2ー1
本日より月曜日12時更新になります。
新章スタートです。
私、ロゼア・サウス! 21歳!
夫の浮気疑惑の話を聞いていたら突然、前世のことを思い出しちゃった!
前世の記憶によると、ここは源氏物語のパロディラノベの世界なんだって!
主人公の正妻役で浮気相手に呪い殺される悲劇のヒロイン葵上ポジションの私、これから一体どうなっちゃうのー?
「失礼、ロゼア・サウス次期女公爵におかれましては……」
現実逃避を遮って聞こえてくるのは渋い声。私の目の前で丁寧な挨拶をし、畏って口上を述べる歳上の男性。私は前世の少女漫画の導入を思い出してやり過ごす程度に、困り果てていた。
この方はイヨルド・バグスカイ伯爵。41歳。そろそろ孫ができてもおかしくないお年頃。この世界の結婚は早いのだ。
焦げ茶色の髪と緑の瞳を持ち、がっしりとした体型。見た目は普通かな。中年太りしていないところは好感が持てるっていう感じ。
領地持ちの歴とした伯爵家の当主である。
本来なら公爵令嬢とはいえ、未だ当主ではない私に頭を下げる必要などない。なぜ私が畏まられているのかというと、私の夫とこの方の妻が不倫関係にある……かもしれないから。
となると私も頭を下げた方が良いのかしら。二週目の人生のはずだがさっぱりわからない。
「あの、正直を申しましてどうしたらいいのか全くわかりませんので、出来ればその、困っているもの同士お話しできればと思うのですが」
私の言葉にバグスカイ伯爵は一度頭を下げてから顔を上げた。田舎びてはいるが礼儀正しい態度。チャラチャラしたうちの夫より好感がもてる気がする。私の中身が老けているのかな。
「その、うちの妻が、そちらの……」
「ですよね、その、すみません、こちらの監督不行き届きで」
「いえいえいえ! 皇子のなさることですから…」
沈黙が痛い。
大体全部シャイアが悪いんだ。なんで人妻と噂になってるんだ。こっちは死亡フラグを叩き折る為に日夜奔走しているところなのに。
「うちは、その、年齢差がありまして再婚でして、妻と娘が一つ違いでして」
沈黙に耐えられなくなったのか、伯爵がしどろもどろになりながら話し始める。要約するとこう言う話だ。
イヨルド・バグスカイ伯爵には、貴族学園卒業と同時に結婚した妻がいた。
二人は領地で慎ましく幸せに暮らしており、早くに息子も生まれた。
ところが続いて娘が生まれると、産後の肥立ちが悪く、妻は寝たきりになってしまった。そして看病の甲斐なく、神のもとへと帰ってしまった。
領地には親戚が沢山いたが、その子たちには皆優しい母親がいる。
このまま片親で、妻との思い出の土地で子ども達を育てるのはあまりにも辛く、バグスカイ伯爵は息子と娘を連れて皇都へ移り住んだ。
皇都の煌びやかな喧噪に、バグスカイ伯爵は最愛の妻、子供たちは母を亡くした悲しさが紛れていった。
それから十年以上経ったある日、学生時代の親友の訃報が届いた。
駆けつけると、成人直前の娘と、まだ幼い息子が遺されていた。
自分のことはいいから、弟が成人して後を継げるようになるまでどうか後見を頼みたいと頭を下げる親友の娘に心打たれ、悩んだ末にその娘を新たな妻として迎え、幼い弟の貢献となり、親友の代わりに育てることにした。
それが今の妻、セミリア・バグスカイ伯爵夫人である。
年の差を考えると、息子であるノーマン・バグスカイ伯爵令息と結婚する方が妥当ではあったが、ノーマン様には結婚を約束した恋人がおり、いきなり二人の妻を持たせるというのも憚られたため、自分の後妻に、という形に収まったのだという。
そう言うわけで妻と自分は歳が離れているし、理想の夫婦ではないかもしれない。
しかし自分は妻のことを家族として仲良くしていきたいと思っているし、領地との行き交いの合間であるが交流を重ねてきたつもりである。
そろそろ息子に爵位を譲って領地に帰ろうかと考えている。そのときに、妻が着いてきてくれたらとても嬉しいと思っている、というような話をしどろもどろになりながらしてくれた。
うーん甘酸っぱい。
「妻が私に対して、感謝してくれている、というのは感じております。夫として立ててくれていますし、夜会などでもパートナーを務めてくれています。ですが、コギー……妻の弟も今年学園に入学しまして、私の後ろ盾もあと二年ほどで必要なくなるでしょう。そうなった後も我が家に残ってくれるかどうかは不安に思っています。勿論妻の幸せが一番ですが……」
もしもシャイアが夫君ではなく当主もしくは一爵位持ち貴族であったならば、円満離婚後、もしくは第二夫人としてセミリア様を妻に迎えてもらうという手段も取れただろう。
バグスカイ伯爵には気の毒ではあるが。
しかしシャイアは次期当主である私の夫君、配偶者という立場である。彼は私以外を妻にすることは出来ない。
私が生きている限り。
あれ?
これは新たな死亡フラグなのかも?
私はますます頭を抱えた。
というか知ってるわ私、この流れ。
源氏物語で言うところの空蝉さんのお話でしょ。
一度は光源氏と関係を持ったけど、二度目は衣を脱いで逃げた一夜限りの中流人妻空蝉の君。
この世界が源氏物語に沿った世界であることを鑑みると、今回はクロかな。
ん?
バグスカイ伯爵夫人が空蝉?
じゃあシャイア、もしかしてバグスカイ伯爵の娘にも手を出してない……?
空蝉と間違われて関係を持った軒端の荻っていう女性がいたような?
うん、一回忘れよ。まだかもしれないし。ハイ忘れた。
「奥様はどのように仰っているのですか?」
目の前のことに集中して、質問する。
「妻は私に何も言ってはくれず……何があったのかも、なかったのかも、把握できていないのです。屋敷のものに聞いても、妻とサウス公爵令嬢夫君が二人きりになる瞬間はあったのは確かだが、何かあったかまではと」
まぁそりゃそうよね。クロなら何も言えないか。
そもそも、シャイアがバグスカイ伯爵の家を仕事で訪ねたが、バグスカイ伯爵は生憎留守にしていた。
バグスカイ伯爵夫人と応接室で談笑している時に急な落雷が原因で灯りが消えてしまった。
そのまま二人は応接室に一晩閉じ込められてしまった、というのが今回のあらすじである。
何そのラノベみたいな展開。
ラノベだったわ。
運悪くというか、朝帰りするシャイアを目撃した人が多数おり、バグスカイ伯爵夫人は年上の夫に愛想を尽かして若き公爵令嬢夫君の愛人になったのでは? とまことしやかに囁かれているのだ。
ああ頭が痛い。ダブル不倫じゃん。
しかし、目の前で弱り果てているバグスカイ伯爵を見ると良心が痛む。
我がサウス公爵家はライト公爵家と並んで二大公爵家とも呼ばれ、皇族に次ぐ地位なのだ。
その次期公爵夫君を誑かしたとなると、バグスカイ伯爵家諸共処分されても文句は言えないような事態なのである。
自分の妻の浮気相手の正妻のところに、「できれば穏便にすませてほしい」と言いに来るなんて愛がないとできないと思う。
なんとかしてあげたい。
でも、お互い何があったのかもわからないし、当事者の事情聴取も必要であろう。
ただ困ったことに、バグスカイ伯爵に「シャイアをお貸ししますのでどうぞ」とも言えない。
シャイアは皇帝から預かっているようなものなので、煽って殺されてしまうわけにはいかない。
これはもう、私が奥様と直接話をするしかないか。
刺されないかな。
ああおなか痛い。
前世でよく見た胃薬が欲しい。
バグスカイ伯爵に断りを入れ、私はセミリア・バグスカイ伯爵夫人を訪ねることにした。
「VSセミリア・バグスカイ」編スタートです。
と言っても三話で終わりますが…。
ちなみにこのお話は一章の途中で出てきた「事件」です。ロゼアちゃんはVSロクサーヌ様とVSセミリアさんを同時進行でこなしております。有能。
読んでいただいてありがとうございます。
★★★★★やいいねをポチってもらえるとモチベーションが上がります。
どうぞよろしくお願い致します。




