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最終話 当て馬令嬢と無関心子息の結婚事情



 卒業式を一ヶ月後に控えた晴れやかな休日。ロウスさんの店を訪れた私は、入店した直後に店内にいた男性から名前を呼ばれた。


「リズウェル?」


 慣れない声に視線を向けた先。

 そこにいたのは、二度と会わないと誓っていた人物。


 諸悪の根源、ヘンドリック・カラビ。


 出会った当初は金髪碧眼の王子様と思っていたが……最近、美形を間近で見すぎたせいか、そのような印象は抱かず、年相応の青年という感想だけだった。慣れってすごい。日常化ってこわい。

 はからずも自身の成長を感じたところで、ヘンドリックにはごきげんよう、とだけ挨拶をしてロウスさんの元へと歩を進める。


 適度に距離を取って彼の後ろを通り過ぎた私だったが、腹黒ヘンドリックは私の態度など気にもせず、やけに上機嫌で話しかけてきた。


「水臭いじゃないか。どうしてそんなに他人行儀なんだい?」

「……あなた様とは他人でしかありませんので、普通の態度だと思いますが」

「四年間も婚約者だったんだ。他人とは違うだろう?」

「婚約者だった、のですから、他人で間違いありませんわ。申し訳ございませんが、この後用事がありますので長居はでき──」

「まぁ、待ってくれたまえ。聞いたよ、君の噂」

「噂……ですか」

「君、公爵子息に上手く取り入ったみたいだね。すごいじゃないか。見事な手腕だ」


 まったく嬉しくない褒め言葉を聞き流しながら、ヘンドリックを観察する。左手の薬指には指輪はついておらず、やけに瞳孔が開いているのが気にはなるところではある。

 その怪しさに比例してか、先ほどからじりじりと距離を詰められるため、私は徐々に店の奥へと移動せざるを得なくなっていた。


「お客様、他のお客様のご迷惑になるような行動は──」

「ああ、すみません。勘違いさせてしまいましたね。僕たち、数年前まで婚約していたんですよ。それが僕の家の都合で仕方なく解消することになってしまい……懐かしくて、つい」


 ロウスさんが止めてくれようとはしたものの、ヘンドリックはよく動く口でペラペラと思ってもいない当時の寂しさを語り出す。私たちの事情を知らない人が聞いたならば、本当に悲しい別れがあったかと思うような語り口だ。

 この人こそ吟遊詩人になれば人気が出たのでは? と考えていると、ふいに一歩を詰め寄ってきたヘンドリックが、おもむろに顔を寄せてきて私の耳元で囁く。


「噂では公爵子息が君を婚約者にしたと聞いたよ。しかし彼もどうせ、君を当て馬としか見ていないよ」

「そんなことはございません。私は正式な婚約者です」

「いやいや、彼のことは僕も知っているが、人前でそのような発言をする人間ではない。大袈裟に話を広げて、本当に愛する者を焦らせようとしているんだろう」

「その本当に愛する者が私です」

「今はそのように見せているだろうね」

「ですから──」

「それでね、リズウェル。君のその才能を見出したのも花開かせたのも僕なのだから、僕に還元してくれてもいいと思わないかい?」

「花開かせた? 何のことですか?」

「学園で、“プロの当て馬”と呼ばれたことはなかったかい?」


 にやりと歪んだヘンドリックの口元。不名誉な異名の発端である男は、あたかも自身のしたことが名だたる英雄たちの収めた功績と同等かのように語り出す。

 しかし当然、私からすれば耳障りでしかない話だ。聞き流す気にもならず、大袈裟にため息を吐いてからカラビ侯爵子息様、と声をかけて話を止めた。


「月日は流れているのですから、ご自身の言動にはもっと慎重になるべきだと思いますよ」

「何?」

「こちらが見えませんか?」


 そう言って、私は左手を掲げる。手の甲を相手に向けるようにして見せれば、ヘンドリックは分かりやすく人を小馬鹿にしたように眉を上げる。


「リズウェル、君は自分が騙されやすい人間だと自覚した方が良い」

「はい?」

「指輪をもらって我が物顔をしているが、そんなの見せかけに決まっているだろう。相手は公爵家なんだ。そのぐらい準備するさ」

「いえ、これは紛うことなき本物ですよ」

「君は本物の価値を知らないから……悪いことは言わない。これ以上、調子に乗る前に自身の立場を見直した方が良い。君ももう十八歳で、弁えるべき年齢なんだから」


 やれやれ、といったようにヘンドリックは首を横に振り、そうだ、と何かをひらめいた。


「君のその才能を活かし、結婚斡旋役なんてやったらどうだ? 君が間に入ることで、きっと男女の仲を強固なものにできる。介助料を取れば良い商売にもなるし、僕がその管理をしてあげよう。結婚に焦れている知人が何人かいるから、早速紹介してあげるよ」

「ご自身がとてつもなく最低なことをおっしゃっているとお気づきですか?」

「ははは! 最低なものか。これから公爵子息に捨てられる君を、僕が上手く使ってあげるんだから」


 高笑いを始めた男に、もうこれ以上話しても無駄だと悟る。この人はどうしてここまで歪んでしまったのか。もしくは、昔からこうだったのか。

 少し残念に思いながら、ここを切り上げる算段を立てていると、ヘンドリックからは見えない位置にある店のドアがそうっと開くのが見えた。


 けれどヘンドリックは気づかないまま、ろくでもない将来設計を語りだす。


「管理を考えると、君と僕のお金は折半だ。最初は僕の知り合いからだからあまり取らないが、成功すれば話も広がり、利益はそれから考えればいい」

「そのような商売を私にさせるなど、絶対に婚約者が許しませんわ。ですからいい加減、口を閉じた方がよろしいかと」

「むしろ最初の客こそ、フォルタン公爵家となるようもっていこう! 大丈夫だよ、リズウェル。男をその気にさせる方法は僕が直々に教えてあげ──」

「ねぇ、いい加減、黙ろうか」


 冷たすぎるその声に、ひゅっとヘンドリックの喉が鳴った。

 自身の考えに酔いしれて興奮していた彼は、迫りくる脅威に最後まで気づけなかった。


「俺の婚約者を呼び捨てにして、彼女が優しく忠告してあげたにも関わらず完全に無視。挙句の果てには公爵家相手に汚い手で金稼ぎさせるために、直々に何を教える気?」

「……なっ、んで、ここに……?」

「ああ、やっぱり何をさせようとか想像しないで。不愉快極まりない」


 ここまで怒っている婚約者は初めて見た。それと同時に、ここまで人が怯えている姿も初である。


 しかしながら自業自得すぎて御愁傷様としかいえない。


 嘆息する私の後方からずいっと現れたのは、ここまで気配を消していた護衛の女性である。フォルタン公爵家が雇い、私の専属護衛としてつけてくれた彼女の存在にヘンドリックは気づくことなく、墓穴を掘りまくったというわけだ。


「失礼いたします。アルフレッド様、こちらがお二方がお話しされた内容です。簡単にですが書き残しておりますので、ご確認ください。誰がどう聞いても、リズウェル様に否はございません」

「ありがとう。へぇ……こんなことを」


 顔が段々と白くなるヘンドリックを追い越し、護衛からメモ紙を受け取ってから隣へときたアルフレッドは、私の頬へと柔らかなキスをした。普段なら人目を気にするけれど、今はありがたく受け止める。


「フォルタン公爵子息様……一体、何を?」

「愛する婚約者にキスしただけだけど。それよりも君、好き勝手言ってくれていたようだね」


 手元のメモ紙に目を通しながら、淡々と尋ねるアルフレッドの次の言葉を想像する。


 やっぱり、御愁傷様としか思えなかった。


「俺の大切な婚約者およびフォルタン公爵家を侮辱したことは、正式な形で君の家に抗議書を送る」

「まさか本当に婚約を!?」

「リズがそうだって何度も言ってくれたでしょ。ねぇ、リズ」

「ええ、ちゃんと指輪もお見せしましたよ。それを信じずに、騙されやすい人間だと言ってきたのはあなたです」


 ガクガクと膝が震え始めたヘンドリックは、アルフレッドから私へと視線を移し、助けを求める眼差しを向けてきた。かつては自身の思い通りに利用した相手にすがるとは、なんとも情けない。

 これが時間の流れか……などとしみじみ思いながら、同情の余地もない中で私が笑いかけると、ヘンドリックは一瞬ほっとしたように表情を緩めた。


 ……安心してください、元婚約者様。


 成長した私がちゃんと、地獄に落としてさしあげますから。


「カラビ侯爵子息様、わざわざ私の仕事まで考えてくださったみたいですけれど、私、一ヶ月後には彼と結婚して、宰相を目指す夫を支える身となりますの。それにフォルタン公爵領の領主代理として、公爵家の方々や領民の方々と信頼関係を築き、領地を盛り立てていくことに尽力していきますので、あなたの空想にお付き合いしている暇はありません」


 言いきった私は、アルフレッドと手を繋いで小さくお辞儀をする。 


「私、今もとっても幸せですが、これからはもっと幸せになりますから。有言実行できて、それをあなたにお見せできて良かったですわ。それでは、私たちはこの辺で失礼いたしますね。ごきげんよう」


 膝から崩れ落ちるヘンドリックをおいて、私とアルフレッドはロウスさんに挨拶をしてから店を出た。



 外の空気を吸った瞬間に感じたのは、まるで今日の青く澄み渡る空のように晴れ晴れとした爽快感だ。両手を空にうーんと伸ばすと、より一層、空気が美味しく感じる。

 大きく深呼吸してから手を下ろすと、その手はそのままアルフレッドに握られた。そうして導かれるまま近くに停車してあった公爵家の馬車へと移動し、乗り込んで横並びに座ると彼の肩に頭を預ける。


「ありがとう、アルフ。すごくスッキリした」

「どういたしまして。それにしてもかなり不愉快な男だね。徹底的に懲らしめないと」

「ほどほどで良いわよ」


 ふふ、と笑うとアルフレッドの手が伸びてきてさわさわと顎を撫でる。猫か何かになった気にもなるが、彼が求めているのはお礼の行動だろう。

 ここは素直に顔を上げ、待ってましたとばかりに降りてくるキスを受け止めた。


 しばらくして唇が離れ、それと同時にそっと目を開けると、あまりにも美しい金眼が愛おしそうに私を見つめている。


 ……本当に、この人と出会えて良かったと心から思った瞬間だった。


「全部、アルフのおかげね」

「ん?」

「アルフが私を好きになってくれたから、私は恋愛を素晴らしいものだと思えたわ。それに今日のことだって。人としては最低なことだけど、真っ青なあの人を見てざまぁみろと思ったもの」

「俺としてもこれでリズのことを気安く名前で呼ぶ男がいなくなったわけだから、お互いにメリットのある話だったね」


 動き出した馬車に揺られ、アルフレッドは満足気に笑う。


 実は以前より、元婚約者(ヘンドリック)が“プロの当て馬”と広めた話は、アルフレッドから聞いて知っていた。

 ……というより、なんと公爵家としてヘンドリックは監視対象となっており、もしも私にちょっかいをかけてきようものなら制裁すべき人間だと思われていたのである。


 それが今日、ロウスさんの店にヘンドリックもやって来るという情報が入ったことで、私はアルフレッドから彼をどうしたいかと尋ねられた。

 私はこれに即答した。


『幸せなところを見せつけたい。あと……まだ私を利用しようとするなら、きっちりと地獄に落としたい』


 普通なら止められそうなのに、彼は二つ返事で了承し、ロウスさんへも了承を取った上で私とヘンドリックが対峙する機会を作ってくれた。制裁については公爵家の力を頼ることになるが、私はもう家族の一員なので当たり前のことだと義母が強く言ってくれた。

 こんな方法で懲らしめるなど、私だけだったらできなかったことだ。これらはすべて、アルフレッドが私を好きだからこそもたらされた結果である。


「アルフって……すごく私のこと好きよね」

「うん、大好き。良かった、リズにちゃんと伝わってて」


 俺の唯一だからね、と笑うアルフレッドに抱きしめられたりキスされたりしながら、和やかな時間が過ぎていく。


 そうして馬車に揺られることしばらく……徐々に目的地が近づいてきた。


 本日の目的地は、私の実家であるヴィガノ子爵家だ。

 卒業式に向けて母が私のドレスを作ってくれて、そのドレスに合わせたアルフレッドのスーツをロウスさんの店に頼み、受け取ってきたところだ。

 今日は両親に、そのドレスとスーツ姿を見てもらうための帰省である。


 公爵家よりも先に我が家でお披露目しようと言ってくれたのはアルフレッドだった。そして公爵夫妻も、それに異を唱えず賛同してくれた。


 きっと今日、両親は私たちのドレス姿を見て泣くことだろう。


 そんな両親に伝えたい。

 私は今、とても幸せである、と。

 そして心から、アルフレッドを愛している。アルフレッドもまた、私を愛している、と。


「ご両親の反応が楽しみだね」

「……そういえば、アルフ。あなた、ロウスさんから帰り際に何かこっそり受け取っていたでしょう?」

「あれ、バレちゃってた? あのドレスに合うアクセサリーをいくつかお願いしてたんだよね。それも楽しみの一つ」


 ルンルンと語尾に音符をつける婚約者に、私はため息を一つ。


「あんまりすごいのをもらっちゃうと、また両親が腰を抜かすわ」


 それはアルフレッドを初めて連れて帰った日のこと。彼の姿を見た瞬間から緊張していた両親は、彼が私に贈ってくれた婚約指輪を見て腰を抜かした。

 舞踏会の日に私が歩けなくなったのと同じ反応だった。


「大丈夫。今回は事前に相談済みだから。というより、お二人にも意見をもらって決めたんだ。お二人とも、たくさん素敵な考えをお持ちだったよ。リズは本当に愛されてるんだなって俺も嬉しかったし、俺もリズのことを愛してるってお二人によく伝わったみたいだから、本当に良い機会だった」


 ほっこりと笑うアルフレッドに、私も笑い返す。

 これはもう、ツッコんだら負け。


「ありがとう。私もアルフのことを愛しているから、次は私にお返しさせて。それまでは私への贈り物は我慢してね。お返しばっかりたまっちゃうから」

「うーん……それでも俺は楽しいけど」

「お返しの一つ一つに心を込めたいの。時間はかかるかもしれないけど、その分、アルフのことをずっと考えるから。ね?」

「嬉しい。それじゃあ、楽しみにしておくね」


 ひとまず、これで一安心。


 それにしても……元無関心子息がこんなにも自発的に動くだなんて、誰が想像できただろう?

 そして当て馬と呼ばれた私が、公爵子息をなだめる姿だって、きっと誰も想像していなかったはずだ。


 未来に何があるかなんて、誰にも分からない。

 だから私はこれからも、最愛の婚約者とともに今この瞬間を大切に楽しく生きていこうと心に誓うのだった。



おしまい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

楽しかったです!

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