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第十話 はじめから、いちばん



 ホールを出てすぐアルフレッドは左に曲がり、奥へ奥へと進んでいく。ここまではそうそう人も来ないだろうというところまで行き着くと、手首を離して私を壁際に押しやった。そしてすかさず両手を壁につき、私の退路を絶つ。


「アルフ……?」


 恐る恐る問いかけ見上げれば、これまで以上に冷え切った眼差しを向けられ、体が自然と萎縮する。


「いい加減にしてくれない?」

「何のこと?」

「ここまでやってまだ、俺を他の人に譲ろうとするのは何で?」


 アルフレッドが片手を壁から離し、私の顎へと指をかける。ほんの少しの力でくいっと上げられ、何も言わないまま、彼の顔が近づいてくる。


 キス、される。


 そう思った瞬間、咄嗟に手で唇を守った。


 ビタッと止まったアルフレッドと、無言で見つめ合うこと数秒。

 顎から手が離れると、彼は私の顔の横にある壁へと頭をつけて俯いた。耳元では、彼の静かな息遣いだけが聴こえる。


 私も無言で床を見つめていれば、微かに舞踏会の三曲目の音が流れていることに気づく。

 ……マリユス先生が、一番得意だと言っていた曲だ。きっとアルフレッドと先生が踊れば、語り継がれるくらい美しいダンスが見れただろう。そう思って、先生のところに行くよう促したのだ。


 けれど、アルフレッドはここにいて……私は彼の前から動けずにいる。


 長い沈黙が続き、音楽が止んだ。恐らく三曲目が終わったのだろう。

 いつまでもここにいるわけにはいかない。彼のためにも、私のためにも。

 だから意を決して彼の肩を押そうと手をかけた瞬間に、アルフレッドがぽつりとこぼした。


「……そんなに、俺が嫌い?」

「え?」

「どうすれば、リズは俺のことを好きになってくれるの?」

「……え?」

「毎日の送迎も、休み時間に一緒にいるのも。こないだのデートだって、楽しそうにしてくれてたじゃん」


 泣き出しそうな声で話しながら、アルフレッドが私の手を掴む。その力はいつもよりずっと弱々しく、まるですがられているような感覚だった。


「ドレスだって、俺が一番可愛いって言ったのを選んでくれた。今日なんか、俺のこと一番かっこいいって言ってくれた」

「ア、アルフ、ねぇ」

「ハグだってさ、仲直りの時も今日も、許してくれたじゃん。なんならキスだって……それなのにさぁ、その気がないなら俺のこと、弄ばないでよ」


 まるで私が悪女かのような物言いには、黙っていられなかった。


 というより。そもそも、だ。


 アルフレッドが……私のことを好き?


「待って、アルフ」

「……何」

「あなた、私のことを好きだったの?」

「好きだよ。好きに決まってるじゃん。好きじゃなきゃ特注のアクセサリーなんか贈らないでしょ」

「特注!? やっぱり何してるのよ、あなた!」

「舞踏会が終わったらちゃんと告白して、恋人から婚約者になって、家族に紹介しようと思ってた」

「はぁぁ!?」


 ドンドン、と空いている方の手で強めに肩を叩けば、やっと顔を上げるアルフレッド。どんよりとしながらも、どこか落ち込みきっていないように見えるのは浮かれつつある脳内が見せる錯覚か。


「私がプロの当て馬と呼ばれているのを聞いて、興味を持ったんじゃないの?」

「違うよ。ねぇ、リズはいつその馬鹿げた呼び名を知ったの?」

「あなたが私に声をかけてきた日の前日。盗み聞きしちゃったの」

「うわぁ……最悪。やっぱり潰そうかな、あいつら」


 そう言ったアルフレッドの目は本気だった。けれどそこに集中されては話が進まないので、話の軸を私自身へと引き戻す。


「私はね、あなたはマリユス先生が好きで、私は当て馬にされていると思っていたの」

「ずっと?」

「ずっと」

「嘘でしょ? いや、そう思われてることは分かってたけど……でも俺、相当アピールしてたよね? 最初はそうだったとしても、もしかして、って思うくらいにはやってなかった?」

「やってた」

「それでも当て馬だと思い続けたの?」

「そうじゃないかも、とは思いかけたけど。やっぱり当て馬なんだな、って思い直したの」

「何で。どこでそうなったの?」

「デートの時に馬車の中で休んでいたら、ロウスさんのお店にマリユス先生が入っていくのが見えて。それに、私の額にキスした後、『間違えた』って言っていたから」


 そこまで話すと、最悪……とアルフレッドが呟いた。それから一つ大きなため息を吐き出すと、抱きしめてもいいですか、と尋ねてくる。


「仲直り?」

「全部。好きもごめんも、これからよろしくお願いしますも込めます」

「私が受け入れること前提なのね」


 苦笑した私を抱きしめて、彼はごめん、と続けた。


「ややこしいまま進んだ自覚はある。でも、最初から好きだと言っても、リズは俺のことを信じてくれないと思ったんだ。だからリズが俺に愛されてるって自分で思うようになるまでは、告白するのを我慢してた」


 思い返されるのは、アルフレッドに声をかけられた日のこと。


『家が家だし、絶対信じてもらえない』


 ……確かに。ただ告白されただけでは、私は一生、アルフレッドを避けていたと思う。それが徐々に徐々に、彼に対する警戒を解かれていった日々だった。

 かなり面倒だったはずなのに、こんなにも遠回りな方法をとるほどに彼が私を望んでいたのかと思うと、胸がいっぱいになる。


「間違えたって言ったのは、対応をね。手を出しちゃだめって思っていたのに、リズの初めてがもらえたと思ったら感極まった」

「そんなに?」

「まるっと一年以上は好きだからね」

「え、そんな前から!?」

「うん。大好き。やっと言えた。デートの時、好きって言いそうになるのを可愛いに変換して堪えてたんだよ。可愛いも言いたかったから良かったんだけど」

「そ、そうなの……」

「デートの日は色々と勘違いさせてごめんね。先生が来たのは本当に偶然だったんだ。店内で会ったけど、リズのとこに早く行かなきゃと思って店出る時には忘れてた」

「うん……私こそ、勘違いしてごめんなさい」

「あれは完全に俺が悪いから。それで……リズはどうなの?」


 尋ねられたと同時に体が離される。ここまでいけば答えなど分かっていようものなのに、明確な言葉を期待して、アルフレッドはいじらしいほど優しい手つきで私の頬を撫でる。


 その指先の温かさが、心地好かった。だから彼が素直に告げてくれた分、私も素直になろう。


 彼の両頬に手を添えて、琥珀色の瞳を見つめる。私からこうして触れるのは初めてなので、アルフレッドはより一層幸せそうに微笑んだ。

 その甘くとろける瞳に映るのは、人生で一番可愛い私。


「これまで、好きになってはいけないと思っていたの。ずっと、私は当て馬なんだからって、自分に言い聞かせてた」


 ほんのついさっきまで、彼は先生を好きだと思って行動していた。それでもこうして想いを伝えられるのは、彼が私を想い続けてくれたからだ。

 そのお礼と……募る愛おしさを、私も彼に返したいと思った。


「アルフ、大好き」

「嬉しい。俺もずっと好──」


 彼の言葉を遮るタイミングで。

 つま先立ちをしてアルフレッドの唇を奪ってやった。


「…………うわ」

「もっと嬉しそうにして」

「嬉しすぎるし可愛すぎるしで、腹立ってきた」

「何それ」

「リズが鈍感だからだよ。学園生全員、俺がリズに本気って分かってるのに。レナートなんてリズがあまりにも見当違いなことを言うから、ちょっと引いてたよ」


 まるで現場を見ていたかのようの口ぶりに、ん? と首を傾げたが、ご機嫌なアルフレッドに二度三度とキスをされては疑問も霧散していく。

 あまりに愛おしそうに見つめられるものだから気恥ずかしくなってくるけれど、私はちゃんと言葉に出して彼に伝えた。


「ちゃんと恋人になってくれる?」

「俺はずっとちゃんと恋人だよ」

「あなたの中ではね」

「今からは婚約者ね。うち、基本的に実力主義で、婚約者の爵位なんて関係ないって考えだから。むしろリズなら大歓迎って言ってたよ」

「……ねぇ、侍女の方々を連れてきてくれたこともだけど、公爵夫妻に私のことを何て言ってるの?」

「絶対結婚したい人と恋人になったって話したら、一週間後には母上が式場を仮予約してたよ」

「外堀を埋めるのが早すぎるわ」


 さすがでしょ? と言われ、私はキスで応えた後、アルフレッドの手を引く。


「舞踏会に戻りましょう? 学園生活最後だから、楽しい思い出で終わらせたいわ」

「そうだね。終わったら正式に婚約の手続きをしようね」


 気の早いアルフレッドは私の左手の薬指にキスをして微笑む。いつかそこに指輪がはまる日が来ると思うと胸が高鳴って、とにかく動き出したい気分になった私は、恋人兼婚約者と手を取り合って、会場へと戻るのだった。



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