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VRMMOのフレンド申請を送ってきたのは、死んだはずの幼なじみだった

作者:
掲載日:2026/01/30

メールボックスを開いた瞬間、世界が止まった。



送信者: ユキ


ありがとう


一緒に冒険してくれて


コウイチと過ごした時間、ぜんぶ楽しかったよ


本当は、知ってた


私が何者なのか

私がどこから来たのか

私がいつか消えることも


でもね、コウイチ


あなたが笑ってくれたから

あなたが隣にいてくれたから

私は、生きられた


ありがとう


──また、どこかで



フレンドリストから、『ユキ』の名前は消えていた。


アップデート。データの初期化。システム異常の修正。

運営からの無機質な告知文が、俺の視界を覆う。


「……ああ」


声が、震えていた。

知っていた。覚悟していた。


それでも──


「また明日な、ユキ」


誰もいない王都の広場で、俺は空に向かって呟いた。

噴水の水音だけが、返事のように響いていた。




時間を、巻き戻そう。

四ヶ月前。あの日から。





ログイン画面の青白い光が、視界を満たす。


『エターナル・フロンティア』──剣と魔法の王道VRMMO。


神経接続型のフルダイブシステムにより、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、すべてが仮想世界と同期する。

現実と見紛うほどの没入感。それがこのゲームの売りだ。


俺がこのゲームを始めて、三年。


「接続完了。ようこそ、冒険者コウイチ」


機械音声とともに、見慣れた王都の転送門前に降り立つ。


石畳の冷たい感触。遠くから聞こえる鍛冶屋の槌音。

行き交うNPCたちの喧騒、空気に混じる、パン屋から漂う香ばしい匂い。


何度体験しても、この没入感には驚かされる。


ステータス画面を開く。

職業は剣聖。攻撃特化の近接火力職。


ソロプレイヤーとして、俺は効率を追い求めてきた。

最適なビルド、最速のルート、最高のドロップ率。

すべて計算し尽くして、一人で回す。


他人とスケジュールを合わせる必要がない。


誰かと約束を作る必要もない。


それが、俺のスタイルだった。


今日の目的は『凍てつく尖塔』のソロ攻略。

先週のアップデートで追加された新ボスが落とす素材が、次のビルドに必要だった。


転送門に座標を入力しようとした、その時。


ピロン、という軽い通知音。

視界の端で、フレンド申請の通知が点滅した。


「……?」


普段なら即座に無視する。


ソロプレイヤーの俺にフレンド申請を送ってくる物好きは稀だし、大抵はギルドの勧誘か、レベリング代行業者の営業だ。


だが、その名前を見た瞬間──



フレンド申請


申請者: ユキ

メッセージ: 久しぶり!覚えてる?



──指が、止まった。


ユキ。


雪村優希。


その名前は、四年前に死んだ幼なじみのものだった。



心臓が、うるさい。

ドクン、ドクン、と。VRなのに、心拍が聞こえる気がする。


違う。同姓同名の他人だ。


世界中にどれだけのプレイヤーがいると思ってる。たまたま同じ名前なだけ。


そう、自分に言い聞かせた。

だが、指は勝手に動いていた。


承認ボタンを押す。



フレンド申請を承認しました

ユキがフレンドリストに追加されました


ユキ: わあ、ありがとう!今どこにいる?会える?



即座にメッセージが届く。


俺は、返信を打った。



コウイチ: 王都の噴水広場にいる

ユキ: じゃあ今から行くね!すぐそこだから!



待つこと、五分。


「あ、いたいた!コウイチ!」


明るい声とともに、一人の少女が駆けてきた。


見た目は十代後半。淡い金髪のショートカット。

白を基調とした初心者用のヒーラーローブ。


だが、俺が見ていたのは装備じゃない。


「久しぶり、だね。えへへ、覚えてる?」


その声。その笑い方。

小首をかしげる仕草。


その全部が、優希だった。


「……覚えてる」


絞り出すように答えると、彼女は嬉しそうに目を細めた。


「よかったあ。急にフレンド申請しちゃったから、びっくりしたでしょ?

私もね、コウイチを見つけた時、すっごくびっくりしたんだ」


見つけた…その言葉が、引っかかった。


俺は確かにこのゲームで『コウイチ』という名前を使っているが、現実の知り合いには誰にも教えていない。

本名をそのまま使ったのは、覚えやすいからという単純な理由だ。


「どうやって俺を?」


「んー、なんとなく、かな?この人だって、ピンときたの」


彼女は悪戯っぽく笑う。

その笑顔も、優希そのものだった。


同姓同名の他人。


優希を知る誰かの悪質ななりすまし。


あるいは──


「ねえ、コウイチ」


ユキは、俺の目を真っ直ぐ見つめた。


「私、このゲーム始めたばっかりでさ。よかったら、一緒に遊んでくれない?」


その問いかけに、俺は少しだけ迷った。


優希は四年前、病気で死んだ。

俺が高校三年の夏。八月十五日。


幼なじみで、家が隣同士で、いつも一緒にいた。


小学校の時、優希が膝を擦りむいて泣いていたのを、俺が保健室まで背負っていった。


中学校の時、優希が作った不味い弁当を、俺が全部食べた。


高校の時、優希が「大学も一緒に行こうね」と笑った。


そんな平凡な約束だってしていた。


でも全部、叶わなくなった。


だから俺は、誰とも約束を作らないようにしてきた。


なのに。


「……いいよ」


気づけば、そう答えていた。


彼女が優希じゃないなら、すぐにわかる。

彼女が優希なら──いや、そんなことはあり得ない。


「ほんと!? やったあ!」


ユキは飛び跳ねるように喜んだ。

その姿を見て、俺は胸の奥が軋むのを感じた。


あり得ない。あり得ないはずなのに。


この子は、俺の知っている優希にあまりにも似すぎている。







「コウイチ、次どこ行く?」


「レベル的には『苔むす古道』がちょうどいい。

経験値効率も悪くないし、ドロップも安定してる」


「効率かあ。コウイチらしいね」


ユキはくすくす笑う。


それから、俺たちは毎晩のようにログインするようになった。


最初は初心者向けのクエストを一緒にこなした。


護衛任務、採集依頼、討伐クエスト。

どれも簡単な内容だが、ユキは全てを新鮮そうに楽しんだ。


「わあ、この花キレイ! 摘んでいい?」


「それ、クエストアイテムじゃないぞ」


「でもキレイじゃん。ほら、コウイチも見て」


彼女は摘んだ花を、俺の目の前に差し出す。


淡い青色の花弁。ゲーム内の装飾用オブジェクトで、何の効果もない。


効率厨の俺には理解できない遊び方だ。


だが、不思議と嫌じゃなかった。




ユキのレベルが上がるにつれ、俺たちはより難しいダンジョンに挑戦するようになった。


『苔むす古道』深層部。


レベル30台後半のモンスターが徘徊する、中級者向けエリア。


「コウイチ、左から増援!」


「わかった。ユキ、ヒール頼む」


「任せて!《リジェネサークル》!」


ユキの杖が淡い緑の光を放つ。


俺の足元に魔法陣が展開され、継続的にHPが回復していく。

詠唱が短く、移動しながら使えるのが強みのスキルだ。


「ナイス。一気に削る──《刹那斬り》!」


剣聖専用スキル。

瞬間的に加速して、視界内の敵を一閃する範囲攻撃。


三体のゴブリンウォリアーのHPバーが、一気に削れた。


「《シャイニングブレイド》!」


追撃。光を纏った剣で、残りの敵を薙ぎ払う。


ユキの回復があるから、多少の被弾は気にしなくていい。

ソロでは絶対にできない攻め方だ。


「やった! クリア!」


「ああ、お疲れ」


「ねえねえ、今の連携、カッコよくなかった?私たち、息ぴったりだね!」


ユキは無邪気に笑う。


彼女と組むようになって、俺のプレイスタイルは大きく変わった。

ソロでは行けなかったダンジョンにも挑戦できるようになったし、効率だけを追わなくなった。


何より──楽しかった。




ただ、違和感もあった。

小さな、本当に小さな違和感。


「ユキ、そのスキル、どこで覚えたんだ?」


「え?んー、よくわかんないけど、使えたから使ったの」


「レベル的にはまだ習得できないはずなんだけど……」


「そうなの?でも使えてるよ?バグかな?」


「……まあ、いっか」


スキルの習得条件が曖昧なのは、このゲームではよくあることだ。

隠しクエストをクリアすると早期習得できたりする。


それに、ユキが使えるなら問題ない。


そう、自分に言い聞かせた。





季節は巡り、ゲーム内でも様々なイベントが開催された。


十月。ハロウィンイベント。


「じゃーん!どう、似合う?」


ユキがゾンビメイクのアバターに着替えて、俺を驚かそうとした。


「……うん、怖いな」


「嘘だ!全然怖がってないでしょ!」


「いや、マジで」


「もー!もっとリアクションしてよ!」


全然怖くなかったが、大げさに驚いたふりをしたら、ユキは嬉しそうだった。




十二月。クリスマスイベント。


限定ダンジョン『聖夜の迷宮』で手に入る珍しい装備品、『星降るペンダント』。

支援効果を強化するアクセサリーで、ヒーラーには最適だ。


俺は三日かけてソロで攻略し、それをユキにプレゼントした。


「え、いいの!? これ、すっごくレアなやつでしょ?」


「いや、これはユキのおかげで取れた。その感謝の気持ちだ」


「……ありがと。大事にする」


ユキは少し照れたように笑って、その場でペンダントを装備した。

彼女の胸元で、小さな星が煌めいていた。


「ねえ、コウイチ」


「ん?」


「ずっと一緒に、冒険しようね」


その言葉に、俺は何も答えられなかった。


ずっと一緒。

そんな約束、できるわけがない。


四年前に、思い知らされたから。


「……ああ」


それでも、頷いてしまった。




年末。ワールドボス討伐イベント。


サーバー全体で巨大なドラゴンを討伐する大規模レイドのイベントだ。

報酬がかなりおいしいので、俺たちも参加した。


「すごーい、人がいっぱい!」


「大規模レイドだからな。俺たちは後方支援でいこう」


「うん! 私、いっぱい回復するね!」


百人以上のプレイヤーが入り乱れる戦場。


ユキは必死にヒールを飛ばし続けた。

前衛のタンクに。中衛のアタッカーに。後衛の魔法使いに。


彼女のHPとMPのバーが、目まぐるしく上下する。


「ユキ、無理するな!MP切れたらマズい!」


「大丈夫!ポーションまだあるから!」


戦闘は一時間以上続いた。


最終的に、ドラゴンは討伐された。

参加報酬として、全員にレア装備と記念称号や素材が配布された。


「楽しかったあ。みんなで何かするのって、いいね」


ユキは疲れたように笑った。


「そうだな」

俺も、久しぶりにそう思えた。






違和感に気づいたのは、新年を迎えた頃だった。


「ユキ、ギルドの勧誘が来てるぞ。大手だし、入ってみたらどうだ」


「んー、いいや。私、コウイチと遊べればそれでいいもん」


「でも、俺がいない時間は暇だろ」


「大丈夫。コウイチがいない時は、ログインしないから」


その言葉に、俺は引っかかりを覚えた。

言われてみれば、ユキのログイン履歴は常に俺と重なっている。


俺がログインする十分前に、ユキがログイン。

俺がログアウトする五分後に、ユキがログアウト。


完璧に、シンクロしている。


「そういえば、ユキ。このゲームのフレンド、俺以外にいるのか?」


「ううん、コウイチだけ」


「マップの外とか、システム設定画面とか、見てみたことは?」


「ないよ。なんで?」


「いや……なんでもない」


普通のプレイヤーなら、もっと色々試すはずだ。

他のプレイヤーと交流したり、マップの端まで行ってみたり、設定をいじってみたり。


だが、ユキにはそれが全くない。


まるで、俺と一緒にいる時だけ世界が存在しているかのように。


「コウイチ? どうかした?」


「……なんでもない。次のダンジョン、行こうか」


「うん!」


その日から、俺は意識してユキを観察するようになった。




ユキはゲームのシステムに詳しくない。

UIの使い方も、スキルの組み合わせも、アイテムの効果も。


だが、俺の好みやクセは驚くほど理解している。


俺が疲れている時は、短めのクエストを提案する。

俺が挑戦したがっている時は、少し難しいダンジョンに誘う。

俺が黙っている時は、無理に話しかけず隣にいる。


まるで、俺の心を読んでいるみたいに。


いや……違う。

俺のことを、最初から知っているんだ。





ある夜、俺は試しに現実の話を振ってみた。


「ユキ、学校とか仕事とか、大丈夫なのか?ここんとこ毎晩ログインしてるだろ」


「え?んー、大丈夫だよ。心配してくれてありがと」


「最近は何やってるんだ?」


「……えっと」


ユキは困ったように首をかしげた。


「なんだろ。よくわかんないや。えへへ」


笑ってごまかす。

だがその笑顔は、どこか空虚だった。


「ユキ……お前、現実で何してる?」


「現実……?」


彼女は不思議そうに首を傾げた。


「うーん、よくわかんない。ここにいる時が、一番楽しいから」


「……そっか」


俺は、それ以上聞けなかった。







俺の小さな疑問は確信に近づいていた。


ユキは、現実に存在しない。


このゲームの中だけに存在する、誰かが──あるいは何かが、俺の記憶から生成した存在。


俺の知っている優希。

俺の望んでいた優希。

俺の理想の優希。


だからこそ、俺とだけ繋がっている。


俺以外との接点がない。

俺がいない世界には、存在しないのではないか。


「コウイチ? 顔色悪いよ?」


「……ありがとう、大丈夫」


嘘だった。

大丈夫なわけがない。


ユキが優希じゃないことは、最初からなんとなくわかっていた。


でも。


ユキは本物の優希じゃない。

だが、偽物でもない。


彼女は確かにここにいる。

俺と冒険して、笑って、楽しんで、生きている。


少なくとも、この世界では。





~視点が変わって、ユキ視点~


「……」


コウイチがログアウトした後、私は一人、王都の広場に立っていた。


周りのプレイヤーたちが、行き交う。

でも、誰も私に話しかけてこない。


話しかけようとすると、すり抜けてしまう。

まるで、私がここにいないみたいに。


「私は……」


知っている。


私が何者なのか、私がどこから来たのか。


私が、いつか消えること も。


でも、コウイチといる時だけは、忘れられる。

コウイチが笑ってくれる時だけは、私は生きている気がする。


「もう少しだけ……もう少しだけ、一緒にいたい」


誰もいない広場で、私は呟いた。








運営から大型アップデートの告知が届いたのは、二月の終わりだった。



エターナル・フロンティア 大型アップデート ver.3.0

三月十五日 実施予定


ワールドデータの再構築に伴い、一部のデータが初期化されます。

・一定期間アクティブでないアカウント

・システム異常が検出されたデータ

・不正利用が確認されたアカウント


詳細は公式サイトをご確認ください



公式サイトを確認した。

初期化対象の詳細が、記載されていた。


その中に、こんな一文があった。


『AI生成されたなど、不正なアカウントデータは、すべて削除されます』




なんとなくその言葉が、胸に突き刺さった。

ユキのアカウントが、どの項目に該当するかは分からない。


だが、嫌な予感がした。



「ねえコウイチ、アップデートってなあに?」


「ゲームが新しくなるんだ。マップが増えたり、システムが変わったりする」


「へえ。楽しみだね!」


ユキは無邪気に笑う。

俺は彼女に何も言えなかった。


お前は、消えるかもしれない。

そう言えなかった。





アップデート前夜。


「コウイチ、今日どこ行く?」


ユキはいつものように、俺の隣で笑っていた。


「……『苔むす古道』に行こう」


「え?あそこ、もうレベル的に楽勝じゃない?なにかやり残したことでもあるの?」


「ああ、そんなところかな。なんとなく、行きたいんだ」


『苔むす古道』。


俺たちが初めて一緒に攻略したダンジョン。


あの頃のユキはレベルが低くて、俺が必死で守りながら進んだ。


懐かしい、なんて感傷じゃない。

ここが俺たちの始まりの場所だから、最後もここがいいと思っただけだ。




ダンジョンの中を、二人で歩く。


最初と比べて、かなり強くなった。

敵は弱すぎて、ほとんど脅威にならない。


ただ、思い出を辿るように進む。


「コウイチ、覚えてる?ここで私、初めてヒールのタイミング合わせられたんだよね」


「ああ、覚えてる」


「あの時、コウイチが『ナイス』って言ってくれて、すっごく嬉しかったんだ」


「……そうだったな」


「ここの花、キレイだったんだよね。ほら、あの時も摘んだでしょ?」


「そうだな」


「今もキレイ…」


ユキは笑って、花を摘んだ。

その仕草を見て、俺は胸が締め付けられた。


ユキ。


お前は、自分が何者か知っているのか?

お前は、明日の自分がどうなるか、分かっているのか?


聞きたかった。でも、聞けなかった。

聞いたところで、何も変わらないから。




ダンジョンの最深部。


小さな泉がある場所で、ユキは足を止めた。


「ねえ、コウイチ」


「……ん?」


「ここ、楽しいね」


「ああ」


「ずっと一緒にいられたらいいのに」


その言葉に、俺は何も返せなかった。


ずっと一緒になんて、いられない。

それは俺が一番よく知っている。四年前に、思い知らされた。


「コウイチ?」


「……ユキ」


俺は、伝えなければならないことがあった。


明日、アップデートが来ること。


お前は、もしかしたら消えてしまうかもしれないこと。

お前が、本当は何者なのか。


だが、口を開いても言葉が出てこない。


ユキは不思議そうに首をかしげる。

その仕草が、優希そのもので。


「どうしたの? 変なコウイチ」


「……なあ、ユキ」


「うん?」


「お前、自分が何者か……知ってるのか?」


しばらく、沈黙が流れた。


泉の水音だけが、静かに響く。


「……うん」


ユキは、小さく頷いた。


「知ってる」


「いつから?」


「…もちろん、最初から」


彼女は、泉の水面を見つめた。


「私ね、コウイチの記憶から生まれたの。システムのバグか何かで。

コウイチが一番大切に思ってる人の記憶が、形になったんだと思う」


「…………」


「本当は、存在しちゃいけないんだよね。

私、きっとAIとか、システムが勝手に作ったデータだから。明日のアップデートで、多分消される」


「……知ってたのか」


「うん。でもね」


ユキは、俺を見た。

その目には、涙が浮かんでいた。


「コウイチと過ごした時間は、全部本物だったよ。

楽しかったのも、嬉しかったのも、全部本当。私の気持ちは、嘘じゃない」


「ユキ……」


「ありがとう、コウイチ。一緒にいてくれて」


彼女は、笑った。

泣きながら、笑っていた。


「私ね、幸せだったよ。コウイチと冒険できて、本当に幸せだった」


「……俺も」


俺の声が、震えていた。


「俺も、幸せだった」


ユキは、俺に歩み寄った。

そして、そっと抱きついた。

感覚がリアルで、ゲームなのにユキを抱きしめる感覚があった。


「ねえ、コウイチ」


「……ん」


「本物の優希ちゃんは、きっとこう言いたかったと思うんだ」


ユキは、俺の耳元で囁いた。


「『ありがとう、ずっと覚えててくれて』、って」


その言葉に、俺はもう耐えられなくなった。

四年間、ずっと我慢してきた感情が、堰を切ったように溢れ出した。


「……っ」


声にならない。

ただ、ユキを抱きしめることしかできなかった。


どれくらいそうしていただろう。


やがて、ユキが俺から離れた。


「もう、時間だね」


「……ああ」


システムから、強制ログアウトの警告が出ていた。



アップデート準備のため、まもなくサーバーを停止します

全プレイヤーは時間までにログアウトをお願いします

残り時間:05:00


あと五分。


「コウイチ」


「……ん」


「私、消えちゃうけど…後悔してないから」


ユキは、最後にもう一度笑った。



「……俺も」


「じゃあ、また明日ね」

彼女は、笑顔で手を振っていた。


「……ああ」


俺は、笑顔で返した。

返せた、と思う。


「また明日」


その言葉を、最後に。


ユキの姿が光に包まれて消えていく。

ログアウトのエフェクトだ。


見慣れた光景のはずなのに、今日だけは目が離せなかった。

光が完全に消えた後も、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。


残り時間: 00:00:30


システムが、俺を追い出そうとしている。


「……また明日な、ユキ」


誰もいないダンジョンで、俺は呟いた。

そして、ログアウトボタンを押した。








翌朝。


アップデート完了の通知を確認してから、俺はログインした。

王都の転送門前。見慣れた風景。


だが、何かが違う。

フレンドリストを開く。


『ユキ』の名前は、そこにはなかった。


知っていた。覚悟はしていた。

だけど、やっぱり、苦しくて、息が止まりそうになった。


「…………」


しばらく、何もできずに立ち尽くしていた。


周囲ではプレイヤーたちがアップデートの新機能を楽しんでいる。

新マップの話、新スキルの話、新クエストの話。


賑やかな声が耳に届く。


俺には、何も聞こえなかった。


「……メール、確認するか」


普段は通知を切っているから、確認することは少ない。

だが今日は、何故か確認したかった。


メールボックスを開く。


そこには未読メッセージが、一件。


差出人は『ユキ』。

送信日時は、昨夜の──ログアウト直前。


震える指で、メッセージを開く。



送信者: ユキ

件名: (件名なし)


ありがとう


一緒に冒険してくれて


コウイチと過ごした時間、ぜんぶ楽しかったよ


本当は、知ってた


私が何者なのか

私がどこから来たのか

私がいつか消えることも


でもね、コウイチ


あなたが笑ってくれたから

あなたが隣にいてくれたから

私は、生きられた


私はきっと、本物の優希ちゃんじゃない

優希ちゃんの代わりにもなれない


でも、コウイチが優希ちゃんを忘れないでいてくれたから

私は生まれることができた


だから、ありがとう


そして──


もう、大丈夫だよ


コウイチは、また誰かと約束していい

また誰かと、一緒に笑っていい


優希ちゃんも、私も

それを望んでるから


だから、前を向いて


また、誰かと「また明日」って言える日が来ますように


ずっと、ずっと

応援してる


──また、どこかで


ユキ




それだけだった。

俺は長い間、その画面を見つめていた。




王都の噴水広場で、俺は空を見上げた。

ゲームの中の空。プログラムで作られた青空。


だけど、今の俺には、この空がどこよりも美しく、優しく見えた。


「……ありがとう、ユキ」


呟いて、俺は歩き出した。

もう一度、ログインしよう。


明日も、明後日も。

ユキはもういない。


だけど、ユキと歩いたこの世界は、まだここにある。


『苔むす古道』の花は、まだ咲いているだろう。

『凍てつく尖塔』の雪は、まだ降っているだろう。


ユキと見た景色は、全部ここにある。


「……そうだな」


俺は、転送門に向かって歩き出した。


その時。


「あの、すみません」


背後から声がかけられた。


振り返ると、一人の女性プレイヤーが立っていた。

初心者らしい装備。おどおどとした様子。


「初めてこのゲームやるんですけど……

よかったら、一緒に狩りとか、してもらえませんか?」


その問いかけに、俺は少しだけ迷った。


また誰かと組む。

また誰かと約束する。


それは、怖いことだ。

いつか別れが来るかもしれない。


でも──


「……ああ、いいよ」


俺は、笑顔で答えた。


「俺、コウイチ。よろしく」


「わあ、ありがとうございます!私、リンっていいます!」


新しい出会い。新しい冒険。

ユキが望んでくれた、新しい一歩。


「じゃあ、初心者向けのダンジョンから行こうか」


「はい!お願いします!」


俺たちは、転送門に向かって歩き出した。


空が、青い。風が、心地いい。


そして──


「また明日な、ユキ」


心の中で、もう一度呟いた。

噴水の水音が、返事のように響いていた。



【終】

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