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第七話 仲直りの仕方は家それぞれ



 アルフレッドにがっちりと肩を抱かれ、いの一番に向かったのはマリユス先生の元。先生にダンスパートナーの変更を伝え、私のパートナーにはアルフレッドの名前を書き直し、受理されたらすぐまた移動。

 そして腰を据えたのは。


「どうして馬車なの……?」

「二人きりになれるところで、他の人に聞かれないってなったらここでしょ?」

「……それはそうね」


 アルフレッドが普段通学に使っているフォルタン公爵家の馬車である。さすが公爵家の持ち物だ。馬車の椅子だというのにものすごく座り心地の良いクッションで、快適そのもの。

 しかしそこに感動している暇などなく、車内はピリッとした空気に包まれ、私の肩にも力が入っていた。


 いつもだったら横並びに座りたがるアルフレッドが、正面にいる。長い脚を組んで膝に肘を乗せ、指先で顎を支える様は尋問官かと思うほどに迫力があった。

 きっとこんな状況じゃなければ、アルフレッドってふとした時にすごく美しい佇まいをするのよね、とか。まるで絵画みたいに綺麗な姿だわ、とか。この時間を楽しめたと思う。


 けれども一切そんな気の緩んだ発言が許される雰囲気ではなく、私は揃えた膝に乗せた自身の両手をぎゅっと握った。そんな私に、アルフレッドの冷徹な声が振り注ぐ。


「どうして俺の名前を書いてくれなかったの?」

「……すっかり抜け落ちていたの。いつもマリユス先生にお願いしているし、去年、先生が次も私のパートナーをしてくれると言ってくださったから」

「そう。で、それじゃあどうして、俺だと訂正しようとしなかったの?」

「それは……」

「訂正しない上に、レナートを使って俺を足止めして、俺と他の人を踊らせようとしたのは、何で?」


 聞き方もアルフレッドから向けられる視線の圧も強く、逃れるために目を伏せた。


 こんなにも怒っているアルフレッドは初めて見た。

 何が彼の逆鱗に触れたのか考えてみるが……正直、これだ、と確信を持てる答えが出ない。


 だから何も言えずに黙っていたのだが、そんな私にアルフレッドが信じられない言葉を投げつけてきた。


「……そうやって勝手に人の幸せを決めるから、前の婚約者と続かなかったんじゃないの?」

「……は?」

「リズの中で勝手に正解を決めて、それが相手の幸せだと思い込んで行動してきたんじゃないの?」

「何を……」


 アルフレッドの言葉に、血の気が引いていく。しかし指先には力が入って、拳を握った手のひらに爪が食い込んだ。


 その痛みで……どうにか冷静さを保っていた。

 そうでなければ、私は今すぐにでもアルフレッドを引っ叩いていたと思う。


 ……本当に、最悪だ。

 彼には過去に婚約者がいたことは話してある。相手方の都合で婚約解消せざるを得なくなった、という説明をしていたが、彼の中では私に非があってそうなった、と言いたいのだろう。

 私がどんな思いで、あの婚約解消を受け入れたのか、何にも知らないくせに……!


 そう思うと、今度は頭に血がのぼった。興奮したみたいに息が荒くなり、下唇を噛みしめる。


 元はと言えば……アルフレッドだって自分の幸せのために、私を当て馬として使おうとしているではないか。

 考えれば考えるほど、悔しさとともに惨めさが込み上げる。


 やはり貴族の子息になど、関わらなければ良かった。彼らにとって私のような立場の低い者は、使い捨ての駒みたいなものだ。

 どんな扱いをしたっていい。きっとそう思われている。


 ……もう無理だ。この人とはもう、続けられない。

 呼吸を抑え、胸に手を当てて深く息を吸い込む。


 アルフレッドにこの関係は終わりにすると告げて、ここから出よう。そして彼と出会う前の生活に戻る。

 心の平穏を守るには、そうするしかない。

 

 一つ決意をして、勢いよく顔を上げたのだが……


 目の前のアルフレッドは、私よりずっと苦しそうに眉を寄せて、私の答えをひたすらに待っていた。


「アルフ……?」

「……否定してよ」

「え?」

「否定してくれないの? 前の婚約者と、俺は違うって」


 そっと伸びてきた手が、固く握る私の手に重なる。熱い指先が甲を撫で、きつく握る指を解いていく。

 すべての指の力が抜けるといつものように手を繋いで、アルフレッドはもう一度、否定して、とぽつりと言った。


 その姿とあまりに弱々しい声色に、私は彼がこうなった理由を勘違いしていたのかもしれないと悟る。


「アルフ……もしかして、落ち込んでいるの?」

「……恋人が自分の存在を忘れていただけでも辛いのに……それで他の男を頼って、他の女の人に押しつけられようとしていたって知って、落ち込まないやつなんている?」

「うっ……それは…………その、ごめんなさい」


 言語化されると”恋人“という立場では確かにありえない、まるでクズの所業だ。

 それを真っ向から突きつけられ狼狽える私の隣に、アルフレッドが移動してくる。彼はぴったりとくっついて座ると、まるで捨てられた子犬のような眼差しで私を覗き込んできた。

 逸らすことのできない視線が絡み合えば、そこから私たちの関係を一つ一つ確認するかのような問いかけが始まる。


「リズ、俺はリズの恋人でしょ?」

「そ、そう……恋人」

「恋人だったら、俺のパートナーはリズじゃないとおかしいよね?」

「おかしい、と思うわ」

「そもそも、俺はリズが相手じゃないと舞踏会に出る気はないよ。俺がリズ以外とパートナーになって楽しめると思う?」

「……思わない」

「そうでしょ? それにリズの相手も俺以外は許さないからね」

「そ、そうなの……?」

「俺はレナートにだってあんまり近づきすぎないでほしかったのに。今日なんてわざわざ昼休みに会いに行って、俺のことはほったらかしで。挙句の果てには放課後まで俺との時間を削って……浮気じゃないかと疑ったくらいだよ」

「浮気!?」


 そこまで飛躍する発想に驚愕すると、そりゃそうでしょ、と返ってくる。


「恋人以外の男とコソコソ話なんて、浮気以外の何ものでもないよ」


 さも当然、のように言われ、さすがにこれには反論した。


「浮気なんかじゃないわ。そんな最低なことしない」

「本当に?」

「神にだって誓うわ」

「じゃあ信じる。けど、誤解を与えるには十分な行動だったってのは自覚してる?」

「それは……うん、ごめんなさい。軽率だったわ」

「分かってくれたなら良いよ。俺こそ、恐がらせてごめんね」


 謝罪の言葉とともに、アルフレッドがそうっと私を両腕で包み込んだ。これまで時折感じてきた彼の匂いが、鼻先が当たった肩口から香ってくる。


 ……これは所謂、抱擁。というもの?


「アルフ!? 何で抱きしめるの!?」

「我が家では、曾祖父母の時代から仲直りの定番はこれなんだよ」

「……そう、なの?」

「そう。だからこれからもこうやって仲直りしようね」


 ね、と念押しされて、ぎこちなく頷いた。公爵家の定番を私が覚える必要はない気もするが、これでお互いにわだかまりがなくなるのなら……と思ったのも束の間、それはそうと、と話が続く。


「これからはどんな時でも迷うことなく、俺を選んでもらわなきゃだよね。レナートが俺より先に相談を受けたこともそうだし、あんなにも可愛い笑顔が俺以外に向けられたと思うと……やっぱり悔しいもんだね」


 …………今、アルフレッド、可愛いって言った?

 私のこと……じゃないわよね?

 いやでも、文脈からも話の流れからも、可愛いと言われる人物は私しかいない。けれどもなぜ、彼が私を可愛いなどと?


 若干の混乱とともにアルフレッドの言葉を待つと、ぎゅうっと一層強く抱きしめられ、耳元で囁かれた。


「次の休日、デートしよう。朝から迎えに行くね」


 提案であるはずなのに、断ることを許さない圧が一音一音に込められている。私がゆっくりと頷くと、くすっと小さく笑う声がした。


「それと約束を破ったから、明日からしばらく俺の膝の上ね」

「それはごめんなさい! 恥ずかしいから勘弁して!」

「だめ。もしくは膝枕だよ。あ、それか、リズからぴったりくっつくなら──」

「くっつく! 私からくっつくわ!」

「それなら良いよ。ぴったり、だからね」


 くすくすと笑うアルフレッドに、これ以上くっつきようがないわよ……と言ったがまるっと無視をされた。そしてデート前日まで私から彼にくっつかなければならず、『リズウェル様も羞恥心を克服したのですね!』なんてメアリに言われて、顔から火が出るかと思った。



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