第4話 案内図は更新されない
四週目の午後三時。
俺は、もう迷わずモールに入った。
警戒も期待もない。
あるのは、「今日は何が減っているか」だけだ。
入口の自動ドアが開く。
空調の風が、やけに弱い。
(……設定、落としたな)
省エネか、
経費削減か、
あるいは――必要なくなったか。
中央広場に出る前に、
案内図が目に入った。
大型の、電子パネル。
フロアマップが表示されている。
俺は、立ち止まった。
表示が、古い。
閉店したはずのラーメン屋が、
まだそこにある。
その隣に、
先週入っていたアジア料理の店は、
載っていない。
(……更新、されてない)
だが、
パネル自体は、壊れていない。
明るさも、反応も正常だ。
間違っているのに、正しく動いている。
嫌な感じがした。
フードコートへ向かう途中、
通路が一本、封鎖されていた。
白いパーテーション。
工事中の表示。
音はしない。
人もいない。
ただ、
「通れません」という事実だけがある。
(……近道、消えたな)
遠回りをして、
フードコートに入る。
照明は、前より暗い。
営業している店も、少ない。
天丼は、当然ない。
ざるそばも、もうない。
メニューの数が、
露骨に減っている。
(……選ばせる気、なくなってきたな)
俺は、
一番無難そうな定食を選んだ。
座ろうとして、
足が止まる。
観葉植物が、戻っている。
だが、位置が違う。
以前の同じ席より、
微妙に、中央寄りだ。
影が、逃げ場を塞ぐ。
そこに、
もう女は、座っていた。
先週より、
さらに疲れて見える。
「こんにちは」
「……こんにちは」
彼女は、俺を見て、
少しだけ、安心した顔をした。
その瞬間、
空中に文字が浮かぶ。
《協力を誓う者あり。
――裏切りは、環境によって誘発される》
(人じゃない、ってことか)
彼女が、案内図の方向を顎で示した。
「あれ、見ました?」
「見ました」
「間違ってますよね」
「ええ」
事実確認。
それ以上、踏み込めない。
彼女は続ける。
「でも、
あれを信じて歩いてる人、
結構いるんです」
俺は、思い出す。
さっき、
封鎖された通路の前で、
立ち止まっていた家族連れを。
案内図では、
通れるはずの道。
理性的な会話をしようとした瞬間、
雑音が割り込む。
清掃機。
アナウンス。
食器のぶつかる音。
《理性的な議論は、
必ず物理的な「雑音」によってかき消される》
彼女の声は、
肝心なところが聞こえない。
でも、十分だ。
この場所は、
説明を不要にする段階に入っている。
俺の料理が来た。
見た目は、前より簡素だ。
味も、薄い。
(……腹は満たせるけど、
食事じゃないな)
そのとき、
気づいた。
周囲の客が、
誰も長居していない。
食べ終わると、
すぐ立つ。
スマホも見ない。
会話もしない。
留まる理由が、
削られている。
彼女が、ぽつりと言った。
「私、
ここに来ると、
決めなくてよくなるんです」
危険な言葉だ。
だが、
否定できない。
決断は、
選択肢があって、
初めて成立する。
ここでは、
選択肢そのものが減っている。
俺は、
どうでもいいことを言った。
「このモール、
甘いもの少なくなりましたね」
「……そうですね」
「前は、
もっとありました」
彼女は、
しばらく考えてから、
頷いた。
その瞬間、
空中の文字が、
音もなく消えた。
協力は、
成立しない。
裏切りも、
起こらない。
なぜなら――
判断が、不要だから。
《異常な現象を解決した瞬間、
その現象はさらにスケールアップして再発動する》
俺たちは、
何も解決していない。
だが、
無視し続けた結果、
スケールだけが、
静かに拡大している。
食べ終わり、
立ち上がる。
出口へ向かう途中、
案内図を、もう一度見る。
「現在地」だけが、表示されていない。
(……そういうことか)
外に出ると、
まだ午後三時の光だった。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
それでも、
俺は来週も、
ここに来る気がしていた。




