第3話 閉店セールは終わらない
三週目の午後三時。
俺は、またショッピングモールにいた。
理由は相変わらず、ない。
あるのは、来なかった場合の後味の悪さだけだ。
フードコートへ向かう途中、
違和感に気づいた。
――音が、少ない。
休日でもないのに、
人が減ったわけでもないのに、
反響が弱い。
靴音が、吸われる。
フードコートに入った瞬間、
それが何か、分かった。
ラーメン屋が、なくなっていた。
正確には、
シャッターが下りている。
白い紙が貼られている。
《閉店のお知らせ
長らくのご愛顧、ありがとうございました》
(……先週、期間限定やってたよな)
俺は、立ち止まった。
代わりに、
隣の区画に、
知らない店が入っている。
アジア料理。
写真が派手で、
値段がやけに安い。
期間限定オープン。
その文字だけが、やたら新しい。
フードコートの端へ行く。
観葉植物の影。
――席が、ない。
正確には、
テーブルの配置が変わっている。
数センチ。
いや、数十センチ。
「同じ席」だったはずの場所に、
別の椅子が置かれている。
(……ああ)
こういう変わり方をする。
派手じゃない。
説明もない。
解決した覚えはない。
でも、関わった。
《異常な現象を解決した瞬間、
その現象はさらにスケールアップして再発動する》
――解決しなくても、
無視し続けると、形を変える。
俺は、仕方なく、
少しずれた席に座った。
メニューを見る。
天丼はない。
ざるそばもない。
代わりに、
聞いたことのない定食名が並んでいる。
(……味、想像つかんな)
注文してから、
気づいた。
向かいの席に、
女が座っている。
同じ女だ。
先週より、
少しだけ、目の下に影がある。
「ここ、変わりましたね」
彼女が言った。
俺は、頷いた。
「店、潰れるの早いですね」
「潰れたんじゃないと思います」
「じゃあ?」
「……終わったんです」
雑音が入る。
アナウンス。
マイクのハウリング。
肝心な理由は、聞こえない。
《理性的な議論は、
必ず物理的な「雑音」によってかき消される》
彼女は、続けた。
「私、もう待ってないんです」
「そうですか」
「でも、来ない結果は、
まだ来てない気がして」
言葉としては、破綻している。
でも、意味は分かる。
終わったことを、
終わらせる理由が、まだ足りない。
俺の前に、
料理が置かれた。
見た目は悪くない。
匂いも、まあまあ。
一口食べる。
(……甘い)
想定と違う。
悪くはないが、
腹に溜まる感じがしない。
(……やっぱ、天丼だったな)
空中に、文字が浮かんだ。
《協力を誓う者あり。
――裏切りは、場所によって起こる》
意味が分からないまま、
文字は消えた。
彼女が、フードコートを見回す。
「ここ、
前はもっと、
逃げ場があった気がしません?」
あった。
確かに。
今は、
通路が短い。
視線が遮られない。
立ち止まる場所が、減っている。
俺は、気づいてしまった。
このモールは、
事件を起こすために変わっているんじゃない。
迷わせないために、変わっている。
選択肢を、
一つずつ、
消すために。
俺は、最後に残った、
どうでもいいことを言った。
「この店、
デザート付けた方がいいですよ」
「え?」
「甘いの、足りないんで」
彼女は、少し考えてから、
頷いた。
「……そうします」
協力は成立しない。
裏切りも起きない。
ただ、
この場所が、次に何を消すか
それだけが残った。
食べ終わる頃、
フードコートの照明が、
一段、落とされた。
まだ三時だ。
俺は、立ち上がった。
出口へ向かう途中、
振り返る。
観葉植物は、
撤去されていた。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
それでも、
モールは営業を続けている。




