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ロクサーヌ様とのお茶会当日。朝から新聞を熟読し、今朝の話題も頭に入れた。
今日、私の死亡フラグが叩き折れるかが決まるのだ。
今本気を出さなくていつ出すというでしょうか。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「ようこそ、おいでくださいました」
時間を少し過ぎて現れたロクサーヌ様を笑顔で迎える。前世の感覚だと遅刻だが、今世のお茶会としては当然のルールである。
薔薇の花を小さく飾ったドローイングルームに入り、紅茶の好みを訊く。
今回は二人きりだから、ロクサーヌ様のお好みの紅茶を淹れることができる。それをわかって、ロクサーヌ様は前回とは違う、スッキリした香りのお茶を伝えてくださった。紅茶の淹れ方も、お母様監修のなかで再特訓しました。我ながら美味しく淹れることができたと思う。
今日のお茶会は薔薇尽くしになった。
もらったお茶がローズティーという薔薇の花びらを使用したものだったから。我ながら単純思考だけど、もうどうしようもない。サウス公爵家は単純思考でセンスがない、言わば脳筋なので。
身に着けるティー・ガウンはお抱えのお針子たちが袖口に薔薇を象ったレースを付けてくれて、めっちゃ可愛くなりました。
窓から見える庭は秋薔薇を中心に。今は丁度黄色い薔薇が見ごろだったんだけど、無理を言って蕾が多い白い薔薇をメインに据えてもらった。前世では黄色い薔薇の花ことばは「嫉妬」だった気がするし。ゲン担ぎ? そうです。担げるものはなんでも担ぎます。わっしょい。
ティー・ポットとティー・カップは白磁に青薔薇模様のもの。お母様が蔵の奥から出してきてくれたサウス公爵家に伝わる秘蔵の年代物なので、今年の流行「クラシカル」にも当てはまる。薔薇は我が国で人気の花だしね。
テーブルクロスにも白糸でさりげなく薔薇の刺繍を入れてある。これは私の渾身の作品。見本とはちょっと違ってしまったけど、「とりあえず薔薇に見えるからいいでしょう」とお母様にも許可を得ている。
ティー・フーズは紅色のパンを使ったクリームサンドや薔薇の花びらで作ったジャムを添えたスコーン。あとは様々なジャムのケーキを用意してみた。ローズティーに味がないので、ちょっと甘め。
そしてさりげなく部屋に飾られた絵画は、薔薇園で遊ぶ子どもたちを描いた風景画。
「丁度いい絵がない」とぼやいていたらファイラ様が「描きましょうか?」と言ってくれた。そう言えば源氏物語で蛍宮は風流人って言われてたような……と期待せずに依頼してみたのだが、一週間くらいで素晴らしい絵が届いたのでびっくりした。柔らかい色合いに、子供たちの笑い声が聞こえてきそうな素敵な絵画。思い出してみると、ファイラ様のご生母、第二妃は絵画の達人として有名だったわ。第二妃の評判は聞いていたけれど、ご子息のファイラ様は音楽の才が有名で、絵画もここまで凄いとは知らなかった。後で私の個室用にも依頼したいな。
にこやかに始まったお茶会は、当たり障りのない話題からはじまった。
先月のお茶会が完璧で、まるで教科書のようだったという話や、昨年お生まれになった第五皇子殿下がとても愛らしいと評判であること。ロクサーヌ様のご息女アキエル様に留学の話が持ち上がっていること。私の友人モニカに留学経験がある為、良ければアキエル様に紹介する、というような話を、お菓子をつまみながら続けていく。
緊張はするけど、普通に楽しい。
ロクサーヌ様も楽しんでくださっているように見える。いやまあ、相手が完璧な淑女である以上、仮面の向こうで何を考えていても私にはわからないんだけど。
しかし、「うちの夫が」という言葉を告げたとたん、空気が変わってしまった。
ちょっと後悔もしたが、避けては通れない話題であろう。聞いてみるんだ、ロクサーヌ様がシャイアをどう思っているのかを。どう切り出すか悩んでいると、ロクサーヌ様がそっと口を開いた。
「ロゼア様、実は私、本日はお叱りを受けるかと思って参りましたの」
申し訳なさそうに告げられ、私は目が点になった。
「え、どうして……」
「シャイア様が、時折私の屋敷にいらっしゃるので。その、お心変わりをお疑いになられたのかと……」
ロクサーヌ様が続ける。
「シャイア様とはロゼア様に心配されるような関係ではなく。夫を早くに亡くし、娘と二人の生活である私を憐れんで時々訪ねてくださるのです。初めは私に社交を教えてほしいといらっしゃったのですが、シャイア様にお教えすることなど何もなく……。お断りしようかとも考えたのですが、娘もたまのお客様が嬉しいようで、シャイア様が来られると喜ぶもので、お断りできなくて。ロゼア様には不快な思いをさせておられたかと思っていたのですが、なかなかお声がけできなくて……申し訳ありません」
よよよよよかったー!
『実はあなたの夫のことを好きになってしまって』じゃなかったー!
いやわかんないけどね!?
淑女の仮面の下にもしかしたら憎悪をにじませているかもしれないけどね!
「謝らないでください! 私とシャイアはその、仮面夫婦といいますか、あんまり夫婦っていう感じではなくて……。でもほっとしました。シャイアがご迷惑おかけしているんじゃないかって、心配していたんです」
言いながらはっと気が付いた。
フォール公爵家の館がある六番街は皇都の中心からは外れたところにあるし、ロクサーヌ様はご息女アキエル様が一代公爵になられてから、社交界からも一歩引いた立ち位置にいらっしゃる。
そっか、ロクサーヌ様、人恋しかったんだ。
だからラノベでは足繁く通ってくるシャイアに惹かれちゃったんだね。納得。
それならば、と私は勢いに任せて告げた。
「今度、ロクサーヌ様のお屋敷に遊びに行かせていただけませんか? 留学経験のある友人のモニカや、一代公爵のファイラ様もお誘いします。」
「まあ……よろしいんですか? 娘も喜びます」
ロクサーヌ様は心から安心したように微笑んだ。うん、現時点ではシャイアへの恋心はないみたい。いつもの勘がそう告げる。顔芸は正直苦手だけど、勘は外したことはない。死亡フラグは、叩き折れたとみても、いいんじゃないかしら。
近いうちに私が遊びに行くことを約束して、お茶会は終了した。
すぐにロクサーヌ様からお礼状と、屋敷に来る日取りの書かれた具体的なお誘いを頂いた。私は喜んで行きますとお返事を返す。それから絵画のお礼と、手土産の相談をするため、ファイラ様へも手紙を書いた。あと友人のモニカにも。
ロゼアちゃん渾身のおもてなしは、ロクサーヌ様の心に響いたようです。
次回、一章最終話。
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