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第八話 想像した姿はあまりにお似合いだった



 ねぇ、と話しかけたのは私からだ。


「そろそろどこに行くのか教えてくれない?」

「内緒。あ、見て、リズ。あそこ、ミモザが綺麗だよ」


 はぐらかされること三度。

 私たちは現在、公爵家の馬車に乗って目的地へと向かっている。

 ……とは言っても、先ほどのように頑なに目的地は明かされないため、その度に別の話題に発展している。アルフレッドのことを少し分かってきた気でいたが、今日の彼の意図はまったくもって分からなかった。


「今日の三つ編みの間にあの花を挿したら、ミモザの妖精みたいに可愛いだろうね」

「……三つ編み、もう崩れちゃってるけど」

「そう? ゆるっとしてるのも可愛いよ」


 そしてこれまたなぜか、やたらと可愛いと言ってくる。あまりにさらっと言うので本心ではないのだろうが、言われ慣れていない私はその度に動揺してしまう。

 今もぐっと耐えて、揺れ動く心情を彼に悟られないように窓の外を眺めた。


 通り過ぎゆく麗らかな街並みを楽しみたいし、馬車の揺れより速まる心臓を抑えたいのに、普段より甘い雰囲気をまとわせるアルフレッドによって全然落ち着いてはくれない。今日はどうしたの、と聞くか聞くまいかしばらく悩んでいると、ようやく馬車が速度を落とし始め、目的地に到着したようだった。


 そしてアルフレッドにエスコートされて降り立ったのは、ドレス店の前。気品溢れる店構えに気後れするが、ぐいぐいと背中を押されて入店する。


「いらっしゃいませ、アルフレッド坊ちゃん」


 一歩踏み入れてすぐ、上品で優しげな老婦人に迎えられた。彼女はこの店の主人で、フォルタン公爵家と長い付き合いのある仕立屋らしい。ロウスとお呼びください、と恭しく頭を下げられ、私は萎縮しつつもお辞儀を返す。


「こちらのお嬢様が本日のお客様ですね?」

「そう。何着か見繕ってほしい」

「お任せください」


 さも当然かのようにロウスさんは引き受けるが、私は2人の会話で混乱状態に陥り、恐る恐るアルフレッドを見上げた。


「アルフ、見繕うって何?」

「舞踏会用のドレス。リズのに合わせて俺も選ぶから、二人分」

「待って、私こんなに素敵なドレスを買うお金なんて──」

「そこは心配しなくていいよ。俺からのプレゼントだから」


 あっけらかんと言ってのけるアルフレッドを、だめよ! と強く制した。


「こんな高価なもの、もらえないわ!」

「ここは安価なドレスも取り扱ってるし、恋人への贈り物としては妥当でしょ」


 開いた口がふさがらないとは、まさにこのことだ。


 ゆくゆく捨てる私に、そんな投資するなんて! せっかく贈るなら、ちゃんと想い人に贈るべきよ。


 そう言ってやりたいがロウスさんの前では口にできない。

 これはどうしたものかと私が悶々と悩んでいる間に、アルフレッドはさっさと入り口付近にあるソファに一人で座ってしまう。

 嫌味なくらい優雅なアルフレッドの態度に、ドレスの購入は断れないのだと察し、彼には聞こえないような小声でロウスさんへと話しかけた。


「申し訳ございません。お金は自分で出しますので、一番安価なものをお願いできますか?」

「こちらこそ申し訳ございません。お代は既にアルフレッド坊ちゃんからいただいておりますので、その値段に応じたものをご提供させていただきます」

「えっ……どういうことですか?」

「どうしてもあなたにドレスを贈りたいからと、事前にお話を伺っております。坊ちゃんが私どもにこのようなお願いをされるのは初めてですので、どうぞ、坊ちゃんのお気持ちを受け取ってはいただけませんか?」


 ……ロウスさんにまでそんなふうに言われると、拒否などできるはずもない。

 私は諦めの境地でドレス合わせに挑み、アルフレッドが一番可愛い、と太鼓判を押した若草色のドレスをプレゼントされることが決まった。



 ドレスはサイズ調整が必要となったので、後日、アルフレッドが取りに来ることで話はまとまった。そうして慣れない試着に少々の疲労を感じていると、私の不調を察したアルフレッドから、先に馬車に戻っておくかと尋ねられる。彼はもう少しロウスさんと話をしなければならなかったため、お言葉に甘えて戻ることを選んだ。


 一人きりになった馬車の中。ぽつりと呟いたのは、つい先ほど目の前で起きた現実。


「……本当に、プレゼントされちゃった」


 当て馬に贈るにしてはお金をかけられすぎていて、貧乏貴族に片足を突っ込んでいた身としては少々怖いくらいだ。しかも彼は、『このドレスに合う色味のスーツ一式、お願いね』なんて依頼で、自身のスーツを終わせた。


 私に合わせてどうするの? 本当に踊りたいのはマリユス先生でしょう? まさか先生も緑のドレスを?

 と、聞きたいところをどうにかのみこんで、今に至る。


 今日のアルフレッドは、本当にどうしたのだろう。朝から様子がおかしい。いつもの倍、言動も雰囲気も甘すぎる。

 これが学園内であればきっと、アルフレッドもよくやるなぁ、くらいにしか思わなかった。しかしここは学園の外。二人きりで、誰が見ているでもない。

 見せつける相手もいないのに、ここまでする真意を探って……


「……だめ。だめよ、リズウェル。落ち着きなさい。自惚れちゃだめ。私は当て馬だから、ここまでしてくれているのよ」


 顔を両手で覆い、自身に言い聞かせた後に深いため息が続く。

 ダンスパートナーの一件から、私自身もおかしくなってしまった。あの、息が苦しくなるような抱擁がいけなかった。


 どれだけ消そうとしても、あの日から彼の言動が本気であればいいのに、と淡くて愚かな期待が胸の内に生まれてしまうのだ。


 こんなの絶対良くないのに。

 私は本命までの繋ぎで、いつか離れていかなきゃいけないのに。彼に惹かれているだなんて、気づいてはいけないのに。


「アルフは……何を考えているのかしら?」


 結局、行き着く先はそこだ。

 昨晩もずっと考えてはいたが、生憎答えは出なかった。


 ……答えが出なかったのに、いつもと違う髪型をしていけばアルフレッドは何か反応してくれるかな、なんて。大いに期待して、可愛いと言われて喜んでいるのだからどうしようもない。

 彼が褒めてくれた三つ編みを撫で、小さなため息を一つ。これ以上、私だけではどうにもならないことを考えるのはやめて、しっかり休憩しようと窓の外へと目をやった。



 ……そこで私は、やはり自分はそういう立場であるという現実を突きつけられた。



 窓の向こう。爽やかな風が木々の葉を揺らす街道を、颯爽と歩く一人の女性。真っ直ぐ前を見て歩いているだけなのに、あまりに美しく気高い姿に、通りがかる人々は目を奪われている。


 一目見ただけでは、誰だか分からなかった。普段の服装と違いすぎたから。

 ただ髪色や長さ、そして彼女のまとう雰囲気でその人が誰なのか、分かってしまった。


「マリユス、先生?」


 その名前がぽつりとこぼれたけれど、否定も肯定もする人はここにいない。ただ、鮮やかな赤色のドレスが目に焼き付き、私の中で生まれかけていた淡い期待を灰にしていく。

 迷いのない足取りでロウスさんの店へと入っていったマリユス先生を見つめ、苦笑しながら馬車の背もたれへと背中を預けた。


「……何よ、私にドレスを贈ることが目的じゃなかったのね」


 いつの間に誘っていたのか。私にあれやこれやと試着させたのは、彼女の来店時間に合わせるためか。

 もしかすると、アルフレッドは店内での鉢合わせを狙っていたのかもしれない。それなら……予定外のことになって、申し訳なかったかな。

 今頃二人は店内で会って、ドレスの確認をしているのだろうか。マリユス先生のことだから、どんな色でも素敵だろうし、アルフレッドの隣でだって全然見劣りしない。


 二人が並び立つ姿を想像して……自然とこれで良かったんだと思えた。

 だって、これが正解なのだから。ここで自身の立ち位置を見直せたことは、なんとも素晴らしいタイミングだった。


 本気で彼の心を願う前で良かった。

 好きだと言葉にする前で良かった。


 きっとここ数日の、浮ついた気持ちを引き締めるための一日だったのだ。


「もー……用意周到なんだから。最初から言ってくれれば、あんなにお店で狼狽えなかったのに」


 ドレスのプレゼントを思えば、やはり私にまでお金を使うことはないだろうとも思うが、そこまでしてでも、アルフレッドは彼女を手に入れたいのだろう。

 彼の一途な健気さに、目の奥がツンとして、それ以上は口を噤む。涙が溢れないことに安心して天井を見上げ、もう何も考えないようにした。


 そうしていると、ほどなくしてアルフレッドが馬車へと戻ってきた。乗り込んでくるなり、手に持って来た薄手のブランケットを私の膝にかけ、大丈夫? と優しく尋ねてくる。

 覗き込んできた琥珀色の瞳からは心配がありありと伝わってくるから、少し切なくなった。


「大丈夫。ごめんね、心配をかけて」


 私が答えると、アルフレッドはほっとしたように微笑む。


「良かった。気分が治ってなかったら、かかりつけ医のところに連れて行こうと思ってた」

「随分と良くなったから、もう心配いらないわ。このブランケット、わざわざ買ってくれたんじゃない?」

「ドレスのおまけだから。というより、俺の初デート祝いに最初から用意されてた」


 助かったよ、と言ってアルフレッドはいつもより静かな動作で私の隣に腰を落ち着けた。振動すら出さないようにしているのは、きっと私を気遣ってだ。

 そんな彼の優しさに触れると、途端に胸が締めつけられるように痛む。それを誤魔化すために、私は努めて明るい声を出し、今日のお礼を伝えた。


「ドレス、本当にありがとう。あんなに素敵なドレスは初めてだから、当日がすごく楽しみ」

「本当に? あのさ……前の婚約者に、ドレスを贈られたことってあったの?」

「なかったわ。お祝いの日は花かお菓子だったから……今考えると、どうせ婚約解消するんだから、物を残させるつもりがなかったのね」


 苦笑気味に言うと、アルフレッドは私の手を握って良かった、とぽつりとこぼす。


「俺が初めて、リズにドレスを贈った男?」

「厳密に言うなら父だけど」

「家族はカウントしないで」

「そうね。それなら、アルフが初め──」


 て、と言いきるのと、アルフレッドの唇が私の額に当たるのはほぼ同時だった。

 柔らかな感触にしばし呆ける私を前に、唇を離したアルフレッドは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……どうしてあなたがそんな顔をするのよ」


 額を手で押さえながらじとっと睨むと、彼は自身の口を手で覆う。


「ごめん。間違えた」


 ……間違えた、というのは相手を、ということだろう。店内でマリユス先生と会ったことで高揚したということか。

 それを私にぶつけるのは勘弁してほしいが、既に反省しているようなので軽く注意だけはしておく。


「……気をつけて」

「気をつけたら、またしてもいいの?」

「気をつけた上での再犯なら、容赦なく引っ叩くわよ」

「じゃあ気をつけずにまたする」


 どういうこと? と尋ねると、額を押さえていた指に性懲りもなくキスをしてきたので、調子に乗るな、とデコピンをお見舞いしてやった。

 アルフレッドが楽しそうに笑うものだから、私もつられて笑った。

 ……つられて笑えて、良かったと思った。



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