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午後三時は終わらない  作者: kinpo


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第6話 出口は覚えている

 六週目の午後三時。

 俺は、初めて少し早くモールに着いた。


 それでも、

 中に入った瞬間、

 時間は追いついてくる。


 遅れも、先行も、

 許されない。


 入口の自動ドアは、

 もう音を立てない。


 開いているのかどうか、

 一瞬、分からなかった。


(……閉まってても、

 押せば入れそうだな)


 そんなことを考えた自分に、

 少しだけ嫌気がさす。


 中央広場は、

 ほとんど空だった。


 人はいる。

 だが、流れていない。


 立っているか、

 座っているか。

 それだけ。


 歩いている人間が、

 極端に少ない。


 案内図は、

 もう電子じゃなかった。


 紙だ。


 印刷された、

 簡略化された地図。


 貼り替えられた形跡はない。

 最初から、

 そうだったように見える。


 そこには、

 出口だけが描かれている。


 俺は、

 自分がどこにいるのか、

 確信できた。


 ここは、途中で止まる場所だ。


 フードコートへ向かう。


 いや、

 そう呼んでいいのか分からない。


 店は、

 一つしか残っていない。


 何の店か、

 分からない。


 看板も、

 メニューもない。


 ただ、

 「受け取る場所」だけがある。


 注文の仕方も、

 支払い方法も、

 説明はない。


 前に立つと、

 トレイが出てくる。


 中身は、

 白い容器。


 開ける。


 スープだけだった。


 具はない。

 麺もない。


 湯気だけが、

 ちゃんと立っている。


(……飲めってことか)


 座ろうとすると、

 椅子は一脚しかなかった。


 向かいにも、

 もう一脚。


 彼女は、

 すでに座っていた。


 今日は、

 挨拶もしない。


 必要ない。


 空中に、

 文字が浮かぶ。


《協力を誓う者あり。

 ――裏切りは、意味を失った》


 予言が、

 淡く、揺れる。


 彼女が、

 スープを見つめて言った。


「これ、

 何の味だと思います?」


 俺は、

 一口飲んだ。


 薄い。

 だが、

 不快ではない。


(……塩、足りないな)


 七味は、ない。


 箸も、

 スプーンもない。


 容器を、

 両手で持つしかない。


「分かりません」

「ですよね」


 彼女は、

 同じように飲んだ。


 ゆっくりと。

 急がない。


 周囲を見る。


 他の客はいない。

 スタッフも、いない。


 だが、

 出口の方向だけは、

 はっきり分かる。


 それが、

 この場所の、

 最後の親切だった。


 彼女が、

 小さく息を吐いた。


「私、

 もう待ってないです」

「そうですか」

「でも、

 帰る理由も、

 なくなりました」


 正しい。


 帰るためには、

 戻る場所が必要だ。


 俺は、

 どうでもいいことを言った。


「スープ、

 温かいですね」

「……はい」


 それで、

 十分だった。


《状況が最も絶望的なとき、

 主人公は必ず

 「的外れな美食」について考える》


(……ラーメンだったら、

 替え玉、

 頼んでたな)


 空中の文字が、

 溶けるように消えた。


 予言は、

 もう出ない。


 協力も、

 裏切りも、

 語る価値を失った。


《異常な現象を解決した瞬間、

 その現象はさらにスケールアップして再発動する》


 俺たちは、

 何も解決していない。


 だが、

 この世界は、

 解決を前提としない形で、

 完成しつつある。


 スープを飲み終える。


 容器は、

 音もなく消えた。


 立ち上がる。


 出口は、

 そこにある。


 近い。


 だが、

 彼女は立たない。


 俺も、

 まだ立たない。


 外の光は、

 変わらず、

 午後三時だった。


《これは、誰も生き残る必要のない話である。》


 出口は、

 俺たちのことを、

 もう覚えていた。

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