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第五話 どうやら余計なお世話だったらしい



 さらに半月が経ち、今のところ不便も不満もない恋人契約であるが……


 なんと! ここにきて大きな進展があった。

 それは私が、アルフレッドの想い人を特定したことだ。

 まだ本人には確認していないが、私の中ではほぼ確定事項である。


 今日は早速。その想い人めがけて単身突撃をかける。


「マリユス先生」

「ヴィガノさん、どうしたの?」

「実は本日の課題に出された部分で、分からないところがありまして……」

「あなたが? 珍しいね。どこの部分?」

「それが課題を机に置いてきてしまって……放課後、教えていただくお時間はありますか?」

「大丈夫よ。放課後になったらあなたの教室に行くから、待っていてくれる?」

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」


 こちらこそ、という言葉とともに肩を優しく撫でてくれたのは、オレリー・マリユス先生。

 伯爵家の出身で、未婚の二十三歳。

 “教育と結婚した女”という伝説な呼び名を持つ彼女は、この学園の卒業生であり、学園長から是非にと請われて教師になった経歴を持つ。教え方も上手、相談事も親身になって聞いてくれる。おまけに生徒たちが何かあった時にすぐ動けるようにと男装しており、それがまたよく似合う。

 すらっと背が高く、肩までの長さで綺麗に切り揃えられたライトブラウンの髪をなびかせて歩く先生は、女子生徒たちの憧れの的だ。 


 そんな彼女がいる・いない場で、アルフレッドの態度が変わることに気づいたのは一週間。教室移動で会うタイミングだ。

 マリユス先生がいない時は手を振ってくるだけで終わることが多いのに、先生がいれば必ず廊下まで出てきて、手を繋いで少しの会話をする。

 この違いに気づいて一週間検証したところ、マリユス先生が彼の想い人で確定した。



 ということで。



 プロの当て馬がお膳立てしようではないか! と意気込み十分に作戦を決行。放課後、図書室に行こうとするアルフレッドを引き留めた。


「今日は教室で勉強しましょう」

「うん、いいよ」


 何も疑問をもつことなく賛同したアルフレッドに、これからあなたへのサプライズがあるのよ、とは言わない。きっと先生が来たら驚きと喜びに満ちた表情をすることだろうと席に着いてからワクワクしながら待っていると、すぐにドアが開く音がした。

 アルフレッドと二人揃ってそちらへと顔を向けると、約束通り、マリユス先生の登場である。


「お待たせ、ヴィガノさん。と……フォルタン君もいたのね」

「……リズ、何で先生が?」

「先生に課題を教えてもらうの」


 あなたのためよ、とは先生の前で言えないが、これは確実に彼の片想いが一歩進むチャンスである。

 こんなにもさり気なく接触をはかれる機会を作った私を褒めてほしいとすら思いつつ、こちらへと来てくれた先生と向かい合って席に座ったところ……


 なんとアルフレッドさん。暴挙に出る。


 私の左側に座っていたアルフレッドが、腕を私の腰へと回して、ぐいと彼の方へと引き寄せてきたのである。体半分くっついてますけど!? という距離に驚いて彼を見上げると、これまたびっくりするくらいに整った顔が目の前にあった。


「ア、アルフ!? 何をしているの!?」

「リズと一緒に勉強しようと思ってるよ?」

「近い!」

「大丈夫。リズは右利きだから文字は書けるでしょ」


 これはさすがにやり過ぎ! と非難したい気持ちを滲ませながら彼の体を押しやるけれど、なぜか反対に縮まる距離。こんなに近くてなぜ縮まるの。何、私たち、このまま重なるの? と半ばパニックになりかけたところで、マリユス先生から助け舟が出された。


「フォルタン君、ふざけるのはやめなさい」

「ふざけてません」

「ヴィガノさんの邪魔をするなら引き剥がすわよ」

「邪魔はしてません」

「どこからどう見ても邪魔よ」

「リズが邪魔とは言ってません」


 そんなやりとりを聞きながらアルフレッドを押し戻していると、心なしか彼の耳が赤いことに気づく。


 ……これはもしや、先生と会話を続けられていることが嬉しいのでは!?


 授業以外で、三往復以上会話が続かない彼のことだ。こんなに長く話したことはなかったのだろう。

 私に引っつくことで先生の気を引き、会話を長引かせようとしている……!?


 そうであるなら、これは私の作戦がハマった結果だ。

 ならば私は当初の目的を果たすのみ!


 息を整え、心を無にして居住まいを正し、先生へと向かい合う。


「先生、取り乱して申し訳ございません。よろしくお願いします」

「大丈夫、ヴィガノさん? 嫌なら嫌と言っていいのよ」

「大丈夫です。彼は今日、薄着だから寒いみたいで。ね?」

「リズにくっつきたいだけだよ」

「寒いみたいです」

「……まぁヴィガノさんがそう言うのなら。フォルタン君、くれぐれもヴィガノさんの邪魔をしないように」

「だからリズは邪魔だとは言ってません」


 言うなり先生から視線を外し、私の横顔ばかりを見つめるアルフレッド。ここにきて照れ隠しとは!なかなか難しいお年頃だ。

 けれども大人しくなったアルフレッドは、それからはなにをすることもなく静かに私のノートを指差す先生の指先を見つめていた。

 私は私で、先生から授業では教われなかったより深いところまで教えてもらい、とても有意義な時間となった。



 楽しい勉強会がちょうど終わったところで、マリユス先生は別の先生に呼ばれて教室を出ていった。お礼も十分に言えなかったので明日言おうと決めた私だったが、アルフレッドは手早く荷物をまとめると、リズ、と左手を差し出す。


 帰る時には手を繋ぐ。既に習慣化したその動作に、私は何の疑問も抱かず、自身の手を重ねたのだが……


 くいっといつもとは違う方向に力がかかって、気づけばアルフレッドに壁際へと追い詰められていた。


「……アルフ? どうしたの?」


 壁に背中をつけた私と、私に覆いかぶさるようにして壁に片手をついたアルフレッド。恐る恐る見上げると、眉間にしわを寄せ、不機嫌極まりない表情に鋭い眼差しで私を見下ろしていた。


「リズはさ、俺と二人でいるのに飽きたの?」

「え? なに、突然」

「先生を呼んだから」


 それはあなたのためを思って、と言うと恩着せがましいと言われかねない雰囲気だった。


「……飽きてはいないわ」

「でもリズならあのくらいの課題、自分でもできたでしょ? それに俺もいるんだから一緒に考えられたんだし、わざわざ先生を呼ばなくても良かったと思うけど」


 的確な指摘に、思わず目を伏せる。アルフレッドの言うことは御尤だ。

 ……けれども、私とてわざと嫌な思いをさせようとやったことではない。むしろ当て馬としての役割を果たそうとして、行動したのだ。

 ただ……世間にはありがた迷惑という言葉もある通り、今日の私の行動は行き過ぎたことだったのかもしれない。彼には彼のペースがある。それを無理矢理進めようとするのは悪手だった。

 自身の至らなさに落ち込み、項垂れた私の頭上からアルフレッドが問いかけてくる。


「本当に、俺に飽きたんじゃないんだね?」


 声には出さず、首を縦に振る。すると数拍置いた後、アルフレッドはじゃあ、と普段の調子で切り出した。


「次に二人の時間に、俺に内緒でわざと誰かを介入させたら、膝の上に座らせるからね」

「…………はい?」


 一言一句聞き逃していないはずなのに意味が理解できず、咄嗟に顔を上げると、アルフレッドはひときわ美しい微笑を浮かべていた。覆いかぶさられ顔には影がかかっているのに、一瞬、きらりと光った金眼に射抜かれる。


「事前に話してくれさえすれば、もちろん良いよ。あくまでも、リズが故意的に俺に内緒で誰かを連れてきたら、だから」

「……故意的、だったら、膝の上に乗るの? 私が?」

「もしくは膝枕にする? それだと俺が寝ちゃいそうだからやめたんだけど」

「そういう問題じゃないわ。そこじゃなくて──」


 反論の途中で、アルフレッドが私の片手をすくい上げ、恭しく感じられるほどゆっくりと唇を掌へと押しつけた。


「……え?」


 その動作がキスであると認識した時にはアルフレッドの唇は離れており、彼は私を見つめ、ほのかに口角を上げる。


「リズには、俺の恋人だっていう自覚をもっと持ってもらわなきゃだからね」


 ……手にキスをされたのは、初めてではない。それこそ元婚約者にだって、されたことがある。

 しかしそれとこれとは、あまりに別物のように感じた。

 その理由は分からない。心臓を射抜くような強く輝く眼差しのせいなのか。耳に残る、少し掠れた声のせいなのか。


 分からないまま、私は壊れた人形のようにコクコクと頷く。頷かなければ、きっと一生、この腕の中から出られない。本能的に、そう感じていた。


「それじゃあ約束ね」

「え、ええ。約束、ね」


 私が了解したことで機嫌を直したアルフレッドは、体を離すと帰宅準備に移った。

 


 ……その夜、寮の自室で一人、ベッドで横になって考えた。

 私の何が、彼をあんなふうにしてしまったのか。


 先生とのことは、私が余計なことをした。これは間違いない。

 そしてまた同じようなことをしたら、膝の上に座らされる、もしくは膝枕。これも間違いない。

 これらを複合して、アルフレッドは何を考えているのかというと……?


 夜更けまで考えても結局答えは出なかった。

 そのため、今後は大人しく彼の意向に従おうという結論に至った。



 翌日、目の下にうっすらと隈を作った私を心配するアルフレッドに、あなたのせいよ、とは言えなかった。

 


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