健康こそ誠・終章 誠の湯桶の朝
春も浅い朝、屯所の中庭には、いつになく張りつめた空気が流れていた。
中央の台に据えられたのは、一つの湯桶。
蓋の中央には金泥で大きく「誠」の字が描かれている。
近藤勇が、きちんと裃姿でその前に立っていた。
隣には、巻物――あの“健康管理月報”を抱えた土方歳三。
「諸君――!」
近藤の声が春の冷気に澄み渡って響く。
「このたび、新選組健康偏差値・第一回の表彰を行う!」
「おおー!」
隊士たちがざわつく。
「まず第三位、永倉新八!」
「……俺か?」
永倉が一歩前に出る。
「理由、“風呂:気合い十分、湯気に誠みる”。得点八十三点!」
「……あ、ありがとうございます」
永倉は湯桶の前に立ち、思わず右手を上げてしまった。
ガッツポーズは武士の礼法では御法度だが――まあ、今日は特別だ。
「第二位、井上源三郎!」
「はい」
井上が静かに進み出る。
「“咀嚼三十三回平均、心落ち着く”。得点八十七点!
くしゃみ三連続、誠の気迫お見事。全品四十回以上咀嚼も達成だ」
井上は静かに会釈した。
(井上がアレルギー性鼻炎持ちなのは隊中の常識だが、そこは――言わぬが花である。)
近藤は満足げにうなずいた。
そして。
「第一位――沖田総司!」
「え、僕ですか」
「“風呂:溺れず、誠に快調。笑顔偏差値九十五”。!」
近藤は両手で湯桶を差し出した。
「おめでとう、総司。君こそ“誠の健康士”だ!」
沖田は少し照れたように笑い、湯桶を受け取った。
「ありがとうございます。でも、僕、溺れかけたんですけど」
「溺れを乗り越えたからこそ誠なのだ!」
隊士の中から小さな笑いが漏れる。
しかし決して、馬鹿にする笑いではない。
そこには、近藤のまっすぐすぎる想いがにじんでいた。
***
表彰が終わり、近藤は隊士たちを前に静かに口を開いた。
「……健康を数にするなど、笑われるかもしれん。
馬鹿げていると思う者もいるだろう」
彼は湯桶の“誠”の文字に視線を落とす。
「だがな。命を削って剣を握る者こそ、自分の体を大事にせねばならん。
誰かが倒れたとき、仲間が悲しむ。それは――誠を欠くことだ。
私は信じる。“健康こそ誠”。この旗は、剣と同じくらい尊い」
誰も声を発せなかった。
土方でさえ、反論する気を失っていた。
馬鹿げている。しかし、この真っ直ぐさを笑える者はいない。
***
式が終わり、隊士たちはそれぞれの仕事へ戻っていった。
庭に残ったのは、近藤と土方だけ。
「……局長、あんた、本気でやりきりましたね」
「ふふ、土方。お前のおかげだ」
「偏差値なんて言葉、もう二度と書きたくありませんよ」ー 「そう言うな。次は“誠の体力測定”を――」
「絶対やりません」
二人の声が、柔らかい風に紛れて消えた。
その夜、近藤は机の上の月報を閉じ、灯を落とした。
帳面の最後のページには、彼の文字でこう書かれていた。
> 「健康とは、生きて誠を尽くすこと。
> それが、われらが新選組の道なり。」
外の夜風が障子を鳴らす。
その音が、どこか、湯気のように温かかった。
――健康こそ誠。
次話もありますよーー。
読んでくださってありがとうございます無事 表彰式は終わりましたが。
土方歳三の苦労はまだまだ続きます。 次回は 若者たちの お話の予定です
お楽しみにね




