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第九話 当て馬令嬢の最後の矜持



 来る舞踏会当日。

 舞踏会開始は午後の授業開始時刻からで、午前中は皆、準備の時間としてあてられている。そのため、寮生もほとんどが前日に実家に帰り、支度を整えて登校してくるのだが……


 寮の門前。大小様々な道具箱を手に持ち、公爵家の馬車から降りてきた侍女服の女性、総勢四名。


 もうね、驚かなかった。前日になってもアルフレッドがドレスを渡してこないから、薄々こうなることは予想していた。

 だから逆らうことなく、念のために予約していた寮の面会室を借り、支度にかかる。

 するとどうだろう。私は四人の手によって驚くべき大変身を遂げた。これはかなりすごい……と鏡の前で自画自賛していた私なのだが。


 最後の仕上げといってつけられたネックレスとイヤリングで、見事に顔面蒼白となった。



 門前で侍女さんたちと入れ替わるように登場したアルフレッドは、息をのむほどに美しく素直にかっこよかった。


 いつもおろしている前髪を上げてきっちりと整えられた髪型に、体のラインにそったグレースーツがスタイルの良さも足の長さも強調して、まるでこれが正解の着こなしなのだと知らしめるようである。それに元から優れた容姿も今日は特に肌艶が良く、指先まで洗練された気品溢れる佇まいは文句のつけようがなかった。

 完璧。むしろ現実味がないくらい。これはもう、誰が見ても百点満点。


 そんな彼を前に、私はただただ涙目で立っていることしかできない。


 というのも、私は自身にかけられた総額を想像して、一歩も踏み出せないくらいに膝が震えているのだ。門の前に来るまでも、侍女さんに手を取ってもらってやっと移動できた。

 それなのに元凶たりうるこの男は、可愛いからもっとよく見せて、なんて過酷な要求をしてくる。今ばかりは本気で公爵子息が憎らしかった。


「無理! 動けない!」

「大丈夫大丈夫。ほら、体の力を抜いて」

「誰のせいでこんなことになったと思ってるのよ!」

「怒られても反省しないよ。だって今日のリズ、すごく可愛いもん。いつも可愛いけど今日は特別。本当に妖精みたい。どれも最高に似合ってる。これを選んだ俺、天才」


 あなた試験で満点とっても自分を天才なんて言わないじゃない、という言葉はカスカスの音でしか出てこない。小鹿のような私は侍女からアルフレッドへと手渡され、がっちりとアルフレッドに腰を抱かれる。

 揺れる度にキラキラと煌めくイヤリングも、首元で燦然と輝くネックレスもペリドットときた。しかもドレスは私が試着した時より刺繍や装飾が増え、髪の毛は三つ編みに花や飾りが差し込まれたりで……

 ドレスだけ、と思っていたところに、倍なんてものじゃない加算額に震えない貧乏貴族はいないわよ! とアルフレッドの腕を叩く。


「痛い痛い。もう、せっかく可愛いんだからそんなに怒らないで」

「こんなに高価なもの、私に贈ってどうするのよ……!」

「こんなに可愛いリズが見れたんだから、お金なんて実質かかっていないようなものだよ」

「やめて! 余計に金額を聞くのが恐くなるから!」

「だから大丈夫だって。心配しないで。けっこうサービスしてもらったし」


 ……当て馬の対価にしてはドレスだけでも十分すぎるほどなのに。これは将来、出世払いで返金するしかない。


「……ちゃんと返すからね」

「え、気に入らなかった?」

「どれもすっごく素敵よ! 私もこんなに自分を可愛いと思ったことない! 今日が一番可愛い! ありがとう!」


 もうヤケクソである。

 涙目で叫んだ私に、アルフレッドはふきだした。そしてふきだしついでに、ちゅっと額にキスを一つ。


「今日のリズ、本当に可愛い。連れて帰りたい」

「何言ってるの」

「ねぇ、ところで俺はどう? かっこいい?」

「すごくかっこいい」

「んえっ」

「何、その鳴き声」

「いきなり言ってくるから……」

「あなたが聞いてきたんでしょう?」

「それはそうだけど」

「今日のあなたを見て、かっこ悪いと言う人は私の感性の真逆にいる人ね。私の中ではこれまで見た人の中で一番かっこいいし、アルフこそ童話に出てくるエルフみたいに神秘的で素敵だわ」


 先ほどのお返しとばかりに称賛すれば、無言になったアルフレッドに静かに抱きしめられた。


「ちょっ、いきなりどうしたの!? 仲直りするようなことでもないでしょ」

「うん。そうだけど。ごめん。ちょっとだけ」


 ドレスや髪飾りを潰さない程度に私を抱きしめるアルフレッドが、その後も何か呟いたがよく聞き取れず、とりあえず彼の気が済むまでは好きにさせた。


 ……きっと先生のドレス姿が楽しみなのだろう。最終学年の私たちにとっては、舞踏会はこれが最後だから。



 舞踏会は学園のホールで行われる。

 元々、この行事を開催するために建てられたらしく、普段の授業では場所が余っているくらいに広い。それが全校生徒集まっての会場となると、かなり圧巻の光景だ。

 緊張しながらも無事に受付を済ませ、アルフレッドとともに会場入りした私だったが、入ってすぐにメアリや友人たちに会い、驚くほどに褒めちぎられた。そこにアルフレッドまで参戦してくるものだから、照れくささが頂点まで達し、私は早々に彼を引っ張って会場の端へと移動する。


「残念。リズの友達ともっと仲良くなれそうだったのに」

「結託の間違いでしょう。褒めすぎ。そんなに褒めても何も出ないわよ」

「リズがいるだけで最高なのに、これ以上何もいらないよ」

「……どこの吟遊詩人の詩よ」

「あなたの恋人の、アルフレッド・フォルタンの本音ですよ」


 自然な仕草で右手を取られ、手の甲に唇を押し当てられる。

 気障ったらしいその仕草は、アルフレッドらしくなくてちょっとむずがゆい。そう思っているとすぐに集合時刻となり、学園長の挨拶の後、舞踏会の開始が告げられた。


「早速、真ん中に行く? メアリ嬢たちも出てきてるよ」


 フロアの中心を見ると、友人たちが続々と前に出ていた。皆、幸せそうに自身の婚約者と目を合わせ、微笑み合っている。

 ただ……私が探している人の姿は近くにない。これは踊りながら探すしかないな、と思い、アルフレッドに返事をする前に一度だけ深呼吸をした。


 ここにいる意味を思い出し、覚悟を決めて、アルフレッドを舞台へと誘う。


「私たちも、踊りましょうか」


 中央部に行き、音楽をしっかりと聴いて呼吸を合わせてステップを踏む。


 アルフレッドと踊りながらも……私はマリユス先生を探し続けた。



 二曲目の途中でようやく、紺色のスーツを身にまとい、優雅に女子生徒と踊るマリユス先生を見つけた。よし、と心の中でガッツポーズを決めた私は、落ち着いてダンスができるようになった。

 するとそのタイミングで、リズ、と小声で呼ばれる。顔を上げると、何とも言えない表情をしたアルフレッドが私を見つめていた。


「やっと目が合った」

「やっと?」

「踊り始めた時からずっと、目が合ってなかったから。何を考えていたの?」

「……悪いようにはしないから、安心して」

「それ、レナートにも言ってたよね?」

「私を信じて」

「信じてるけどさぁ……」


 アルフレッドのため息を聞き流したところで、ちょうど二曲目が終わった。


 ……私の役目は、ここまでだ。


「リズ、一回休憩を──」

「アルフ、行ってらっしゃい」


 握られていた手を離し、彼の胸へと当ててそっと押す。


「今がチャンスよ」


 彼の背後。

 マリユス先生のパートナーも、休憩を取るためか先生から離れたところだった。私が押したところでビクともしないアルフレッドだが、後ろをちらりと確認すると、一瞬ピクッと眉が動く。


 ……ほら、やっぱり。

 視界に入れば即座に意識するほど、アルフレッドは先生が好きなんだわ。


 目の前でその確証が得られて……迷うことなく彼を送り出すことができると思った。


「私のことは気にしないで。あなたが心から求めている人と、踊ってきて」


 声を震わせずに言いきったのは、私のプライドだ。そして自ら笑えたことは、成長の証しだ。

 アルフレッドは私に良い人でいてくれたから、背中を押そうと思えた。だから早く、行ってほしい。


 彼の胸に当てていた手を離そうとした瞬間、手首を掴まれる。その力が思いの外強く、思わず顔をしかめた。


「アルフ、何──」

「リズは、それでいいの?」

「え?」

「リズは、俺が他の人のところに行っても、いいの?」

「……だって、そういう話でしょう?」

「どういう話?」

「私とあなたは……っ」


 皆まで言う前に、堪えきれず目に涙が滲んだが、アルフレッドは踵を返すと私の手を引っ張って会場の出入り口へと進み始める。


 これでは、先生がどんどん遠ざかってしまう。


「アルフ、待って! まだ……っ!」

「黙ってて。これ以上変なこと言ったら、今すぐキスしてでも黙らせるよ」


 物騒すぎる発言に絶句している間に、私はホールから連れ出されてしまった。



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