。

 それでも緋色は進む――飲み下す唾の音すら、鮮明に聞き取るほどまで集中力を高めながら。そして闇に呑まれるように、彼の姿はダンジョンの奥へと消えていった。

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